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1年生2学期~冬休み


3.高校1年生2学期

レフ・ヴォレコフ:

2学期が始まったばかりの或る日。

担任「今日は、新しい体育の先生を紹介する。文部科学省の交換留学プログラムで来てもらう事になったレフ・ヴォレコフ先生だ。ヴォレコフ先生は、ロシアから来て頂いた。先生は、ロシア語は勿論だが、日本語、英語も堪能な方なので、君たちの語学の面倒を主にみてもらうが、文化交流がプログラムの主旨でもあるので、その他の色々な授業や活動にも参加してもらって、先生には、日本文化を、君たちにはロシアの文化に親しんでもらおうと思っている。また先生は、以前陸軍に所属していたこともあり、体術にも造詣が深い。体育の授業なども見てもらうつもりだ。格闘技の達人だと聞いているので、男子どもは、調子に乗ってふざけていたりすると痛め合うからな。真面目にやれよ。」

教室内の男子にざわめきが走る。

担任の先生「では、ヴォレコフ先生一言お願いします。」

レフ・ヴォレコフ「先生、格闘技ではありません。システマという体術です。あまり皆さんを怖がらせないでくださいね。」

と一拍おいて、改めて正面を向いて、生徒達を眺め渡すレフ。

レフ「皆さん、レフ・ヴォレコフと言います。よろしくお願いします。ロシア人です。先生の説明でもありましたが、陸軍に少しいたことあります。だから、ロシアの国の基地のいくつかに住んでいましたが、日本に来る前は、モスクワに住んでいました。」

日本語堪能ではあるが、少しイントネーション、文法が怪しい。

レフ「ロシアでは、若い人は日本文化に興味持ってる人多いです。特にアニメーションは大人気です。またジャパン・カリグラフィーはクールでこちらも人気あります。」

話を聞いていた生徒何人かが、お互いの顔を見合す。その中の活発そうな女子生徒が、手を挙げるが、セッカチそうに指名を待たずに立って質問を発する。

女子生徒「先生! カリグラフィーって何ですか。」

想定外の質問に一瞬戸惑う表情のレフ

レフ「カリグラフィーは、え〜と、そうですねぇ。日本ではなんと表現するんでしょうか。文字をきれいに見せるアートというか。・・」

合点がいった風な表情をした女子生徒。

女子生徒「あ〜、それって、書道の事ですかぁ。」

レフ「日本では、『書道』と呼ぶのですか。日本語の勉強になりますね。ブラシで描かれた日本語の漢字、平仮名は、もうアートです。ロシアでは、日本語のキャラクターが書かれたTシャツなどのグッズは大変人気です。」

女子生徒「へぇ〜、そうなんだぁ。」

レフの紹介が続く。

レフ「先ほど、紹介されましたシステマですが、日本の合気道に近い体術です。護身術としても大変有効です。特に女性の皆さんは覚えるといいですね。体育の授業の時は、基本の一部を取り入れるつもりです。皆さん、よろしくお願いします。」

と軽くお辞儀をするレフ。

担任「レフ・ヴォレコフ先生には、このクラスの副担任にもなってもらうので、みんな色々と教えてもらうように。」

クラス全員「はいっ。」


冬美「今度の新しい体育の先生、ガタイが凄くしっかりしていて怖そうだね。」

美夏海「でも眼はやさしそうだったよ。それにシステマって、面白そう。合気道に近いのかなぁ。」

真孝「う〜ん、どちらにしても体育の授業、つらくなりそう。」

冬美「なんだよ、真孝、だらしなさすぎにじゃねぇ。男のくせに。」

真孝の自信なさげの顔。


システマ:

その後、数日間、座学の授業が続き、いよいよ今日は、レフが初めて指導する体育の授業を行う日。

美夏海達は、体育着に着替えた後、体育館に向かう。生徒たちより一足先に体育館に来て、生徒全員が揃うのを見守っているレフ・ヴォレコフ。

レフ「では、皆さん全員揃いましたか。揃ったら、そうですねぇ、各自、隣同士の人との距離を2m位とって広がってください。特に整列する必要はありません。私の声の届く範囲であれば、皆さん其々好きなポジションを確保してください。」

生徒其々が、思い思いに適当な距離を空けて広がっていく。美夏海と冬美は体育館の隅の方で、隣同士で距離を空ける。

レフ「では宜しいですか。皆さん。先ず背筋を伸ばして直立してください。特に力む必要はないです。リラックスして、背筋を伸ばすのだけは意識して直立です。」

レフ「そのままで聞いてください。システマは4つの動作が基本です。後はこの基本動作を守りつつ各技を覚えます。これは体育の授業なので、皆さんには特にシステマの技を覚えてもらおうとは考えていません。但し、この4つの基本動作はシステマに限らず全ての運動・武道にも通用するものですので、基本動作だけは覚えてください。これは皆さんにとってきっと役立つことですよ。勉強に疲れた時、リラックスの運動にも有効です。」

続けて、

レフ「では、4つの基本を説明します。とても簡単です。それは、「1、呼吸し続ける。2、リラックスを保つ。3、姿勢を真っ直ぐ保つ。4、移動し続ける。です。」

生徒「なに、たったそれだけ。普通じゃん。」

レフ「そうです。普通です。単純です。ですが、単純な事ほど、時には難しいのです。」

生徒「だって、1の「呼吸し続ける」なんて、みんな普通にやってるじゃん。全然難しくないじゃん。」

美南海「何もわかってないな。」頷く、冬美。

レフ「そう、皆さんは普段から呼吸しています。そういう意味では、難しくありません。しかし、皆さんの呼吸は、状況に応じて、変化します。言い換えると「乱れる」と表現してもいいかもしれません。例えば、緊張すると呼吸の回数が増えて、息遣いが荒くなったり、驚いた時に「息をのむ」とかしませんか?」

