混ぜるな危険
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ぱちぱちと、木が爆ぜる音が鳴る。赫と燃ゆる炎は平等にその熱を分け与えた。夜の帳が下りた空からは無遠慮に泪雨が降ってはナハティガルが張った結界に弾かれるている。なかなかどうして機嫌を直してくれない鬱屈とした空は殊の外ウザったい。
其れに、いい加減止まないかしらと溜息を吐くカメリアの視線の先に、先程保護した子供がいた。
やはりというか、倒れていた子供は二人の予想通り獣人だった。
すうすうと今は心地よさそうに眠っているが、最初保護しようとした時は本当に大変で、きっと目を覚ましたかと思えば、見境なく暴れ回ったので、とうとうナハティガルが対象を眠らせる魔法を使って事なきを得た。
とんだ一騒動だと、一連の出来事を思いだし乍らカメリアは少年の鬣の様な癖っ毛を梳く。
その一騒動の後に、服と身体を生活魔法で綺麗にしたが、魔法は切れているものの少年が目を覚まさないので、今日は進まずに休もうと話が決まり今に至る。
別にカメリアが寝ずの番をしているわけではない。
ナハティガルが張った結界があるので、ぶっちゃけそんなものは要らないし、焚火もなんだかんだで魔法なので術士の命令通りに燃え続けるだろう.
そう言う訳で、独り寝付けずにいるカメリアだけがぽつりと夜に取り残されてしまっていた。
少年は、ナハティガルの上着を占領し、自らのポンチョコートを上に掛けられている。
カメリアはすっかり棘がとれた名も知らない子供を見つめた。嗚呼、何で柔らかい貌だろうか、と少しだけその表情にカメリアは安堵する。
諸々の状況からして、碌な境遇ではないだろうに、それでも子供らしさを残すこの少年の道行に少しでも幸がおおからん事をと、願わずにはいられなかった。
無事、街に送り届ける事以外にできるのはそれ位であったから。
二人の旅路は子供が着いて来られるほどぬるくはない。
更に、カメリアの最悪の想定では、ナハティガルが勇者に殺され、自分は人類の裏切り者として極刑に処されるだろうと思っていた。
だがカメリアはそれでも良いと思ったし、ナハティガルも誘った時点でそれは承知済みだったろう。
尤も二人ともそんな下手をこくつもりは毛頭ないが。
しかしこの子供まで巻き込む訳にはいかないとカメリアは思うのだ。
さて、とカメリアは感傷に浸るのをやめて思考を切り替えるが、眠気はまだやってこない。
カメリアはちらりとナハティガルを見た。
北部の民族衣装を着た男に見えるその魔族は、視線に気づいたのか薄目を開けてこちらを見たあとに、再び瞼を閉じる。
相変わらず、警戒心が高いところは変わらないなと、カメリアはナハティガルと共用のアイテムボックスから鍋とコップを取りだして、魔法で出した水を入れて火にかける。
旅の荷物は少ない方がいいので、空きを作ったアイテムボックスを共用にしてれたのはありがたいことだとナハティガルに感謝する。
アイテムボックスが盗まれれば何も出来なくなるという事は避けたいので、貴重品は各々分けてはいるが。
鍋から、ゆらりと湯気が立ち上がった。
白湯を作るのだ。
一杯白湯を飲めば何となく寝られるような気がしたからだ。
そろそろ煮え立った湯を冷ますべきだろうかと、カメリアは火を消した。それから暫く、飲める位に冷めるまで待ってからコップに白湯を注いで口を付けた。
ジンワリとした暖かさと、白湯特有の味がカメリアの舌から喉を伝う。その感触に、ふっと息を吐くと、存外身体が凝っていた。やはり何処か気が立っているのか。精度はさて置くが、結界の中だとしてもどこか妙に警戒を辞めきれないのはもう身に染みこんだ癖だろうか。
