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エンドロールが流れた後で  作者: 柏木 遊
幕開け
12/19

じゃんけん

よろしくお願いします

空が白んでいる。

一晩が経ち、雨は止んだが、森は肌寒く未だ湿っぽい。

そのせいか辺は靄が掛かっている。

くわりと欠伸をかきながら鍋を回すナハティガルは、ちらりと横に立っている一日花を見た。

しっとりと、朝露と昨日までの雨とで、濡れた頭を擡げる蕾みは、ここを出る頃には開いているだろうか。

少年が目を覚ましたのは今朝方のことであった。

よって、カメリアが少年の面倒を見ている間に、ナハティガルが採ってきた野草と山菜、茸等を適当にぶち込んで塩と香草を入れた、ナハティガルが今掻き混ぜている、スープと言うには些か乱暴な代物は三人前である。

ウバラの肉も考えなかった訳では無いが、昨日まで行き倒れていた人間に龍の肉を与えると、逆に肉の保有する魔力にやられて体調を崩しかねないので、ナハティガルは刺激物となるようなものは鍋に入れられなかったのだ。

シラカワ領がそう遠くないことが幸いか。どちらにせよさっさと着きたいナハティガルであった。

目が覚めた少年は、ナハティガルを異常に怖がったのでカメリアが話を聞いている。

本来ならばこれは獣人でも分からないはずの微量な匂いである。しかし、この少年はなんとなく分かって仕舞ったのだろう、とナハティガルは当たりを付けた。

或は、子供特有の勘だろうか。

人殺しの匂いがすると、血の匂いがすると、彼奴は、あいつは化け物だ、と。

少年は酷くナハティガルを恐がった。

ころされる。

助けて、たすけて。

そう、必死に暴れようとする少年をカメリアが宥め賺してなんとかナハティガルから遠くの茂みの中に連れて行った。

赤く染ったこの両の手は、白かった頃には戻れない。

そんな事は誰よりもナハティガル自身が分かっていたが。

しかし。

どっと肚の奥に湧いた感情が、今は酷く気持ち悪かった。

くつくつと沸く鍋を眺めながら、ああそろそろ灰汁を取らなきゃなぁと、纏まらない頭でぼんやりとナハティガルは考える。

ナハティガルは、お玉と小皿を両手に持って淡々と灰汁を取る作業を繰り返すが、どうにも身が入らない。

その時である。

「ルースーキー二ーアー!!」

はっと我に返ったのはカメリアの叫び声であろうか。

「なぁーにぃー!!」

ナハティガル自体を識る者は、余りこの世にはもう残っていないだろう。然しながら、ナハティガルという名や記録は意外にも人類側に残っているのだ。その上で、ナハティガルは不安要素を減らしておきたかった。

ルスキニアとは、昔、本当に昔ナハティガルが使っていた名である。その名ならば足は着くまいと、ナハティガルとカメリアで先に打ち合わせをしたのだ。

「ねえラバル、このお兄ちゃんが私のパーティーメンバーのルスキニアって言う人なの。確かに怖いって思うかもしれないけど、理由もなく人を殺めるような人じゃないから。本当は優しい人なのよ」

カメリアは連れてきた少年にナハティガルを紹介した。ふわふわとした白髪の獣人の少年を宥めるようにカメリアが優しく言い聞かせる様は、種族は違えど正に姉弟であろうか。

「俺がルスキニアだよ。長いからルースってよんでね、ラバル」

よろしくね、とナハティガルはニコリと表情筋を総動員させたできる限りの笑顔を浮かべる。この際私という一人称は平民かそれ以下の者にしては上品すぎる為封印だなとナハティガルは独りごちた。

