雨足
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黒煙が立ちこめているそこは、凡そ先程までの森と同じ場所であるとは思えない。
「酷い匂いだ」
「ただの物取りではなさそうね」
ざっと、二、三の馬車が転がっており、雨が降っているにも関わらず、熱を持った木の残骸は、未だ煙を吐き出している。
ついでに、ごろごろとそこかしこには焼かれた商人らしき肉叢が転がっていた。
ナハティガルの目からして、生存者は居ない。
それほどの惨状であった。
がらり。
挟まれていた人が居ないか、馬車の残骸を退かす。
煤けた木材は、ガワは人だが、体の性能としては魔族のままのナハティガルには、酷く脆い様に思われた。
「それにしても、おかしいわね」
訝しげにカメリアが言う。
「どうして?」
「盗賊なら、馬車も商人も丸ごと財産になるものをわざわざ壊したり殺したりするかしら。それに、そうじゃなくても金を脅しとるとか、そんな手口を使う奴等も良くいるわ」
「鏖じゃないんだな。まあ、そう言わればそうなのか」
そもそも盗賊被害というものにあったことがないナハティガルにとっては、違和感を覚えることなどなかった。
それで、この世界に生まれてこの方、常にナハティガルは人類を襲う側だった事を思い出した。
「だからおかしいの」
その隣で、骸の脈を確かめていたカメリアが眉に皺を寄せた。
「盗賊では無いのかも、なにか匂いで分からない?」
「いや、煙で鼻が利かない。ぶっちゃけさっきのも刺激が強い匂いだったから拾えただけで、個体までは追えない」
モンスターか、魔族の仕業かもしれない、と。
そんな考えも一瞬頭を掠めたが、喰われた形跡がない。
二人は顔を見合わせた。
それでも、生存者は探さねばならないと、手分けして探し回った。
ナハティガルは別の馬車の戸をばきりと蝶番ごと引き剥がしす。
中を見れば。
ぬらりと。
熱にやられても乾き切らなかった血痕が、怪しく光るのをナハティガルは目にした。
ベットりと。クッションと壁には黒っぽいものが染み込んでいる。
其れの一部は、焼けて、煤のように成っていた。
直感で、慣れた、と言うか懐かしい匂いだとナハティガルは思う。
さて、何の匂いだったかと。
少し考えて思い出した。
そうか。
戦さ場の匂いと、ソレは酷似していたのだ。
下を見ると。
馬車の中で、女と男が居た。
よく見ると、目が濁っている。
屍の目だ。
肌が焼け爛れていたが、致命傷は二人とも刺傷だろう。
女は胸を刺され、男は肩から脇腹にかけて袈裟懸けに斬られたらしき、傷がある。
そりゃ馬車の中の血が多い訳だと、独りナハティガルは得心がいった顔をした。
男の方は肥えていて、上等な布を使った服を着ている。旅用ではあるが、パーツに刺繍が施されたそれは、それなりのお値段がするのだろうということから、かなりの商人だった事が伺えた。
然しそれよりも、ナハティガルの目を引いたのは女の方だった。
「これは、隷属の首輪か?」
血溜まりに浸かった白髪のてっぺんには、ちょこんと少し丸みがかった獣の耳が付いていた。
所謂獣人である。
その首には、冷え冷えとするような黒鉄が、鎮座していた。
その首輪は、間違いなく奴隷用の物であったし、何よりも服従の魔法がかけられていた。
「矢張りこう言うのは苦手」
「少し休むかい」
「ありがとう。でも、そこまでじゃないから大丈夫よ」
ナハティガルが馬車を眺めている間に、メリアは一人で残りのを済ませてしまったらしく、いつの間にかナハティガルと共に馬車の中の焼死体を眺めていた。
「済まない、もう終わっていたか」
「これ位大丈夫よ、それと生存者はゼロ。積荷の一部に持ち去られた形跡があったけれど、矢張りそれも不自然ね」
「というと」
「酒樽は全部空で、そのまま置いてあったわ。食料は全て持ち去られているのに積荷には火が移っていて駄目になっていたから、盗賊か野盗だとしたら余りにもお粗末ね」
「そも、此処で酒宴なんて出来んだろう」
まあそれもそう。
正直二人とも良案は浮かばなかった。
「取り敢えず、追跡してみるしかないようだね。後は実際に目で見て見なければ何とも言えないかな」
「そうねえ。あと、遺体 は埋めてあげましょう」
そうしようかと、ナハティガルは二つ返事でそれに応えた。
骸を運び、街道から離れた所に埋めてやる。
魔法を使ったから、作業は思いの外よく進んだ。
最後に野花を摘んで、埋めたところに花を供えてやればすぐに完成した。
商人達の骸はそれ程数はなく、すぐに方が付いたのだ。
