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中二(い)世界へようこそ 2話


 俺は異世界にやって来ていた。

 これから虹色の異世界生活が始まるのか?

 ――と思ってた矢先に、ドラゴンとエンカウント。


 異世界にやって来て早速のピンチを迎えてしまったのだが、これからこの世界で奇跡を起こす俺は、なんなくこれを撃破。

 ちょっとやけどをしてしまったが、無問題。

 偶然通りかかった商人の女の子に、ドラゴンを買い取りしてもらうことにした。

 彼女の話では――こいつはレッサードラゴンだが、結構いい値段で売れるらしい。


 これが詐欺だったらヤバいが、悪い子には見えなかったし、大丈夫だろう――多分。


 その彼女から、宿も紹介してもらったし。

 俺はその宿に向かったのだが、途中で黒いドレスの女性に声をかけられた。

 ドラゴンと戦って、返り血やらで汚れていたのをすっかりと忘れていたのだ。

 手の酷い火傷が、商人が持っていた回復薬ポーションで綺麗さっぱりと治ってしまったし、俺の目前に広がるファンタジーな街並みに興奮した俺は、服の汚れのことなど吹っ飛んでしまっていた。


「ずいぶんと汚れているわねぇ」

「はは、あの森でドラゴンと戦ってしまったので……」

「ほ? おほほ――ずいぶんと面白い子ねぇ」

 彼女が笑ったのだが、俺の言う事をホラだと思っているらしい。

 デカい胸がポヨンポヨンと揺れている。


 まぁ、天才の行動は理解されないことが多いからな。

 それは仕方ないし、いつものことだ。


「レッサーだったのですが、ちょっと手こずってしまいまして」

「おほほ……そうなの……そのドラゴンはどうしたのかしら? 本当なら、素材を分けてほしかったのだけど」

「商人が買い取ってくれるそうなので、人手を集めて回収に向かっていると思いますけど」

「あら、商人って誰?」

「メイメイって言ってましたが……」

「あらそう……」

 美しい彼女の目が鋭く光り、何か重要な真実にたどり着いたようだ。

 俺が具体的な名前を出したので、本当のことだと理解したのかもしれない。


「あの~」

 考えごとをしている彼女に話しかけた。


「あら、ごめんなさい。いいことを聞いたお礼に、それを綺麗にしてあげるわ」

「それ?」

 彼女がなにか唱え始めた。

 微かな青い輝きを放つ粒子が、繊細な軌跡を描いて舞っている。

 その光粒子は、まるで小さな踊り子のように優雅に彼女の周りを回りながら、キラキラとした輝きを放つ。

 それは彼女の存在を包み込むように輝きを放っているかのよう。

 まるで幻想的な夢の中にいるかのような美しさを持ち、彼女の神秘的な美しさを際立たせている。


「わわ」

 光の粒子が俺のほうへやってくると、服にまとわりついた。

 俺に服にへばりついていた色々な汚れが、ボロボロと崩れて下に落ちていく。


「これでどう?」

 ズボンもシャツもまるで買ったときのように、新品に見える――これも魔法か。

 なるほど、こういう魔法もあるのか。

 もしかして俺にも使えるかもしれないな。


「ありがとうございます」

 色々な意味で礼を言わなくては。


「あら、ずいぶんと礼儀正しいのね? もしかして――貴族の御子息とか?」

「いえいえ、只者ではないとは思いますけど、貴族ではありませんよ」

「ふふふ、自分で言うのね」

 彼女が笑っている。


「まぁ、事実ですので」

「いいわ――この通りをまっすぐ行くと、私のお店があるから来てね」

「お店――魔法店かなにかですか?」

「ふふ、そうよ――それじゃね」

 花のような香りを残して、彼女がいなくなった。


 彼女は魔法に詳しいようだ。

 俺の魔法の役に立つかもしれない。


 魔法のことを考えていると、当面の目的を思い出した。

 そういえば、黒猫亭という宿屋を探すんだったな。


「黒猫亭――ここだな」

 黒猫亭という名の看板が、古き良き木造建築の2階建ての建物に誇らしげに掲げられている。

 その建物は風情ある三角屋根が特徴であり、ちょっとツタが絡んでいたりして、ファンタジーっぽい。

 俺は短い階段を上がると、木製のドアを開けて中に入った。


 1階は食堂のようだ。

 薄暗いフロアに丸いテーブルが並ぶ。

 食事の時間じゃないせいか客は少ない。

 少々寂しさを感じるが、その静けさにも独特の魅力があり、1人きりで食事を楽しむにはいいかもな。


 木製の階段があるが、宿泊施設は2階なのだろう。


「いらっしゃ~いにゃ!」

「!」

 黒い女の子がやって来た。

 黒いって、なにが黒いかといえば、毛皮が黒い――黒い獣人だ。


 エプロンをまとった毛並みの美しい黒い獣人の女の子。

 しなやかな体つきと優雅な動きが目につく。

 獣の特徴を持ちながらも、彼女の姿は優美であり、黒い毛並みが滑らかに流れるように体を覆っている。

 彼女の目は鋭く輝き、深い洞察力を感じさせた。

 三角形に尖った耳と長い尻尾は、感情を表現するためにピコピコと動く。

 彼女の笑顔は元気に満ち溢れ魅力的であった。


 可愛い――と思っていたのだが、彼女が突然身体中の毛を逆立てた。

 長い尻尾まで、もさもさのふわふわになっている。


「なんにゃ?! なんのにおいだにゃ!!」

「え? 魔法で綺麗にしてもらったと思ったけど、まだにおいがするのか?」

 自分の袖の部分を、くんかくんかしてみた。

 俺の鼻では、なにかのにおいがするようには感じられない。


「なんか、すごい魔物のにおいがするにゃ!」

「ああ、ドラゴンと戦って、返り血を浴びてしまって――」

「ど、ドラゴンにゃ!?」

「そうなんだよ」

 彼女が毛を逆立てたまま、俺の周りをウロウロしている。

 とりあえず、このままじゃ、ここに泊まれないようだ。


 綺麗にする魔法があるなら、俺にも使えるんじゃないのか?

