第六話 邂逅
木の上に登ったオーレルは縄梯子を引き上げつつ、さりげなくシビル兵と話を始めた。
この後のオーレルの予定は交代要員が来ないのを理由に見張りを抜けだして逃げる。夜まではお喋りでもしていればいい。オーレルがヴァニエ人であることを気取られずにしなければならなかったが。
「旦那はどっから来たんです? まぁ聞いても分からねぇと思いますがね」
「俺は東の方だ。それよりもしっかり見張りをやれダリウス。敵を見逃せば俺達の首が飛ぶぞ」
少しでも油断させるために、オーレルは世間話をしようとした。といってもシビル人の土地や風習は隣国と言えどオーレルはあまりよく知っているわけではない。もしもバレそうになったら、その時は……
オーレルは縄を握りしめた。
「村から殆どでねぇんで分からんですが。軍人さんってのも大変ですなぁ。こんなところまで出てこなけりゃならない。まぁ俺もここまで来ちまってるが」
「そうだな。わざわざベリー中毒な奴等の巣に足を運ばなきゃならないんだ。泣けてくる。知ってるか? ヴァニエ人の奴等、栗鼠の糞みたいな臭いがするらしいぞ」
ベリー中毒、シビル人がヴァニエ人を罵るときに使う蔑称を言われてオーレルもひくついたが何とか堪え、手に持った縄で輪を作る。
「……ところでお前のその棍棒、なかなかいいものじゃないか。鉄で出来てるしちょっとした細工もある。どこで手に入れたんだ?」
「ああ、こりゃイトラ平原での戦いの時に落ちてたの拾ったんでさぁ」
「イトラ平原? それを言うのはヴァニエ人ぐらいじゃ──」
違和感を感じ取ったシビル兵が振り返ろうとした瞬間、オーレルの手が今までにないほどの速さで動く。シビル兵が動く前に素早く首に縄をかけ、そして……
「おいやめっ──」
オーレルは木の上からシビル兵を蹴り落とした。
縄はオーレルの手で事前に木の中頃までしか伸びないように調整してある。落ちたシビル兵は首の骨の折れる鈍い音と共にぴくりとも動かなくなった。
「……そういやイトラってのはヴァニエの人間以外言わなかったな。忘れてたよ」
オーレルが殺したのはこれで2人目となる。相変わらず気分のいいものではない。吐き気すら覚える。
「こいつの装備を着れば俺がヴァニエ兵だとは思わんだろう。村までさっさと帰れるかも」
木の上から降り、息絶えたシビル兵を降ろす。
装備を剥ぎ取ってやろうと、まずは軍服に手をかけようとした、その時だった。
「動くな! テメェ俺達の仲間に何しやがった!? ぶっ殺してやる!」
「いやまて、他にも仲間がいるかもしれん。吐かせるぞ」
森の奥から二人組のシビル兵が現れ、オーレルに駆け寄ってきた。
気が付かない間にどうやら近くまでシビル兵の仲間が来ていたようだった。
「あっ、待ちやがれこの野郎!」
オーレルは全速力で明後日の方向に走った。見つかってしまったなら後にできることは走ることぐらいだから。
「はぁっ……はぁっ……」
体力も足の速さもそれなりのオーレルだが、相手は正規の兵士、足の速い片割れが走り始めて間もなくオーレルのすぐ後ろに張り付いた。
「少しぐらい待てってんだ! まだ挨拶も満足にしてないだろベリー中毒の糞野郎!」
シビル兵がオーレルに飛びついた。
「離せ離せ! 俺は自分の国に帰りたいだけだ!」
「よく言うぜ俺達の仲間をぶっ殺しておいて!」
もみ合いになりながら、オーレルは腰の棍棒に手を伸ばす。
首を絞めようとしてくるシビル兵を片手で制しながら、オーレルはまずこめかみに一撃棍棒を振り抜いた。
「がはっ」
痛みで地面に転がるシビル兵に再度一撃。遅れてやってきたもう1人はそれを見て唖然とした。
「アダム!? そんな嘘だ……お前絶対に許さんぞ。ぶっ殺してやる!」
腰の長剣を抜き放つシビル兵、怒りに任せて彼は剣を振るおうとしたが、それは出来なかった。
「がっ! 矢? なんで矢が──」
突然矢が剣を持ったシビル兵の背中に突き刺さった。
「ぼさっとするな! 足元の奴に止めをさせ!」
矢が飛んできたのとほぼ同時、男の声が森の中に木霊する。オーレルがいわれるがままに足元に視線を向けると、死んでいないシビル兵が起き上がろうとしていた。
「あっ、このっ」
慌ててシビル兵の頭に棍棒を振り下ろし止めをさした。そしてもう1人のシビル兵に視線を向けるとそこには1人分影が増えている。
「よう、多分同じ国の人間だよな? 付いてきな。うまいジャムを食わしてやる」
シビル兵の首筋に突き立てていた短剣を引き抜くと、男はそう言った。