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少年とハーピーのジュブナイル


「お前、なにしてる?」

 木の根元で寝ていたのだが、突然の声に目を開けると、男の子が覗き込んでいた。


「!」

 自分以外いないと思っていたので、突然のできごとに俺は驚いた。

 慌てて飛び起きると、2度驚く。

 眼の前にいたのは白い翼を持ったハーピーだったのだ。


 素っ裸で両手は翼――脚は鳥の脚によく似ているため、大きくて鋭い爪がある。


「は、ハーピー?」

「うん」

 彼はキョトンとした顔で俺のことを見ている。

 そりゃ、こんな場所に人間がいるのが珍しいのかもしれない。


 俺がいるのは、どこか解らない森の中。

 少し歩いてみたりしたのだが、一向に森を抜ける様子がなくて困っていたのだ。

 疲れてしまって大木の下でウトウトしていたら、彼に話しかけられた。


 なぜ俺がこんな場所にいるのかといえば――よく解らない。

 小さな村で暮らしていたのだが、両親が亡くなったとたんに家を取られてしまった。

 どうやら借金があったようなのだが、それが本当かどうかも解らない。


 学校にも行ってない俺には、それを判断することができなかったんだ。

 追われるように村を出て、街に行こうかと峠を越えようとして、落石に巻き込まれたのだが――。


 気づいたらここにいた。

 そんなわけで、なぜ俺がここにいるのか、自分でもよく解らない。

 最初は死者の国かもしれないと思ったのだが、そうでもないらしい。

 ハーピーもいるし。


「道に迷ってしまったんだよ」

 本当のことを言っても信じてもらえそうにないから、適当な理由を考えた。


「ははは、いくら道に迷っても、こんな所にやってくるなんて、お前は変」

 ハーピーがゲラゲラと笑っている。

 俺が住んでいた村にも、ハーピーがやってくることがあった。

 大抵いたずらをしたり、食料を盗んで糞をしていくので、嫌われていたが。

 ウ◯コ鳥なんて呼んでいる村人もいたぐらい。


 個人的にはそんなに嫌いでもなかった。

 まぁ、俺の所にはなにもなかったから、盗まれることもなかったわけだけど。

 たまに彼らが落としていく羽根を拾って、小遣い稼ぎをさせてもらったり。


「う~ん」

 ちょっと考えていると、彼が僕の荷物を漁り始めた。

 大きな脚の爪を使って、僕の背嚢を開けようとしている。


「食べものはないか?」

「ちょっとちょっと! 困るよ」

「腹減った」

 彼らは人じゃないので、話が通じないこともある。

 言葉は通じるのに、会話が通じないというやつだ。

 どうやら、腹が減っているらしい。


「パンぐらいしかないけど……」

 僕は背嚢を開けると、硬いパンを少し分けてやった。


「くいものだ!」

 彼が脚でパンを受け取ると、器用にそれを食べている。

 動きが大きな鳥だなぁ……。

 俺は、ハーピーの食事の様子を眺めていた。

 素っ裸で大股広げて脚を口のところに持っていくから、股間が丸見えだ。


 そうか――彼が女の子だったらなぁ……。

 などと、考えてしまう俺は、駄目なやつなんだろうか。


 それはさておき、ハーピーの近くにいられる――こんな機会はあまりないだろう。

 普通は、俺たち人間を警戒して寄ってこないのだ。


 子ども1人だから、危険はないと思っているのか、それともバカにしているのか。

 歳をとったハーピーというのは見たことがない。

 彼らは歳を取らないみたいなのだ。


 つまり、ずっと子どもの姿のまま。

 彼も、男の子に見えるけど、実は大人なのかもしれない。

 僕はパンを食べている彼に、気になることを聞いてみた。


「ハーピーって狩りが上手なんじゃないの?」

「そうだ」

「それなのに、お腹を空かせてるの?」

「今は飛べなくなった」

「飛べない? なぜ?」

 彼が俺に脚を見せてきた。


「これ」

「……」

 近づいて、じ~っと見てみる。

 どうやら怪我をして腫れているようだ。

 触らせてもらうと、熱ももっている。


「これで飛べない」

「翼じゃなくて脚がだめだと飛べないの?」

「脚を使って走らないと飛び上がれない」

 そうだ。

 ハーピーが村にやってきて、逃げるときにもすごい速さで駆けてから飛び上がっていた。

 助走をつけないと、飛び上がれないんだろう。

 鳥の仲間でも水鳥などは、水面を走って助走をつけていた。

 多分、あんな感じなのかもしれない。


「へ~、そうなんだ」

「……」

 彼が、パンを食べ終わってしまったのだが、もの足りない顔をしている。

 そうだろうなぁ。

 俺も、そろそろ腹が減ったような気がする。

 食事もだいじだが、その前に彼の脚だ。


「う~ん――このままじゃ、脚が腐って落ちるかも……」

 自分の状態を解っていなかったのか、彼の顔が突然青くなった。


「脚が腐って落ちるって本当か?!」

「多分、このままじゃマズイよ。落ちなくても、腐った毒が身体に回ったりしたら、死んじゃうし」

「脚がなくなると飛べなくなる! 飛べなくなったら、狩られる! 剥製にされる!」

 狩られるというのは、他の肉食獣に食べられるということだろう。

 ハーピーは見た目が美しいので、狩りに遭うこともあるらしい。