 試しに、精神を統一してみた。


「青く輝く光よ、不浄の我を包み込み、清めの力を与えよ――清らかなる水の流れよ、澄んだ泉のごとく我が四肢を清めたまえ――洗浄クリーン!」

 青い光が俺の手に集まっている。

 まただ――魔法は発動しているっぽいのに、次にいかない。

 多分、なにかが足りないんだな。


 いや、待てよ……。

 魔法が発動しているってことは――。


 俺は、光る手で身体をなで回し始めた。

 泡立ったスポンジで身体を擦る感じだ。

 なでた所から塊がポロポロと落ちていく。

 さっきの女性が使った魔法もこんな感じだった。

 下に落ちたものが、汚れってことなんだろう。


 一応、隅々まで光る手を使ってなでてみた。


「これでどうだ?」

 彼女の顔と、エメラルド色の目が近づいてくる。

 同時に香ばしいにおいが、俺の鼻腔に漂う。


「クンカクンカ――においがなくなっったにゃ!」

「おお、よかった! ここに泊まれないかと思ったよ」

「お前、魔導師だったのきゃ?」

「まぁ、そういうことになるかなぁ」

「それはいいけど、変な魔法だったにゃ」

「ちょっと、色々と研究中でな」

「ふ~ん、ドラゴンと戦ったってのは本当かにゃ?」

「それは、本当だよ」

 彼女の顔が近いので、まじまじと見てしまう。

 ふさふさで黒光りする毛皮をなでてみたい。

 思わず手が出そうになったのだが、見ず知らずの女の子の身体をいきなりなで回すわけにはいかないだろう。

 街角にいる猫ならいいが、彼女は違う。


「どうしたにゃ?」

「あ、いや――あの、初めて君のような子を見たので……」

「なんにゃ、獣人がいない村だったのきゃ?」

「そ、そうなんだよ」

「にゃは――それよりも、食事か? 泊まりかにゃ?」

「と、泊まりだと、いくらかな?」

 彼女の話では、素泊まりで銅貨3枚、朝晩の食事つきで銅貨6枚らしい。

 銅貨という単位が出てきたので、ついでに聞いた。

 銅貨5枚で小四角銀貨、小四角銀貨10枚で銀貨になるようだ。


「なるほど、そういう貨幣体制か――それじゃ泊まりで。とりあえず、2日頼むよ」

「わかったにゃ~!」

 彼女に銀貨を1枚渡したのだが、可愛い耳を伏せている。


「え? 銀貨は駄目かい?」

「お釣りがわからないにゃ……」

 どうやら計算ができないらしい。


「え~と、銀貨1枚で小四角銀貨10枚だから、銅貨だと50枚――2日泊まりだと銅貨12枚」

 お釣りは銅貨38枚か、小四角銀貨7枚と銅貨3枚だ。


「すごいにゃ! 計算できるにゃ?!」

「ああ、このぐらいは簡単だよ」

「お釣り持ってくるにゃ」

「ついでに、食事どきじゃないと思うんだが、食べるものはないかな?」

「パンとスープと肉ぐらいしかないにゃ」

「それでいいよ」

「わかったにゃ」

 丸いテーブルについていると、すぐに食事が運ばれてきた。

 パンは硬いが、スープは美味い。

 口に含んだ瞬間、ふんわりと広がる豊かな香りが鼻腔を満たし、舌に触れるとほどよい濃厚さと滑らかな口当たりが感じられる。

 野菜の旨みがじっくりと染み込んだ出汁が、心地よい温かさと満足感をもたらしてくれた。


 あとは焼いた肉か。

 その肉の種類がわからないが、塩味がきいていて、食欲をそそるような味だ。

 口に入れた瞬間、ジューシーで柔らかな肉の旨みが広がり、口の中に広がる塩の風味が、白米との相性を思わせる。


