出会い
サクがはじめてその人をみたのは、墨で書かれた文字を見つめる横顔だった。
桃蔭学園の制服に身を包むのは、長身の女性。
その女性は、図書室の前に張り出された掛け軸を前に、スカートから長い足をのぞかせながら、凛として立っていた。
掛け軸にはサクの文字が飾られている。
「新入生の、南乃サクだな」
「はい」
「良い字だ」
よく響く声である。
薄茶色の髪が揺れ、色素の薄い瞳がサクへ向いた。
形のよい目鼻立ちは彫刻のようである。
艶やかな髪は編み込まれ、まるで王政時代の王女だ。
美しい女性。
それ以外の言葉で飾ることはサクにはできない。
サクは自分の、まだ女性らしく成長していない身体と見比べてすこし悲しくなった。
「こちらは、顔真卿の書を模した作品になります」
顔真卿は書道家というだけではない。
彼は烈士であり、その歴史には重みがある。
書の道に大切なのは形ではない、「心」だ、と書道の大家たる父は言う。
だから、サクは幼少期より「心」を書くように日々練習している。
「なぜか、懐かしい。そして、惹かれる」
優しく美しい輪郭を、夕陽が照らす。
「うちの学校に書道部はないぞ」
「存じております。それでもわたしは、亡き母の母校に進みたかったのです」
書を好むサクは書道部がなくとも、サクはこの女学院へ進学したいと願った。
亡き母と同じ道を歩みたかったのである。
「そうだったか。サク。よく来てくれた」
ふわり、と美しい人の頬が緩んだ。
サクは、その名を知っている。
「あなたは、ふ、こうさま」
サクは受験生の頃から、その噂を聞いていた。
普光 陽華。
中高一貫高校である桃蔭学園の、高校三年生に当たる。
文武両道にして、麗しい外見。
ゆえに学園の生徒会長として、生徒からの支持を一身に集めていた。
誰が言い出したのか、生徒からは古代中国の女傑の名から、「婦好さま」と呼ばれている。
薄茶色の瞳が、サクの真っ黒な瞳を射止める。
「南乃サク。また会おう」
婦好は微笑む。
大きく形の良い手が、ぽん、とサクの頭を撫でた。
その瞬間、華の香りがサクを包む。
サクの胸に、感じたことのない感情が、ぐわり、と沸き上がった。
まだ、その熱い手のひらに触れていたい、などと。