 見たことはないが、貴族の連中がハーピーを剥製にしたり……。

 あまりに悪趣味だと思うのだが。


「俺に治療させてくれるかい?」

「治せるのか?」

「このぐらいの傷なら、自分で治したこともあるし……」

「お前に任せる!」

「本当にいいのかい?」

「俺はなにもできないし」

 彼も傷が悪化していて、このままじゃマズイとは思っていたらしい。

 その割には、あまり悲壮感がないよなぁ。

 人間のように悩んだりしない種族なのだろうか。


 街に行けば魔導師がいるから、魔法で治すことができると思うけど……。

 まぁ、彼らが街なんかに行ったら大騒ぎになるに決まっている。

 脚の悪いハーピーなんて、本当に捕まって剥製にされてしまうだろう。


 俺に治療を任せてくれるというので、治療を始める。

 親が死んで1人になった俺は、なんでも1人でやってきた。

 村に偏屈な狩人の爺さんがいたのだが、その人に色々と教えてもらったり。


 そういえば――親が死んで、行く場所に困っていたときに少し泊めてもらったりしていた。

 かなり偏屈だったとはいえ、決して悪い人ではなかったと思う。

 ずっと居てもいいということだったのだが、俺は街に出る決意をして村を出た。


 ――その結果がこれなのだが……。


 起きてしまったことは仕方ない。

 ここからどうやって生き延びるかだ。

 ハーピーを助ければ、近くの街や村までの道のりを教えてもらえるかもしれない。

 空を飛べば、なにがどっちの方角にあるかなんて、一目瞭然なんだし。


 まずは用意をする。

 辺りを探して、消毒、血止めに使えそうな薬草を探す。

 まったく見覚えない土地だが、植生は俺がいた所と似ていて、知っている植物も結構生えていた。

 これならなんとかなりそうだ。


 俺が手に入れたのは、消毒に使える薬草と大きな葉っぱ。

 葉っぱは、そのまま包帯にも使えるし、血止めにもなる狩人必須の薬草だ。


 まずは、枯れ草を拾ってきて、紐をう。

 次は、平な石を見つけて、その上で薬草をすりつぶす。


 背嚢からナイフを取り出して、小さな砥石で研ぐ。

 ナイフの研ぎ方も、爺さんから教えてもらった。


「さて――え~、君の名前を聞いてなかったな」

「俺はルル」

「俺は、ムサシだ。ルル、脚をこっちに向けてくれ」

「こうか?」

 彼が、お尻をついて脚を投げ出してきた。


「それでいいよ」

 化膿した部分を、潰した薬草で消毒する。


「なにをするんだ?」

 彼は俺がナイフを持っているのが気になるのか、怯えているように見える。


「心配しなくてもいいよ。膿が溜まっているから、ちょっと切ってそれを出すんだよ」

「……お前に任せると決めたから、俺は黙ってる」

「わかった」

 ビクビクしている彼の脚を取ると、ナイフの切っ先を当てた。

 本当に大きな鳥の脚で、黄色い鱗のようなものがある――硬い。

 ゴリゴリという感じで切り込みを入れる。


「ううう……」

 彼も痛そうだ。

 もっとスパッと切れる刃物なら痛くないと思うんだけどなぁ……。


 黄色い脚に切れ目が入ると、赤いものがドクドクと流れ出た。

 残さないように傷口を絞ると、彼は歯を食いしばって、それに耐えている。


「ふ~、これでいいかな……」

 大きな葉っぱにすりつぶした薬草を乗せて、傷口に当てた。

 最後に紐で縛れば終わりだ。

 1日に1度傷口を確認して、薬草を取り替えればいいだろう。


「すごい! 楽になった!」

「膿を出すと、すごく楽になることがあるけど、治ったわけじゃないからな」

「わかってる」

「それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「この近くに村や街は?」

「少し離れた場所にある」

 ハーピーの感覚で少しってことは、人の脚で歩いたら結構な距離ってことだろう。

 馬車でなん日もかかる距離を、ハーピーの翼なら数時間って話も聞いたことがある。

 実際、彼らが飛ぶ姿を見たことがあるが、すごいスピードだ。


「は~それじゃ、とりあえず今、やることがあるなぁ……」

 幸い、寒い場所ではないようだし、森も青々としている。

 これが冬だったりしたら、ここで終わってた。

 まぁ、それだとハーピーたちもいないと思うけど。


 俺は、木の枝を拾い始めた。


「なにをしている?」

「寝床を作るんだよ」

「俺も手伝う」

「そうか、頼むよ」

 彼も行く所がないから、俺と一緒にいるつもりなのかもしれない。

 この状態で、獣や魔物に襲われたりすると、一巻の終わりだし。


 材料を集めたら、枯れ草をって縄を作り、木の枝を三角に組み合わせる。

 これが寝床の屋根だ。

 背の高い草を刈り、束を作って屋根に載せていく。

 とりあえず、1人が寝られる最低限のものでいい。

 べつにここに住むわけじゃないから、雨風がしのげればいいわけだし。


 完成したので、仰向けに寝床に潜り込む。

 すぐ近くに草の屋根があるのだが、悪くない。

 草に覆われているので、森に溶け込み迷彩にもなるだろうが、獣や魔物は鼻が利く。

 これでごまかせるとは思えないとはいえ、丸見えよりはマシだろう。


 他にもやることがあるのだが、目を閉じて寝床の狭さを楽しんでいると、ルルも潜り込んできた。