「飯が欲しいな……」

 多分、東方の辺境にあるに違いない。


 飯は美味いのだが、黒い毛が入っていた。

 商人の女の子も、「毛が入っているけど、食事は美味しい」と言っていたな。

 確かにそのとおりだ。

 まぁ、別に除けて食えばいいが、こういうのが駄目な奴は異世界はつらいだろうな。


 俺が食事をしている様子を、獣人の彼女が尻尾をゆっくりと動かしながら、じ~っと見つめている。


「なんだ? 俺が珍しいのか?」

「にゃは、変な格好にゃ」

「俺は、獣人ってのは見たことがなかったから、お互い様ってやつだな」

 それはいいのだが、彼女が俺の身体を触ってクンカクンカしてくる。

 なんか猫っぽいな。


「にゃー」

「ちょっとまてまて――それじゃ、俺も触っていいか?」

「にゃ? いいにゃ」

「マジで?」

 彼女の毛皮はまるで上質なビロードのような手触りだった。

 その柔らかな毛は指先に触れると、まるで空中を舞う繊細な風のように感じられ、ほどよい厚みがありながらも、軽やかな感触が心地よく広がる。


 柔らかな手を取ると、思わず頬ずりしてしまう。

 毛並みは均一で、俺の頬に触れるたびにその温もりを包み込み、黒い毛から発する香ばしい香りが、俺の心を穏やかに満たしていくよう。


「そんなにウチのことが気に入ったにゃ?」

「……ああ、素晴らしい毛並みだと思う」

「それなら、一晩で小四角銀貨2枚にゃ」


 彼女の言葉に俺に電流走る!


 俺は、察してしまった――これが彼女の商売なのだ。

 彼女のエメラルド色の瞳と、艷やかな黒い毛皮が俺の心を捉え、まるで魔法のように引き込まれていたのだが――目の前の唇から出た一言で、現実に引き戻された。


 もしかしたらと――彼女との未来の幻想は、冷たい現実によって粉々に打ち砕かれた。

 軽い失恋にも似た痛みが、心を押し潰すような重みとしてのしかかってくる。


「……」

「どうにゃ?」

  いや、勝手に幻想を抱いて、がっかりしただけなんだが……ここは「イエス!」と言うしかないだろ。


「それじゃ、頼むよ」

「やったにゃ!」

 彼女が喜んでいる。

 今日の稼ぎが増えるからだろう。

 これが現実ってやつだし、俺も楽しめばいい。


 ちょっと塩味が増したようなスープを飲み干すと、2階の部屋に案内してもらった。

 階段を上ると――各部屋の扉が並んでいる。

 木の香りが漂い、壁は漆喰だろうか。

 白い壁が並ぶ。


「ここにゃ」

 ファンタジーの部屋ってのは、非文明的なものを想像していたのだが違った。

 木製の部屋だが、掃除は行き届いていて清潔そう。

 木のベッドはその丸みを帯びたフォルムで、心地よさを漂わす。

 木の床は丁寧に手入れされた艶やかな表面を持ち、足元から自然の温もりを感じさせる。

 部屋全体が木の温かみに包まれ、清潔さがその一部となっているようだ。


「いいじゃないか」

「それじゃ、夜に来るにゃ」

「ああ」

 身軽そうにくるりと回った彼女の後ろ姿はミニスカだった。

 生脚だが、毛皮があるからなぁ。

 生脚に見えないというか――。

 毛皮を着ていても、裸は裸なんだよな……。


 俺はベッドに飛び込んだ。


「……」

 やることがない。

 いや、やることは夜にやるが。

 それまでやることがない。


「魔法を試してみるか――」

 そうはいっても、攻撃魔法などは危ないしな。

 明かりの魔法はどうだ?

