知れぬ抜け道_1
追手から逃れるように入り込んだその部屋は、物置小屋のような場所だった。
狭い空間に木製の空箱が至る所に積み上げられており、子供の頃に彼女が兄と共に忍び込んだ駐在兵のサボり場に似ていた。
違いと言えば、この部屋は至るところに蜘蛛の巣が張り巡らされ、潜り込んだ埃で部屋全体が白っぽいところか。
しばらく誰も、この部屋に入っていないのだということは想像に難くなかった。
「―――……」
オウマは扉に耳を当てて外の様子を探っていたが、追っ手の足音が通りすぎたのか、耳を離した。
「―――ひとまずは、安心だな。この辺りは敢えて部屋が多く作られておる。すぐにここがバレることもあるまい」
オウマはドゥカイに向き直った。
「―――さて、何をしていたか、だったか」
「ええ」
「メナ様をお探ししていたのだ。今夜は書庫の方でお休みだとお聞きしていたのでな」
「陛下がたは?」
「―――わからぬ、お部屋には既におらなんだ」
「―――なぜ、メナ様をお探しに?」
メナはドゥカイが何を言わんとしているのかを察し、彼に叱声を浴びせた。
「ドゥカイ!」
しかし、オウマはメナをとりなすように肩を軽く叩き、ドゥカイの問いに答えた。
「無理もあるまい。この惨状、誰かの手引きでもなければ……いや、止そう。私がメナ様をお探ししていたのは単純にお助けするためだ」
オウマはそう言ってドゥカイの前に立つと、彼に質問をした。
「―――お主らがここに来たのは、近衛を頼るためだな?」
「―――ええ。現状、逃げ道は完全に潰されています。突破するにしても、脚がない。我々だけでは如何とも……」
「そうだろうな……だが、近衛もあてにはならんだろう」
オウマはそこでメナとギノーの方を見る。そして、少し移動するようにと小さく身振りをした。
メナとギノーがそれに従って少し横にずれると、オウマはそこにあった木箱をズラし始める。
「―――爺、何を?」
メナが訊ねると、オウマは一度振り返って微笑んだ。
「こういったものは隠し部屋にあって然るべき、そうでしょう?」
メナは、オウマが木箱をどかしたその場所を見て、ハッと息をのんだ。
それは地下へと続く階段だった。
多少埃に塗れてはいるが、石煉瓦造りの階段、その機能は損なわれていないように見えた。
同じように覗き込んだギノーが声を漏らす。
「抜け道……」
抜け道があるとは露とも思っていなかったメナは、オウマに振り返る。
「―――爺、これは?」
「隠し道ですよ。陛下しか知らぬ、ね」
その意味に気づいたメナは、父であるアタナティス王の臆病さに苦笑いする。
父は確かに、かなりの心配性だ。
しかしそれだけに、彼がオウマのことを信頼していたのだということもわかる。
オウマはドゥカイに振り返った。
「この道を通れば、城下に辿りつく。一度だけ広い空間に出るが、真っ直ぐ進めば問題ない。古い道だ、あるいは崩落の危険もあるやも知れん。だが、このまま残るよりはマシだろう」
「老師は来ないのですか?」
ドゥカイが訊ねると、オウマはため息混じりに呟いた。
「―――そうしたいのは山々だが、私にはまだやることがある。おそらく敵の狙いは王族……ドゥカイよ、姫様を頼んだぞ」