第1章 第2話 誰にも見られず
「だーーーー! もうやってられませんよこんなのぉ!」
金央学園学園祭実行委員会雑務部部室……いや、雑務同好会の部室で小金川がプリントをまき散らしながら叫ぶ。同好会を立ち上げて2週間。何度見た光景だろうか。
「毎日毎日パソコンカタカタ! 外に出ればあなたと知らない先輩が話してるのを見てるだけ! わたしが想像してた高校生活と違うんですけど!」
「まぁそれが雑務だから……」
この雑務同好会の活動内容はただ一つ。金央学園学園祭実行委員会が取りこぼした仕事をこなし、裏方作業が無駄なんかじゃないと、俺を切り捨てた委員長たちに認めさせること。そのためにはやはりあいつらができない地道な作業をこなしていくしかない。
「ていうかわたしばっかり働いてません……? いやわたしに見えないところで先輩ががんばってるのは見てるんですけど……」
「見てるのかよ。まぁでも小金川の負担が大きいのは事実だよ。それが黄金祭だからな」
ここ金央学園は1年で12回の学園祭が開催される。日付の違いこそあるが、一月に一度のペース。直近のものだと入学式の日と同時に行われた4月の入学祭。そしてゴールデンウィーク明けに行われるのが5月の黄金祭。次の黄金祭は新入生を祝う入学祭とは正反対に、金央学園の生徒として1年生が中心になって行われるものだ。とは言ってもこんな遊びたい盛りの女子高生に地味な裏方作業はきついか。
「嫌ならやめていいぞ。俺に同情しなくても……」
「辞めたいのは山々ですけどね……あの生意気な委員長をぎゃふんと言わせなきゃ気が済まないんですよ!」
少し優しさを見せてあげたが、返ってきた言葉は嫌に強気なものだった。そして。
「そして何より……他の人にできないことを平然とやってのけた先輩をちょっとかっこいいって思っちゃった過去のわたしを否定しないといけないんです!」
なるほど、そっちが本音か。後輩のかわいい女の子にかっこいいと言われて悪い気はしないが、それに照れるほど恋愛に積極的ではない。まぁ気持ちはわかるしな。
「仕事ができる先輩はかっこよく見えるよな……」
「ほんそれ! 詐欺ですよ詐欺……まったく……!」
俺も同じだ。かっこよく見えてしまったんだ。この人と一緒にいたいなんて思ってしまったから……今こんなことになっている。
「ていうか先輩、なんでこの学校に入ったんですか? 陰キャにとってこんな辛い学校ないでしょ」
「家から近いのと、偏差値低くて楽々特待生になれたからかな」
「へぇ。てっきり駄目な自分を変えたいからみたいなもんだと思ってました」
「今俺をディスったか?」
自分を駄目だと思っているのは事実だが、それを変えようと思えるほどポジティブではない。むしろずっとこのまま平凡に目立たず生きていこうと思っていたんだ。それなのにあの人のせいで……。
「じゃあ実行委員会に入ったのも部長になったのも内申点上げたいからとか?」
「それは違う。脅されたんだよ、前の雑務部部長に。その結果がこれだ」
「ふーん、楽しくなっちゃったんですね。裏方が」
「別に楽しいわけじゃ……いや強がっても意味ないか。ああ楽しいよ。すっごい楽しい」
「こんな地味な仕事のどこが楽しいんですかね……。だって当日もみんなが遊んでる中誰にも見られず黙々と働いてるんでしょ? 一番もったいないポジションじゃないですか。せっかくがんばったのに一番楽しい瞬間にいられないなんてもったいない」
「まぁ……そうだな。言ってる意味はわかるよ」
本当にその通りだと思う。一番しんどいポジションだ。誰からも褒められないし、必要性がないとまで言われてしまう。だが。
「誰にも見られないってことは、誰も知らない楽しさがあるってことだ。お前もやってみればわかるよ」
「ふーん、そんなもんなんですかねぇ……」
俺の言葉を適当に流した小金川がプリントを捲る。自分が作ったプリントの束を。
「ま、わたし先輩みたいな陰キャじゃないんで。そんな気持ちはわかりませんよ」
「それならそれでいいよ。人には向き不向きがあるからな。向いてないことを知るのも悪くない」
俺もパソコンに向かい、地道な努力を続け……さらに二週間後。黄金祭が始まった。