何だ、自分もナハティガルとさして変わらないわねと、くすりとそれに気付いたカメリアは笑うのだった。
ナハティガルをあの森から引っ張り出した時、かなり、無理を言ったと思うし友ならばこんなまどろっこしい事をしなくても良かったのではないかとは思った。
けれども、これくらいでもしなければ未だにあの森に引き籠もっていたのではないかとも思うのだ。
この生粋の引き篭もりは。
最近は、魔王軍時代のアクティブさはなりを潜め、元々の性格らしい大人しくて静かな気質が表に出ていた。しかし、人類としてはそちらの方が有り難いのかもしれないが、それではダメなのだ。
それを容認してくれるほどこの世界は優しくない。
奪われ殺され、ただの害獣として処理される。
ナハティガルには、そんな目にはあって欲しくない。
いや、魔族の王を殺したパーティーの一人が何を言っているんだかという話ではとカメリアも思うのだが、安泰な生活を送りたい。真っ当に生きたい。
そのためにカメリアは勇者に協力した。
結局そうはいかず、血みどろの権力争いに明け暮れる事となったが。蹴落としたものは研究の礎となってもらったと言うコトで勘弁して欲しい。と言うかヤらなけらばヤられるので、当時、仲良くだなんてナマっちょろい事を言った奴から消えていった。消えた者がその後どうなったのか、行方はカメリアさえも分からない。
そう言う世界だった。
この世界で最も高価なものは、宝石でも数えきれないほどの金貨でもなく、安泰と真っ当に生きることであると、カメリアは思っていた。
だから、それを買うための金が欲しいのだ。
とは言え、カメリアがナハティガルと旅ができたら楽しそうだと思ったのも本音ではあるが。
さて、とカメリアは勇者に思いを馳せた。
炎の中から、ぱちんと乾いた音が鳴る。すぐに雨音に掻き消される様な、か細い音だった。
焚き火の温もりを感じながらカメリアは策を練る。
さて、どうやってあの勇者たちを撒いてやろうかと、黒い笑みを口許に浮かべながら。
セカンドでは、ファーストで手を貸してくれた十二柱の神が封印されてしまったことから始まる。
そりゃあ、世界は混乱した。
この世界では雨が降るのも植物の芽吹きも何もかもが少なからず神の恩恵を受けている。ある日、それがスッパリと無くなってしまったのだ。人類は苦境に喘いだ。その末に、神に祈ったのだ。
信託が下りたのは、その少し後であろうか。内容は以下の通りである。
十二柱の神が隠された。地の底、海の果て、空の上、その何処でもない所に神は坐す。見つけらるるは異界の者のみ。見つかるべからず、鱗の王達。
その後に、ストーリーを総てクリアした上で、幾つかのクエストをこなすと狂翼の小夜啼鳥と云うクエストが受けられるのだ。
しかしゲームではないのだから、相手がその通りに動くとは限らない。勇者の力も知識も未知数である内に追い出されてしまったカメリアは、王都でもう少しでも勇者関連の情報を集めておけば良かったわねと、後悔した。
とは云え勇者たちに十二柱の神々は解放してもらわなければ人類も困るのだ。だから恐らく直ぐに此方へ来るということは無いだろう。それにレベルが足りない。もし経験者でゲーム内でのレベルを引き継いでいたとしても勝負はもう少し先だ。少なくとも直接勇者に私達が何かするならば世界を救って貰ったあとねとカメリアは思案した。
しかしひとつ引っかかる。
なぜ序盤からナハティガルのドロップアイテムを狙うのか。
それがなくとも十分ゲームはクリア出来るというのに。
いえ、待ちなさい。
もしかしたら、前提から間違えていたかもしれない??