「俺も入るぞ!」

「ちょっと、壊さないでくれよ」

「大丈夫」

 なにが大丈夫なのは解らないが、彼が翼を閉じると、仰向けになっている俺の上にモゾモゾと這い上がってきた。

 相手が男の子とはえ、こうやって密着するのはなぁ……それに相手はほとんど裸だし……。


 狭いところでくっついていると、鳥のにおいがする。

 なんのにおいかは解らないが、鳥は翼に脂を塗っているらしい。

 ハーピーも鳥だとすると、似たようなことをするのかもしれない。


「ルル、外に出るよ。まだやることがあるんだ」

「なにをする?」

「食べ物の調達だよ」

「そうか! 食べ物は大事だ!」

 どうやら彼は、俺に食べ物を期待しているらしい。

 まぁ、ハーピーでも怪我をしているんじゃ、狩りもできないだろう。


 こういう状態のことを聞いたことがあるぞ。

 乗りかかった船って言うらしいけど、俺は船に乗ったことはない。

 いつか、海まで行って船にも乗ってみたいと思う。


 彼と抱き合ったまま、背中でズリズリと寝床から這い出る。


「ルルは海を見たことがあるよね?」

「あるぞ! とても広くて、どこまで行っても海だ!」

「船も見た?」

「見たぞ! 大きい船が港に泊まっている」

「いいなぁ。俺も見たい」

「見に行けばいい!」

「そうだな」

 そう、彼の言う通り――俺はもうどこにでも行けるはず。

 その前に、この森を脱出しないと駄目だけど。


 俺は自分の背嚢から、武器を取り出した。

 ――といっても、ただの紐だ。


「そんな紐でどうする?」

「これは投石器だよ」

「?」

 彼が解らないようなので、見本を見せてやる。

 石を拾って紐に挟むと、ぐるぐると回してから発射する武器だ。

 飛んでいった石が、木の幹に当たった。


 剣とか弓じゃ俺には扱えないから、これだけをひたすら練習した。

 これも、狩人の爺さんから教えてもらったことだが。


「おお! すごいな!」

「これで、鳥を獲ったり、うさぎを獲ったりするんだ」

「すごい! すぐに獲ろう!」

「……つまり、お腹が空いているんだね」

「そう!」

 満面の笑みの彼は、人間の感覚からすると厚かましいが、裏表がなく正直とも言える。

 嘘をついて企む大人より、はるかにいい。


 ぴょこぴょこと飛び跳ねる彼と一緒に獲物を探す。


「おっと、木の実があった」

 地面に木の実がたくさん落ちているので、拾う。

 焼くか煮れば食える。


 落ち葉の上の獲物を拾っていると、ハーピーがパタパタしている。


「ムサシ、獲物! 獲物!」

 彼の翼の指すほうを見ると――確かにウサギがいる。


「ちょっと距離が遠いから、近づくね。ルルは待ってて」

「わかった」

 獲物に悟られないように、後方から回り込む。

 自信がある距離まで近づいたので、クルクルと投石器を回して石をウサギに投げつけた。


「やった!」

 まっすぐに進んだ石がウサギに命中。

 俺の腕も中々のものだ。

 なにせこういうことができないと食事にありつけないのだから、嫌でも真剣に練習をする。

 なん年も同じことをやってれば、それなりにできるようになるものだ。


 ウサギはバタバタと動いているし、逃げようとしているので、すぐに取りおさえてナイフで止めを刺す。

 仕留めなければこちらが飢えてしまう。

 情け無用だ。


 俺はウサギの耳を持って、ハーピーの所に戻った。


「ほら、捕まえた」

「すごい! すぐに捌いて焼こう!」

 もう彼も食べる気満々だ。


 まぁ、いいけど。

 この寂しい森の中で、俺1人だったら、すごく心細かっただろう。

 彼がいてくれたことで、遭難の恐怖を紛らわすことができている。

 飯を奢るぐらいはどうってことない。


 獲物を木に吊るして血抜きと解体を始める。

 まずは流れて出た血をカップに受けて――飲む。

 現状、水がないので、水分補給はこれしかない。


 一杯飲んで、ルルにも差し出した。

 彼も理解しているようで、脚を使って飲んでいる。


「鉄の味がする!」

「あはは、そうだよね~」

 血の乾杯はいいが、彼が脚を使ってなにかするたびに、股間が丸見え。

 彼らにとっては、それは当たり前なのかもしれないが、男同士とはいえどうも気になる。


「よし! 俺は火を起こすぞ!」

「え?! 火を起こせるの?!」

「任せろ! でも、ナイフをちょっと貸してくれ」

「いいよ」

 血抜きをするのに少々時間がかかるので、その時間を使ってルルに火を起こしてもらうことにした。

 彼は俺が集めていた枝を吟味すると、脚でナイフを持って器用に削り始める。


 火打ち石を持っているから、彼に貸そうと思ったのだが、ハーピー式の火起こしを見たくなってしまった。

 ジッと彼の作業を見つめる。


 彼は枝を平らに加工したようだ。

 それを脚で押さえると、もう1本の枝を脚で持ち、平な部分で擦り始めた。


「あんなやり方で大丈夫なんだ……」

 ハーピーの作業を見ながら、大きめの石でカマドを作る。

 彼が削った木っ端や、落ちている針葉樹の葉っぱをカマドに集めて、火を点ける準備をした。


 ルルは、かなり強い力で擦っているらしく、すぐに煙が出始める。

 彼が擦るのをやめると、火種に口を近づけた。


「点いた!」

 もうもうと白い煙が上がっている。

