昭和46年怪談 600型電話機
私は怪談や都市伝説のような不思議な話しが好きで、知り合った人から、そういった話を聞き出すのが趣味のような男です。
いろいろな方々から、かなりの数の話を聞いていますが、その数々のお話の中から選りすぐりを、皆さまに御紹介いたします。
今回は、昭和46年当時、普及が進んでいた固定電話が初めて設置される家庭の話です。通称、黒電話が不思議な世界への入口です。当時、小学生だった男性ヒデオさん(仮名)に取材で聞いた話を私がまとめました。
当時小学生だったヒデオさんは、その日、学校の下校時間が待ち遠しくて、しかたありませんでした。なぜなら、ヒデオさんの家に電話がやってくる日だからです。
(家に電話がくる)
そう思うと、ヒデオさんは朝からソワソワ落ち着きませんでした。帰りの会が終わると挨拶も、そこそこに教室を飛び出します。
「ヒデオ!廊下を走るな!」
担任の先生の怒鳴り声を後ろに聞きながら、返事もせずに家路を急ぐヒデオさんでした。
梅雨に入る前のさわやかな日差しの中、ヒデオさんは我が家のある団地へと急ぎます。ヒデオさんは団地の敷地に入る頃には汗だくになっていました。
13棟404号の我が家まであと少しです。ヒデオさんの家の部屋へと上がる階段の前に見慣れぬ作業用のバンが止まっていました。
「もう、来てる」
ヒデオさんは声に出すとそのまま階段を駆け上がります。途中に作業服を着た小太りのおじさんが、ゆっくり上っていました。
「こんにちは」
追い抜きながらヒデオさんは、おじさんに挨拶をします。
「ああ、元気だな」
関心するように、おじさんはそう言うと作業着の袖で額の汗をぬぐいました。ヒデオさんは、そのスピードのまま404号の部屋に向かいます。
「ただいまーっ!」
団地のスチールドアを開けて靴を脱いで急いで部屋に上がっていきます。
「おかえり、もうっ、なにっ行儀悪いわよ」
靴も揃えず上がってきたヒデオさんに、お母さんが言います。ヒデオさんのお母さんはショートカットで当時人気のチータに雰囲気がにてます。
ダイニングキッチンに電話台、その上に光沢のある黒電話が置かれていました。
「わあっ」
ヒデオさんは電話を見て声をあげます。そして、そのまま電話を見つめています。
作業しているおじさんが電話台の横の壁から電話線を通しながらヒデオさんに言います。
「嬉しいか坊や、大事にしないといけないよ」
「うんっ、大事にするよ」
「はははっ」
「はははっ」
ヒデオさんの嬉しさを隠さない無邪気さに作業員のおじさんもお母さんも笑ってしまいました。
「じゃあ、電話を鳴らしますね」
さっき、ヒデオさんが追い抜いた、小太りの作業員のおじさんが入ってきて言いました。
設置された電話を取り囲むように作業員のおじさん二人と、お母さん、ヒデオさんが電話を見ています。
ジリリリリーッ!
「鳴った鳴ったよ!お母さん」
ヒデオさんは、お母さんの腕にしがみついて言いました。
「電話だから、当たり前でしょ、手を放して」
そう言って、ヒデオさんの手をほどき、お母さんは受話器をとります。
「はい、13棟404号の……」
ヒデオさんは一人ダイニングキッチンに置かれたテーブルとセットの椅子に腰かけて電話をながめていました。
作業員のおじさん達は設置が終了したので別の現場へ向かいました。
「ヒデオはお留守番お願いね」
お母さんは、そう言って夕飯の買い物に行くと出ていきました。ついでに家に置く電話帳も買ってくると言いました。
昭和のこの頃は各家庭の電話の横には手書きの電話帳が置いてありました。よくかける電話番号などを手書きで書いておく手帳のようなものです。ただ、昭和の頃の人々は色々な場所の電話番号をよく記憶していたように思います。筆者も昭和の頃は、よくかける電話番号を何件も記憶していました。今は自分のスマホの電話番号も覚えられませんが……。
ヒデオさんの耳には開け放したベランダの窓から子供たちの遊ぶ声が入ってきます。いつもなら留守番など、おかまいなしに公園に遊びに行ってるはずですが今日は、そんな気になりません。ずっと、黒電話を見ていたいからです。まだ、誰にも番号を言ってないので鳴るはずのない電話をヒデオさんは、ただ見ています。
「お父さんが帰るまで電話に触っちゃだめよ」
お母さんは何度もヒデオさんに、そう言い聞かせました。ヒデオさんもお父さんが怖いので電話を触らずに眺めるだけでした。
ですが、その辛抱も長くは続きません。
「ちょっとぐらい触っても分からないだろう」
ヒデオさんは黒電話に近づいていきます。ただの機械なのに、なぜか黒電話には威厳のようなものを感じていました。真新しいピカピカの黒電話に、ゆっくりと右手を伸ばします。
ジリリリリーッ!と静寂を引き裂くような大きな音が響きました。
「ギャーッ!」