日本式になるが、手を合わせて拝んでからナハティガル達はそこを後にした。
「そう言えばさ、今代の勇者も災難だよな。こんな世界に勝手に呼ばれて、命を懸けて世界を救えだなんて」
齢十幾許かの子供が背負うには、余りにも重過ぎるだろうよと、ナハティガルは言った。
ただし、そこには憐憫も哀しみも一欠片も含まれてはいなかったが。
「そうね、だからこそ私は上層に反対していたのだけれども」
今思えば、解雇されたのはそのせいだったかもしれないわねと、少し寂しそうにカメリアは言った。
「それは」
それは、余りにも身勝手じゃないかとナハティガルは思った。
「ふふふ、元々今の王室は私をあまり良く思っていなかったみたいで、昔から軋轢はあったのよ」
存外楽しそうにカメリアは言った。
目は死んでいたが。
「君を縛り付けたのはその王族だろ」
「それもそうだけど、あの頃と今じゃ、だいぶ事情が違うの。陛下は政治的にまっさらな私を使いたかったのだと思うわ…、でも私も長く権力を持ち過ぎたわね。何時しか一人で国王さえも動かせる権力を手にする様になっていた。対立しなけば善かったのだけれど。そうは行かなくって、それで」
「対立して失脚したわけか」
「そう、そうなのよ!!」
カメリアの語調が乱れた。
しかしそれも一瞬で、それから一息ついて、カメリアは再び静かに語り始めた。
「私も研究費が欲しかったし、それほど悪い話でもなかったのだけれど、残念だわ」
「そうか、君がいいなら私からは言うことは無いが、災難だったね」
これ以上他人の失脚話に首を突っ込むのも些か無粋かと思ったナハティガルはこれで話を切り上げた。
少女のような見た目に騙されてはいけないが、なんだかんだで神代から生きるエルフ、もしかしたらハイエルフとかエルダーエルフかもしれないが、そういう存在なのだということが良く分かる。
カメリアは強かである。
然しそれは、ナハティガルでさえも識らないはるか昔から生きる存在であるためだ。
それを知らないで手を出すと、痛い目にあうことはナハティガルも実証済みである。
彼女はファーストでは永く生きた森に住まうエルフという設定だったがそれだけでは無さそうだというのが戦ってみた感想だった。そこに足を掬われた。
実際はファイナルでカメリアの生い立ちについては分かるらしいが、そこまでプレイしていないナハティガルにとってはいきなり現れたぶっ壊れエルフに思われた。
プレイヤーであった時は心強い仲間だったが、敵には回したくない味方とはこういうものかと理解した。
効くとすれば状態異常やら呪いやらのデバフを盛りまくってからの連鎖爆破祭りだろうか。
取り敢えず、魔法で彼女を殺せるとは思わない方がいいのは確かだった。
勇者パーティーなんて人類卒業試験を余裕で満点合格するような化け物揃いの集団だが、その中でも別格。そう、思うくらいに彼女は強かった。
途中でほかのメンバーも勇者を筆頭として戦力はインフレしてきてはいるが、やはり序盤でアレは無いというのがナハティガルの感想だ。
今に始まった話じゃないが、それが敵になるなどハードモードが過ぎないか。
それに。
ゲームで今死なないからといって確実に死なない訳では無い。
あくまでリアル。
だからこそ慎重にゆかねばならないと、ナハティガルは思うのだった。
レベルもないし、ステータスはオープン出来ないし、チート?知らん、美味いのかそれ。
主人公なら違ったのかもしれないが、生憎私はどこまで行っても脇役で、味方になるにも、既に自分は血濡れすぎていたので。
そちら側へゆくわけにもいかなかった。
一番の誤算はゲームの世界に転生する事が予想外だったが。そう生まれてきてしまったのだから、仕方ない。
さて切り替えるかと、ナハティガルは前を向く。
気付けば、いつの間にか獣道に入っていた。
大分街道からは離れてしまったが、帰り道は覚えているし、そういう道のエキスパートであるエルフのカメリアが付いているから大丈夫だろうとは思うが。
踏みしめた若葉からは、芯を感じた。
ナハティガルはついと視線を先に遣る。
その先には、白い、塊があった。
「なにあれ」
「さあ、私も分からないわ」
ナハティガルの問いにカメリアは首を横に振る。
目を凝らしてよく見てみると、ソレは毛の塊にも見えなくはなかった。
いや、ただの毛の塊では無い。
生きているのだ、未だ。
ハッと気づいたナハティガルは目を凝らす。
ボロきれを纏った小柄な胴に、やわそうな幼子特有の肉が着いた四肢。その毛玉は、獣のそれとは程遠く。
「獣人の子供か?」
その呟きは、はらはらと降っていた雨が、ざっと雨足を強めたのと同時だった。




