第二十八話
「このクソ野郎が!! 吊るせ吊るせ!!」
「縛り首にしちまえ!!」
カウス村ではちょっとした騒ぎが起きていた。五体満足で早くに帰還した伯爵が村の女達によって縛り首にされかかっているのだ。
「待て待て待て待て!! 待ってくれ!」
「待たん! やれ!」
村の女達が怒り狂っているのは自分達の夫が帰ってこないことであった。一応領主である伯爵が早くに村の男達を誘導し逃がしていた為に最前線にいたわりには被害が少ないが、それでも帰ってこない者は数名いた。
後方で安全だと聞かされていた上でのことで、騙されたと感じた女達の怒りが爆発、護衛はいたもののなぎ倒され伯爵は瞬く間に捕まってしまったのだ。
「オーレルは、オーレルはどこに行ったんです? 伯爵様」
女達の中にはヒルッカの姿もあった。相も変わらずの美しさだが、その緑の瞳には一片の光もない。
「わ、わからない! 出来る限り呼び掛けて逃がせるだけは逃がしたんだがどうにもならな──」
「みんな吊るして」
弟のように、家族のように暮らしていたオーレルの安否が確認できなかったことで、ヒルッカも怒り狂っていた。
村に生えている白樺の枝に縄をかけられ、いよいよ吊るされそうになった、その時だった。
「ただいま」
気の抜けた声がヒルッカ達の後ろから聞こえてきた。
「え?」
戸惑いながら振り向いたヒルッカ、彼女の視線の先に居たのは、内出血と腫れでボコボコになったオーレルと後ろに控えている男女の集団。
「お、オーレルなの?」
「ああ、帰ってきたよ。ヒルッ──いてててて」
「ほほう、こりゃまたべっぴんさんだな。帰りたくなるのも分かる」
オーレルのとなりにいたアルヴィは顎に手を当ててニヤニヤと笑う。
ヒルッカは人目も気にせずオーレルに抱きつき、緑の瞳に大粒の涙を浮かべて泣きじゃくった。
「心配したの……平原で見失ったって聞いてから、本当に」
「生きてたよ。何度か死にかけたのは間違いないけどね。……いっぱい人を殺した。ヒルッカ、俺は……生きててもよかったのかな?」
「なに言ってるの。勝手に死んでみなさい。墓を掘り返して死体でパイ焼くわよ」
約束通り、オーレルは村へと帰ってきた。
約束していたトナカイの肉とベリーのジャムは時期が悪くて食べられなかったが、それもいつかは叶う。生きて帰ってこられたのだから。
時がたっても戦争のことでうなされることもあるけれど、隣には戦場で出来た友達のアルヴィと、しっかりもののヒルッカがいてくれる。
これからは穏やかな日々を送れるだろう。




