逆鱗
よろしくお願いします
「所で、何がまずかったのかね?」
ナハテイガルがカメリアに尋ねた。
ガイツらと別れたすぐあとのことだ。
彼らとはあの後すぐに別れた。探す相手が自力で生還したし、その後も協力を望まなかった上に彼らにも彼らの予定があった。
因みに謝礼はまた会った時ビールでも奢ってくれというガイツの一言で解決した。
カメリア とナハティガル の ガイツ の こうかんど が 5 あがった。
という訳である。
「ナハティガル」
「うん」
「彼らが貴方を討伐する勇者の案内役なの」
「普通に生かしてはおけない奴らでは??」
「それは最終手段でありたいわ」
倫理的問題。
それに下手に手を出してストーリーが大幅に変わってしまうのもあまり宜しくは無いので。まあ、そう言う事なのだろうとナハティガルは思った。
「泳がせとくの」
「あーね。つうか、それならさ、魔王倒した後の勇者は私たちの手には負えないんじゃないの?」
「ああ、安心しなさい。裏ボス化した貴方鬼強いから」
「何も安心できないじゃない。ていうかああはならないからね」
いやもうあれは完全に成っちゃった系のキャラデザだったよなと、かつて観た考察動画を反芻した。
そもそもアレに成った時、私の自我はいくら残っているのか。
そう思ってしまうほどに、裏ボスとして登場したナハティガルの姿は変わり果てていた。
裏ボスデビューは大成功だが当事者としては全く嬉しくない。
アレは成ろうとして成れるものではない。
だから恐ろしい。
ああは絶対なるものかよと、ナハティガルは思うのだった。
「あ、そうだ、撹魔鉱石なんだが、捨ててくれないか」
「あのう、宿代がなくなっちゃうんですけどぉ」
「宿代がないなら町の外で野宿すればいいじゃないの」
「嫌だ、惨めすぎるわ!!」
「下手な安宿止まるよりマシだよ、ほら、渡しなさい」
本当に、マジで此処の安宿は治安が終わっているので。
あと設備が死んでいる。魔法で自分であつらえた方がまだだしな出来なのだ。
「往生際悪いな」
「にゃああ"ぁダメぇ!?!!」
普段鈴を転がすような可愛らしい声を出す声帯が今、鈴を地面に叩き落としたような汚ねえ割れた高音を出した。
「いや、流石にこれは持ってけないでしょ」
「クッ、三食風呂付きで防犯対策がしっかりしてて手ごろな価格の宿はないかしら」
「そんなの翌日奴隷商に売られるか身包み剥がされて次の日には森の中に転がっているだろうさ」
私達の死体が。
ゲームの中で、初見殺しと名高い強盗宿屋というものがある。
違和感が表示され、泊まり続けると翌朝ゲームオーバーになっているというクソ仕様だ。
ナハテイガルが引っかかった時は、ピエンすぎて草が生えるというJK構文で泣いた。
しかもこの世界が現実になってからは領主にピンハネをし、見逃してもらう宿まである始末。
おちおち寝れやしなかった。
ナハティガルに窘められ、不承不承ながらもそういう経験があるカメリアは首を縦に振った。
「はー、仕方ないわね全員返り討ちにすればいいだけじゃないの・・・、嗚呼、私のお金ちゃん。」
「いや金が絡むと容赦ないな君」
「それは、人の財産盗むだなんて、そんな奴らに容赦はいらないでしょう。所でナハティガル、この着いてきてるものって何かしら?」
相手も極限まで気配を消して、気取られない様にしているが、あの巨大である。今迄気取られなかった事が不思議だ。
「驚いた、気づいてたか」
「冒険者と別れたあたりからだけどね」