 すごい! あれで点くんだ。


「よし、僕が火種を持っていくよ」

 細く削られた木の繊維に、チリチリと赤い光が這っていく。

 それをカマドに落とすと、息を吹きかけた。

 途端に白い煙が激しくなり、突然赤い炎が上がる。


「やった!」

「すごいな! ハーピーってああやって火を点けるのかい?」

「そうだ! 只人は違うのか?」

「そうだね~」

 人間以外の種族は、俺たちのことを只人と呼んでいるらしい。

 あったことがないけど、エルフやドワーフたちもそうだと聞いた。


 俺は背嚢から火打ち石を出して見せてあげた。

 火花を飛ばして見せてやる。


「こうやって、火花で火を点けるんだよ」

「魔法じゃないのな?」

「はは、俺は魔法を使えないからね~」

 魔法が使えれば、どんなに便利だろうと思うが――今まで、魔力を感じたことなど微塵もないし。


 火が用意できたので、俺は獲物の所に向かった。

 血抜きも終わったようなので、腹を一直線に切ると、内臓を出して皮を剥ぐ。

 毛皮も金になると思うのだが、ここには水もないし洗うこともできない。

 もったいないが捨てることにした。


「水も探さないとな……」

 空を飛べる隣人の怪我が治れば、それもすぐに解決しそうなのだが。

 取り出した内臓を毛皮で包み、寝床から離れた場所に捨てた。

 そうしないと、獣や魔物が集まってくる可能性がある。

 川があるなら、流せば済むのだが――あいにく、ここにはない。


 肉を持って、ルルがいる場所に返った。


「それを焼くのか?!」

「ああ」

「焼くのは得意だ! 任せろ!」

「それじゃ、頼むよ」

 彼にナイフと塩を渡した。

 脚で器用にナイフを操り、用意してあった串に挿して塩をまぶして焼いていく。

 ルルの言葉に偽りはないらしい。

 手際がよすぎる。

 彼らは、普通に道具も使うようだ。


 香ばしいいいにおいが辺りに漂う。

 内臓や毛皮を遠くに捨てても、このにおいで獣が集まってきそうな気がするが――肉を焼かないわけにはいかないし。


「ハーピーって道具を使うんだな。飛んでいるときには持ってないから、使わないかと思ってた」

「飛ぶときに邪魔だから、持ってないだけ。俺の家に置いてある」

「へ~、家があるんだ」

「あちこちに行くから、なんヶ所かあるぞ」

「へ~」

 自分だけが知っている秘密基地みたいだな。

 そりゃ、空を飛べるんだから、どんな場所にも家を作ることができるだろう。

 山のてっぺんや、大木の上、崖の途中にある穴――そんな場所も面白そうだ。


 話している間に肉が焼けたので、早速かぶりつく。


「「ンマーイ!」」

 肉を焼いて塩を振っただけで、こんなに美味いなんて。

 骨などを使ってスープを作っても美味いだろうなぁ。

 小さな鍋は荷物の中にあるが、水がないからどうしようもない。


 結局2人で、ウサギ一匹を平らげてしまう。

 ルルの食欲も結構すごい。

 これが普通らしいので、ハーピーってのは結構大食らいのようだ。

 多分、空を飛んだりするので体力を使うのだろう。


 食べ終わった骨などは鍋に入れて、また遠くに捨てた。

 食事をしている間に、辺りが暗くなってしまったので、焚き火の明かりで縄をう。

 色々と使い道があるので、多すぎて困ることもない。

 どうせやることもないし。


 作業ついでに、ハーピーのことを聞く。


「ハーピーって裸だけど、そらを飛んで寒くないの?」

「寒くないぞ? 雪が降ったりすると南に行くし」

 そうなんだ。

 簡単に北に行ったり南に行ったり、いろんな場所に自由に行ける。

 本当に羨ましい。


 作業が終わったので、炭を灰に埋めた。

 こうすれば朝まで保つから、すぐに火が使える。


 焚き火の始末のあと――彼と一緒にねぐらに潜り込んだ。

 男の子と抱き合って寝るなんて、妙な気分になる。

 彼は気にしていないみたいだし……。


「ハーピーたちも、こうやって一緒に寝たりするのかい?」

「おう! みんな一緒に寝たりするぞ!」

 やっぱりそうなのか。

 そりゃ、抵抗ないはずだわ。


 狭い寝床に2人、彼の翼があるせいか、ポカポカだ。

 鳥の羽根を防寒具の詰め物に使ったりするというし、保温効果が高いのかもしれないな。


「獣や、魔物が心配だな」

「大丈夫だ。そういう連中が近づけば、俺が教える」

 敵の接近に敏感なのだろうか。


「頼むよ」

「おう!」

 俺は安心して、彼の白い羽根に埋もれて眠ることにした。


 ――次の朝。

 目を覚ますと、ルルの顔が目の前にあった。

 夜間に彼の警報がなかったので、敵の接近はなかったのだろう。

 もしも敵襲があったのなら、俺たちが無事なはずがないし。


「ふぁ~」

 ルルと一緒だったせいかよく眠れた。

 寝床から這い出て、灰の中に埋めていた炭を掘り出す。

 そこに木を削って入れると、すぐに火が点く。


 喉が乾いているのだが、水がない。

 なんとかして、水を探さないといけないな。

 彼はまだ寝ているので、俺だけで獲物を探しに出た。

 ついでにカップも持って歩く。

 木のウロなどに、水が溜まってないだろうか。

 そのままじゃ飲めないが、火があるし沸かせば飲める。


 ナイフを使って、辺りの低木を切ってみた。