 暗い所だと便利だぞ。

 こんな世界じゃ、電気の明かりもないだろう。

 ひたすら真っ暗な世界のはず。


「むむむ~、光よ、我が前に現れよ。闇を払い、明るく足元を照らし出さん」


 手が光った。


「確かに、これでも懐中電灯の代わりになるけどなぁ」

 なぜ魔法が使えるのに、手から離れないんだろうな。

 やっぱり、正式な魔法の作法かなにかがあるんだろうな。


「あ、そうだ」

 通りで出会った色っぽいお姉さん。

 魔導師だって言ってたな。

 ――ということは、この世界の正式な魔法を知っているはず。

 俺のどこが悪いのか、聞いてみれば解るんじゃね?

 よし、明日の予定が決まったな。


 夕方には、また黒い毛が入った飯を食べるが、俺が宿にやって来たときとは違い客がたくさんいる。

 彼女が他の客から誘われているのだが、全部断っているようだ。

 多分、俺が彼女のことを気に入った――と言ったせいだろう。


 これじゃもう覚悟を決めるしかない。

 人生の初めてが、異世界の地で、猫耳の女の子か。


 俺は、ちょっと緊張しながら、黒い毛皮の彼女に小四角銀貨2枚を渡して部屋に戻った。

 魔法を色々と試してみるのだが、やっぱり上手くいかない。


 明かりがない真っ暗な部屋で、ベッドに寝転がっていると、ドアがノックされた。

 彼女かもしれない。


「開いてるよ」

 暗闇の中を何かが歩みよってくる。


「鍵をかけないと物騒だにゃ」

 やっぱり彼女だ。


「そうなのか?」

「そうなのにゃ」

 彼女が香ばしい毛皮の香りをさせてスリスリしてくる。


 漆黒の闇が俺達を包み込む中、彼女との境界が曖昧になった。

 その闇の中で、俺たちは個々の存在を超え、一つの存在となる。

 彼女の存在は俺の周りを満たし、俺の存在も彼女を包み込んだ。

 俺たちは言葉や形を超えた深い結びつきで結ばれているような感覚に襲われる。


 彼女と交差する瞬間は、まるで時が止まったかのような感覚。

 お互いの存在を感じ合い、身体が溶け合うかのように一体化し、彼女の触れる手は俺の肌を通して魂に触れ、心を震わせた。

 2人は意識の境界を超え、ただ愛し合うことに集中する。


 闇の中で俺たちの仮初の愛は、言葉では言い表せない深さを持った。

 それは言葉や形を超え、純粋なエネルギーとなって俺たちの間を満たした。

 2人は漆黒の中で溶け合い、一つの存在としてまるで永遠のときを愛し合う。


 漆黒の闇が俺たちを包み込む。

 彼女の息遣いは俺の息遣いと調和し、心臓の鼓動は一つになる。

 人種は違えど、2人は言葉や外見ではなく、心と心で繋がった。

 彼女の存在が俺の内なる光を引き出し、俺の存在が彼女の内なる闇を受け入れるようだった。


 ――そして朝。

 窓から入ってくる光で、俺の隣で寝ている黒い毛皮が照らされている。

 幸せそうに寝ている彼女の顔をなでなでしてみた。

 ゴロゴロとデカい音を立てている。


「ふう……」

 俺は身体を起こして、両頬を叩いた。

 惑わされるな俺。

 俺が初めてだったから、昨晩のような感じただけだ。

 これから、まだまだ異世界での素晴らしい出会いがまっているはず。


 自分で自分を納得させて、唸っていると――彼女が飛び起きた。


「寝過ごしたにゃ!」

「わ!」

 彼女の毛皮が露わになった。


「昨日はよかったにゃ?」

「あ、ああ……」

「よかったにゃ! ウチのこと、気に入ったならまた誘ってにゃ!」

 彼女が着替えを持ってバタバタと下りていった。

 あの格好でいいのか?

 ――というか、毛皮だからいいのか?


「ふう……」

 俺はため息をついた。

 よかったが、1回小四角銀貨2枚か。

 元世界に比べたら安いのかもしれないが、毎日こんなことをやってたら、あっという間に金がなくなるな。


 ドラゴンの金ってどのぐらい入ってくるんだろうなぁ。

 そいつでどのぐらい暮らせるんだろうか?