「氷帝龍ウバラ、紛うことなきこの森の番人にして巨神竜族を除いて、現存する中では最高位の竜種、原始龍だが」
矢張り見逃してはくれなんだか。
独り言のようにナハティガルが呟いた。
「さっき襲撃に遭ったんだ、龍は執念深いからね。あの人間、勘が良かったのかなぁ」
何となく、というのは意外と大切だ。
手早く別れたのはそのせいもあった。無関係の彼らを巻き込みたくなかったのだ。
それに、なにかしら本能的にヤバいと感じていたのかもしれない。
冒険者はそこ辺りの感覚が鋭い。本能に正直だ。
やたらと攻撃的なのが居たのはそのせいだろうとナハティガルは思っていた。
尤も、本人の気質も有るだろうが。
「詰まり私は鈍いと」
正直殺気が混じるまで気が付かなかったし。
エルフの集落でもそうだった。
分かっていた事ではあったし、戦闘の時は感覚が変わるのだが、日常ではからっきしの耳と鼻と肌だった。
「と言うか、あくまで私の肌感覚だが、君は日本人の感覚が強いのだと思う」
「矢っ張り鈍いってコトじゃない」
「いやはや、あの、そうだな、なんと言おうか、体が拾う情報に対して、人間だった頃の感覚が邪魔してシャットアウトしてるカンジ??」
「うう、貴方も元人間でしょ?何でそんなに鋭いのよ」
「君が人間の頃の感覚に引っ張られ過ぎているだけなのだよ」
さくさくと、2人は足を進めるが、いい具合に開けた
場所の少し前で歩みを止めた。
「そろそろか」
「 採算が取れるといいのだけれど」
「取れる取れる、何だって魔物の王様だよ?」
「撹魔鉱石はアダンマイトとか、ヒヒイロカネの素材だから、鍛冶師が喉から手が出るほど欲しが鉱物の女王よ」
「確かにそうだが、龍は捨てる所がない。狩れば相当な額になるはずだ。どちらにせよ、当面の宿代には困りはしない。それに」
奴さんも殺る気だぜ。
背中を意識する。
草葉に隠れて、一瞬ぞわりとする殺気が背を這った。
ああ、気づいていることに気づかれている。
「仕方ないわね」
そう言うと、カメリアはナハティガルに撹魔鉱石を手渡した。
カメリアの瞳が未練がましく揺れるのをナハティガルは見た。
どちらにせよ、此の儘では街へなどいけない。
ドラゴンを街に呼び込むなど、普通に処罰対象になってしまうし、下手をすれば首を跳ねられる程の重罪だ。
カメリアとて、そんなことは分かっている。まだ首と胴は泣き別れたくない。
だからナハティガルの言葉に従うしか無かった。
「これが上手くかなかった、街に着いても2人仲良く野宿コースになるだけだからさ」
呑気にナハティガルは撹魔鉱石を握り締めた。
二つに一つならば、最大利益を求めたい。
「と言うか、人間の通貨が変わりすぎなのよ」
必死になって集めた金を使おうと思ったら、何だこの骨董品はと言われる事が割とあるのだ。
王朝この交代や治める民族が変わったり、そもそも国が滅びたり。
金属ならばまだ何とかなる。紙幣が一番始末が悪い。
質屋にしても、特権階級が通うようなモノでは無い。平民が利用することをメインにして店を開いているのだから、店主がどっかの特権階級の庶子でも無い限り、買い取っては貰えない。
其れが、長命種に金がない一因でもあった。
ただ、だからこそ一部の有力者達や力のあるものは宝石や装飾品など換金出来るものを集める傾向があるので、全員が素寒貧という訳では無いが。
そんな事を考えていると、一層背後からの殺気が強くなった。
「それは、マジで言えてるね」
反射的に撹魔鉱石を後ろへ投げ捨て、太刀に手を掛ける。
「カメリア」
ナハティガルは短く相棒に危機を知られた。