 種類によっては、幹が中空になっており、水を蓄えているものがある。


「おっと!」

 切った所から水が出てきたのは、大木に絡んでいた蔓植物だ。

 流れ出る水をカップで受けた。


 それを飲みながら見回すと、あちこちにこの蔓植物が生えている。

 葉っぱの形などを覚えておこう。

 獲物は――見つからない。

 鳥の鳴き声はするのだが、かなり上にいるようだ。

 さすがに近づかないと、自慢の投石器も役に立たない。


 もう一本蔓を切って、ルルにも水を持っていってあげることにした。

 獲物は見つからなかったが、昨日拾った木の実がある。

 あれを焼いて食うことにするか。

 ちょっとは腹の足しになるだろう。


「ルル、起きたか?」

「おう!」

 彼も寝床から這い出ていた。


「水を少しだけ見つけた――飲むか?」

「飲むぞ!」

 彼が脚でカップを受け取る。

 相変わらず器用だ。


 俺から水を受けると、ルルは一気にそれを飲み干した。

 彼も喉が乾いていたんだろう。


 カマドにはルルが薪を拾ってきて、焚べてくれていた。

 昨日拾った木の実に、ナイフで切れ目を入れて鍋に投入――炒める。

 切れ目を入れないで焚き火の中に入れたりすると、爆発することがある。


「ハーピーは木の実を食べないのかい?」

「食べるぞ! 俺たちは熾火の中に入れたりする」

「ええ? 爆発したりしない?」

「する!」

 やっぱりするだろうなぁ。

 そんな話をしている間に、香ばしいにおいがしてきた。

 もういいだろう。


「あちあち!」

 硬い皮を剥いて食べる――ちょっと渋いけど、香ばしくて美味い。


「美味い美味い!」

 ルルが器用に脚の爪で木の実の皮を剥いて食べている。

 本当に器用だ。


 こんな生活も楽しいのだが、いつもまでもここにいるわけにはいかない。

 彼の脚が治れば、すぐにでも人里まで行けるはず。

 上空から方角を指し示してもらえばいいわけだし。


 とりあえず、腹いっぱいってわけにはいかないが、腹の足しにはなった。


「ルル、脚はどう?」

「熱や腫れは下がったけど、脚をつくとまだ痛い」

「まぁ、無理をしないほうがいいと思うよ」

「こういうときに無理をすると悪化したり、治りが遅くなる」

「そういうことだね」

 彼も思い当たる節があるのだろう。


「お前は俺を助けてくれた! 俺もお前を助けるぞ!」

「はは、ありがとう」


 俺は笑いながら、次をどうするべきか考えていた。


「ちょっと思いついたんだけど――羽根を広げた君を担いで走ったら、飛び上がれないだろうか?」

 ハーピーが飛ぶためには、助走をつけないと駄目らしい。

 鳥のように、その場から飛び上がる――みたいなことはできないようだ。


「わからん! やってみるか?! できるなら、俺も飛びたい!」

「そりゃ、飛べないハーピーは、ハーピーじゃないかもしれないし……」

「そのとおり! 飛べないハーピーはハーピーじゃないな! ムサシはいいことを言う!」

 やっぱり、彼も飛べることなら飛びたいらしい。

 そりゃ、いつも飛んでいる彼らが、地面に這いつくばっているのだから、落ち着かないだろう。

 こんなの屈辱的とすら、考えているかもしれない。


「それじゃ、試してみる?」

「おう!」

「その前に、俺が担げるかどうか……」

 とりあえず、彼を抱きかかえてみる。

 意外と軽い――小さな女の子ぐらいの重さだ。

 これならいける。


 ちょっと森が開けた場所を探すと、準備に入った。

 翼を広げたルルに、しゃがんだ俺の背中からジャンプ――頭の上に乗ってもらう。

 彼のお腹が俺の頭頂部に載る。


「傍から見たら、かなりマヌケかも……」

 ルルの両脇は俺の両手で支えているのだが、この格好はちょっと変だろう。


「気にするな! 飛べればいい」

「それじゃ走るよ!」

「おう!」

 俺は彼を頭の上に担いで走り始めた。

 もちろん全速力で走る。


「もっと速く!」

「ええ?! む、無理だよ!」

 走り出すと、彼の身体がどんどん軽くなるのが解る。


「それじゃ、離せ!」

「ええっ?! 大丈夫?!」

「早く!」

「ええい!」

 走りながら、彼の身体を前方に押し出した。

 翼を広げたルルが、空中を滑るように飛んでいく。


「飛んでる!」

 ――と、思ったのだが、徐々に高度と速度が下がってきて、彼が片脚を地面についた。

 当然、片脚だけじゃバランスを上手く取れずに、そのまま転がってしまう。

 慌てて、彼に駆け寄った。


「だ、大丈夫?!」

「あははは! おしい! もう1回!」

 落ち葉だらけになっている彼が大笑いしている。


「怪我をしたりしていない?」

「大丈夫だ! それより、上手く風に乗れなかった俺が下手だった」

「あんな遅くても飛べるんだね」

「向こうに走ってくれ。風の流れを感じた」

 彼が翼で指した。


「向かい風ってこと?」

「そうだ!」

 彼の希望で、もう一度挑戦することになった。

 やっぱり空を飛びたいのだろう。


 翼を広げたルルを再び頭に載せて、彼の示した方向に駆けていく。

 さっきより彼の身体が軽く感じる。


「いいぞ! 離せ!」

「おりゃ~!」

 勢いよく彼の身体を前方に押し出すと、白い翼がふわりと浮いた。

