お姉さんショタを拾う
「あ、あの……」
ちょっと日が傾き、空が紫のグラデーションに染まる森の中――。
気がつくと、目の前に金髪の美少年が立っていた。
やつれてしまってはいるが、柔らかそうな金色の髪。
涙ぐみキラキラと輝く宝石のような青い目。
ちょっとボロくなってはいるが、金糸の刺繍が入った上等そうな上着と黒いズボンを穿いている。
なるほど、どこぞの貴族のお坊っちゃま風である。
これが街の中なら、そういう子に出会ってもおかしくはないのだが、ここは森の中。
街からちょっと離れた――そんな場所ではなく、森の深層だ。
猛獣や、魔物などもうじゃうじゃいる。
そんな場所に似つかわしくない美少年。
――罠か? なに者かが、私を陥れようとしているのか?
ハニートラップというやつだ。
ふと、そんな考えも頭をよぎったりしたのだが――こんな森の中で?
魔物がいる森の中まで、わざわざ私を追いかけてきて?
ぶっちゃけありえない。
「なんだい? 少年、なにかご用かい?」
「見ず知らずの方に、頼める立場にはないことは重々承知しているのですが、助けていただきたいのです……」
礼儀はしっかりしているし、道理もわきまえている。
やはり貴族の子息だろう。
問題は、なぜこんな場所にいるのかだが……。
私が考えごとをしていると、彼の腹が鳴った。
要は腹が減っているのだろう。
恥ずかしそうにしている。
私は魔法の袋から道具と食材を出して、食事の準備をしていた。
そのにおいを頼りに、私の所までやってきた――そういうことなのだろう。
「腹が減っているのだろう?」
「は、はい……しばらく食事を食べていなくて」
「わかったよ、こちらにおいで」
「あ、ありがとうございます!」
彼の顔に少年らしい明るい表情が戻った。
「なん日も食べてないのか?」
「いいえ――あの、食料を節約していたのですが、それも尽きてしまい、昨日はなにも……」
「まぁ、森の中にも食べられるものは結構あるんだが、貴族じゃそういう知識もないだろうしねぇ」
「……僕はもう貴族ではないので……」
「お取り潰しになったとか?」
「いいえ――あの、妾の子どもだったし……それに、なにもできない役立たずなので……」
「もしかして、追い出されたのかい?」
「……はい」
跡取りとして、他にも子どもがいるのだろうなぁ。
追い出したあとは、病死しました――みたいな報告を国に出して終わり――と、いうことか。
「1日ぐらいなら平気だろう。ほら、食べな」
「は、はい……ありがとうございます」
私は、カップにスープを注ぎ、パンを分けてやった。
食料は魔法の袋の中に入っているので、心配いらない。
「なん日も食べていないのに、いきなり食事を取ったりすると、死ぬこともあるからね」
「そうなんですか?」
「ああ……」
彼が、硬いパンをスープに浸して食べ始めた。
「もっと食べたいかもしれないが、一応様子見をしよう。問題なかったら腹一杯食べてもいい」
「あ、ありがとうございます!」
お腹に食べ物が入って、元気が出てきたようだ。
まぁ、このぐらいの歳になれば働く子もいるから、そうなればもう大人扱いだ。
「あ、あの……」
「なんだい?」
「あの――お姉さんは、森の中でなにをしていたのですか?」
「私の格好を見て、商売はなにをしていると思う?」
彼が私の姿を下から上へと見ているのだが、特に胸の辺りで止まっているように思える。
「あの、魔導師ですか?」
「まぁ、わかりやすいよね、あはは」
黒いロングドレスに、黒い帽子――私の格好は、どこから見ても魔導師だ。
魔女と呼ばれることもあるが、彼にそう言われなくてよかった。
それだけでも好印象だ。
その彼がこちらをチラチラ見ている。
ドレスの胸のところが開いたデザインになっているので、それが気になるのかもしれない。
やっぱり男の子だねぇ。
「森の中で、ポーションなどに使う薬草を採取しているんだよ」
「そ、そうなんですね……」
彼が顔を赤くした。
私の返答は関係なく、別な所が気になるのだろう。
森の中で切羽詰まっていたのだろうが、食事でお腹が膨れて余裕ができたのかな?
