file.addition 忘却の純愛 7
私立探偵の杉山亮が、鴨市のメモリーサーキュラー阻止してから、一年後の話
鴨市から離れた街の大蔵市。アパートで暮らしている透の隣の部屋で大きな音がして確認すると、倒れている男と聖がいた。聖を守るため透は完全犯罪を企てた。
既に探偵を辞め、喫茶店を営んでいた亮とほのか。透と親友である亮がその不可解な事件の謎を解くのであった。
喫茶店与一のドアの鈴が鳴る音がした。
今日も賑わっていた。憩いの場でもある喫茶店が賑やかなのはどうなのかと繁盛は有り難いのジレンマのほのかと亮。
「おはよう」
2人に挨拶をしたのは透であった。気づいたほのかはカウンター席が空いているため、そこへ案内をしたをその位置はちょうど亮が立っている場所であった。透は、上着を脱ぎ荷物入れに置き一息をついた。
「おはよう、平日なのに来て大丈夫なの?仕事は?」
亮が尋ねると、
「今日は休みなんだ、有給消化だよ」
なるほどね、と少し考えながら頷き注文を何にするか聞いた亮。
「そうだね、モーニングセットの…んー、カフェ・オ・レをお願い」
注文を承った亮は調理にかかった。
「昨日は来てくれてありがとう、子ども達も喜んでいたよ」
「こちらこそ誘ってもらって嬉しかったよ」
「子ども達と何か話していたようだけど、何かあった?」
「ああぁ、透くんがいつもちゃんと働いているか聞いたんだよ」
冗談っぽく言った亮に、透は笑みが少し無くなり手元に置かれたおしぼりで手を拭いた。
「そうかい…」
そのあと亮は、他のお客の対応をしたりで透とはそんなに話さず時間が過ぎた。モーニングセットを食べ終わり伝票を確認した。
「たっくん、お会計」
亮はほのかに会計をするように頼んだ。透は椅子から立ち上がり上着を脇に抱えた。
「じゃあまた」
「うん、また」
2人は軽く挨拶を交わし透は帰っていった。
「透さん、すぐ帰っちゃったね」
透が座っていた席を拭きに来たほのかは、亮に話しかけた。亮は視線を向けず応えた。
「用事があるんだろうね」
「用事?」
亮はほのかの疑問に応えることなく珈琲を淹れた。
「ほのか、急のことなんだが」
「え?」
「お待ちしてました、あれ?二宮さんは?」
同日の正午を過ぎた後、亮は喫茶店与一の前で一台の車を待っていた。用事があったのは、刑事の二宮であった。透が出てからほのかに急遽、昼から休業にすることを伝えた。当然理由を求められたが、後で話すとだけ伝えた。
その後に、電話で二宮に昼から会えないかとアポを取った。なのだが、来たのは三宅であった。
「なんか急用とかで代わりに行ってくれって…」
「そうですか…」
「ま、一応ざっくりと話は聞いています。焼死体のあった現場をみたいんすよね?」
「はい、ですが大丈夫ですか?」
「ん?」
「一般人に現場を案内するのは」
自分で誘っといてなに言ってるんだと心で思った三宅。
「いやー、二宮さんに言われた時も同じことを言いましたけど、杉山さんならOKだとか…内緒でねって」
「さすが二宮さん」
こういうのって良いのか?と後頭部を掻きながら考えるが、亮は寒いので車に入っても良いですか?と聞いてきて、考えるのはやめた。
シートベルトをして早速現場へ向かうことになった。
「んーと、杉山さんは今回の事件どこまで知ってるんですか?」
「ニュースで報道していた程度には」
「そうすか…先に言っておきますけど、俺はあなたを知らないし信用していないので、現場で変なことはしないでくださいね」
「当然の対応ですね。肝に命じておきます」
三宅は亮とはほぼ初対面であったため、今の警告がどれだけ効いているのかが分からず、ニコニコしているその横顔が胡散臭さを駆り立てた。
三宅は警察署で借りてきた車を、死体が発見された現場まで走らせた。その間は特に話すことはせず終始無言で経過した。
そして、現場に到着した。その場所はジョギングコースを少し外れた場所であった。
「着きましたよ」
「ありがとうございます」
亮は車から降りて周りを見渡しながら、三宅に案内されながら死体が発見された場所まで向かった。
「ここっすね」
三宅は指で大体ここら辺と差した。その場所にはドラム缶はなく、ドラム缶があったであろう周りにはすすがあった。
「死体の状態は?」
「ドラム缶の中に膝を胸につけるような形で入ってましたね」
「歯を抜かれて顔潰されて全身を燃やされたと報道されていましたが、何故身元が分かったんですか?」
