第三話 脱出
空が薄明るくなるころ、オーレルは目を覚ました。
「臭……」
目覚めた瞬間鉄臭さと肉が腐ったような臭気が鼻腔に入りこんでくる。たまらず吐きそうになりながらもなんとかオーレルは堪える。
「生きてた。どうなってるんだ?」
腹と腕の痛みに顔をしかめながら状況を確認しようと体を起こそうとした。
その時だった。オーレルの近くから声が聞こえてきた。
「ッケ、何が略奪は後で、だ。何人かもう来てるじゃねぇか。まともに給料も出さねぇくせに制限かけやがって。どうせヴァニエの連中のもんなんだ。好きに漁らせてもらうぞ」
──こいつシビル兵か!?最悪だヴァニエは負けたのか!
オーレルは息を殺して、声の主であるシビル兵が通り過ぎるのを待とうとした。震えそうになる体を黙らせ、視線だけ動かす。
何かないか?武器、味方、自分を助け救いになる物はないか?必死に探して探して探し回る。そしてある物がオーレルの黒い瞳に映った。
──棍棒!これだ、これでこのシビル兵の頭をカチ割ってやる!
オーレルの目の前、手が届く場所に鉄で出来た棍棒があった。血にまみれてはいるが十二分に使えそうだ。
視線をシビル兵に向ける。オーレルを通り過ぎて、今は背中を向けている。
──よし!
足に力が入るのを確認、ゆっくりと棍棒を拾い、音を立てずに立ち上がる。
「あん?」
違和感を感じたのだろう、シビル兵が振り返ろうとした。
「死ねェッ!!!」
振り返る前に、シビル兵が何かしようとする前に、よけようとする前に棍棒を頭に叩き込む、もはや絶叫にも似た叫びと共にオーレルは満身の力で棍棒を振り下ろす。
「がぁああああッ!?」
位置がずれた。
オーレルが振り下ろした棍棒は頭からずれ、シビル兵の肩に当たった。
だがオーレルは手を緩めない。何度も何度も棍棒を振り下ろし続ける。途中何か手を上げたような気がするがそんなもの今のオーレルはお構いなしだ。
ピクリとも動かなくなるまで殴って殴って殴りつける。
最終的にシビル兵の頭から骨から脳みそから何から何まで出てきた辺りでオーレルもようやく手を止めその場にへたり込んだ。
「はぁ、はぁ、ああクソ最悪だ! 誰が好き好んでこんなことするってんだ!? 戦争なんざ誰が始めたんだ名乗り出ろ! 俺が頭かちわってやる!」
わめきながら棍棒を放り投げ悪態をつく。近くには居ないが遠くの方で死体に群がるシビル兵達がまだ何人もいる。いつまでも休めはしない。
「……いくか。皆どこに行ったのか知らんが兎に角村に帰ろう。こんなところもう御免だ」
死体がそこかしこに倒れ、腹から零れ落ちた臓物が異臭をはなっている。
目に映るもの、耳に聞こえてくるもの、全て不快だった。
「来た道は……あっちか」
痛む体に鞭うって歩き出した。護身用に血の付いた棍棒を持って。
イトラ平原から抜け出し、帰路につこうとした矢先だった。道の真ん中、オーレルがこれから行く先にシビル兵らしき槍で武装した兵士が立っているのが見えた。
「ああ、頼むから普通に通してくれよ。なんでこんなところまでシビルの連中がいるんだ」
泣きそうになりながらオーレルは道の脇に生えていた木に隠れ、何か利用できるものは無いか確認する。
この時期のヴァニエは白夜、完全に日が落ちることはないが準備は必要だ。