「ふ~ん、もしかして――こういうのに興味があるわけぇ?」
私はドレスの胸の部分を指で引っ張って見せた。
彼の所からは、中身が見えてしまったかもしれない。
その証拠に、少年は真っ赤になってうつむいてしまった。
私も胸にはちょっと自信があるんだよね。
「……」
彼がうつむいたまま黙っている。
可愛いよね~。
「ねぇ」
「は、はい……」
「君のことを助けてあげたんだから、お礼が欲しいんだけどなぁ~」
「僕も差し上げるものがあれば、そうしたいのですが――今は手持ちがなくて……」
「まぁ、そうでしょうねぇ」
私は手を伸ばすと、彼の手を掴み抱き寄せた。
彼の柔らかそうな金髪のにおいを嗅ぐ。
「はぁ~、美少年のにほひ――クンカクンカ」
「あ、あの! しばらく湯浴みもしてませんので!」
「ああ、それなら大丈夫。洗浄!」
青い光の粒子が舞うと、2人の身体に染み込んでいく。
すぐに汚れがパラパラと下に落ちていくのが解る。
「あ、ありがとうございます……」
「ほら、髪の毛も日向のにおいになった――」
彼の身体を抱きしめても逃げたりはしないので、嫌ではないのだろう。
顔を真っ赤にしながら、私の大きな胸に埋もれている。
私は、そんな彼の様子に内心ホッとしていた。
お姉さんぶってこんなことをして、逃げられたりしたらショックがデカい。
はぁ~、まさかこんな森の中にこんな天国があろうとは。
まさか、なにかに抓まれている?
心配になり、少々周囲の魔力を手繰ってみたが、問題はない。
――大丈夫だろう。
------◇◇◇------
――森の中で、美少年に出会った次の朝。
目を開けると、青い空。
私のお腹の上では、彼がすやすやと安らかな寝息を立てている。
ブーツを脱がしたら、足に豆ができてボロボロだったので、ポーションを奢ってあげた。
私の自作なので無料だ。
――それよりもだ。
ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
会ったばかりの美少年と、色々としてしまったんですけどぉぉぉぉぉ!
やたらとお姉さんぶったりしてみましたけど、私も初めてだったんですけどぉぉぉぉぉ!
まったく出会いがなくて、この歳まで1人だったけど――こんなことってあるの?
人には言えないようなことも、あんなことやこんなこともしちゃったんですけどぉぉぉぉぉ!
まるで薄い本みたいな展開。
マジで? 本当に? 私って、誰かに騙されてない?
一応、荷物も確認してみたが――しっかりと揃っている。
そりゃ、そうだ。
荷物がなくなっていたら、彼もここにいないはずだし。
それよりも、あれが演技だとは思えない。
演技だったらガチですごいし、騙されても仕方あるまい――なんて思っちゃうよ。
詳しい話も彼から聞いた。
家で役立たずだと除け者にされていたのも事実だが、捨てられたのではなく、命の危険を感じるようになったので逐電したらしい。
それじゃ、私が拾っちゃってもいいってこと?
本当に? 育てちゃってもいいの?
毎日、チュッチュッしたり、幸せ三昧しちゃってもいいってこと?
それって、マジで言ってんの?
ひょぉぉぉぉぉ!
畜生! 夢が広がるぜぇぇぇぇぇ!
「おっと!」
先に起きて、食事の準備をしてあげないと。
できる年上のお姉さんのイメージを崩すわけにはいかん。
私は、彼の頭をなでると――お腹の上から下ろした。
魔法の袋から材料と食器を出して食事の準備を始める――と、いっても、大したものが作れるわけではない。
野菜と肉のスープと、パン――いつものメニューだ。
「ん~」
味見してみる。
いいじゃない。
けど、メニューと量を増やさないといけないかなぁ。
なにせ、育ち盛りでしょ?
それに、食器も揃えないと。
当然、全部ペアで。
「えへ……」
思わず、顔がニヤけてしまう。
クソ~やっと、私にも春が巡ってきたって、そう言ってくださいよ、神様。
いつも拝んでいるのだから、それくらいいいじゃない。
「んん……」
彼が起きた。
「ミネルヴァ、おはよう」
「おはようございます、ダイヤさん……」
彼を抱き寄せて、キスをする。
ついでにクンカクンカ――はぁ~これから毎朝、こんなことができるなんて天国かな?