「安心しなさい。もうやってる」
そういう終えられたか、それ程の刹那。
図ったかのような轟音が大気を震わせ、青いブレスが大地を穿つ。
眩いばかりの閃光に目を眩ませながらナハティガルは飛び上がった。
ブレスを吐く時、龍は首がガラ空きになる。
上空から首を伸ばしている事を確認し、ナハティガルは太刀を抜いた。
カメリアは、結界で大丈夫だろう。
(飛翔)
魔法を発動し、空を駆ける。
腰に履いた太刀をスラリと横薙ぎに抜刀すると、陽光を白刃の切先がキラリと反射した。
ウバラには気取られているが、意に介さず結界で耐えたカメリアへ踊り掛かろうとしている。
私など眼中に無いということか。
しかし、その方が好都合。
あの太い首を切るなどやっていられない。
狙うのは骨の継ぎ目、筋肉の伸び切ったタイミングで。
気を見計らい、守りが無くなった逆鱗に太刀を突き立てる。
それしか無かろう。
その時。
「目覚めよ火焔、我が朋友よ、我が道を阻む敵を討ちたまえ。その唐紅の衣はためく所に、焦熱の轍作りたまえ」
朗々とカメリアか精霊魔法の詠唱を始めた。
精霊魔法は精霊の力、自然の意思に働きかけて行う魔法だ。
ナハティガルは魔法や呪術を普段使う。其れは普段魔力変換効率や威力などよりも術式発動スピードを優先して略式や省略を使うからだ。
しかも、正式は威力が高い分失敗した時のリスクがデカい。最悪自に全て跳ね返ってくる。それの対策も含めて短く済ませていたのだ。
しかし精霊魔法はそれが出来ない。
時に自分の力以上の威力を引き出す其れは、リスクも相当なものに設定されていた。
此を、この場面で使うとなると相当な胆力と技術が必要とされるのは言わずもがなで。
カメリアの根底としての強さ、いかなる相手にも怯まない度胸が垣間見えた。
赫い。
紅の魔力が立ちのぼるのをナハティガルは目視した。
カメリアの髪が緋色に照らされ、聖霊へと捧げる咏が結ばれた。
「獄炎焦華」
その黄金の炎は、龍の頭に命中すると、ごうと炎が絶叫した。
猛る炎は獲物を捉えると、その躰ごと飲み込んでしまった。
「ごう、ギャアァァオオウぅ!!」
ウバラの慟哭が辺りに響いた。
いやはや、母とは恐ろしい
ぽつりと、ナハティガルはそう思った。
辺りに、肉の焦げる匂いが充満した。生臭い血と肉が黒煙を上げている。
龍は、魔法でを焼かれ乍なお、それでもカメリアに喰らいつこうとしている。
普通の獣ならば、とうに引き揚げてもいい頃合だ。
それでもまだ、この龍を突き動かす物は。
「そうか、お前は母親だものなあ」
私たちが食べてしまったあの。
孵化しなかった卵の。
何となく、ナハティガルはそうだと思った。
ナハティガルは、魔法無効化と強化を目一杯にかけ。
未だ消えない炎の中に突っ込んだ。
刹那、爛々と燃える瞳と目が合った。
しかし、其れに釈明する言葉を、目を。
ナハティガルは持ち合わせていなかった。
この龍に、火をつけたのは、私だろう。
だから、死なばそれ迄。
そうすれば、ウバラ、お前の勝ちだと私は思う。
けれど。
ウバラの懐に潜り込み、逆鱗を見つけたナハティガルは、他と比べて柔いそこを、一息に刃で突き刺した。
「ギャウ」
刃から、体内の血管とか、筋肉を断ち切る感触が伝わった。
ぐるりと白目を向いて。
ウバラは痙攣しながら、力無く頭を地に伏した。
ずるりと刃を引き抜いたナハティガルは、くるりと宙で身を捻り、そのまま音もなく地面に着地した。
炎で傷口が焼けたのだろう。
血は、あまり流れ出ていなかった。
今、御伽の龍は倒れた。




