昭和61年怪談 カセットテープウォークマン
私は怪談や都市伝説のような不思議な話しが好きで、知り合った人から、そういった話を聞き出すのが趣味のような男です。
いろいろな方々から、かなりの数の話を聞いていますが、その数々のお話の中から選りすぐりを、皆さまに御紹介いたします。
今回は、取材で訪れた地方都市で偶然入った居酒屋の大将から聞いた話です。
昭和61年、大将が中学生のときの出来事です。
当時、人気絶頂のアイドルが起こしたショッキングな事件とカセットテープウォークマンが恐怖への入口でした。
(本文の当時の話は大将の一人称の形をとって私が書いています)
昭和61年4月某日、人気絶頂の女性アイドル歌手が自ら命を絶った。
ビルから飛び降り自殺。
当時、中学生だった私にとって、そのニュースの衝撃は凄まじいものだった。
いやっ、私だけでなく当時の思春期の少年少女たち全員が大きな衝撃を受けたに違いない。
当時のマスコミの過熱報道は異様な様相をていしていた。
連日、テレビでは故人であるアイドルのプライバシーなどお構いなしで報道合戦に明け暮れていた。
アイドルの自殺の有力な理由として、俳優との交際のもつれによるものだと、テレビを含めマスメディアが一斉に報道すると、名指しされた俳優はすぐに交際を否定する記者会見を開いた。
その会見をテレビで見た私は、その俳優が、オッサンだったことに、ひどく驚いた。
テレビで見る、そのアイドルは笑顔の印象が強く、可憐で、18歳だったけど、もっと幼い印象で大人の色恋などとは無縁だと思っていた。だから、当時、中学生だった私は余計に驚いたのだろう。
しかし、それは中学生男子の勝手な思い込みだ。
昭和のアイドルである彼女は特定の人物との恋愛などとは隔絶した思春期の偶像として、自らの意思ではなく大人たちによって作り上げられたものなのかもしれないのだから。
過熱報道が、おさまりを見せないなか、社会ではウェルテル効果といわれる現象が起こる。
ウェルテル効果とはマスコミの報道に触発されて自殺をおこす人々が増える現象だ。この報道が始まってから、特に多感な若者達が後を追うように死んでいった。
ここに来て、マスコミは一斉に火消しにまわった。ワイドショーでは命の大切さを説き、有名俳優をキャスティングして若者達に死なないように呼びかけていた。
何という醜悪さだ。中学生だった私でもマスコミの大人達の身勝手さが透けて見えて、怒りを感じるほどだった。
そんな報道の中でも一番の衝撃を放ったのが、当時、一世を風靡していた写真週刊誌の記事だった。
雑誌の見開きに大きな写真で、そのアイドルが飛び降りた直後の写真を掲載したのである。
昭和のこの時期、ギラギラとした欲望と暗い好奇心が倫理観を凌駕して噴出した瞬間だったように今は思う。報道機関が自身の正当性を報道の自由を盾に叫んだとしても、許されることではない。
中学の教室の一角に同級生達の人だかりができていた。私はその集団の一人にどうした?と声をかけた。
その集団の中心にその雑誌があった。机の上で問題の写真のページが開かれていた。
今でも脳裏に焼き付いている。そのアイドルが死んだ直後を写した一枚。
その人だかりの男子達が、写真を指差しながら、脳みそが写っていると騒いでいた。遠巻きに見ている女子たちの中にはショックからか泣いている子もいた。
中学生の私は好奇心に駆られて、写真を見た。その瞬間、私は雑誌社の罪と同じ罪を背負った。
それから、数日がたった日曜日。天気もいいので私は街にぶらりと出かけた。用事があるわけではない。ただ、家から出たかっただけだ。
私の家は飲食店をやっていて、騒がしいというのも理由のひとつだが、なにより家にいるとどうしてもテレビをつけてしまうからだった。テレビは相変わらず、そのアイドルの関連情報を流し続けている。そんなテレビは気が滅入るだけだ。
私は、親に買ってもらったソニーのウォークマンを聞きながら、商店街を歩いていた。
両親は忙しく、学校の行事なども出れないことが多いので、その負い目からか私が欲しいものは、よく買ってくれる。このウォークマンも、ねだって買ってもらった。
ウォークマンはいい。特に、こんな世間の雑音をシャットダウンするには、もってこいだ。
レコードレンタル店で借りた、お気に入りのシングル曲を詰め込んだオリジナルのカセットテープを作るのが、当時の私の趣味のようなものだった。
好きな曲を聴きながら商店街を歩く。アーケードを抜けると駅前のロータリーにでた。
日曜日なので人通りは、それなりに多い。駅には向かわず反対側大通りの歩道を歩くと、雑居ビルと雑居ビルの間の細い路地が右手にある。
その路地を見るとはなしに見ると白いワンピースの女の後ろ姿が見えた。横丁のようなその路地は雑居ビルの1階に居酒屋やスナックなどの飲み屋が軒を連ねており、日曜の昼間に人通りはほとんどない。
横丁には場違いに思える白いワンピースに華奢な体を包んだ、その後ろ姿は、なぜか見たことがあるような感じがした。
軽やかに歩を進める女性の後ろ姿を私は立ち止まって、見入ってしまった。いやっ、魅入ってしまったのだ。
不吉な予感で心臓が高鳴っていた。この場を直ぐに立ち去りたいのに、その白いワンピースの後ろ姿から目が離せない。
ウォークマンの音は、耳に入ってこない。視神経に感覚をすべて集中して使っているからだろうか。
