第一話 出発
オーレルが目覚めると、見慣れた木の天井が目に写る。
窓からは暖かい陽光が差し込んでいて、朝であると伝えてくれるが、かなり眠い。
「オーレル、起きてる? そろそろ畑を見に行かないと」
部屋の中に肩までかかる白髪を揺らしながら少女が入ってきた。ヒルッカだ。
既に身支度を整えていて、白い麻服を着こんだその姿は凛々しささえ覚える。
……手にもった薪さえなければ。
「もうちょっと眠りたいな。ちょっとくらいならいいだろ?」
「起きないと薪で叩くよ?」
「ごめんなさいすぐ起きます」
「ご飯食べた? 服が皺だらけじゃない。ああ寝癖も……」
口うるさく迫るヒルッカ。村人の中ではこの2人のやりとりが日常になっている。大雑把なオーレルと几帳面なヒルッカ、という風に。
「ちゃんとしないと。それじゃあ誰もお嫁になってくれないよ?」
「俺の嫁はヒルッカだろ?」
冗談目かしてそう言うとヒルッカは無言で丸太を握りしめた。
「……ちょっと冗談を」
「ご飯つくっといたから、食べ終わったら畑仕事に行くよ」
呆れ顔でそう言うとヒルッカは机を指差す。
黒髪をぽりぽりと掻きながら机を見ると黒いパンと鮭のスープが湯気を立ち上らせていた。
「ありがとうな。ヒルッカ」
「いつものことだもん。もう慣れたわ」
「おいオーレル! ちょっとあつまってくれ! 領主様から話があるんだと!」
食事を摂ろうとしたときだった。村の男から声がかかる。
領主。この村を治めている人物である。そんな人物から声がかかるときは大概何か起きたときだ。たとえば野盗が逃げ込んだとか、税を上げるとか……戦争が始まるから兵士として出てもらうとか。
大抵悪い知らせ。
「オーレル……」
「行こう。大丈夫さ、心配なんかいらない」
形のいい眉を歪め不安そうな顔をするヒルッカをなだめて苦笑したあと、オーレル達は広場へと向かった。
広場へとあつまったオーレル達村人の前に、村人より少しだけましな身なりの男がすがたを見せ、重く閉ざされていた口を開いた。
「仕事前にすまん。今日は伝えることがある。隣国シビルとの戦争が始まる」
どよめく村人達に向けて、伯爵はさらに伝える。
「この村からは男衆に20名兵士として出てもらう。今回も後方に配置になる、通常なら安全だ」
この村、カウス村では2年前にも戦争で兵士として男達が駆り出された。結局帰ってきたのは半分以下だったが。
「今度は大丈夫なんですかい? これ以上村のもんが死んじまったら、畑の維持ができねぇ」
「領主様は俺たちと違う。偉い人だ、なんとか言って俺たちが行かなくていいようにしてもらえませんかね?」
村人の反応は芳しくない、過去の戦争のお陰で村の男達は半分以下に減っていたから。
「残念だが……どうすることもできんのだ。すまん。本当にすまん」
深々と頭を下げる伯爵に対し、村人達はそれ以上何も言うことができなかった。
馬へと跨がり帰っていく伯爵を黙って見送りながら、オーレルはヒルッカの方を見る。口に手を当て、緑の瞳に涙を浮かべて今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「大丈夫さ。きっと帰ってこれる。いざとなったら武器も何も放り出して逃げてくるさ」
「でも戦場なのよ? 何が起きるか分からない。もしも何かあったら私はどうしたらいいの?」
オーレルは少しだけ考え込んだ後……
「神様にお祈りでもしてて。大丈夫。帰ってくるから。帰ってきたらトナカイ肉に、添え物でベリーで作ったジャムが欲しいな」
こういった。
「……分かった。作って待ってる。だから必ず帰ってきて」
「うん」
「……戦場で寝坊なんてしないでね? 置いてかれるから」
「……うん」
この時のオーレルは楽観的だった。