異世界クッキー狂騒曲
はい、いらっしゃ~い! 甘くて美味いクッキーだよ!」
俺は今、バラックのような露店でクッキーを売っている。
なぜ、クッキーなのか?
それは俺の掌から、丸くて茶色な甘いやつが、沢山出てくるからに決まっている。
なぜクッキーが掌から出てくるのか?
そんなことは知らない。
理由なんて、俺をここに連れてきたやつに聞いてくれ。
露店を出しているこの街は、人口10万人ほどの街。
日本ではなく――ありていにいえば、異世界ってやつだ。
ある日俺は、突然に異世界の道端に立っていた。
突然のできごとと、なにも持っていない俺はうろたえた。
もちろん、定番の「ステータスオープン!」もしてみたが、反応なし。
魔法も使えないし、色々と試した結果――判明したのは掌からクッキーが出る能力。
「なんじゃこりゃ?」
――と思ったのだが、少々思い当たる節がある。
俺はPCでクッキーを焼くゲームが好きで、ずっとやっていた。
一時期流行ったあと、話題にもならなくなったのだが、俺はゲームを続けていた。
もしかして、そのせいだろうか?
そんな馬鹿なことが? と思いたいのだが、他には見当もつかない。
アホな能力に目覚めてしまった俺だが、いいこともある。
クッキーを食えば腹も満たせたし、簡単に金になったのだ。
突然、道端に立っていた俺は、当然一文無し。
掌から出したクッキーを通行人に売って、簡単に金をゲットできた。
値段は、クッキー5枚で2000円。
こちらの通貨で、銅貨2枚だ。
クッキーが1枚400円なんて暴利に思えるかもしれないが、この世界で甘いお菓子は貴重品。
なにしろ砂糖が超高級品なのだ。
5枚で2000円でも、破格のお値段だと思う。
俺は市場に露店を出す権利を買うと、最初に売った値段と同じクッキー5枚で銅貨2枚の値段を掲げて商売を始めた。
とりあえず、クッキーならいくらでも出てくるので、元手はゼロ。
丸々が、俺の儲けになるってわけだ。
露店の場所代が少々かかるが、微々たるもの。
一日だいたい50~60人の人々がクッキーを買っていくので、10万~12万円の儲けになる。
月収300万円以上だ。
普通に元世界で暮らしていたときより金を持っている。
まぁ、大金稼いだからといって、使うあてもないのだが……。
刀剣などを買っても使えないしな。
買い物にやってきた騎士に剣を持たせてもらったけど、かなり重い。
あんなのを振り回すようになるには、相当な訓練をつまないとだめなはず。
そんなことをしなくても、のんびりと暮らせればいいのだ。
客も増えて忙しくなったので、人を雇った。
ボロボロの継ぎ接ぎだらけのワンピースを着た黒髪の女の子だ。
俺の売っているクッキーを遠くからジッと見つめていたので、声をかけた。
話を聞くと母親が病気らしい。
金がなくて、医者や治療師にも診せられないというから、バイトで雇った。
店員をやらせるのに、あまりみすぼらしい恰好だとマズいので、古着で青いワンピースを買ってやった。
髪も切り整えてやると、結構可愛い。
これはいい売り子になるだろう。
計算はできないらしいが、ここでの勘定は簡単だ。
クッキー5枚で銅貨が2枚。小四角銀貨だったら、銅貨3枚のお釣り。
クッキー10枚で銅貨が4枚。小四角銀貨だったら、銅貨1枚のお釣り。
だいたいこれで商売できる。
銀貨や金貨は断ればいい。
とりあえず図に書いて説明してやると、すぐに覚えた。
頭のいい子らしい。
給金は一日銅貨2枚――2000円。
元世界の感覚からすると、安いような気がするが、大人でも日当は5000円ぐらいが普通らしい。
俺は、銅貨の他にクッキーを10枚現物支給した。
食事としてそのまま食べるもよし、近所に売ってもよし。
女の子の母親が病気のようなので、クッキーをお湯で溶かして粥状にして食べさせることを提案した。
クッキーは、小麦粉、砂糖、卵、牛乳――とかなりの高カロリー食品だ。
間食にクッキーを食べたりすると、確実に太るからな。
クッキーで栄養をつけたあと、俺が金銭的に援助して治癒師を頼むと、女の子の母親はすぐによくなった。
身体が元気になれば働けるようになり、女の子の家庭は最悪の状況から脱出した。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
女の子がニコニコして、俺を見上げている。
人助けってのは、やはりいいものだ。
「はは、まぁこのぐらいどうってことないさ」
どうせ金を持っていても、あまり使う当てもないのだが、ないよりはあったほうがいい。
