文色が分かつ頃_1
振り返ったメナの視界に入ったのは、翡翠のような新緑の鋭い瞳だった。
その女は派手に染められた絹織物を重ね着にして、ついでのように黒い外套を上から羽織っている。
年齢は自分と大差はないように見えるが、立居振る舞いはその見た目以上に貫禄があり、やけに大きく見えた。
メナは彼女の使った自分への呼称とその格好から、その素性を導き出す。
「―――山の民の者ですね」
メナの問いかけに、彼女は応えない。
しかし代わりに、その手に引きずっていた何かをメナたちの馬車に投げ入れた。
馬車が揺れるほどの衝撃があり、メナは肩を強張らせた。
当然のように軍用格闘技術を用いているばかりか、彼女は明らかに周りの兵たちを率いる者の振る舞いをしている。
彼女がこの集団の長であることは疑いようもない。
「返そう」
メナは彼女の言葉と共に投げ込まれたものに視線を向ける。
メナは初め、それが何なのか認識することができなかった。
しかし、その正体が徐々に頭に染み渡っていくにつれて、怒りが沸々(ふつふつ)と湧き上がってくる。
「―――……悪趣味な」
その濃密な血の匂いに、ギノーが口元を覆った。
それは、死体だった。
彼が着ていた革鎧は赤く染まり、彼の顔は酷く腫れ上がっていて、かろうじてそうだとわかる程度だった。
だが何故か、メナにはそれが彼であることを疑いようがなく思えた。
(セジン―――……)
連鎖的に、先ほど投げ捨てられるように道を塞いでいたのも彼だと分かり、メナは彼女を睨みつける。
「なぜ、このような―――……」
「なぜ?」
彼女はメナを睨み返し、憎々しげに吐き捨てる。
「そいつは私の部下を三人も殺した、殺されたとて文句は言えまい―――……確かにこれは意趣返しでもあるが……警告でもある。余計な真似はするな。お前たちもこうなりたくはないだろう?」
言われ、メナは言葉に詰まる。
しかし代わりにドゥカイが吠えた。
「黙れ、逆賊が倫理を語るか!」
彼は馬に鞭を入れていた。馬は混乱していななくと、そのまま走り出す。
「っ!?」
メナは慣性で体勢を崩す中で、ドゥカイの姿がないことに気づく。
「―――ドゥカイ!」
メナは叫び振り返るが、そこにはイカコの伏兵に斬りかかる彼の背中が見えた。
メナは馬を止めるか迷う。
道を塞いでいたイカコの兵たちは、猛然と駆けてくる馬車を避け、道を開けた。
(包囲が……!)
メナは奥歯をギリと噛み締める。何もできない自分が心底憎かった。
「―――ギノー、背後の警戒をお願いできますか」
ギノーは青い顔だが、真っ直ぐにメナの目を見つめ返し、頷いた。
メナは飛び移るようにして御者台に座り、手綱を掴む。
そしてしばらく目を瞑り、唇を噛んだ。
ドゥカイの時間稼ぎを無駄にはできなかった。
(いまは、とにかく遠くへ―――……)