 そのまま空を滑るように進んでいたと思ったら、いきなり高く舞い上がる。

 急降下して速度を増すと、再び風を受けて旋回しながら上に上っていく。


「あははは! ムサシ! 飛べたぞ!」

「すごい!」

 あんなに最初はゆっくりでも、空を飛べるんだ。

 ルルも、久しぶりに飛んだはず。

 上空をクルクルと周りながら、空の散歩を楽しんでいる。


「あはは!」

 風に乗って彼が笑っている声が聞こえる。


「いいなぁ――あんな風に飛べるなら、どこにでも行けるのに……」

 空を自在に飛んでいるルルは、実に気持ちよさそう。

 羨ましい……。


 それはさておき――彼が飛べるようになれば、俺の次の行動も決まってくる。

 上空から水辺に案内してもらうことだ。

 空を飛んでいる彼にしてみれば、それは容易いこと。


 ルルによると、しばらく行ったところに川があるらしい。

 せっかく作った寝床だが、放棄して彼の案内に従い、川まで進む。


「やった川だ!」

 早速、河原で焚き火の準備だ。

 鍋に灰を入れて熾火を持ってきた。

 これでカマドを作れば、すぐに火を点けられる。


 火を起こし、カマドに川から汲んできた鍋をかける。

 川の水はそのままじゃ飲めないから、一旦沸かさなければ。


「ムサシ! 俺も降りるぞ~」

「わかった!」

 飛ぶときは大変だが、降りるときも大変だ。

 彼は脚を怪我している。


 彼の着地の速度に合わせて俺も走り、背中か肩に降りてもらう。

 こうすれば、脚への負担は少ないだろう。


 彼が滑空して降りてきたので、一緒に走りだす。

 速度を同じぐらいにして、ルルが俺の肩を捕まえた。

 鋭い爪が食い込むので、少々痛い。

 すごい力だ。

 このまま、人体を引きちぎることも可能だろう。


「空はどうだった!」

「やっぱり、飛べないハーピーはハーピーじゃない! あははは!」

 よほど嬉しかったらしい。

 ハーピーなのに、ずっと地面の上だったからなぁ。

 地面にいれば、襲われる心配もあるし。

 空の上なら、ほぼ無敵だ。

 彼の話では、敵はワイバーンやドラゴンぐらいらしい。


「ワイバーンやドラゴンなんているのかい?」

「山のほうに行けば、いるぞ! アイツら短気だからな。俺たちを見つけると、すぐに襲ってくるし」

 お湯が沸いたので、少し塩を入れて2人で飲む。

 美味い――水がないのが、こんなにつらいとは。

 ここならいくらでも水があるし、川には魚もいる。

 獲物の解体も楽だ。


 早速、川からちょっと離れた場所に寝床を作る。

 河原では増水の可能性があるので、やめたほうがいい。


「この川を下った所に街があるぞ」

「そうなんだ。どのくらいの距離かな?」

「う~ん、只人の脚だと、3日か4日か……」

 結構な距離だな。

 そんな距離でも、ハーピーたちならひとっ飛び。


 ルルの脚が完全に治るまで、しばらくここに滞在することになった。

 その気になれば、ここに住むことも可能だと思うが、やっぱり街に行きたい。

 仕事をして、お金も稼ぎたいしね。


 寝床を作ってから、辺りを探検すると、面白そうな場所を発見した。

 川に突き出した高台だ。

 ここから下に飛び込んだら面白そうであるが、あいにく川が浅いので無理。


 下を見ていると、ぴょこぴょことルルがやって来た。

 俺と一緒に下を見ていたのだが……。


「ムサシ! ちょっと俺を持ち上げてくれ!」

「え? まさか、ここから飛び込むわけじゃ……」

「違う! 持ち上げるだけでいい」

 彼の言う通りにする。

 翼を広げたルルを頭の上に載せると――下から風が吹いてきた。


 ルルが、そのまま風に乗って上に上っていく。

 ちょうどここが、風のとおり道になっているらしい。

 風の流れに敏感な彼が、それを感じとったのだろう。


「あはは! ムサシ! ここはいいぞ~!」

 ハーピーがあっという間に上空に上った。

 下から上ってくる風に乗ると、ここから飛び立てるわけか。

 それなら、彼を担いで俺が走るより安全だ。


 着陸は、前と同じように俺の背中に降りればいい。

 これはいい場所を見つけたな。


 食料もあるし、水もある、彼が飛び立てる場所もある――ここは生活するのには、うってつけだ。

 理想の場所を見つけた俺とルルとの生活が始まった。


 ------◇◇◇------


 ――ハーピーのルルと暮らしてしばらくたった。

 彼の脚はかなりよくなってきたようだ。

 まだ全力で走るのは無理だが、ここで焦っては元も子もない。

 じっくりと治療に専念すればいい。

 ここには食料も水もあるしな。


 彼と一緒の寝床で、この大陸の話や行った場所のことを聞く。

 知っている地名がまったくないので、俺が暮らしていた場所とはまったく違う国らしい。

 なんでこんなことになったのだろうか。


 まったく解らないが、暮らしていくならどこでも一緒。

 彼との生活は楽しく、もはや2人は親友と呼べるようになっていた。

 お互い1人だったら、生き延びることはできなかったかもしれない。

 2人が森の中で出会ったことを、神様に感謝しなくては。


 ――楽しいルルとの生活が続いた、ある日。


「お~い、ルル!」

 彼がいない。

 だいぶ走れるようになったので、遠出しているのだろうか?

