第1章 第1話 意志
「はぁ……」
入学祭の翌日の放課後。俺は一人雑務部の部室にいた。いや、ここはもう雑務部の部実じゃない。金央学園学園祭実行委員会から雑務部という存在は消え去ったのだから。
この1年間色々なことがあったし、数えきれないくらいの時間をこの部屋で過ごした。その部屋を出ていかなければならない。あの人と過ごした、この部屋を。
「あ、いたいた」
床に散らかっていた私物を段ボールにまとめていると、部室が開かれて一人の女子生徒が入ってきた。
「喜多先輩、学園祭実行委員会に入りたいんですけどいいですかー?」
ノックもなしに突然入ってきて語尾を伸ばしながらそう口にした女子。その口調から想像できたが、やはりチャラチャラしている。栗色にセミロングの髪を染め、スカート丈を短くした今時って感じの女子生徒。俺が高2だから高1……。入学にあたって気合を入れるために髪を染めてきたんだろうが、この学校においてそれは量産型のスペックだ。せっかくかわいいんだからもっと普通にしてればいいのに……まぁいいや。
「悪いけど雑務部は……」
「あー雑務部なんかに入る気はありません。企画部に入りたいんですけどみんな忙しそうだったんで、暇そうな人を探してたんです」
「あぁそう……まぁ企画部は楽しいからな。お似合いだと思うよ」
「まぁ部署なんてどこでもいいんですけどね。あのイケメン委員長に近づくために入るだけですし……あ、これオフレコでお願いします! わたしかわいいキャラで売ってくことにしてるんで!」
見た目通りな言動しかしないなこの子……本当にどうでもいいけど。いや待てよ……?
「なんで今企画部が忙しいんだ? 学園祭翌日はあいつら仕事なかったはずだけど……」
「なんか後片づけが大変みたいですよ。とりあえず中庭に集めてるって感じで……ていうかなんで先輩が知らないんですか?」
女子の言葉を聞き終わるより先に部室の窓から中庭を確認する。テントに机に椅子……なるほど、企画で使ったはいいがどこに返せばいいかわからないって感じか。
「君、名前は?」
「え? 小金川神無って言います。ていうか先輩は何やってるんですか? みんな忙しそうなのにこんな部屋で……」
「そうか小金川。悪いけどこの倉庫リスト企画部の連中に渡しといてくれ。もちろん自分の手柄だって自慢していい」
「なんでわたしがそんなパシリみたいな……先輩が行けばいいでしょ?」
「俺委員会クビになったから。ほっといてもいいんだけどあのテントをしまってる倉庫を管理してる用務員の檀さんには世話になってるからさ。迷惑はかけられないだろ」
「はぁ……そういうことなら……え!? クビ!?」
驚いている小金川には悪いが構っている暇はない。本来なら入学祭の後片づけなんて当日で終わらせられる予定だった。それが翌日の放課後になっても終わってないんだ。関係各所に迷惑をかけすぎてる。俺をクビにした連中に手を貸すつもりはないが、先輩が築いた信頼を壊すのだけはありえない。
「あとこれ企画物品リスト。どの教室からどれくらいの机を取ったのかとかまとめてある。ついでで悪いんだけど他に何で困ってるか聞いておいてくれ。全部君の手柄ってことで処理を……」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
綺麗に整頓してある今回の入学祭で使用したプリントを全てまとめたファイルを引っ張り出す。今から動けば……夜には終わるか。忙しくなってきたな……。
「そもそもなんで先輩がクビになったんですか!? 役員さんなんでしょ!?」
「ん? 今それどうでもいいだろ。後片づけをきちんと終わらせてようやく学園祭は終わるんだ。まずはできることからやらなきゃな……」
「おい喜多!」
なんか焦っている小金川をよそに必要な書類をまとめていると、また勝手に部室の扉が開かれた。入ってきたのは……。
「……委員長」
「物品のリスト渡せ。こんなきたねぇ部屋にしまってんじゃねぇよ」
「役員には現物配ってるはずだけど。ていうかクラウドに全部まとめて……」
「それが見当たらねぇから言ってんだよ! もっとわかりやすくしとけ!」
昨日の満足げな表情から一変。目の前の委員長は目が血走っていて呼吸も荒い。まさか檀さん怒らせたんじゃないだろうな……あの人怒ると怖いから……。
「わかりづらかったのなら俺のミスだ、ごめん。あとこれお探しのリスト」
「チッ、つーか早く出てけよこの部室! お前はもう委員会のメンバーじゃねぇんだぞ!」
「そのつもりだけど、この部室を借りてるのは厳密には俺の先輩だ。設備リストにも書いてあるだろ?」
「お前みたいに暇じゃねぇんだからんなの一々見てねぇよ……!」
テーブルに広げたプリントをひったくり、委員長が忌々しそうな視線を俺に向けてから去っていく。あーそうそう。
「この子……小金川神無さん。委員会に……」
「先輩、大丈夫です!」
さっさと部室を出ていこうとする委員長に小金川を紹介しようとすると、当の彼女がそれを制した。そして委員長が部室を出たのを確認し、一度ため息をつく。
「はぁ……残念。付き合いたかったんだけどなー」
「付き合いたいなら付き合えば? あいつ今彼女いないはずだけど」
「イケメン無罪にも限度はありますよ。いじめとかそういうのマジありえないんで」
へぇ意外……って言ったら失礼か。俺も見た目とは正反対な陽キャイベントに精を出しているわけだし。
「先輩、言われっぱなしで悔しくないんですか?」
「まぁ多少はしょうがないよ。今はあいつが委員長。学園祭実行委員会はあいつのもんだ。あいつが俺をいらないって言うのならそれは委員会の総意だからな」
「ふーん……わたしそういう真面目な回答も嫌いなんですけど。やりたいことがあるならやればいいんですよ。どんな手を使ってもね」
忌々しそうに委員長が去った扉を見つめていた小金川が再びため息をつき、俺を見る。何か強い意志を感じる瞳で。
「一緒に新しい学園祭実行委員会立ち上げませんか?」
そしてその一言が、この金央学園の未来を変えた。