「ダイヤでいいんだけど」
彼の身体をなで回す。
「ダイヤさんは、年上の方ですし……」
う~ん、真面目。そこがまたいいんだけど。
もっとなでなでしたいけど、とりあえず食事をしなければ――スープを盛ってあげる。
「ウチのは、薬草を香辛料代わりに使ったりしているから、ちょっとクセが強いのよね~。嫌いなものがあったら、言ってよね」
「そんなことありません。とても美味しいです!」
「ありがとう~」
彼もニコニコしながらスープとパンを食べているので、問題はなさそうだ。
一人暮らしだと、食べるぐらいしか楽しみがないのよねぇ。
あとは、魔法の研究ぐらいだし。
「あ!」
私は大切なことを思い出した。
「どうしました?」
「あ~いや~、家の中が酷い状態だったなぁ……と」
端的に言えば、足の踏み場もない。
帰ったら片付けないと!
だって! 森の中で美少年を拾うとは思わないじゃない!
「……」
彼がちょっとしょんぼりしている。
「どうしたの?」
「あ、あの……」
「ミネルヴァは行く所がないんだよね?」
「は、はい」
「私の所に来るよね?」
私の言葉を聞いて、彼の顔が明るくなった。
ここにおいていかれるとでも思っていたのだろうか。
あんなことやこんなことまでした美少年を、置いていくわけないでしょうが。
「え?! いいんですか?」
「もちろんだよ」
「で、でも……僕って役立たずですし……」
「仕事なんていくらでもあるから。たとえば、私の家の掃除や、街での買い物などなど――そのぐらいはできるでしょう?」
「はい」
「それじゃ決まりだな」
私は内心で小躍りをしていた。
毎日同じことの繰り返しで灰色の生活が、いきなり色鮮やかに変わったよう。
食事をしながら、もうちょっと突っ込んだ話を聞く。
どうやら彼は、地元の子爵の子息のようだ。
「君のことを助けてくれる人はいなかったの?」
「いいえ、小さな頃から仲のよかったメイドがいましたが……」
「そうなんだ」
「彼女には、僕が逃げ出すことを伝えました」
「ふ~ん」
他の女の話を聞いて、ちょっとおもしろくない。
私は心の狭い女なのだ。
2人で仲良く食事をしたあとは、後片付け。
本当は数日森の中にいるつもりだったが、もうそれどころじゃねぇ。
早く家に帰って、2人の愛の巣を整えなくては。
色々と買ったり用意するものもあるし。
男ものの服だって、そんなものは家にはないので、街で購入しなければならない。
幸い、ポーションを売ったりしてて、蓄えもそれなりにある。
装備を魔法の袋の中に詰め込み、彼の手を繋いで歩き始めた。
「あ、あの、手を繋がなくても大丈夫ですから」
「だめだめ、森の中は危ないのよ」
そんな感じで、2人で森の中を進んでいく。
しばらく順調だったのだが、突然森の中がざわつき始めた。
「あん?」
ぐるりと辺りを見回す。
「な、なんですか?!」
「魔法だよ、おそらく探知系だな」
「まさか、僕を追って……」
「実家でなにかやったとか?」
「いいえ……単に僕が憎いだけなのかもしれませんが……」
「一応、血が繋がっていれば、継承権もあるしね」
「……」
そうはいっても、彼は実家に戻るつもりはないようだが。
それにしたってしつこいねぇ。
普通じゃ考えられないけど。
「急ぐよ」
「はい」
彼と手を繋いで森の中を急いだのだが、馬の蹄の音が近づいてきた。
「クソ、もう来たか。中々の手練だねぇ」
「ダイヤさん。僕を置いて逃げてください」
「そんなことするわけないじゃん」
「で、でも!」
「君は心配しているけど――私ってば、結構強いのよ?」
――とはいえ、追ってきたのが、騎士団なんかじゃちょっとヤバいような気がするのだが。
追手の音が近づいてくる。
完全に捕捉された。
「これじゃ逃げられない! 私の後ろに隠れて!」
「は、はい」
やってきたのは、馬が3頭。
人相の悪い男が2人と女が1人。
使い込んだ皮の鎧などから察するに、どうやら騎士ではないらしい。
暗殺者か、掃除人ってところだろう。
どちらにしても、ロクなもんじゃない。
1人はローブを着た魔導師だ。
さっきの探知系の魔法は、この女だろう。
「見つけたと思ったら女連れか?」「魔導師じゃねぇか?」「可愛い顔をして、もう女をたらしこんだのかい?」
可愛い顔ってのはミネルヴァのことだろう。
「なんだい、あんたたちは?!」
「そっちのガキに用がある」
「貴族の家を捨てて逃げ出したんだ。もう用はないはずだろう?!」
「そうはいかねぇ。逃げ出すときに金庫を荒らしたそうじゃねぇか」
「え?! そうなの?!」
「いいえ! 違います! 僕じゃありません!」
「その金庫の中に入ってたものを取り返してこいとの仰せだ」
え? どういうこと?
