知れぬ抜け道_4
その坂道は緩いが長く、気づけば歩いているだけでも頬に汗が伝っていた。
入った当初は少し肌寒く感じていたものだが、今は逆に着ているものを脱ぎ捨てたい気分である。
「随分と、長い道でございますわね」
小さく息を切らしたギノーが疲弊した声を漏らした。
メナが振り返ると、明らかに疲れた顔のギノーが見えた。
「確かに―――……」
少し休んだ方が良いだろうか。
そんな思いが頭を過ぎったメナであったが、背後からあの不気味な気配が忍び寄ってくる錯覚に襲われて、思わず口を閉ざした。
「―――……いえ、もう少し頑張りましょう」
メナは誤魔化すようにギノーを励ます。
「承知しておりますわ」
それ以降はギノーも何かを察したのか、泣き言は言わず、黙々とふたりに続いた。
歩き始めてしばらく、もう休みたいというギノーの思いが通じたわけではないだろうが、ふいに頬を撫ぜるものがあることにメナは気づいた。
「―――風」
風は青草特有の鼻をつくような匂いを乗せ、彼女たちの周りを漂う。
「ギノー、本当にもうひと踏ん張りのようです」
メナは少し後ろのギノーに声をかけた。
そして首を傾げた彼女に、メナは顔の前で手を仰いで見せる。
ギノーはハッと息をのみ、いくどか鼻を鳴らしてから微笑んだ。
「―――緑の香り」
ギノーはそれなりの身分を持った貴族の娘であったが、その割には庭仕事のような土臭いことが好きで、よく城の中庭で花を育てていた。
メナも花を愛でることは嫌いではないので、彼女に付き合って中庭に出ることは多かった。
そしてその慣れ親しんだ青草の香りが、鼻腔をくすぐっている。
自然と彼女たちの足取りは軽く、早くなったのは言うまでもない。
しかしドゥカイは二人に「慌てずに」と釘を刺す。
思わず足を止めた二人に、ドゥカイは振り返って優しく諭す。
「嬉しいのはわかります。ですが、慌ててことを仕損じることだけは避けたい、ゆっくりいきましょう」
抜け道を抜けることでこの旅路が終わる訳ではない。
メナは、なぜかその事実が頭から抜け落ちていたことに気づいた。
「むしろ、洞窟を抜けてからが本番、そういうことですね?」
メナがドゥカイに応えると、彼は嬉しそうに頷いた。
「何があるか分かりませんから」
歴戦兵であるドゥカイの言葉は重い。
メナは自分の甘さを恥じて手のひらで自分のほおを打った。
二人の驚いた顔がメナの瞳に映る。
いままで自分を支えてくれた従者、そしてこれからも助けてくれるのであろう二人だ。
自分たちは、逃げ切らなければならない。
そのために油断は大敵だ。
「すみません。ありがとうございます、ドゥカイ」
ドゥカイは「いえ」と照れくさそうに振り返り、歩き始めた。
(しっかりしなくては……これ以上、誰も失わないために)
その背中に続きながら、メナはそう思った。
**
いよいよ外の匂いが強くなってきて、メナは外が間近であることを悟る。
そして目の前の曲がりくねった道、その先が明るいことに気づいた。
日が昇ったのだろうか。
初めはそう思った彼女であったが、すぐにその考えを打ち消した。
太陽の光はあれほど赤くはない。
メナは警戒しつつも道を曲がる。
揺らめくカンテラの灯り。
その明かりに照らされて出口を塞ぐように立っている一つの黒い人影がある。
自分を待っている。
メナには不思議と、それが疑いようのないことに思えた。