番外ニ 巣から落ちた雛鳥
「つっきが〜でったで〜たぁ、つっきがぁ〜で〜ったよいよい」
「なんじゃその指の動きと歌は」
「さて、私もよくは知りません」
「ほう、それで、何用じゃ?儂の寝室まで押しかけてくるとは、兄に聞かれたくない話かな」
くすりと笑みをかたどると、長は胡座をかいて寝る時用の毛皮の上に座り、とんとん、と隣を叩いた。
「いえ、私はここで結構」
「釣れないの、全く、妙なところがあれと似てしまった」
「年頃の男児ならば当然です。で、単刀直入に申し上げますと、魔王王軍に寄越すのは兄様ではなく私にして欲しいのです。兄様はこの一族の要。ここで失うわけにはゆきますまい。ですから、私を身代わりとして使ってください。兄様程では無いかもしれませんが、うまくやって絶対に生きて帰ります。ですからどうか、御一考願いたく存じます」
そこまで一息に言うと、プロクネは頭を下げた。
「ほう、それで、彼奴はこれで納得すると思うか?」
「まさか、絶対に聞かないでしょうね」
「そうだな。それでお前は良いのかい。今生の別れになるやもしれない上ピロメラはお前を恨むやもしれぬぞ。元はと言えば儂の不甲斐なさが招いた事態じゃ、それを、子であるお主らに押し付けるのは心が痛い。だがそれでも、決断は下さねばならぬ」
プロクネは、微かに目を見開いた。
「ははっ、そうですか。なればこそ父上、このプロクネ、どうか駒として扱い下さい」
「最後に一つ、お前はピロメラをどう思っておる?」
「敬愛する兄上です。この世で最もね」
「そうか、ひとまず話はわかった。今日は一先ず戻りなさい。少し、独りで考えたい」
「それでは、失礼致します」
一礼をしてからプロクネは長の寝室を後にした。
独りになった長は、父として、長としてどうするべきかと、じっとプロクネが去った後の虚空を見つめていた。
気高くありなさい。
それは、能く母が言っていた言葉である。
そう在ろうとも、未だにそう成れているかは、判らない。
判らからないけれど。
自分が決めなければいけない。迷ってはいけない。
結果がどうであろうと、自分が決めたことで決定なのだ。
だから、決めねばならない。
自分が詰まっては同仕様も無いのだから。
こんな時、あれが居れば、と長は思わずにはいられなかった。
妻は。
早くに亡くした。
魔族の寿命や成長スピード、そして老いは魔力量によって左右される。妻はあまり魔力が高くなかった。基本的に、魔族は魔力の釣り合いか取れる相手をパートナーとする。そのせいもあってか、色々気苦労が絶えなかったし無理もさせてしまったように思う。
それ故に、早くに置いて逝かれてしまった。
だがあの女以外は考えられなかったのだ。
悔いは無い。
愛していた。
添えたのが、彼女で本当に良かったと思う。
だから。
どうか。
僕に力を貸してくれないか。
ぶつり。
長が自らの額飾りを引きちぎった音が響いた。長はそれを愛おしそうに撫でるとぎゅっと握りしめ語りかけた。
「…家族が増えたんだ。ああ、言っておくけど浮気はしてないよ。僕には君だけだ。そう、それから随分と前なのだけど、一人称と口調を変えたんだ。その方がなんか長ぽいだろ。ははっ、はぁ…話を戻すとなんだが、その彼を君が見守って欲しいんだ。きっとピロメラでは魔王軍で生きるには難しい性格をしている。だが、プロクネならきっと、生きて帰ってくると思うんだ。…だから、あいつを、プロクネを」
どうか。
宜しく頼む。
そう言って、長は形見である額飾りを造り直していった。
翌日の事である。
長は里の有力な男女を集めて会議を開いた。その会議で長子は送らずその次男が送られることに決まった。
里は完全に従わぬということか。
長は何を考えているのだ。
本当は。
血の繋がった方を手元に残して置きたかっただけなんじゃないのか。
まあ良いではないか。どうせ奴は攫ってきた余所者じゃ。いづちへと往かせるは丁度善い。
いやいや、それは無いんじゃないか。俺はあいつと遊んだぜ。
そうだそうだこの老耄鳥。
元は攫い子とはいえ最早彼は里の子だ。長の子だ。
なればいっそ。
どちらも送らぬが宜しいのでは?
そんな事をしてみろ、戦になるぞ。
様々な憶測や噂噺は密やかに里を飛び交った。
「下らん」
それを一蹴したのはピロメラであった。
「全く女々しく姦しい。プロクネ、お前は斯様な噂噺など気にするな。もし面と向かって言うてくる阿呆が居るならばこの兄様が切って捨ててくれるわ」
「流石に其れは辞めてください。それに」
貴方に頼り切りになる程私は弱くありません。
「そうか?まあいつでも頼れよな」
「分かってるよ、後あんたが手を出すと余計話が拗れるからさ、まあ最終兵器としてどんと構えてくれよ」
「うーむ、朝から息子の会話が恐ろしい」
返答の期限はとうに過ぎ、今日はプロクネが魔王軍の根城へ往く日であった。
恐ろしいとは思わなかった。
兄がどうというの件も有るが、プロクネは世界を知りたかった。
里は狭い。
廣い空を飛んでみたかった。
衣装を整え、出立間近の時である。
「プロクネや、一寸おいで」
「はい、なんでしょうか」
長が取りだしたのは一対の宝玉のようなものが着いたピアスであった。
長の掌の上で紅がキラリと光る。
「これを、お前に。儂の妻の形見を耳飾りに造り直したのじゃ。きっとお主を護ってくれる」
「そんな、大切なもの」
「よいよい、儂がお前にしてやれるのはもうこれくらいじゃからな。大切にしてくれ」
「しかと承りました。大切にします」
カチャカチャとプロクネは耳飾りを耳に着けた。
「あぁ、よく似合っている。生きて帰ってくるのだぞ」
「はい」
ぎゅっと大きな羽と腕がプロクネを包んだ。おずおずとプロクネは抱擁し返すとより一層力が強くなった。
「ちゃんと、生きて帰って来ますから」
「頼んだぞ」
「うん」
出発までもう少し。
「プロクネ」
次に呼び止めたのはピロメラであった。
「なに?」
「正直俺はまだこの件を納得して居らん。が、…達者でな。いつかまた会おう」
「兄様も達者で。そうだこれ、」
プロクネは今しがた長から受け取った耳飾りを片方外して兄に渡した。
「知ってると思うけど、母上の形見を作り直したら物なんだってさ。だから、兄様に片方持ってて欲しいんだ。また逢う日まで」
「ああ、良かろう」
「約束ですからね」
そう言って、プロクネは馬に乗って行ってしまった。
空は。
早朝だが、夜が明けたにもかかわらず墨を流したような暗雲が立ち込めていた。
結局、プロクネが再び里を訪れることが出来たのは、これから数百年後の事となる。
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