そうか、いや、そうだった。
勇者がゲーム経験者とは限らないじゃないか。
私は馬鹿か。
いや馬鹿だ。
どうしてそれを忘れていた。
最初から裏ボスを狙ったからと言ってゲームの知識があるとは限らないじゃないか。
さて、凡そ人間の欲するものを全て手に入れた後、追い求めるものはなんだろうか。
それは。
永遠の命では無かろうか。
なんとも俗っぽい、と云うか勇者らしくないと、カメリアは目を細めた。ナハティガルと囁かれる魔物のドロップアイテムは、冥彗の紅石と一振りの太刀である。
太刀の方じゃないと考えるならば。
ひとつの仮説が出来上がってしまう。
ゲーム内のその石の説明では。
手に入れたものは永生を手にする。万病を癒やし生命を与え給う神の血潮の結晶。奇跡の御石。
と言うものだ。
其れを踏まえると、さあ愈々ときな臭い。
と言うのも、この類いの噺が好きな狸爺に一人、心当たりがある。
彼が、もしかしたら。
勇者に何か吹き込んだのでは無いか。
唆したのでは無いか。
ふと、瞬きのように、頭の中に浮かんだ絵図は、いやにリアルで鮮烈だった。
しかし早計はいけない。
カメリアは頭を振った。
必要なのは虚構や憶測を積み重ねる事では無くて、事実を填め合わせることである。
「まるで砂漠で砂金を探すよう」
カメリアは残った白湯を一気に呷る。
「ナハティガル、起きてるかしら」
「・・・なんだい」
のそりと、大型動物を彷彿とさせる動きでナハティガルが起きた。
「勇者の件なんだけど、予定を変更しても善いかしら」
「其れは何故?」
「貴方に勇者を差し向けた黒幕がいると思うの。ふふふ、釣りには餌が要るでしょう?」
くるくると、カップの縁を指先で弄びながらカメリアは云った。
「んん、てことはバックにいる奴が私のドロップアイテムのいずれかを欲しがってて、そいつをおびき出すために餌が要るから予定変更したいってこと?」
「ざっくり言えばそうね。私が目星つけてるやつが欲しいのは貴方の魔石である冥彗の紅石でしょうけど」
魔族、と云うか魔物に分類される生き物は、死ねば体内に溜まった魔力が結晶化され魔石と成る。
そのランクで、最高位を誇るのが冥彗の紅石である。
「うわあ、なんだよ厭だな最悪か。それじゃあ単に勇者から逃げ切ればいいって話でもなくなって来るじゃないか」
「一応は、ね。まず、本当に黒幕がいるかどうか、そしていた場合それは誰なのか、そしてなぜ勇者は貴方を最初から狙ったのかが知りたいところだわ」
「それって、いつ気づいたの」
「今」
「思いつきと妄想か氾濫してるんじゃないのか、それ」
「ま、万が一ってもんが有るでしょう何事も」
冥彗の紅石の噺は、誰でも知っている訳ではない。
知っているのとすれば。
相当上位の特権階級、その道の学者か錬金術師、古代遺物の研究者か賢者くらいであろうか。
そうなると、必然的にそもそも知っている人間は限られてくる訳で。存外懐にさえ潜り込めればあとは簡単かもしれんなとナハティガルは思った。
「て言うか、今の私を倒してもそれドロップしないと思うんだけどね」
「マジ?」
「マジ。多分今の私じゃ魔物としての格が足りないと思う」
というかそもそも。
あの状態にならないと無理じゃないかな。
あくまで勘だが、ナハティガルは何故かそれがしっくりときた。
「解らないことが多すぎるわ」
頭の中で色々なことがこんがらがってしまったのか、カメリアは額に手を当てた。
「仕方ないさ、セカンドの主人公以外が召喚された事自体がイレギュラーだ。1つずつ、片付けて行こう。早期の問題は金が無いことと私が身分を保証する物がないことだがこれは冒険者になれば解決だから問題ない。勇者は遭遇しないよう情報収集を怠らない様にする。黒幕に関しては接触方法は後々考えるとして、餌があるんだろう?ひとまず冒険者になったらそれから取り掛かろう」
「それもそうね」
「ところでさ、餌って何を想定しているの?」
「そうね、若返りの魔法なんて良いんじゃないって思ってたんだけど」
「いや、何かさ、オカルトチックになってない??」
怪しい話が多すぎて、最早どれが本当か判らないなとナハティガルは思った。
「賢者の石擬きが出てきてる時点で察しなさいな」
「剣と魔法のファンタジー世界よねココ」
「あんまり夢は無いけどね」
ザアザアと、会話を流すように雨が降った。
二人はこの時、白い獣の耳がぴくりと動いたのを知ら
ない
ありがとうございました