「彼は取ってないと言ってるけど?」
「そのガキが逃げたあと、屋敷からメイドが1人いなくなったらしい。大方、その女とどこかで落ち合うつもりだったんだろう」
「え?! チェルシーが?!」
そのメイドの名前らしい。
「私と話していても、そんな話はまったくでなかったけど?」
「うるせぇ! そのガキを掴まえて、吐かせりゃすむこった」
男たちが馬上で剣を抜いた。
「ごめんなさい、僕のせいで……」
ミネルヴァがしょんぼりしている。
「そんなこと言ってる場合じゃないから!」
「は、はい」
「私のこと、応援してくれないの?!」
「だ、ダイヤさん! 負けないでください!」
彼の顔が明るく輝いたのだが、その光が外に溢れ出し、私の身体を包み始めた。
「ええ?! なに? こ、これは!?」
私の身体に染み込んでいく青い光。
「虚仮威しか?!」「構うな! やっちまぇ」「我が内なる力から生み出されし灼熱よ――」
男2人が、剣を振りかざしこちらに突進してきた。
奥にいる女の魔導師は、魔法の詠唱を始めている。
「光よ!」
咄嗟に唱えた目眩ましの魔法だが、いつもと光量が段違い。
さっき私の身体を包んだキラキラ――あれは多分、支援魔法だ。
彼も魔法を使えるとは話していなかったので、無意識に放ったものだろう。
正式な手順を踏んでないのに発動するってことは、かなりの才能があるに違いない。
「ぐあぁ!」「ぬぉぉ!」
光による目潰しが効いている間に、敵の魔導師を始末しなくては。
「憤怒の炎!」
すでに敵は詠唱を終えていて、私たちに向けて火炎が放たれた。
「聖なる盾!」
顕現した透明な壁に魔法が衝突して、ちぎられたように空中に四散していく。
「おのれ!」
敵が次の魔法の準備に入ろうとしたのだが、その後ろから黒い影が襲った。
「ぎゃぁ!」
黒いゆらめきが馬に飛び乗ると、そのまま剣になり魔導師の身体を貫く。
「はい、残念でした」
黒い影が姿を表す。
「き、貴様は……ごふっ!」
魔導師が口から血を噴き出して、馬から落下――そのまま動かなくなった。
馬の上に立ったのは、スラリとしたメイドの女。
歳は20歳前後か。
敵か味方か解らないが、とりあえず魔導師を倒してくれたのだから、こちらに敵意はないものと思われる。
攻撃する素振りも見せないし。
「光弾よ!」
あとは、目潰しを食らっている男が2人だけである。
魔法により私の前に光が顕現した。
「くそぉ!」「どこだぁ!」
2人が馬でぐるぐると回りながら、デタラメに剣を振り回している。
馬がぶつかり剣の切っ先が、馬体を傷つけた。
アホな飼い主に切られては大変だと、馬も必死に振り落とそうとしている。
「我が敵を撃て!」
放たれた光の矢が、男2人を貫通した。
いつもと同じ魔力のはずだが、勢い余って敵の胴体が千切れ飛ぶ。
ありえない。
これも多分、ミネルヴァが原因だろう。
「ふう……」
ため息をしつつ、追撃がないか辺りを確認した。
「ミネルヴァ様!」
私が警戒をしていると、さっきのメイドが馬から飛び降りて、ミネルヴァに抱きついた。
ロングスカートのスリットから、長い脚を覗かせている。
黒い長い髪を後ろでまとめた、メガネをかけたメイド。
「チェルシー! なぜここに?!」
「ミネルヴァ様を追ってきましたぁ!」
はぁ? ちょっと、ちょっと待ったぁ!
