中二(い)世界へようこそ 3話
異世界にやってきて初めてを経験した。
なんの初めてか?
それは察しろ。
そんなことより、俺の魔法が発動しない理由が解りそうだ。
街角で知り合った魔導師のお姉さんの店を訪ねて、その理由を聞いてみたのだ。
魔法へのアプローチは間違ってないらしい。
自分の中でイメージしたものを、口に出して詠唱する。
詠唱に決まった語句はなく、要は頭の中のイメージをどれだけ詠唱で表現できるか――ということらしい。
俺の頭の中にあるのは、アニメやらゲームのエフェクトのイメージなのだが、男の子ならそういうのに慣れ親しんでいる訳で、この世界の人たちよりは、その点で有利ってことになる。
もちろん、とんでもないデカい魔法を使おうとしても、それ相応の魔力が必要になる。
それは解ったが、なぜ魔法が発動しないのか?
彼女の話によると、俺の詠唱の頭に、「女神への賛美がない」ということだった。
女神への賛美?
なんだそりゃ――魔法を使うためには、そんな前置きが必要なのか。
それが正式な手続きだとすると、俺が魔法を使えない理由が解った。
もっと詳しい話を聞いてみることにした。
「お姉さん、女神への賛美というのは?」
「……あなた、本当に魔導師なの?」
「魔法っぽいのは使えるんだが、正式に習ったものじゃないんだよ」
「それじゃ、我流なの?」
「そうそう――俺って天才だからさ」
「まぁ、我流で魔法が発動する手前までいったのなら、それは確かにすごいかも」
「なにせ、そいつでレッサーも倒したしな」
「驚きね」
彼女の話だと、この世界で人々に力を与える存在として複数の女神がいるらしい。
つまり魔法の力も、女神から与えられた力を行使するもの。
そのためには、彼女たちを賛美する語句が必要になるようだ。
「その女神の名前ってのは?」
「あなた、それも解らないの?」
「ああ」
「それなら、魔法協会に行って調べてもらいなさい。登録にお金がかかるけど」
「どのぐらい?」
「金貨1枚」
金貨1枚あれば、普通の人が1ヶ月間暮らせるみたいな話じゃなかったか?
ずいぶんと高いな!
高額な登録料だが、魔法協会に入らないと、魔導師としても活動ができないらしい。
現在の俺は、モグリってことだ。
「そりゃ、マズいな……お姉さん、メイメイって商人の店は解ります?」
「解るわよ」
「教えてください。また少し前借りしないと」
彼女から店の位置を教えてもらう。
「ありがとうございます」
「あら、自分のこと天才だとなんのと言う割には礼儀正しいのね?」
「俺が天才なのは事実で、別に粋がっているわけじゃないですから。それに礼儀は礼儀ですよ。人として必要なものです」
「うふふ」
彼女が微笑んでいる。
解ってもらえただろうか?
「それじゃ、なにか必要なものができたら、またお伺いします」
「待ってるわね」
黒い魔法店から外に出ると、また色彩豊かな街の中に溶け合う。
彼女から描いてもらった地図を見ながら、あの商人の店を探した。
お姉さんの話では、そんなに遠くないらしい。
500mほど歩いただろうか?
それっぽい小さな店を見つけた。
小さな店先には商品が山のように積み重ねられ、ごちゃ混ぜになって並べられている。
多様な商品が一つの空間に詰め込まれ、何が何だかわからなくなるほどの混沌だ。
店が開いているってことは、やっているのだろう。
彼女はいるのだろうか?
あの巨大なドラゴンの解体がすでに終わったとは考えにくいのだが……。
そういえば、魔法の袋ってアイテムを持っていたな。
とりあえずぶった切って、その袋の中に入れればそれで終了なのだろうか?
よく解らないが、とりあえず店はやっているようだ。
俺は中に入ってみることにした。
「ちわ~」
混沌が混沌に足を踏み入れる。
這い寄る混沌。
いったいなんの店なんだろうな?
売れるものならなんでも売ろうという店なんだろうか?