――というわけで、店は順調だが、俺は女の子の家に行くとカマドを借りた。
新たなる商品を開発するためだ。
女の子の母親のために、クッキーをお湯に溶かして粥状にしたのだが、このときピンときた。
そのピンを形にするわけだ。
大きな鍋を購入して、その中に砕いた大量のクッキーを投入。
グツグツと煮込む。
この商品開発の過程で面白いことに気がついた。
俺が出したクッキーは消せるのだ。
食べたりすると、その効果はなくなるようだが。
その上澄みを別の鍋に移して、更に水分を蒸発させていく。
クッキーを更に煮込み、上澄みの水分がなくなると――鍋の底や縁にびっしりと点いたのは……。
そう、砂糖の結晶だ。
この世界は砂糖が貴重、小瓶(約20g)に入ったものが5万円ぐらいで売られている。
俺の所からクッキーを買っていったお客が、それを砕いて砂糖代わりにしているという話も聞いていた。
こいつは、クッキーじゃなくて本物の砂糖だ。
結晶の形になれば、他の料理やお菓子にも使える。
少々茶色いが、砂糖が貴重な世界では、これでも十分に商品になるだろう。
砂糖は、市場より少々安い小瓶に入ったものを3万円で売りに出した。
一般市民では中々手がでない金額なので、客は他の商人や、貴族の遣いなどが買っていく。
貴族は一気に1kgぐらい買ってくれたので、本当は150万円のところ、100万円に値引きしてやった。
それが功を奏したのか、次々と貴族たちが俺の砂糖を買いに来たのだ。
ウハウハだった俺だが、こいつがいけなかった。
この街のヤバいやつらに目をつけられてしまったのだ。
出る釘は打たれるってやつだな。
突然、拉致られて、街の外れにある廃屋に連れ込まれた。
それなりにいい服を着たやつらと、銀色の鎧を着た連中がいる。
小綺麗な恰好をしているやつらは、8○3の幹部連中だろう。
鎧や剣を持っているのは、実行部隊ってわけだ。
俺が儲けているのが気に入らない商人がいるのか、それともこの8○3のシマを荒らしたと思われたのか。
「こんな所に連れ込んでどうするつもりだ!」
狭い部屋に押し込まれ、床に放り投げられた俺は、無駄だとは思うが一応聞いてみた。
「なにごとも、やりすぎってのはよくねぇんだよ」
四角い顔に大きな傷が入ったオッサンが、俺の質問に答えた。
「なにが駄目だった? 貴族に砂糖を売ったことか?」
「……」
男たちが黙っているってことは、そうなのだろう。
上客を取られて、それをよく思わない商人が、こいつらに頼んだってことか。
「それじゃ、俺がこの街から出ていけば、それで済むだろ?」
「それだけじゃ済まねぇなぁ……」
ニタニタ笑っているチンピラ連中を見れば、黙って返してくれるとは思えん。
「それじゃ、俺がどうやって砂糖を作っているか、教えてやる。そうすれば、お前らも儲けられるぞ?」
「ほう……」
やつらが興味を示したようだ。
「ほんじゃ、教えてやらぁ! おりゃぁぁぁ!」
俺の差し出した手から、大量のクッキーが溢れ出た。
「うわあぁぁ!」「なんじゃこりゃぁ!」「この野郎……や、やめ……」
狭い部屋があっという間にクッキーで一杯になった。
完全に埋まってしまえば、身動きが取れないだろう。
俺は、自分の周りだけクッキーを消して、茶色の山に這い上がればいい。
「ぐぐぐ……」「助けて……くれ」
クッキーの下から、8○3連中の声が聞こえてくるが、助けるはずがない。
開いていたドアからもクッキーが溢れて、隣に部屋まで雪崩れている。
「なんだこりゃ?!」「おい!」
隣の部屋にもチンピラが2人残っていたので、クッキーで埋める。
「おりゃぁ!」
「うわぁぁ!」「クソ! てめぇ! ああ……」
俺はクッキーに埋もれた8○3連中に別れを告げ、廃屋から脱出すると女の子の家に向う。
走って到着して扉を叩くと、女の子と母親が顔を出した。
「あ、お兄ちゃん!」
「はぁはぁ……ちょっと8○3連中と揉めてしまってな。この街からトンズラしようと思う」
「ええ?!」
「よく店を手伝ってくれたね。これはお礼だ」
女の子に金貨2枚を渡した。
「それじゃな!」
「お兄ちゃん!」
ちょっと別れは寂しいが、やむを得ない。
せっかく上手くいきそうだったのに、とんだトラブルに巻き込まれたぜ。
次は、もっと上手くやらんとな。
俺は街を出る馬車を見つけると、金を払って乗せてもらった。
目指すは隣の都市だ。
「はぁ……まぁ、こういうこともあるさ」
俺の冒険はまだ始まったばかりだ。
END