貴石の影_2
前話 一部に誤りがありました。
そのままでも流れは追えるとは思いますが、個人的には大事な部分なので、訂正とお詫びを入れさせていただきます。
イカコ家 がこれまで影であることに甘んじていたのは、その方が彼らにとって都合が良いからだとメナは思っていた。
↓
カゥコイ家 がこれまで影であることに甘んじていたのは、その方が彼らにとって都合が良いからだとメナは思っていた。
申し訳ありません。
それはそれとして、今後ともお楽しみいただければ嬉しいです。
そうこうしているうちに馬車は進み、丘に隠れていた大聖堂の城郭が見えたところでメナは目を細めた。
雫のような蛾寄木の葉、それを支える絡み合った枝。秋に花開く青い花とその蕾。
それらを模った華やかな装飾が目立つその建物は、ことによると王宮よりも華美かも知れないとメナは思う。
貴石教会は、それが罷り通るほどの力を持った勢力だった。
「―――相変わらず、派手な様式ですね」
メナが呆れ混じりに言うと、ギノーはキラキラとした目で言った。
「私は良いと思いますわ。神がおわしますのなら、喜ばれると思いますもの」
メナは彼女が貴石教に対して敬虔なことは知っていた。
それは別に珍しいことでもないが、彼女はあまりに純粋だ。
だからこそメナは彼女の言葉から、自分がいまだに政治的な事柄に囚われていることに気づいて苦笑する。
「―――そうとも言えるかも知れませんね」
メナはそれほど熱心な信徒とは言えなかった。
それでも、「貴石の教え」それ自体に対して疑問を抱くことはない。
それほど、貴石教はこの地に暮らす民の精神と深く結びつく、歴史の長い教えだった。
それは古くはアタナティス王国の成立前、水の民と石の民のそれぞれに交流がなかった時代にまで遡る。
石の民を取り込んでアタナティス王国となった際、その元となった信仰が名前を変えたもの、それが貴石教だ。
特に貴石の教えの基盤である「水の法」は人々の生活を豊かにする技術であり、同時に人として生きることの基盤を説く教えでもある。
その力を借りて、アタナティス王国は多くの民を治めていた。
貴石教があってこそのアタナティス。
だがそれは、逆もまた然りのはずだ。
(教会は、王宮での出来事を掴んでいるのでしょうか)
もし掴んでいないのだとしたら、彼らは彼女の襲来にどのように対応するだろうか。
敵がカゥコイ家とイカコ家であると知った時、特に教徒の少ないイカコ家に対してはどのように出るのか。
メナはボンヤリと考える。
あるいは大きな戦いが起こるかも知れない。
教会はイカコの領と面している。
ゆえにこの機に乗じてそれを打破するために動く、ということも考えられた。
そうなれば、メナたちにとっては大きな助けにはなる。
「……」
メナは眉間に手を添えて目を瞑って息を吐く。
余計な仮定を立てすぎていると思った。
仮にそうでなくとも、彼女たちが教会領に来ることを選んだ以上、助けを期待する他ない。
大聖堂は人々に恵みをもたらす、教会の総本山。
人としての生き方を説く教えの源。
道理としては助けを得られぬ筈がなかった。
(―――いずれにせよ、彼らが知らぬはずがありませんね)
メナは教会の情報源について思い出し、苦笑する。
その苦笑に気づいたギノーが目で問い掛けてきて、メナは軽く首を振って微笑む。
「教会に着くのが待ち遠しいな、と」
ギノーは「えぇ」とメナに微笑み返し、前を向く。
「―――もう少しでございますわね」
ギノーがほっとしたように呟き、メナも道の先を見る。
馬車は今、教会へと続く道の脇にある、ひときわ大きな丘の横を迂回するところだった。
確かにもうすぐだ。
メナはギノーに同意を示そうと口を開いた。
その時だった。
抗議の声を上げて馬が動きを止める。
そして、そのいななきの隙間から、ドゥカイの緊張した声がメナに届いた。
「―――引き返します。掴まっていてください」