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闇追いのメナ  作者: 瑠璃色のてらさん
闇を追う
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鴉の羽音(7-2)

「随分と酷なことをさせるのね。実のお孫さんなのでしょう?」


ニコイが立ち去った仄暗い洞窟内に含み笑いを孕んだ艶やかな声が響いた。


座して先祖の遺骨に語りかけていたソチは、声の聞こえた方向に横目を向ける。


「……実の孫だからこそ、だろうさ」


その女はカトチーニ河の流れを宿したような、濡烏色の長髪を揺らしながら何もないように見えた空間からヌルリと現れた。


ソチにはこの女に見覚えがあった。


というよりも、夢幻を操るこの力を忘れようがない。


「……盗み聞きとは趣味が悪いね、イマ・エノ」


エノは、ソチの隣に盛り上がったゴツゴツとした岩場の比較的なだらかな部分に敷物をして腰掛け、我が物顔でくつろいでいる。


「褒め言葉として受け取るわ」


ソチは先祖の遺骨に顔を向けた「語りかけ」の体勢のまま、それを鼻で笑った。


「思えば、あんたを見るのも久しぶりだねぇ、鴉羽(・・)()遣い(・・)。すでに主はないはずだが何を……いや、あんた今はカゥコイの駒だったかい?」


「カゥコイは暇つぶしの場所でしかないわ。……あぁ、でも、それだって別にふざけていた訳でもないから、否定する意味はないかしら?」


「相変わらずだねぇ、本当に。あんたら(・・・・)は決まってそうだ」


ソチの言葉に、彼女はコロコロと笑い声を上げる。


「極論、私は退屈さえしなければいいのよ。今回来たのもその一環……というには少しだけ重いのだけれど、あなたには関係ないしね」


「御託はいいよ、何しに来たんだい?」


ソチは彼女がわざわざ姿を晒した以上、いたぶるでもなければ自分を狙って来た訳ではないだろうと、わざわざ話を振った。


「お手伝いはいかが?」


「手伝い、ねぇ?」


ソチは胡散臭い思いでエノに向き直った。


するとエノの瞳が見え、それは怪しい金色に光っているようだった。


「何が望みなのさ?」


この娘がわざわざ慈善的な話を持ってきたとは思えなかったソチは、斜に構えた返事を返した。


話の裏を探るまでは手をとる気にはなれなかった。


「知りたいことがあるのよ、確かカ……カトチトーメだったかしら?」


「―――……『神の寝床(カトスコーメ)』」


適当なエノの言葉に心当たりがあり、ソチはその言葉を紡ぐ。


それはソチ(イカコ)にとって重要なものではなかったが、貴石の民にとっては別の意味を持つ。そういう意味では、山の民(イカコ)にとっても切り離すことが出来ない重要な場所と言えなくもなかった。


「あぁ、そうそれ。やっぱり知っているのね」


「別にあんた達なら十分に調べられるだろうに……何故うちに来たんだい?」


「うんまあ、ある程度の目処は付いているのよ、勿論ね。でも面白いことにね、正確な場所は未だ割り出せない。確度を高めるには、いろんな角度からものを見るしかない、でしょう?」


「意外だね、行き詰まっているのかい」


「面白いでしょう?」


「どうだかね……」


それが面白いかどうかはさておいて、ソチは彼女の言葉の真偽を考え始めた。


本当に「神の寝床(カトスコーメ)」について話すことが取引の報酬足り得るのか、それが問題だった。


そもそも、ソチが知っている「神の寝床(カトスコーメ)」についての情報はせいぜい祖母に聞いた言い伝え程度のもの、口伝による伝承、伝説に過ぎない内容だ。


言ってしまえば、それらは「確度の低い情報」である。


しかし同時に、貴石の民が言うような「神」を信仰しない山の民(イカコ)が、それでも尚「神の寝床」と呼ぶ場所を口伝してきたのには、やはりそれなりの意味がある。


「―――……『神の寝床(カトスコーメ)』は、実在する。調べて分からないということは、貴石の教えが広まって、そちらでは元来の意味が失われたのだろうさ。そういう意味では、あんたがここに来たのは正解だ。確かにあたしぁ、そこについての(うた)を知っている。『貴石の教え』に(おもんばか)る必要もない」


ソチが言うと、エノは手を叩き合わせて微笑んだ。


「そう、じゃあ私が仕事を済ませてからでいいから、それ、教えて頂戴な」


「―――……そうは言ってもね、こちらとしてはあんたを信用しきれないよ。あんたはカゥコイに仕えていて、その上でカゥコイは今、山の(イカコ)を警戒している」


「つまりは、信用できる材料を出せってこと?」


エノはふわりと細い指先を顎に当てて宙を仰いだ。ソチの目にさえ優美に見えるのだから、世の男に彼女は毒だろうとソチは思う。


(老い先短い身でもなければ、憧れていたかも知れないねぇ)


普段は忌々しいものに感じる老いだが、この時ばかりはソチはそれに感謝した。


「あんたがカゥコイの仕組んだ罠ではないと、どうして言える?」


「……難しいことを言うおばあさんですこと」


エノはしばらく考え込んで、洞窟内には静寂が拡がった。


その中では時折、天井からぶら下がった鍾乳石の先から落ちる水音が耳朶(じだ)を打ち、ポタポタと等間隔で鳴る音は、あたかも急かすようで、時が過ぎる様を示しているかのようだった。


「―――……カゥコイが今回、あなた達に『警告』を出したのは、彼ら自信に余力がないからよ。確かにあなた達の動きに警戒はしているけれど、それでも実際的にあなた達に労力を割けるだけの余裕はないわ」


「それを信じられる根拠は?」


「彼らが未だ『ヒエラーゾ』に手が届いていないこと」


「―――……む」


ソチは今回の件が、そもそもカゥコイが持ち込んだものであることをそこで思い出した。


(ニコイに対処させることに夢中で忘れておったわ)


情報収集において、本来ならばカゥコイに勝る点は、山の民(イカコ)にない。


それなのにも関わらず、山の民に機会を与えるような形で今回の事件を任せたのは、彼らに調べる余裕がないからだと考えれば多少の辻褄(つじつま)は合った。


「……それで、あんたは何をしてくれるんだい?」


「ヒエラーゾの居場所を突き止める手伝いよ。―――……彼女だけじゃ、無理でしょう?」


「いや、ニコイは成し遂げる(・・・・・)さ……そう育てたからね。これから一族を率いていく存在として、あの子には聡明で、冷厳であってもらわねば困る」


「―――……その冷たさが最終的に貴女に向けられることがないよう祈ってあげる」


ソチは意味深なエノの言葉にどきりとするが、口調からしてからかっていることは明らかで、深く考える必要はないように思えた。


しかし、普段は敬われるばかりのソチは、久方ぶりの緊張感に気疲れしてため息をつく。


そこに、エノが言葉を付け加えた。


「確かに今のカゥコイに余裕はないけれど、完全に機能停止している訳ではないわ。直ぐにヒエラーゾに辿り着くでしょうね。―――……その時、あなた達が無事であると、どうして言えるのかしら?」


選択を迫るエノの言葉に眉をひそめ、ソチはもう一度大きくため息をついてから、彼女に口を開いた。


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