「ミネルヴァ――その女が、君と仲がよかったってメイドなの?」
「は、はい。お話したとおりです」
それじゃ、ここで最初から落ち合う手はずになっていたってこと?
「もしかして、私を騙してた?!」
「ち、違います!」
「森の中で落ち合う約束をしていたんじゃないの?!」
「本当に知らなかったんです!」
とりあえず、ミネルヴァから女を引き剥がす。
「ミネルヴァ様! このBBAはなんなんですか?!」
「はぁ? 人をBBA扱いたぁ、いい度胸しているじゃない」
「ふん」
女が腕を組んで、明後日のほうを向いている。
「あなた、子爵邸の金庫から色々と盗み出したって本当なの?」
「ええ、そうよ」
「あなたがそんなことしたせいで、ミネルヴァが危ない目にあったんだよ!」
「え?! そ、それじゃ、こいつらは野盗とかじゃなくて、子爵からの刺客なの?」
「そう! 助太刀してくれたことには、礼を言うけどね」
私の前に、ミネルヴァが出た。
「チェルシー、なぜそんなことをしたの?」
「どうせ辞めるんなら、退職金をいただこうかと思って……」
「それなら、金庫のお金を盗まなくても、父上に言えば出してくれるはずでしょう?」
「……」
彼に問い詰められて、メイドが黙っている。
「なにかそうしなければならなかった理由があるの?」
「だいたい、そんなことをして、ミネルヴァを追って来るのがおかしいでしょ? やっぱり、口裏合わせてたの?」
「ダイヤさん、違います。信じてください」
私の言葉をミネルヴァが否定した。
「う、うん……」
彼の真剣な眼差しに、それ以上言うのは止めた。
「ミネルヴァ様! なんなんですか! そのBBAは! ミネルヴァ様のこと呼び捨てにしたりして!」
彼にすがるようなメイドの言葉を聞いて、私は理解した。
「チェルシー」
ミネルヴァに問い詰められて、やっと彼女が本音を吐いた。
「……ミネルヴァ様と愛の巣を作るために、お金が必要でしょ?!」
「愛の巣?」
「そうです!」
私は呆れて、ため息を尽きながらミネルヴァを抱き寄せた。
「残念~――ミネルヴァはぁ~私と一緒に暮らすことになっているからぁ」
そう言いながら、彼の身体をなで回す。
「ダイヤさん、ちょっと……だめです」
「はぁ?! ミネルヴァ様、嘘ですよね?! そんなBBAと!」
「行く所がないから、ダイヤさんの家にお世話になることに決めたんだ」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
メイドが大声を出して、そのまま白く燃え尽きて固まった。
「はい、私の勝ち~」
――そのあとは、倒した敵から装備を剥ぎ取った。
女魔導師からは魔法の袋を手に入れた。
これは儲けものだ。
あとで初期化して売ろう。
そのままでも使えないこともないのだが、前の所有者のクセがついてしまっていて、使いにくいことが多い。
私は初期化できるので、それならまっさらにしたほうが高く売れる。
ミネルヴァからのお願いで、あのメイドはウチで雇うことにした。
たまにミネルヴァの相手ができれば、給金も格安でいいときた。
個人的には少々嫌なのだが、彼からお願いされて受け入れてしまう。
家事は完璧だし、戦闘もできる。
拾い物だ。
街の外れに建っている、木造2階建てのボロい家が、3人の住処になった。
メイドのチェルシーは、2階の屋根裏部屋に住んでいる。
ミネルヴァのリクエストで、朝食は私が作っているが、それ以外はメイドの担当だ。
掃除も完璧だし、私が忙しいときには本当に助かる。
これからは家がゴミで溢れることもなくなるわけだ。
手に入れた馬の世話もしてくれるし、至れり尽くせり。
その代償に、彼をちょっと取られてしまうのは、う~ん――と、なるが。
多分、貴族の奥方というのは、いつもこんな感情を抱いているんだろうなぁ。
メイドを助けたお礼に、なんでも言うことを聞くというので、街でたくさん服を買ってきて、着せ替えをして遊ぶ。
「ダイヤさん! これは恥ずかしいんですけど……」
「あらぁ、なんでもするって言ったじゃん」
「で、でも――女の子の服なんて……」
私が着せたのは、彼が言うように女の子の服。
「ふぉぉぉぉぉ! 可愛い! 可愛すぎる! 女の子より可愛いなんて、なんてけしからんのでしょう!」
「ちょっと恥ずかしいんですけど……」
彼が真っ赤になって恥ずかしがっているのだが、それがまたいい!