ついでに言えば。

「懐かれたね、シャウラ」

誰しもこれくらい生きていれば偽名の一つや二つあるもので。

それはカメリアとて例外ではなかった。

「シャラでいいわ」

「私なんかに愛称を呼ばせていいのかい」

「いいのよ。というか逆にあなた以外誰に呼ばせればいいのよ。そんな人達、もう皆死んじゃったんだから」

それから、カメリアは声を潜めてこう呟いた。

「私も中々に有名人だし、そもそも勇者とは接触しないのが一番だしね」

「バレたらどうするつもりだい?」

「あら、それこそ拗ねに傷もある事だし、なんとでも言いくるめられるわぁ」

「成程、実に君らしい」

カメリアが唇を弧にして笑むと、釣られてナハティガルはくっと喉を鳴らして笑った。

と、その時である。

「お、俺、ラバルって言います!!」

ラバルは、喉を震わせ、張りのある子供らしい高い声で名乗った。

「あぁ、よろしくね」

「お世話になんます。あの、さっきはごめんなさい」

ラバルと名乗った少年は、ペコリと頭を二人に下げた。また、ラバルのその誠実さは、ナハティガルに好感を抱かせた。

「仕方ないさ、獣人の鼻が鋭いのを忘れていた私が良くなかったんだ。怖い思いをさせてすまなかったね。ところでカメリア、何か分かったかい?」

そこで、カメリア少し口ごもってから、ナハティガルの耳元に顔を近づけて、声を密めて話し始めた。

「それがね、記憶が無いらしいのよ、この子」

「ショックかな」

ナハティガルもまた、ひそひそとカメリアに囁き返す。

「さて、私も医学に明るい訳ではないから正確なことは分からないわ。でも、頭を打った様な痕は無かったし、その線が濃いんじゃないかしら。時間が解決してくれれば良いんだけれど」

「そうだねえ。所でなんだが、あの商隊、どうするよ」

「あぁ〜、いえ、かなり意気込んじゃったけれど、子供抱えては万が一を考えると怖いわねえ」

「それな。でもこの子が無関係と思うにはちょっと状況が出来過ぎなんだよな」

「そうなのよね、てか、問題は盗賊か否かでさ。もし盗賊だったら継続的に此処で似たような被害者が出る事になるし、だったらサクッとやっちゃいたいとこなんだけど…」

「不可解なことが多すぎる、と?」

「ええ、単なる盗賊では無い可能性もあるでしょうね。その場合は被害は一過性のだから問題ないけど」

「盗賊でなかったら、一体なんなんだよ」

「私も推測の域を出ないのよ。まだ確定した訳では無いし、分からないわ」

「そお?マ、いかんせん記憶に関する部分は未だに技術が確立されてないからねえ。取敢えずお疲れ様として、丁度スープが出来たとこだし、ご飯にしない?」

「そうね、私もお腹は減ったし、何よりラバルがこれ以上待てそうにないわ」

チラリとカメリアが向けた視線の先をナハティガルが辿ると、ラバルがじいっとスープと見つめていた。

ああなるほどと、ナハティガルは納得してスープを木皿によそい、スープを作る少し前に作っておいた大麦の粥を各々に配り、器にスープを注いだ。

各々が席に着くのを確認してからナハティガルはスープを口に入れた。

「あれ、薄すぎたかな」

そのスープは、ナハティガルの予想よりも塩味が薄いように感じた。

そういや味の最終チェックしてないわ、と味見を忘れていた事を思い出す。

「そうかしら?」

「ふつうに美味いと思うけど…」

「そおかい?なんか、塩っけが薄すぎる気もするんだが」

「私はこれくらいが好みよ」

「うーん、マ、好みの差かね」

意外と種族による味覚の差があるのかもしれないなとナハティガルは思った。味覚も、感じ方も、何もかもが違うけれど、それでもこのなんでもない会話が少しでも多くできることを願って、ナハティガルはスープに再び口をつける。

そうして、互いに分からない事も多いけれど、この少年とは、無理なく歩み寄って行ければ良いなと漠然と今後を思ったのだった。

腹を満たし、食器と調理器具を洗い、諸々の片付けを済ませると、一行は再び道のりを進めた。

幾つかの朝と夜が過ぎ去り、今まで歩いてきた道程をラバルは振り返る。

「すごい、どっから来たかがもうわかんないや」

「ああ、もうそろそろシラカワに着くだろう」

「どこ辺りにあるの?」

「あともう二三日ってとこだね、よく頑張ったよ」

そう言って、ナハティガルはわしゃわしゃとラバルの頭を撫でてから、馬車ならもう少し早いんだがなぁと呟いた。

「そう言えばだけど、お金、足りるかしら?」

「まあ、ウバラの素材がどれくらいになるかによるけど、もう少し魔物を倒しておいた方が良いかもね。アレは最悪買取拒否されるかもしれない」

「そうねえ、じゃあ、アレやりましょうか」

「そうだね」

ふたりは息を揃えて言った。

「「留守番ジャンケンじゃんけんぽん!!」」

仁義なき留守番係という名のラバルと戯れ係になるか、討伐係かを決める勝敗は。

「あーー!!負けたァ!!」

「はっ!これで私が留守番ね!!」

カメリアの勝利で幕を閉じたのだった。

ありがとうございました

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