「は~い!」
店の奥から彼女の声が聞こえてきた。
「メイメイ」
「はい?」
声をする方向へ向かうと、荷物整理をしている彼女がいた。
相変わらず、眩しいふとももとヘソだ。
「俺のことを忘れたわけじゃないだろうな?」
「大丈夫、覚えているから。ドラゴンの代金はもうちょっと待ってくれない? 全部処分できたら、払うから」
「それはいいんだが、魔法協会に行きたいから、ちょっと前借りさせてくれ」
「魔法協会って結構高かったような……」
「金貨1枚だってさ」
「やっぱり、商業ギルドだって銀貨1枚なのに」
さすが商人だな。金にうるさい。
「そういう決まりなんだから、仕方ない。とりあえず登録しないと魔導師として活動できないらしいからさ」
「そうだけど、今まで入ってなかったの?」
「言ったろ? ド田舎だったんで、そういうのがなかったんだよ」
「ああ、ギルドがない村とか普通にあるしね~」
彼女から金貨1枚をもらった。
「それから、宿屋はよかったよ。料理も美味いし」
「毛が入っていたでしょ?」
「まぁ、俺は気にならないよ」
「あはは」
「あ、そういえば、彼女の名前を聞いてなかったな」
黒い毛皮の猫耳少女の名前だ。
「彼女なら、ミーニャだよ」
「へ~、そうなんだ。ミーニャな」
「じ~っ」
彼女が俺のことを見つめているのだが、ちょっと白い目に近いような。
「なんだよ、別に宿屋の女の子と仲良くしてもいいだろ?」
「さっきの金貨だけど、別なことに使うんじゃないよね?」
「これは、魔法協会への登録料だと言ったろ?」
「ふ~ん」
「それより、ちゃんとドラゴンの代金は払ってくれるんだろうな?」
「大丈夫よ。カオスが、スケベでヘンタイで手が早くても、それは大丈夫だから」
バレテーラ。
まぁ、ミーニャもそういう商売だから、いいんだよ。
僕金を払うひと、彼女金を受け取る人――そういう関係だ。
「ん~、今日は耳が日曜日だから聞こえんなぁ」
「もう――ここの場所は誰かに聞いたの?」
「ん~あ~、魔法の店やってて、黒いドレスで胸がデカい……」
「あ~はいはい、チャチャね。彼女とも知り合いなの? そういえば、ドラゴンのことを聞いたからって飛んできたけど、カオスのことだったのね」
「まぁ、そういうこと」
「じ~」
また、白い目で見られているような気がする。
「あのお姉さんは、ただの知り合いだよ」
彼女はチャチャさんっていうのな。
「じ~――まぁ、いいけど」
彼女から魔導師協会の場所を教えてもらうと、店を出た。
金はゲットしたし、登録やらをしないとな。
協会は大きな通り沿いにあるということで、解りやすいということだった。
通りを歩いていくと、大きな建物が見えてきた。
その建物は、変わった外観を持ち、堅固そうな石造り。
上から見ると、五角形だろうか?
五階建ての高さを誇り、屋根は尖った形をしていて、窓は光が反射している。
建物の各階には彫刻やレリーフが施され、古代の塔のような趣だ。
石製の短い階段を上がると、正面玄関から中に入った。
正面にカウンターがあり、右側に上に上るための階段がある。
螺旋を描くように、上階へ続いているのだろうか?
天井には明かりが灯っているのだが、ここは魔導師の本拠地みたいだし、魔法による照明があってもおかしくない。
俺はカウンターに向かった。
カウンターには、メガネをかけた女性が、紺色の制服を着て座っていた。
端正な顔立ちと鋭い眼光を持ち、客に対する丁寧なサービスを提供する準備ができているように見える。
彼女の手は、書類やペンを扱う熟練した動きで、どんな質問にも応える用意があるようだ。
周囲の雑踏の中でも、その女性の落ち着きが光っていた。
「プロだ……」
「はい? なにか?」
「あ、いや――魔導師の登録をしたいのですが」
「はい、それではこの書類に必要事項を書き込んでください」
彼女から紙を渡された。
その書類は、印刷されたものだった。
この世界には、紙も印刷もあるみたいだな。
建物にはガラスがハマっているし、それなりに文明が発展しているように感じる。
それはそうと――見たことがない字なのだが、読めるのだから、書けるはず……。
俺はゆっくりと文字を書き始めた。
「書ける――俺にも書けるぞ」
「はい? なにか?」
「いや、なんでも」
1人でブツブツ言っていると、危ない人だと思われるな。
書類を書き込み終わったので、提出した。
出身地などは不明なので空欄だ。
「出身地が空欄ですが……」
「名もない村だったので」
「それじゃ、出身地はここでいいですか?」
「ええ――それと、俺の女神様が解らないんですが、調べてもらえると聞いたんですけど?」
「え?! そんな人いるんですか?」
「ほら、協会などがないド田舎だったんで」
「あ~なるほど~」
いったい、どんな僻地だったんだろう――みたいな顔をされている。
美人から蔑まれるのはたまらんな。
彼女が奥に引っ込む。
なにか玉を抱えて戻ってくると、それをカウンターの上に置いた。
「よいしょ――これに手をかざしてください」
「はい」
コレは――かの有名な水晶玉イベント?