 あの高台を使えば、それほど速度を出さなくても飛び立つことができるようになった。


 空を見上げても、彼の姿はない。

 どこに行ったのだろう。

 ちょっと心配していると――。


「ギャッ! ギャーッ!」

 耳をつんざくような声――これはルルの声だ。

 こんな声を出すなんてただごとではない。


「ルル!」

 俺は腰の投石器を抜くと、石を装填して声の方へ走った。


「ギャ! ギャッ!」

「おとなしくしろい!」

 俺が駆けつけると――髭面のむさい男が、羽根を逆立てたルルの脚を掴んでいた。

 逆さになったハーピーはなにもできずに、ジタバタしている。


「ギャーッ!」

「がはは! 俺もついているぜ。こいつを剥製にすりゃ、大金が手に入るってもんよ」

「ルルを離せ!」

 俺は投石器を回し始めた。


「あ? なんだこのガキ! こいつは俺の獲物だ!」

「彼を離せぇ!」

「やかましいわ!」

 男が腰の剣を抜いて、ルルを突き刺そうとしたのを見て、俺は石を発射した。

 手のひらに収まるぐらいの石が飛んでいくと、男の額に命中。

 掴まれていたルルの脚が離れた。


「ぎゃ! こ、このクソガキがぁ!」

「ギーッ!」

 バランスを崩した男に、ハーピーが襲いかかった。

 振り上げた鋭い脚の爪が、男の首に食い込み、そのまま肉を引きちぎる。

 そこから鮮血が噴き出した。


「ヒュウウ! ヒュルルル!!」

 男が口をパクパクさせているが、喉がなくなっているので、胸からの空気が噴き出す音だけが聞こえる。

 投石器の第2弾を構えていたが、敵はそのまま崩れ落ちた。

 喉を引きちぎられたので、首の血管もなくなったに違いない。


 倒れた男が息絶えたのか不明だったので、そのまま警戒していたのだが、茂みがガサつく。


「グラッド!」

 俺たちが倒した相手と似たような格好の男が、茂みからやって来た。


「ギャーッ! ギャーッ!」

「ハーピーだと?! グラッド!? てめぇら!」

 地面に血まみれで転がっていた男を見て、俺たちがやったと理解したのだろう。

 あとからやってきた男も、腰の剣を抜いた。


 今まで経験したことがないような殺意が俺に向けられる。


「ギャーッ!」

 ハーピーの鋭い爪が男を襲う。


「クソ! この獣がぁ!」

 男の注意が、ルルによって逸らされた。

 この機会を逃すわけにはいかない。

 俺は全力で、投石器から石を放った。


「ぎゃ!!」

 放たれた石が一直線に進み、男の顔面に直撃した。

 これで仕留められるとは思わないが、敵は明らかに怯んでいる。


「うぉぉ!」

 俺は、先に仕留めた敵の傍らに転がっていた剣を取ると、敵に向かって突進した。

 剣を腰に構えて体当たりをする。

 銀色の切っ先が、敵の革鎧を貫通した。


「ぐあぁぁ! このガキ……」

 俺はすぐに離れて、投石器に石を装填した。

 しゃがみ込む敵に向かい、大声を上げながら投石を繰り返す。


「わぁぁぁぁ!」

「ちょ、まて! 待って……」

 動けなくなった敵に、地面に落ちていた大きな石を両手で抱えあげて、投げつけた。


 鈍い音とともに、男が動かなくなる。

 俺はその場で尻もちをついた。


「うう……ひ、人を殺してしまった……」

 手も足も震えているし、喉はカラカラ。

 腰は抜けていて、立てそうにない。


「ギャ! ギャッ!」

 羽根を逆立てたルルが、まだ威嚇の声を発している。


 座ったまま、辺りを警戒していたのだが、他に敵はいないようだ。


「はぁ……」

 自分の手を見るが、まだブルブルと震えている。

 転がっている2つのかばねに目をやった。

 やつらは、ルルを殺そうとしていたし、俺にも明らかな殺意を向けてきた。


 ルルが殺されるのは嫌だし、俺も死にたくない。

 こうなってしまったのは仕方ないのだ。

 そう自分に言い聞かせた。


 警戒していたルルだが、敵が動かなくなったことで正気に戻ったのだろうか、俺のところにやってきた。


「ムサシは、俺の命を2回も助けてくれた。俺も命にかえてムサシを助ける」

「うん、ありがとう」

 彼と抱き合う。

 ルルが無事でよかった。


 彼は、人を殺してしまったことについては、なんとも思ってないようだ。

 仲間が捕まって剥製にされるみたいなことがあるんだ。

 このようなことはすでに経験しているのだろう。


 身体の震えが止まり落ち着くまで、しばらく彼と抱き合っていた。


「ふう……」

 かばねをこのままにしておくことはできない。

 気は進まないが、彼らの装備を剥ぎ取った。

 剣など使えるものは回収する。


 ルルが、彼らの寝床らしき場所を見つけた。

 鍋や食器など、なんでも使える。

 シャベルも発見したので、彼らのかばねを埋めるのに使った。


 金貨も手に入れた。

 見たこともない硬貨だ。

 やっぱり、俺の知っている国ではないらしい。

 改めて思うが、言葉が通じる場所でよかった。


 ルルと一緒にしばらく過ごし――彼の脚が治ると、俺は川を下って街に向かった。


 ------◇◇◇------


 ――この世界にやって来て10年たった。


 俺は、それなりの狩人になっていた。

 街で依頼を受けて狩りや採取などを行う。


 ハーピーたちのつき合いもまだ続いている。

 ルルは、彼らの仲間も紹介してくれた。

 女の子もいたのだが、みんな少年や少女みたいな姿をしている。

 やはり彼らは歳を取らず、ずっとこんな感じらしい。

 身体が大きくなると、飛べなくなってしまうので、そういう生き物になったようだ。


 俺が女の子のハーピーをかわいがっていると、ルルが嫉妬するのが面白い。


 ――俺も日々の仕事をこなしていた、ある日。

 最近、彼の姿を見ないのだが、どこかに遊びにいっているのだろう。


 街道で、馬車が襲われているのを発見――黒塗りの立派な馬車だ。

 銀色の騎士たちに護衛されているということは、おそらく貴族。

 相手は野盗の類か。

 貴族を襲撃して、金品を強奪。

 ついでに人質を取って、身代金をせしめよう――そんな魂胆かもしれない。


 あまり貴族には関わり合いになりたくはないが、加勢をすれば褒美を貰えるかもな。

 助けてもらって金をケチったなんてことになれば、貴族様の沽券に関わるだろうし。


 俺は馬車の進行方向右側から接近――得意の投石器を取り出すと、鉛の弾を装填した。

 子どもの頃に使っていた石とは違い、俺が考案して自作したものだ。

 ひし形の形状をしており、標的に大きな痛手を負わせる。


「はっ!」

 俺は騎士と鍔迫り合いをしている野盗の男の側頭部に弾を命中させた。

