第二話 蹂躙
村から歩いて2日、オーレルたちは他の村の兵士達と合流しながらようやく戦場となる国境沿いの地、イトラ平原へとたどり着いた。
周囲を林に囲まれたそこには既に大群が集まっていて、幕舎が立ち並び食事を作る煙がそこかしこで立ち上る。
オーレルは黒目を見開いて呟く。
「すごいな見てみろよ。なんだこりゃすげぇ数だ。2万人はいるぞ」
「驚くなよ田舎者に見えるぞ?」
「実際田舎者だろ?」
今回敵となるのはシビル公国。オーレル達の国ヴァニエ王国の南に位置する内陸国だ。敵の数は1万6千ほどと予想されている。
そんな敵を相手取るのだから当然こちらも数が増えるわけだが、前回の戦争でもここまでの数はいなかった。
オーレルは驚きながらそこかしこに視線を送る。木の枝を焼いて尖らせただけの槍を持っている農民のような者から立派な鉄の鎧と剣を装備した兵士もいる。
寄せ集めと言ってしまえばそれはそうだが、これだけの兵士が居ればどうやったところで勝てそうにも思える。
「今はまだ集結中だ。全軍が集まれば約2万──」
革鎧を着こんだ伯爵の話を聞いていた、その時だった。
「シビル兵だ! 伏せろ!」
後方からの声に振り返ったオーレル。見たのは空から降ってくる黒い物体。
太陽が雲に隠れたときのように少しだけ辺りが暗くなる。
「矢だ!!」
矢、つまりは弓から投射される人を殺す兵器。それが今オーレル達の頭上から何千と降り注いでくるのだ。
「ぎゃあああ!!」
「ああ、痛ぇ……痛ぇよぉ」
「ぐぅ……」
オーレルを含め村から来た男衆は殆ど鎧を付けていない。革の鎧か布の服に鉄の札を少しだけ付けたものがあれば上等といえる。
そんな彼等が矢を頭上から浴びて、まともでいられるはずもない。
「足と腹をやられた! 動けない助けてくれ!」
オーレルは頬を軽く矢が掠めただけで奇跡的に無事だった。だが隣にいた村人は矢を浴びてうめき声をあげながら血を流していた。
助けを求めて視線をさ迷わせてみるが見えるのは墓標のように突き立った矢と真新しい死体だけ。うめき声もそこかしこから聞こえてくる。
「後ろにまだ敵がいやがる! 逃げろ! 逃げろ!」
「おいてかないでくれ!」
加えて後ろから敵も現れたようで、最早味方は大混乱に陥っていた。助けを求めても恐らくは無駄だろう。
「オーレル!! 助けてくれ! 頼む見捨てないでくれ、お願いだ!」
地面に転がり、叫ぶ村人。
逃げる人の波に逆らいながらなんとか近づこうとしたが、駄目だった。次第に声も姿も見えなくなってしまう。
「早く逃げろ!」
「おいやめろ押すな!」
今度はオーレルの身も危なかった。逃げる味方に押しつぶされそうになっていたのだ。転倒でもしようものなら確実に踏みつぶされてしまうだろう。
「あっ……」
なんとか踏ん張っていたオーレルだったが、とうとう転倒した。
「神様、どうか俺を助けてください」
静かに祈ったオーレル。自分の身体を上を無数の足が踏みつけていくのを感じながら激痛の中で瞳を閉じた。