ヒデオさんを咎めるように電話が急に鳴って、ビックリしたヒデオさんは大声をあげて尻もちをつきました。鳴るはずない電話のベルがけたたましく響きます。
ジリリリリーッ
容赦なく黒電話はなり続けます。いったい誰だ。ヒデオさんは、訳が分かりません。黒電話は、さっきまでの静かな威厳のある姿からヒステリックに、吠えたてる子犬のように手が付けられない存在へと変貌しています。
「あわわわわっ……」
もうヒデオさんはパニックです。パニックのまま起き上がり黒電話の受話器をとり耳にあてます。
「も、も、もしもしっ」
かろうじて、そう言いました。
「おぉ、その声はヒデオか?」
聞き覚えのある声でした。
「俺だ、俺、ハルオだ」
「ハルオにいちゃん?」
ハルオにいちゃんはお母さんの弟です。お母さんとは年が離れていて独身だったので叔父さんではなく、にいちゃんと呼んでました。小さい時からヒデオさんをかわいがってくれてました。
電話な相手がハルオにいちゃんと分かり、ヒデオさんは安心感からか膝からへなへなと崩れ落ちそうになりました。
「そうだ、しばらく会ってないから声を忘れたか」
「忘れてないよ」
少し怒ったようにヒデオさんは言いました。
(確かに、しばらくぶりだけど大好きなハルオにいちゃんを忘れるわけがないじゃないか)という思いでした。
「そうか、すまんすまん」
「でもハルオにいちゃん、お母さんは今、買い物に行っていないよ」
お母さんに用事かと思ってヒデオさんは、お母さんの不在を伝えました。
「そうか、いいんだ。ヒデオの声が聞きたくてな」
「僕もハルオにいちゃんの声が聞けてうれしいよ」
ヒデオさんは本当にそう思っていました。最初の電話がハルオにいちゃんで嬉しかったんです。
その後、ヒデオさんが覚えていない赤ちゃんだった頃にハルオにいちゃんにおしっこをかけた話や一緒にプールに行った話、昨年に親戚一同で行った万博の話なんかを取り留めも無く二人で話していました。そういうとハルオにいちゃんとは昨年の春の万博以来会ってなかったなとヒデオさんは思いました。
ハルオにいちゃんとの電話は楽しくて時間を忘れるほどでした。
「ヒデオ、そろそろ、お別れだ。姉さんや兄さんによろしくな」
とハルオにいちゃんは言いました。ヒデオさんはハルオにいちゃんの言いように、なにか不穏なものを感じて
「また、一緒に遊ぼうよ、そうだ、夏休みプール行こう」
と、つとめて明るく話しました。
「達者でなガガッ……みんなガガッ……幸せガガッ……ガガッ……ガガッ……ガチャッ ツーッ ツーッ ツーッ ツーッ -------------------」
ハルオにいちゃんの声は雑音で聞き取れなくなり電話は切れてしまった。
ヒデオさんは、しばらく受話器を離さずに電話が切れた後のツーッツーッという音を聞いていました。
その音を聞きながらヒデオさんは、涙を流していました。
通話の最後、雑音の向こうでハルオにいちゃんの泣き声が聞こえたのです。ハルオにいちゃんの悲しさや、くやしさ、やるせなさの感情がヒデオさんに、なだれ込んできて涙が止まりませんでした。
なぜか分かりませんがヒデオさんは、ハルオにいちゃんが死んだんだと思いました。
ヒデオさんが受話器を耳に当てたまま泣いているのを見て、帰ってきたお母さんは驚きました。
「何があったのいったい」
お母さんに聞かれてヒデオさんは
「ハルオにいちゃんが……ハルオにいちゃんが」
と泣きながら言うのが精一杯でした。
それを聞いて、お母さんは何か察したようでした。
「わかった。受話器をお母さんに渡して」
後からヒデオさんが聞いたところによるとハルオにいちゃんは昨年の親戚一同で行った万博から帰った後にバイクの事故で植物状態になっていたのです。まだ、子供だったヒデオさんには両親は内緒にしたようです。
そして、ヒデオさんがハルオにいちゃんと電話で話していた、ちょうどその時間に旅立たれたそうです。
電話ができるはずもない植物状態のハルオにいちゃんが死ぬ前にかけた電話にヒデオさんは出たことになります。
なぜ、ハルオにいちゃんはヒデオさんと話をしたのでしょうか。
ハルオにいちゃんのお父さんやお母さんでなく、お姉さんであるヒデオさんのお母さんでもなく、甥っ子であるヒデオさんとなぜ、ハルオにいちゃんは、今わの際で話をしたのでしょうか。その理由はヒデオさんにも分かりません。
ただ、私は、少し推察します。
ヒデオさんは、この後も不思議な体験を数多くします。その話は、追々、別の話として、ご紹介させていただきます。
つまり、ヒデオさんは、そういった霊などの不可思議な存在と波長が合うアンテナのようなものを持っている人なのではないかと思います。
だから、ハルオにいちゃんはヒデオさんと最後にコンタクトが取れたのかもしれません。
ハルオにいちゃんはヒデオさんとだけ、話ができた。それはヒデオさんの特殊な能力にシンクロした黒電話があったからこそ、おきた奇跡なのかもしれません。