 兜をしていなければ、この弾の直撃は致命傷になる。

 即死かは不明だが、敵はその場に崩れ落ちた。


 次弾を投石器にセットして、俺は馬車に走った。


「加勢しますか?!」

「頼む!」

 倒れた敵に止めを刺した騎士が叫ぶ。

 騎士たちも切羽つまっているのだろうか、身分の低い俺の加勢を受け入れた。


 無礼を承知で、俺は馬車の上に陣取った。

 ここからなら敵がよく見える。


 騎士たちの援護のために、敵に向かって鉛玉を次々に撃ち込んだ。


「「「おおおおっ!」」」

 馬車の左側からも敵の増援が現れた。


「馬車の左側からも敵襲!」

 敵の襲来を叫びながら、やってくる敵に鉛玉を撃ち込むが――数が多い。


「くそっ!」「なんだと!」

 斬り合いをしている騎士たちも手一杯なので、反対側まで手が回らないようだ。

 俺が対処するしかないが、1人では限界がある。


「弾がなくなる!」

 元々、狩猟用に用意したものだ。

 こんな戦のために作ったわけじゃないし、数は揃えていなかった。


 悪いが――いよいよとなったら逃げる算段をしたほうが……。

 そんなことが頭によぎった瞬間、野盗の1人の頭が潰れた。


「は? なんだ?」

「ギャ! ギャーッ!」「ギャ!」

 これは――ハーピーの声だ。

 上を見ると、白や黒の翼が旋回している。


 それが急降下してきたと思ったら、野盗の1人を爪で引き裂いた。


「ぎゃあぁ!」

 顔を引き裂かれた敵がその場にうずくまる。

 次は、太い木の枝が降ってきた。

 いきなりそんなものが空から降ってきたら、そりゃ驚くだろう。

 混乱した敵に乗じて俺は、馬車から降りて石を拾った。

 弾の補充だ。


「それ!」

 大きめの石を投石器にセットして、敵に向かって投げつける。

 威力は低いが、牽制と時間稼ぎには十分だ。

 右側の攻撃を凌いだのだろう――俺とハーピーたちの攻撃で足止めを食らった野盗に、騎士団が襲いかかった。


「領主令嬢の命を狙うなど、不届き千万! 1人とて、生きて帰すな」

「「「おう!」」」

 態勢を立て直せば、騎士のほうがやはり強い。

 次々と切り倒していく。


 もちろん、俺の援護つきだ。

 敵の動きが止まれば、俺の弾が打ち込まれる。

 ひるめば、騎士によってなで斬り。

 上手く連携してくれて助かった。


 そしにしても――馬車に乗っていたのは、領主のご令嬢だったのか。

 貴族なのは間違いないと思ったが、結構な大物だったわけだ。


「もうだめだ!」「俺は逃げるぜ!」

 敗北を察した野盗が逃げ始めた。

 敵の背中や脚に向けて、投石を行う。


「ぎゃ!」

 致命傷じゃなくてもいい。

 敵の逃げ足を削げば、騎士団が処理してくれる。


「敵の殲滅を確認!」

 騎士の1人が、団長らしき男に報告した。

 これで勝利だろう。


「よし!」

 俺は男に駆け寄り、膝をついた。


「下賤な者が、差し出がましいことをいたしました」

「なにを言う! 助かった! そなたに感謝する」

 よかった。

 話が通じる騎士のようだ。

 こういうことをすると――余計なことをするな! と、怒り出す騎士もいるからな。


 騎士と話していると、ハーピーたちが地面スレスレに滑空してきて、俺の肩に止まった。

 ルルだけならいいが、たくさんやってくると流石に重い。


「ムサシ!」

「ルル! しばらく見なかったけど、どこかに行ってたのか?」

「ちょっと南に行ってた!」

「なんだ、可愛い子でもいたのか?」

「えへへ」

 どうやら図星らしい。

 他のハーピーも見たことがある子ばかりだ。


「な、なんとハーピーと交流があるとは……」「信じられん」

 騎士たちが、俺とハーピーたちに驚いている。


「彼らは知り合いですので、どうかご容赦のほどを……」

「彼らの上空からの援護にも助けられた。私からも礼を言う」

「ありがとうございます」

 街のやつらのように、ハーピーに敵意は抱いていないみたいだ。

 よかった。

 ここで揉めると、お礼もなにも貰わずに、ハーピーたちと逃げる羽目になるからな。


「姫様!」

 女性の声が聞こえたと思ったら、黒塗りの馬車の扉が開く。

 そこから、上等そうな白いドレスを着た、金髪の少女が降りてきた。

 ふわふわの金髪の青い目――姫様という声が聞こえたが、本当にお姫様だ。


「姫様! 野盗どものかばねも転がっておりますゆえ、馬車にお戻りください」

「構いません」

 綺麗な女の子だけど、声もガラスのように透き通っているような気がする。


 俺の前にやってきたので、再び頭を下げた。


「ハーピーたちは、人の礼儀作法などを知りませんので、ご容赦のほどを……」

「承知しております」

 顔を上げると、お姫様がハーピーたちをじ~っと見ている。


「あ、あの……」

「可愛い……」

「はい?」

 お姫様が顔を赤らめている。

 どうやら、ハーピーたちをお気に召したようだが、無理難題を言われると困るな。


「じ~っ!」

 彼女がルルの股間を凝視している。

 どうやら、そこが気になる様子。


「姫様! そのようなものを見てはいけません!」

 馬車から飛び降りてきたメイド服の女性が、両手を使ってお姫様を目隠しした。

 黒髪を束ねてメガネをかけた背の高いメイドである。


「いやぁぁ! サフィラ!」

「駄目ですよ!」

 この騒ぎにハーピーたちが驚いたのか、上空に逃げてしまった。


「ああ……」

 ハーピーたちに逃げられたお姫様は残念そうだ。


 それはさておき、戦闘に加勢してくれた――ということで、金貨2枚の礼をいただく。

 俺の稼ぎ、2ヶ月分だが、命がけで戦って金貨2枚は高いのか安いのか……。


 それだけではない。

 俺の腕を見込まれて、王都まで護衛として同行することになった。

 この国の王都にも一度は行ってみたいと思っていたので、いい機会だ。

 依頼を引き受けることにした。

 王都まで1ヶ月の距離――無事に到着すれば、金貨を5枚もらえる。

 いい稼ぎだ。


 馬車が進み始めると、ルルが降りてきた。


「ムサシ、こいつらと一緒に行くのか?」

「ああ、王都まで一緒に行くことになった」

「それじゃ、俺も行くぞ!」

「王都の商人や狩人に捕まるなよ」

「大丈夫だ! 俺はそんなにマヌケじゃない」


 笑っている彼だが、大丈夫だろうか。

 俺の肩に乗っているハーピーをお姫様が見ている。


 そんなわけで――俺とルルとの、長い冒険はまだ始まったばかりだ。


 END



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