file.addition 忘却の純愛 4
私立探偵の杉山亮が、鴨市のメモリーサーキュラー阻止してから、一年後の話
鴨市から離れた街の大蔵市。アパートで暮らしている透の隣の部屋で大きな音がして確認すると、倒れている男と聖がいた。聖を守るため透は完全犯罪を企てた。
既に探偵を辞め、喫茶店を営んでいた亮とほのか。透と親友である亮がその不可解な事件の謎を解くのであった。
PM19:00 亮はコートを羽織り、さらに首にマフラーを巻いていた。寒さも続きこれぐらいしないとこの時間帯は耐えられない。
喫茶店与一を出て目の前の並木通りの歩道を歩く。この時間帯は帰る人だかりが多い。それに今日は金曜日だ。浮かれて歩いている人や団体でどこかへ行く人達もちらほら見かけた。亮はそんな人達を横目で見ながら、空を見上げ綺麗な星を眺め白い息をはいた。
大蔵駅に着き周りを見渡したが、お目当ての人は間だ見当たらない。スマホを触りながら駅の隅で待っていると、遠くから走ってこちらへ向かってくる人影がみえた。
「たっくん、ごめん!待ったよね?」
そう言い、亮に話しかけたのは日向透であった。亮は微笑み
「大丈夫だよ、お勤めご苦労様」
労いの言葉を掛け、予約している店へ向かおうと透へ伝えた。駅前は沢山の飲食店が並んでいた。亮は前から気になっていた焼肉屋へ行きたく、透にどこで食べるか聞かれその焼肉屋を提案した。透は了承し待ち合わせていた。
店に着き上着を脱いだ。一通り注文を済ませ一息ついた。ビールが届きジョッキとジョッキを鳴らした。
「お疲れ様」
「おつかれー」
亮は2口飲んで机に置いたが、透は半分くらいをグビグビと飲んでいた。よほど喉が乾いていたのか。
「こんな風に話すのはなん十年ぶりだろうね」
透がジョッキを机に置き亮を見た。
「正直変な感じだよ」
「記憶が無いんだってな」
「申し訳ない」
「いやいや、良いよ別に」
透は手を横に振った。
透は亮の幼なじみらしい。亮はサルガタナスのSDMで記憶を抜かれ、自分のことや交遊関係を忘れてしまっていた。だから、先日透が話しかけてきてもわからなかったのだ。亮とは、幼稚園から小学生低学年までの関係だったが、仲が良かったのだという。
にわかに信じがたいが、亮は透の言葉に嘘を感じなかった。それに嘘でも良いからこういう友人関係を持ってみたかったと心のどこかに秘めていたのだ。
「私の名前は斉藤拓海…」
「そうだよ、今は杉山亮なんだって?」
「色々あってね」
「そうか…深くは聞かないよ、人には言えない秘密が1つや2つや3つや4つ」
「多くないか?」
亮と透はこんなくだらない話で笑いあえた。
「透は今はなにをやっているんだ?」
「今は養護施設の職員をやっているんだ」
「養護施設?」
「ああ、ふたば養護施設っていうところだよ。ここからは少し離れてるけど」
「立派な仕事をしているんだな」
「そんなことはないよ、でもやりがいは感じてるよ」
「でも、この前平日だったのに朝から喫茶店にいなかった?休みだったの?」
その言葉に透は、焼いている肉をひっくり返す手が止まった。ん?と亮が疑問に思い、質問を変えようとしたが、
「…あ、ああ、あの日はサボってたんだ。誰にも言うなよ?」
口に人差し指を当てた。ははっ、と笑い流し焼けた肉を食べる亮。
それから約2時間ほど、食べながらこれまでの話を交わした。"お互いの秘密を隠しながら"
「いやー、楽しかったね」
「本当に楽しかったよ、こんなに楽しかったのは久しぶりだ」
焼肉屋をでて駅まで2人で歩いた。2人は帰る道が違うため駅で解散とした。連絡先を交換し近々また会おうと約束し背中を向けた。
その頃、沢村聖・木村翔宅では再三、警察からの訪問があった。出張から帰ってきている翔は、何となくでしか事情を知らないため聴取されても答えようがなかった。なんならこっちが教えてほしいと思っていた。
「では今夜はこれで」
玄関を閉め警官が帰った。今夜はということはまた来るということの裏返しだ。閉めた玄関に頭を当て、深く息を吐いた聖を心配に寄り添う翔。
「なんで聖の所に警官が来るんだよ?」
「殺された人は昔、私のストーカーだったの。それで亡くなる前日ここら辺を歩いているところを目撃されてるって、だから私に色々聞くの」
これまで見たことのないくらいの暗い表情の聖は初めてみた。
「ストーカーしてたのは知ってたよ、でも被害者の聖が疑われる意味がわかんねぇよ」
「私にもわからないよ…」
聖は今、嘘をついている。最愛の相手にも言えぬ秘密を…とても顔を見て話すことができない。手が震え目が泳ぎ、つい本当のことを言ってしまいそうになる。
だが、誰にも言わないことを"あの人"と約束をしていた。
「まぁ、おれが出張中にこんなことがあったなんて、これからはおれも付いている。安心してくれ」
「ありがとう…」
翔との馴れ初めは、ストーカー被害にあっていた聖の相談をのってからだ。それから自然な流れで付き合い、結婚前提にこのアパートで同棲を始めた。
聖がいるアパートの近くの路肩に一台の車が停まっていた。その中には夜食を食べながらアパートを監視している刑事の三宅がいた。先程、事情聴取をしてきた警官が車に乗り込んだ。
「おつかれ、どうだった?」
「いや、特に収穫は何も。恋人の木村さんのアリバイは証明されています、それに沢村さんも事件当日のアリバイはあるんですよね?」
警官の問いに三宅は、口に入った夜食を飲み込んだ後答えた。
「ああ、あるさ。不自然にな」
「不自然に?」
「事件当日の被害者が殺害されたとされる時間帯は、彼女は同僚と食事をしてその後話していたとされる。」
「?特に変わったことはないですよ?」
「同僚には裏をとれている。だが、平日に食事に誘うなんて初めてだと言っていた、それが事件当日となれば怪しい」
三宅は警官に夜食を渡し、運転席のハンドルに顎をのせ自分の推理を語った。
「でも、事件現場にいないっていう確固たる証明があるんですよ?容疑者が2人に分かれたとでも言うんですか?」
「おれの推理は、容疑者は何らかのトリックを使い遠隔で殺したか、或いは協力している第三者がいるか…」
警官と三宅は話し合いながらアパートを見張っていた。そのアパートに入っていく1人の男性を見かけた。その男性は透であった。三宅は容疑者の隣人かと認識している。すると警官が、協力者ってあの人なんじゃ?と言ったが、
三宅は、仲は悪くないらしいが殺人の協力するほどではないはずと話した。
透は玄関のドアを開き部屋に入った。すぐに鍵を閉め深くタメ息をついた。帰る際に警察がこのアパートを見張っていることに気づいたのだ。だが、透にとってはそんなことは想定内、いや予定通りと言うべきか。
透のスマホの通知音が鳴った。確認すると亮からのメッセージが届いていた。また飲もうと。そのメッセージに、また予定を合わせようと送り、靴を脱いだ。
ありがとうございました。
杉山亮の本名が斉藤拓海とさらっと判明しました。実はこの本名は、特にこのエピソードに重要ではないからです。