白いワンピースの女性は、ゆっくりと顔を横に向ける、セミロングの黒髪が、ふわりと揺れて横顔があらわになった。
可憐な見知った横顔だった。
亡くなったはずのアイドルが私の前を歩いていたのだ。
寒気が走った。暑くもないのに汗が全身から吹き出てきた。ありえない状況に体が訳の分からない反応をしている。
白いワンピースのアイドルは体も横に向けて歩みを進めると左側の雑居ビルの奥の影に姿消した。
彼女は私を呼んでいるのだ、行かない訳にはいかない。中学生だった私は何故か、そう思い込んでしまっていた。
恐怖で逃げ出したいのに、追いかけずにはいられなかった。
私は小走りで彼女が消えた雑居ビルの奥に向かった。雑居ビルの奥はスチール製の非常階段だった。いつも閉じらているだろう扉は、私を招くように開かれていた。
私はスチール製の階段をゆっくりと上った。
階段から見える春の空は霞がかって見えるが小鳥がさえずり、のどかな印象だ。実際、私以外の人間のほとんど全員が今日の空を見上げて、そう思っているだろう。しかし、私には春の空をのどかに眺める余裕はない。
私の中の相反する気持ち、彼女を追わなければいけない使命感のようなものと、一刻も早く、この場を逃げ出したい本能が、私の歩みをひどくゆっくりとさせている。それでも私は一歩一歩、階段を上った。絞首刑台の十三階段を上る死刑囚のような思いだったのかもしれない。
私は非常階段を上って屋上にでた。手すりも付いていない屋上はコンクリートむき出しで、ほとんど何もなかった。
その雑居ビルは5,6階建てだったと記憶している。それでも昭和当時の、この街には10階を超えるような高い建物は無かったので屋上に上ると遠くまで見渡せた。もちろん、この時の私に景色をめでる余裕はなかった。
白いワンピースの彼女が後ろ姿で立っている。私が上った階段の反対側の屋上の端でスカートの裾を風ではらはらと揺らしながら立っている。
「行きましょう。一緒に」
後ろ姿のまま彼女は言った、テレビ見ていたときと変わらぬ声で。
「私、待っているのよ。あなたのこと」
そう言うと彼女はゆっくりと私のほうを振りむこうとした。私は恐怖のためか、体がまったく動かなかった。
「だって、あなた私の……」
ゆっくりと振りむいた彼女はテレビと変わらぬ愛らしい笑顔のまま、
「私の死体を見たんだから」
と言った。
際限なく私は涙を流した。理性は飛んで幼子のように声を出して泣いた。
彼女は背中を向けると歩き出した。私はその後に続いて歩いていた。その先は、のどかな春の空だ。そこに飛び出せば、すべて終わる。
その時、ウォークマンのヘッドホンからの曲が不意に私の聴覚を刺激した。今の今まで、まったく耳に届かなかった音楽が、しっかりと聞こえた。
耳に届いたその曲は私の目の前で後ろ姿を見せるアイドル歌手である彼女が最後にレコ—ディンクした曲で彼女の最大のヒット曲でもあった。
大人びた歌詞のその歌は少女が精一杯生きた証だ。
少女の澄んだ声は人を死に至らしめるのを是とはしない、心優しい人の歌声だった。
なぜ、分からなかったんだ。彼女は、ただ、自分を生きたんだ。その一生を他人が、どうこう言ったところで彼女の価値はゆるがない。
ましてや……。
「ましてや、彼女の姿を借りた偽物が彼女を汚すことなどあってはならない」
立ち止まり、私は大声でそう言った。
私の前を歩く彼女の偽物が立ち止まり振り向いた。さっきとまるで別人だった。偽物は醜く卑屈に唇をゆがめて、いやらしく笑うと、
「汚したのは、お前らじゃないか」
と言って、溶けるように消えた。
その後の事は、あまり覚えていない。
令和の地方都市の居酒屋。
カウンターの向こう、しゃべり終えた大将は目を潤ませながら黙っていた。カウンターに座る私は大将に向かって自分が注文した瓶ビールを差し出した。
「貴重な体験談をありがとうございます。のどが渇いたでしょう一杯どうですか」
「ありがとうございます。いただきます」
大将は美味しそうにビールを飲んだ。
平日の遅い時間なので客は私だけだ。アルバイトの女の子もさっき大将が、あがらせていたので店は私と大将だけだ。
「こんな話、誰にもしたことないのにね、お客さんは不思議な人だ、しゃべってしまった」
「申し訳ないです。つらい気持ちにさせてしまった」
「いやっ、なんか、ずっとしゃべれなかったから、スッキリしました」
「そう言ってもらえると、ありがたいです」
私は、再びビールを大将のコップに注いだ。
「ただ、今思うと、あれは本当にあったことなのか私の幻覚のようなものだったのか判断がつきません。ただ、やっぱり、あれはあったことだとも思うんですよ」
と、大将は照れ笑いを浮かべた。
「そう言うと大将、ウォークマンのCM覚えてますか?」
「CM?もしかしてサルのやつですか」
「そうです、そうです」
昭和のウォークマンのテレビCMで直立のニ本脚で立つサルがウォークマンを聞いているというものだ。そのサルの表情が物憂げで、なにか哲学的な思索をしている感じがするCMだった。
「当時、話題になりましたよね。私なんか、あのサルは人間より賢いんじゃないか?と思いましたよ」
「大将、あのCMのキャッチコピー覚えてます?」
「いやっ、覚えてませんねぇ」
「こうでした」
私は少し芝居じみた感じで右手の人差し指をたてて、
「音が、進化した。人はどうですか?」
と言って笑った。
大将は、何も言わず、苦笑いを浮かべていました。




