第五話 話術
翌日の朝になってもオーレルの前からシビル兵が消えることはなかった。
さほど余裕があるわけでもないオーレルは行動を起こすことに決めた。道に居座るシビル兵を避けて森の中を進むのだ。
「ここら辺に土地勘はないけど、多少ならどうにかなる……はずだ」
今は夏、森の中に雪はない。仮に追いかけられたとしても追跡は困難になるはずだとオーレルは過去に狩人に同行して狼を狩った経験から推測した。
だが森の中は狼に熊、屈狸がいることもある、シビル兵が居ないとも限らない。
慎重に進まなければならなかったし、そのことを理解しているオーレルも慎重に進んでいた。
そして目の前に立っている木の上、太い枝の上に人間が座っているのを発見した。
シビル公国の旗印である赤い月が描かれた軍服を着た兵士だ。
──シビル兵か。どうしよう。
木の上で偵察しているシビル兵は今のところオーレルに背を向けていて、こちらに気がついているようには見えない。
背中に長い弓と矢筒を背負っていて、敵が来たら射るように言われているのだろう。
──迂回するには道に近い方か森の奥深くを進まなきゃならない。どっちも御免だ。
土地勘のないオーレルは森の奥に進むのが嫌だった。道に近い方を進むのも他のシビル兵に見つかる可能性がある。
かといって待つのも御免被る。
「一か八か、やってみようか」
「おおーいそこの旦那ー! 俺も見張りに回れって言われたから来たぜ!」
そう言いながらオーレルは木の上にいるシビル兵に笑顔で手を振った。
ヴァニエ王国とシビル公国に言葉の違いはない、加えてシビル軍にも大量の農民が混ざっていて、オーレルの格好もそれとほぼ代わりはない。
オーレルは木の上にいるシビル兵に芝居を仕掛け騙そうとしていたのだ。
「なんだとそんな話は聞いていないぞ! 貴様誰だ!? ヴァニエ兵じゃないのか!?」
当然、シビル兵は突然現れたオーレルを怪しみ、矢筒の中の矢をつがえながら怒号にも似た声で質問する。
うかつなことを言えば矢を放つ、シビル兵は目でそう言っていた。
ここからは慎重に言葉を選ぶ必要がある。昔吟遊詩人から聞いたシビル公国の話を思い出しつつオーレルは答えた。
「俺はダリウスってもんです! 南にあるスティウ村から来たんでさぁ」
オーレルは偽のシビル人の名前とシビル人しか知らないような村の名前を名乗った。
「スティウ村だと? えらく遠くの方から集められたんだなお前、本当か?」
「ええ、お陰さんで靴底もこの通り、ボロボロでさぁ」
オーレルがすり減った靴底を見せるとシビル兵は怪訝そうな顔をしつつも弓を下げた。
「……他に命令は受けてないのか? というか命令してきたのは誰だ?」
「さぁ俺は偉い人の見分けなんかつかねぇもんで。ああ夜にはまた交代を送るって言ってました」
「関わる機会がほとんどないとはいえせめて指揮官の名前くらい覚えておけ。馬鹿者が」
呆れたような声でそう言うと、シビル兵はオーレルに向かって縄を降ろした。
「そのままそこにいてもいいがここら辺は熊が出るらしいからな。死にたくないなら上がってこい」
「はっは、ありがてぇ」