月下の城_3
書庫から裏門へは、そう遠くはない。しかし警戒しながら隠れ進む彼女たちがそこに辿りつくまでにはいつも以上の時間を要した。
しばらく進んで誰もいないことを確認したメナはドゥカイに訊いた。
「―――彼らは何者なのでしょう」
「わかりません。ですが、よく訓練された集団であることは間違いありません。現にかなりの統率がとれている」
「あー、衛兵との小競り合いを見た感じ、かなり戦える奴らですぜ」
セジンの言う「戦える」の意味は、おそらく彼らが「軍用格闘技術」を使えるという意味だ。この「水の法」を応用した格闘術は習得こそ困難だが、あるのとないのとでは戦力として雲泥の差が生まれる。
「―――外国の兵、でしょうか?」
メナの問いかけに、前を歩くドゥカイもセジンも一瞬、言い淀んだように見えた。
「―――言いたくはありませんが、最低でも何者かの手引きがなければ、このような事態はありえません。普通はわかりますから」
ドゥカイが応えたその言葉の真意を察し、メナは押し黙った。それは確かに、気持ちの良い想定ではなかった。
それからは会話もなく、四人は黙々と移動をしていた。
小走り程度だったのにもかかわらず、裏門に辿りついたころには、嫌な汗が背中を伝い、肌着はベッタリと冷たく張り付いていた。隣のギノーも慣れぬ運動で息を上がらせている。
「大丈夫ですか、ギノー」
メナは彼女の「問題ございませんわ」という返事を聞きつつ、目的地である裏門を見た。
松明で明るく照らされた裏門には、セジンの言った通り、数人の黒服集団が待機していた。
渡り廊下の柱の影から彼らの様子を覗き見ると、彼らは各々が死角を補うように立ち、微動だにしていない。
夜の暗がりに立っていることもあり、まるで黒い外套を巻かれた彫像のようだ。
「―――どうする」
セジンがドゥカイにささやいた。
それはその場の全員の思いを代弁した一言であった。
ドゥカイにも迷いがあるようで、渋面で門番を睨みつけている。
しかし、この局面での躊躇いは、致命的な失敗だった。
「そこに誰かいるぞ!」
唐突に背後から声が聞こえ、門番たちの視線がこちらに向いたのをメナは捉えた。
(バレた!)
いつの間にか背後に敵兵が近づいていたのだ。
「―――くそっ。退きます、急いで!」
四人は城郭の裏口に向けて走った。このまま外郭を駆け回るよりは、狭い建物の中の方がまだ逃げ切れる可能性があると判断したのだ。
突き当たりの扉を開けたドゥカイは、メナとギノーを先に建物内に押し入れた。そして彼はその後に続いたが、セジンが扉の前に立ち止まったことに気づき、振り返った。
「―――セジン?」
「しばらく抑えている!」
ドゥカイはその意図を察したのか、横合いの扉に押し入ると、木箱を持って戻ってくる。運良く食糧庫に突き当たったらしい。
何度も蹴られて軋んだ扉、それを押さえるセジンの横に、ドゥカイはそれを積み上げた。
セジンと立ち位置を入れ替えるように箱をずらしたドゥカイがセジンに声をかける。
「行くぞ!」
道を塞がれた追手が、回り込んでくる足音が遠くから響いていた。
しかし、セジンはそれに首を振った。
「俺が時間を稼ぐ。ドゥ、あとは頼んだ」
ドゥカイはそれに対する判断が早かった。ただ一言「―――そうか」と呟いてメナを促した。
メナはセジンが残ることに抗議するべく口を開くが、ドゥカイの圧に負け、仕方なく走り出す。
「―――武運を!」
去り際、セジンはちらりと振り返り、ニカリと破顔するのが見えた。
メナは後ろ髪引かれる思いで廊下を走る。
走り出してしばらく、背後から何かが吹き飛ぶような音が廊下に轟いた。
直後に聞こえてきた激しい剣戟の音はメナたちが城の奥へと進む間、絶えず廊下に響いていた。