玉が破裂して、「俺、またなにかやっちゃいました?」的なアレか?
俺はちょっとワクワクしながら、水晶を覗き込んだ。
その奥深くには、まるで星々のようなキラキラとした光が宿っていた。
微細なクリスタルが光を反射し、一筋の光が次々と煌めきを生み出している。
その輝きは、俺の心を奪う美しさ。
「はい、女神様の姿が浮かびましたか?」
「は?」
そう言われると――俺の頭の中には、黒いドレスに身を包んだ美しい女神が現れた。
彼女の艶やかな髪は長く、漆黒の波が白い背中の上をなびいている。
その髪からは、闇夜にも似た深い色彩が漂い、豊かな胸元からは、まさに女神と呼ぶにふさわしい母性が溢れ出す。
女神の姿は、まるで夜空に浮かぶ月のように神秘的で、俺を魅了した。
「どうですか?」
「あの、黒い長い髪で――」
「ああ、はい――『ン』様ですね。珍しいですね」
思わず、「ン様ですか?」と、聞き返しそうになってしまった。
この世界に本当に神様がいるなら、名前を聞き返すのは非礼だろう――と、思う。
黒い髪という単語だけで特定できたということは、黒髪の女神は、その「ン」様しかいないということだ。
「珍しいんですか?」
「はい」
協会の職員が嘘を言うはずがないしな。
ここで嘘をついても意味ないし。
とりあえず、力の源になる女神様の名前は解った。
要は、彼女を称える文章を、詠唱の前に加えればいいのだろう。
俺は早速、魔法を試してみるため、金貨1枚の登録料を払って魔導師協会から出た。
協会では、魔法による仕事の斡旋もしてくれるようだ。
異世界のハロワだな。
金がなくなったら、ここにやってきて仕事を探せばいいってことだ。
「さて、街の中で魔法を使うわけにはいかないだろうな」
俺は街の外に出て、誰もいない所を探すことにした。
そうだ――街の手前に大きな川があったな。
川に向かって魔法を打てばいいか。
俺は街の外に向かって歩き出したのだが、移動も魔法でなんとかできないか?
つまり、身体強化だ。
「おっと、試す前に、おやつを買っていくか」
露店で、りんごらしき果物を3つ購入。
早く金を稼いで、魔法の袋ってやつがほしいぜ。
ついでに、露店で肩掛けカバンを買った。
これでものが持ち運べる。
「さて、魔法を使ってみるか……」
本当に、女神を称えるだけで魔法が成功するのか?
とりあえず、試してみるしかないだろう。
「美しき黒髪の『ン』神よ――風がその髪をなびかせると、夜の帳を揺らすような幻想的な美しさを放つ。その女神の力をもって、我に俊足をもたらしたまえ――(俊足)ヘイスト」
これで魔法が使えるはず。
「おりゃ!」
俺はダッシュした。
「おおおっ!」
確かに速い!
速いのだが……。
「ハァハァハァ……つ、疲れるのは一緒か!」
しかも腹が減る。
街を少し出たところで、俺はバテた。
こりゃ、基礎体力向上もしないと駄目だな。
俺は歩きに切り替えると、カバンからりんごを取り出してかじった。
まだ解らないことはあるが、魔法がちゃんと使えるようになった。
俺の勘では、女神を称えれば称えるほど、魔法の規模がデカくなるはず。
「ン様! ありがとうございます!」
ちゃんと感謝をしないとな。
当然、お供えも必要だろう。
元世界の神様なんて信じてなかったが、ここには神様が本当にいるようだ。
彼女たちから超常の力を分けてもらえるなら、そりゃ崇めるしかないだろう。
俺は歩きで、橋までやって来た。
橋の途中には階段があって、中洲に降りられるようだ。
下には遊んでいる子どもたちが見える。
俺も折れ曲がり稲妻型になっている階段を下りた。
「そうだ――色々と試してみないとな」
階段の途中までやってくると、魔法を唱えた。
「偉大な白い肌の『ン』神よ。その美しさは雪のような清らかさを宿し――月光に照らされ、その輝きは星々をも凌ぐ。その肌美しき女神の力をもって、我に落下を制御する力を与えるたまえ――落下制御」
一応、落っこちても怪我をしない程度の高さから飛び降りてみた。
「とうっ!」
俺の身体は宙に浮いたように、ゆっくりと自由落下を始めた。
「おお! やった! これで高い所も怖いものなしだ」
まぁ、詠唱が長いんで、間に合うようにしないと駄目だが。
中洲で、子どもたちがなにをしているのかと見ていたら、石を拾っているようだ。
「おい、お前ら――石なんて拾ってどうするんだ?」
「綺麗なのは売れるんだよ」
上半身ハダカで、短パン一丁の子どもが石を見せてくれた。
半透明で縞模様がある石だ。
「ああ、メノウか」
「この石が好きな女神様がいるから、供物にしたりするんだよ」
「へ~」
それなら俺も、ン様に捧げるために探してみるかな――いや、待てよ。
下を見て探さなくても、魔法で探せばいいじゃん。
「偉大な2つの叡智を持つ『ン』神よ。至高の柔らかさを持つ2つの叡智は、知識と洞察の輝かしい柱を司る。その女神の叡智を持って、我にメノウの在り処を示せ」
さて――おお! 見える! 俺にも見えるぞ!