「ドラム缶に被害者の指紋と、近くに身分証が落ちてたんです。身分証から被害者が利用していたホテルを特定してって感じっす」
「ふむ、謎ですね」
「まあ、そうすよね」
「歯と指の指紋を消せれば身元不明で処理できたものを…わざと残す犯人のメリットとは…第一発見者は?」
「毎日ジョギングコースを利用している夫婦です」
「この場所なら絶対発見されますね…おそらく臭いが充満しているはずですし」
「確かに、この辺りは異臭が充満してましたね」
「…行動原理が分からないな」
「身分証は犯人が慌てて落としたんじゃないかってことで警察では処理してます」
亮は顎を擦りながらしゃがんで考えた。その姿をみてこれだけで何が分かるんだよと思っていた三宅。
「もう大丈夫そうすか?帰りましょうか」
さっさと切り上げたい三宅は亮を急かす。だが、それを無視し尋ねた。
「沢村さんが容疑者の候補に上がっていたと言うことですが、被害者との関係は?」
「え?んーと、何年か前に沢村さんにストーカーをしていたらしいです。それに、事件前日に沢村さんのアパート近くを被害者が歩いていて、その後からの消息が途絶えたため」
思い出しながら亮の質問に応えていく三宅。
「ストーカー…事件前日に消息が消えたなら死亡推定時刻は前日になるのでは?」
「一応、鑑識と司法解剖の結果で間違いはないってことでしたね」
「そうですか…」
死亡した時刻をずらしたのか?いやどこかで監禁して後で殺したのか…何故?と思考を巡らした亮は突如立ち上がり、
「車へ戻りましょうか」
「え?急に?まあいいすけど…」
亮と三宅は車へ乗り込んだ。ふと思い出したように三宅が鞄を漁った。
「忘れてた、これ二宮さんから」
手渡されたのは大きめの茶封筒であった。中身を確認すると事件の写真と状況が書かれた書類が何枚か入っていた。写真は現場の周りと死体が写っているものであった。順番に写真を捲る亮の手が止まった。
「三宅さん、この写真に写っているのは」
「え?ああ確か腕時計らしいですよ、なんか変わったデザインですけど」
三宅の顔をみた後、写真を食い入るように凝視した。亮には見たことがあるような気がして仕方なかった。
「二宮さんにこの写真に写っている腕時計を詳しく調べてもらうように伝えてください」
「何か気になるんすか?」
「今回の事件に関係するか微妙ですが…」
三宅は返事をして、シフトレバーに手を掛けた。
「とりあえず、喫茶店まで送れば良いすか?」
「あ、もうひとつ寄ってもらいたいところが」
亮と三宅を乗せた車はある場所で止まった。三宅は見覚えがない所であった。
「ここは?」
「少し調べたいことがありまして…それで警察の権限を使って頼んで欲しいです」
「え~嫌ですよ」
「二宮さんなら優しいのにな」
「わ、分かりましたよっ」
亮達が着いたのは、ふたば養護施設。そう、透の職場である。亮は、玄関まで向かい職員に声をかけた。対応してくれた職員にあるお願い事をした。
「え、でも…」
亮のお願いに渋る職員。それもそう、知らない人から急に倉庫を見せて欲しいと言われて、見せる人は中々いない。亮は三宅にアイコンタクトを取った。
三宅は警察官である自分を連れてきた理由に気づき、警察手帳を見せて改めて三宅からお願い事をした。
職員はそれで了承して倉庫の前で待ってくださいと言って鍵を取りに行った。
「探偵してた時からこんな感じで、警察をこき使ってたんすか?」
「まさかっ」
自分の要件が通り、足取り軽く倉庫まで歩いていった。少し待って職員が来て倉庫を開けてくれた。
亮は中へ入り、何かを探すかのように物色し始めた。その光景に、職員と三宅の目があってしまった。
「ここをみて何かあるんすか?」
聞いても亮は、んーと言うだけであった。すると、亮の手が止まり数秒間硬直していた。それで何かをしているように見えたため、三宅は覗こうとした。
「よし、ありがとうございました」
と、亮は急にお礼を言って倉庫を出た。
「もう大丈夫ですか?」
職員が尋ね、亮は笑顔でお礼を伝え三宅に車へ戻りましょうと言った。車へ戻り三宅は問いただした。
「杉山さん、何か分かったんですか?こっちも協力してるんで教えてください」
「まだ憶測でしかないので、また後日に」
「ったく」
ありがとうございました。
少しずつ亮が事件の真相に、近づきつつありますね。