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なぜか気になる

「サクちゃん、もう、部活は決まった?」



 ふわふわとした髪を緑色のリボンで束ねた少女が、サクに話しかけた。

 彼女は、同じクラスのシュウである。



 シュウは桃蔭学園の入学式で、サクと席が隣り合い、あっという間に友達となった。

 医学部を志すことから、勤勉家であり、サクとは気が合う。



 サクは教科書をとんとん、と束ねながら答る。



「まだ、決めてません。たぶん、帰宅部です」

「そうよねえ。サクちゃんお得意の書道部はないものね。わたしの希望は、化学部だけど。いろいろ見てみたいわ」


 癒し系の友人は、手を顎に当てて、う~~んと悩んでいる。



「ねえ! 部活見学、一緒に行こう?」



 ◇◇◇




 放課後、サクはシュウとともに、文化系の部活を回った。


 校庭へ向かう階段を降りながら、シュウが告げる。



「わたし、運動が苦手なの。運動部は見に行かなくていいかしら」


「わたしも、運動は苦手です」と、サクも同意する。


「ねえ、じゃあ、逆上がり、できる?」 


「できません」


「うふふ。やっぱり! わたしもできないの!」



 逆上がりができないことを自慢げに言うシュウが、サクはおかしくて顔を見合わせて、くすくすと笑う。


 12年間、逆上がりができなくとも、なんとか生きていけるものだ。



「あら……? すごい人だかりね……なにかしら?」



 体育館の一角。剣道部の練習場である。


 新入生に限らず、多くの学生が集まっていた。


 人々の視線の先にいるのは、学園一の麗人。

 学園最高学年の生徒会長である。



「ああ。『婦好さま』ね」

「シュウも、ご存知なんですか?」


「そりゃあね。剣道部の全国大会で一位を取りながら、全国模試でも上位だったり。それに、あの見た目ですもの。知らない人はいないわよ。サクちゃん、行きましょ!」


 シュウがサクの手を引く。


 体育館から運動部独特の熱気が伝わり、威勢のいい掛け声が響き渡る。


 そのなかで一際(ひときわ)、凛とした存在感を放つ人物がいた。

 婦好である。


 婦好の竹刀は鮮やかに相手より勝利を奪う。

 その人は誰よりも強く、美しい。


 彼女は休憩のために水を口に含む。

 麗人の瞳が、サクを見つけた。



「南乃サク! また会ったな」

「お、おそれいります」


 その美しい人は汗をぬぐいながら、サクに近づく。

 剣道着の姿がサクにはまぶしく映った。



「すまない、匂うか」

「い、いいえ!」



 剣道着からはまったく、嫌な匂いはしなかった。


 むしろ、むせかえるような華のような香りに、サクはくらくらと酔いそうなほどである。



 シュウがひそひそ、と小声で話しかける。


「まあ……サクちゃん、婦好さまと、お知り合い……?」


「はい、入学式の時に声をかけていただきました……」


「ええ……?! そうだったの??」



「サク。全国で銀賞を取ったと聞いた。すごいじゃないか」と、婦好はサクを褒めた。


「なぜ、ご存知なのですか」


「新聞で見た」



 サクは先日、全国の書道展覧会の部で銀賞だった通知をうけたばかりだった。


 在学中の実績ではないので、一部の関係者にしか伝えていない。


 この生徒会長は新入生のそんなところまで把握しているのか、とサクは驚いた。



「受賞とは誇らしい。しかし、在学中の賞ではなく、部活としての実績にならないのが惜しいな。新しく部をつくるには、部員が三人いなければならない」



「部活がなくとも、書は書けます。気にしていただいて、ありがとうございます。わたしは個人で、書の道を究めようと思います」


  

「そうか」



 目の前の人物は、有名企業である殷商事の社長令嬢でもある。

 父が有名人という点において、サクと婦好は同じであった。



 審査員はサクの父が有名な書道家であることを知っている。

 おそらく、書道家の娘であることを知っていての受賞であり、親の七光りという部分も否めない。

 サクは、実力としてはまだまだだと思っており、手放しで喜べないのである。

 


 サクは、ふと、目の前の先輩に心中を訊いてみたいと思った。偉大な父を持つ身として。


「あの。婦好さまの父上の著名な方と伺っています。婦好さまは、父を超えたいとは思いませんか」


 サクの突然の問いに、婦好は口角を上げて答える。



「子が親を超えるのは当然だ」


「父を超えるにはどうすればよろしいでしょうか」


「己に勝ち続けることだ」



 まるで天から響かせるような声が、サクの全身を震わせる。

 迷いのない答えに、サクは長年思い悩んでいたことが、一瞬で解決したようにさえ思った。



「ふむ……、そうだな」

 麗人は思案した。そして、サクに対して提案する。



「サク。わたしが書道部に入ろうか」

「え?」



「一人三つまでは、部に入ることが許されている。いま、わたしは剣道部だが……、名前を貸すことができる。サクの才は、わが校の実績として惜しい」



 突然の婦好の提案に、サクはたじろぐ。

「お気持ちはうれしいですが……」



 サクは意を決した。

「そのようなこと、されなくて結構です。もし、婦好さまが入部されれば、婦好さまを目当てに、部員は増えるでしょう。しかし……」



 後輩が先輩に対して不敬とは思いつつも、まっすぐに伝える。

「わたしが部を立ち上げるとすれば、同じ志を持つ方とともに、立ち上げたいのです。

 婦好さまの、剣道に打ち込む姿のように……!」



 サクの発言に、婦好をとりまく女子生徒が、ざわついた。


 ひやひやと、シュウが心配している様子もサクにはわかる。


 その場は緊張に包まれた。



 婦好の薄茶色の瞳が、まるで鷹のような瞳孔で、サクを捕える。



「ふふ、わたしに反対するなど、生意気な後輩だ」



 婦好は快活な笑顔をサクに向けた。



「しかし、面白い! その道を究めよ。これからもサクの活躍を楽しみにしている!」

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