石の在り処が光って見えるのだが、一緒にいる子どもたちは見えていないようだ。
「小さいのはとりあえずイラネ。デカいのは――」
ぐるぐると辺りを見回すと、水中でなにか光るものがある。
ここからでも解るぐらいにデカいようだ。
靴を脱いでカバンに入れると、ズボンをめくって、ザブザブと水の流れの中に入る。
水は結構冷たく、ずっと入れていると足がしびれてくるようだ。
膝の辺りまで水に浸かって、流れの中に手を突っ込む。
冷たい水の中から光る石を取り出した。
「おりゃ!」
取り出すと、魔法の役目は終了したのか、光りが消える。
俺が持ち上げたのは、直径20cmぐらいの石。
外見は普通の石なのだが、中はどうなっているのか解らない。
魔法が女神への賛美とイメージの産物だというのなら、石をカットしたりもできるのではなかろうか?
部屋に戻ったら試してみよう。
俺は石をカバンの中に突っ込んだ。
石より、川で試したいことがある。
水上歩行だ。
これができれば、橋の必要もなくなるし、行動半径も広がるだろう。
たとえば、湿地帯などでも困ることはない。
女神を称えて、水上歩行の詠唱をしてみる。
元世界で観たアニメでそういうシーンがあったので、それをイメージしてみた。
そっと、水面に足を載せてみる――沈まない。
「やった」
水に沈まないし、ふよふよした変な感触。
まるでゼリーの上に乗っているようだ。
楽しんで戻ってくると、子どもたちが集まって来ている。
「……」
粗末な服を着た女の子がじ~っと俺のことを見つめている。
「どうした?」
「……私もやってみたい……」
小さな女の子の言葉に、男の子が反論した。
「バカ! 魔法って高いんだぞ!」
察するに、魔導師ってのは魔法を行使することで、高い金を取っているのだろう。
なにも戦闘に参加して魔物を倒したりするだけが魔導師ではないし。
たとえば、俺が使った水上歩行だって――橋が落ちてしまったけど、商人が向こう岸に渡りたい。
荷物を届けないと納期に間に合わない。
――みたいなことがあれば、水上歩行の魔法にも高い金を払うに違いない。
俺は女の子を抱えて、肩の上に乗せた。
「魔法は使ってやれないけど、これなら水の上を歩けるぞ」
俺は女の子を肩の上に乗せたまま、川の上に駆け出した。
「すご~い! 川の上を歩いている!」
「ははは」
女の子が可哀想なので、肩の上に乗せてしまったが、後頭部に感じるこの感触――。
パンツ穿いてないな。
貧しいから下着を買えない世界なのか、それとも下着がない世界なのか。
そういえば、宿屋のミーニャも下着つけてなかったしな。
彼女は獣人だから必要ないのかと思っていたのだが……。
「チコだけずるいぞ~!」
川岸で、男の子たちが騒いでいる。
肩に乗せるなら女の子のほうがいいだろう――可愛いし。
男なんて乗せたくねぇし。
俺は川岸に戻ってきた。
「はい、お終い」
「ありがとう……」
「ははは」
「俺も! 俺も!」
男の子がピョンピョンしている。
「ダメダメ、女の子は可愛いからよかったけど」
「なんだよ、ロリコンかよ」
ロリコンって言葉が、異世界にもあるのか?
それとも、そういう言葉に変換されているのか。
「誰がロリコンだ!」
「わぁ~い! ロリコンだぁ~!」
ガキどもが散った。
まぁ、ガキを相手にしても仕方ない。
とりあえず、女の子にだけ挨拶しておこう。
「それじゃな」
喜んでいる彼女の頭をなでなでして、別れた。
とりあえず魔法の実験は成功して、しっかりと起動することが解ったし。
あとは、実践を繰り返すのみ。
俺は街に戻ることにした。