 金がなければ冒険もできないし、働くことも視野にいれないと。


「それには、とりあえず魔法をちゃんと使えるようにならないとな」


 部屋から出て、1階に下りると、たくさんの客がいる。

 どうやら食堂を兼ねているから、泊り客以外も食べにやってくるようだ。

 みんな毛が入っていても、気にしない連中なのだろう。

 まぁ、BBAの毛じゃ嫌だけど、彼女の毛ならいいだろう――なんて思ってしまう。


「にゃふ」

 彼女が俺の隣にやってきて、見つめている。


「美味しいよ」

「にゃ」

 じっ~とこちらを見ている。

 すごく気になるなぁ。


 なでてほしいのだろうか?

 なでてやると、ゴロゴロいってるし。


 飯を食い終わったので、部屋に戻ってしばらく休むと、魔導師のお姉さんがやっているという店に行ってみることにした。


 黒い毛皮の彼女に挨拶をすると、宿屋の外に出る。

 通りは相変わらず色彩に溢れているのだが、こういう文化なのだろうな。


 昨日のお姉さんから聞いたとおりに、通りをまっすぐに歩いていく。


「さて、魔法のお店だろうけど、すぐに解るものだろうか?」

 まぁ、文字も読めるようだし看板も出ているに違いない。

 そう思って歩いていくと、すぐに異様な建物があるに気がついた。


 まばゆい陽光が辺りを満たし、鮮やかな色彩が風景を彩る中、1角に黒で彩られた建物が孤立して立っている。

 そこだけツタが屋根まで茂り、壁が灰色や黒に染まっていた。


 鮮やかな花々や緑の木々が周囲を飾り、明るい笑顔が街を満たす中、その建物は異彩を放ち、影が漂い、周囲の活気とは対照的に静寂が似合う。


「いかにもって感じだな」

 明らかに異質――なのだが、皆が遠巻きに見ている感じではない。

 街ゆく人たちも自然だ。

 これが普通の光景なのだろう。


 俺は建物を見上げてから、黒い木でできたドアを押した。

 金属製の鐘がなり、客がきたことを、中にいる店主に教えてくれる。


「へ~」

 薄暗い店内には、様々なものが雑多にならんでいた。

 古びた本や古道具、ほこりを被った置物が並び、その一角には薄暗い灯りが微かに明かりを与えている。

 明かりは魔法の明かりだろうか?

 棚には陶器の置物が積み重ねられ、壁にはなにかの標本のようなものが掛かっている。


 店内の雰囲気は静かで落ち着いており、外の雑踏に比べると、異空間とも言えるかもしれない。

 この薄暗い店内は、時の流れが止まったかのような錯覚さえ覚える。


 本棚に本もあるのだが、あれは魔導書だろうか?

 いや、高価なものなら、店の奥にしまってあるかな?


「いらっしゃい」

 店内をぐるぐると見回していると、声をかけられて驚いた。

 突然現れた大きな胸が俺を出迎えてくれたのだが、お姉さんがいたのに気づかなかったのだ。


「おはようございます。昨日ぶりですが、俺のこと覚えてます?」

「ふふふ、ドラゴンの坊やよね」

「坊は止めてください。でも、お姉さんが俺よりすげー歳上なら、やぶさかじゃないですが」

 俺の言葉に、彼女がちょっとすねたような表情を見せた。

 歳のことはいじられたくないらしい。


「ドラゴンを倒した男に、坊やはなかったわね。ごめんなさい」

「俺がドラゴンを倒したって、聞いてもらえましたか?」

「ええ、ドラゴンの買付で、一番乗りができたわ。ありがとう――ふふふ」

 これは俺のお陰でいい思いができたってことだろ。

 俺は話を切り出した。


「ちょっと、魔法について聞きたいことがあるんですけど」

「なぁに?」

 俺は指先に明かりを出す魔法を使って見せた。


「暗闇に光を奏でよ、指先に秘めたる魔法よ、明かりを与え、闇を払え」

 また、指の先端が光るだけ。


「なにそれ?」

「魔法が宙に浮いたりしないんですよ? どうしてなんでしょう?」

「女神への賛美がないじゃない」

「女神への賛美?」


 なんだそりゃ、魔法を行使するためには、そんな手続きが必要なんだ。

 少々驚きだが、俺の魔法が駄目なヒントを得た。


 彼女の話をもう少し聞いてみようかと思う。



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