「恥ずかしがる女装の美少年からしか摂取できない栄養素があるのよ! キリッ!」
「本当なんですか?!」
「ほら、チェルシーも喜んでいるし」
「……」
私が指した方向には、鼻血を出したまま固まっているメイドがいた。
「たはぁ――こいつの破壊力は抜群だぜ!」
彼を抱き寄せて、身体をなで回しキスをする。
「もう! あの、お話したとおり、魔法も教えてくださいよ」
「もちのろんよ!」
やはり、彼には魔法の才能があった。
補助魔法や、支援魔法に特化したもの。
子爵家は彼を役立たず扱いしたようだが、とんでもない節穴だ。
ちょっと特殊な魔法に特化したケースだが、彼の才能なら一流になれるだろう。
私のミネルヴァを狙っていた子爵家だが――その原因が解った。
チェルシーがなんだかよく解らず、根こそぎ金庫から盗んできたものの中に、とんでもないものが含まれていたのだ。
お貴族様お決まりの汚職ぐらいなら、そんなに問題にもならなかったのだが――。
子爵家がやっていたのは脱税。
貴族は、自分の領地内にある耕地に見合った税金を国に収めなければならない。
子爵家は、新たに開墾した農地を申請しておらず、税金を自分の懐に入れていたのだ。
この証拠を子爵家と対立する派閥に見せたら、喜んで買ってくれたよ。
これは王家に対する反逆である。
下手をしたらお家の取り潰しまである不始末だが、なんとか降爵で済んだ。
つまり、子爵から男爵に格下げってこと。
ミネルヴァの話では、脱税していたお金で結構贅沢をしていたみたいだから、貧乏になってどうするのかなぁ。
一度贅沢を覚えた人間は、中々貧乏生活をすることができない。
それでさらに借金が加速する。
最後はどうなるのか……まぁ、お決まりのパターンだよね。
まぁ、私の最愛の人が狙われなくなれば、お貴族様がどうなろうが知ったこっちゃないけど。
彼も、実家のことにはもう興味はないらしいし。
------◇◇◇------
――最初の出会いから月日は流れて、彼の魔法も順調に上達していた。
やはりミネルヴァは、補助魔法と支援魔法に特化した適性を持っていた。
こういう魔導師を下に見るやつらも多いんだけど、上手く使えれば強力な武器になる。
家で魔法の訓練をしていると、玄関のドアが勢いよく開いた。
「どりゃー! 生きてるかー!」
入ってきたのは、胸がデカくて肌が黒い女。
尖った耳をした魔導師――いわゆるダークエルフってやつ。
同業者だが、黒い革のドレスを着ている。
どうやらドアに蹴りをいれたらしい。
「ちょっと、チュチュアンナ! ドアが壊れるでしょ?!」
「は! こんなボロ屋なんて、壊して建て直したほうがいいだろ?」
「よくないよ」
「ははは――あ? なんだ、この小さいの?」
彼女も、ミネルヴァに気がついたようだ。
「はじめまして、ミネルヴァです。どうぞ、お見知り置きください」
私は彼の身体に手を回して、抱き寄せた。
「いいでしょ? 私の新しい相棒よ」
「……え?! う、うそ!」
「本当だよねぇ~」
「はい、本当です。よろしくお願いします」
「うぐぐ……ち……」
彼女が、ミネルヴァの可愛さにのけぞっている。
「ち?」
「チクショウぉぉぉぉぉぉ!」
彼女が家から飛び出していった。
「ふ――勝った……」
いつも絡んできてうぜぇやつだったので、いい気味だ。
そんなミネルヴァと私が、この大陸で一番デカいダンジョンを攻略した初めてのパーティになるのだが――。
それはまた別のお話。
END