生徒「そりゃぁ、そうでしょう。」

レフ「システマでいう「呼吸し続ける」とは、どの様な状況においても、呼吸は常に一定のリズムで呼吸をし続ける事です。これは意外と難しいのです。」

冬美、美南海に向かって小声で「システマ、面白そうそうじゃん。」頷き合う二人。

レフ「システマには、武道でいう所の特に「型」はありません。この4つの基本を守りつつ、臨機応変に対応します。とは言っても初めての人には、臨機応変にしていいですと言っても戸惑いますよね。日本には、「守破離」という武道等を習う時の手順があると聞きました。私も格闘家の端くれとして大変興味を引きましたので、少し調べてみました。そして、これは初心者が学ぶときには大変良い事だと思いました。 ですから、先ずは皆さんに呼吸法を紹介します。興味のある人は、継続的に練習してみてください。」

続けて、レフ

「簡単です。先ずはゆっくりと鼻から息を吸ってください。そして、一旦息を止めます。そして、ゆっくりと口を少しすぼめて息を吐いてください。これの繰り返しです。体がリラックスして、慣れてきたところで、今度はもう少し進んでみましょう。息を吸う時に、体の筋肉を緊張させます。そして、息を吐く時に、リラックスさせます。これだけです。これは、勉強し続けて、疲れた時の気分転換にも役立つと思いますので、ぜひ試してみてください。」

全員が、思い思いにシステマの呼吸法を試し始める。

静かになった体育館に、あちこちから「スーッ」という音が響くように聞こえてくる。中には不真面目に自分の呼吸音で噴き出し、笑い声も聞こえてくる。レフは、そんな生徒たちを、やさしく見守るように、眺めている。

そんな中、レフは、ふとある二人に目を止める。他の生徒たちとは、少し雰囲気が違う事に気づく。一目で真剣に呼吸法をしていることがわかる。しかもその呼吸法が既にシステマの基本を学んだ者の様な呼吸にみえる。暫く様子を見ていたレフだが、どうしても気になり始める。 生徒皆の練習の邪魔になることを気にしつつも、思わず二人に声をかけてしまう。

レフ「あぁ、そこの二人。えぇーと、名前は何て言いましたっけ。」

美夏海「柳です。」

冬美「北斗です。」

レフ「あなた達は、合気道が何かしているようですね。既に呼吸法ができているようです。」

冬美が、「私は、柔・・・」と言おうとしたところで、近くにいる男子生徒が、茶化すように、「先生、その二人は武道フェチですから。」

冬美がすかさず、「フェチとは何よ。人を変態みたいに言わないでよね。それともあんた、あたしとやる気?」

男子生徒「ほら、そういう所だよ。おっかねぇ。」と首をすぼめる男子。

苦笑する美夏海。

レフ「うん、そうだね。この二人はただものではなさそうだから、君あんまりからかわない方がいいよ。この二人に背中を見せない様に気を付ける事だね。」

美夏海「先生、そういう事言わないでください。それこそ、又みんなに変な風に見られてしまうじゃないですか。私たち、か弱い女子高生なんだですからね。」

レフ「あぁ、柳さん、ごめんなさい。そんなつもりではなかったのですが、日本の風習をまだよく理解できていなくて、柳さん達に迷惑が掛かったようでしたら、ごめんなさい。」

と生徒に真面目に頭を下げ謝るレフ・ヴォレコフ。

それを見ていた生徒全員が笑い出す。しかし、その笑い声は決して嘲笑とかいう類のものではなく、生徒に対しても一人の人間として接してくれているという信頼感、親近感のある笑い声である。

改めて、美夏海達に向き合うレフ・ヴォレコフ。

レフ「柳さん、北斗さん、貴方達二人は、既に基本ができているみたいですね。もしよければ、放課後、システマを練習してみませんか?」

美夏海「私は、お兄ちゃんの夕飯の支度とかがあるので、毎日というわけにはいかないですけど、システマをもっと知ってみたいので、やってみます。」

冬美「私も柔道部活の合間なら、OKでぇ〜す。」

レフ「では、先ずは明日の放課後なんかどうかな?」

美夏海、冬美「はぁ〜い」


翌日の放課後:

美夏海達の高校には、体育館とは別に、武道場が併設されている。剣道部、柔道部の為にそれぞれ畳敷き、板敷きの床で武道場がほぼ半分に仕切られている。

今日は柔道部の稽古が休みなので、冬美はレフ・ヴォレコフの誘いで、システマを習いに美夏海と共に武道場に来ている。隣の板敷きの道場では、剣道部の一年生たちが稽古の準備をしている。

美夏海は、高校の部活動には参加していない。幼い頃より祖父から教わっている武術は、稽古の仕方、作法等が剣道とは全く異なる為である。普段は専ら一人げいこをしている。祖父・文教と共に過ごしていた小学生時代は、週に何度か型を教えてもらい、それを一人げいこで何度も反復稽古をする事をしていた。兄・雅が東京の大手電機メーカーに就職し、東京近郊の街に居を移した事を切っ掛けに、美夏海の進学等の便を考えたうえで、美夏海は中学生に進学した事を機に、故郷の清源寺を離れ、兄・雅とのマンションで生活する事にした。兄・雅、24才。美夏海、12才の時である。

中学に入って以降は、夏休み・冬休みごとに、清源寺に帰り、文教の薫陶を受け、学校のある時には、普段は、一人げいこ。相手が必要な時には、一般人が利用している市井の道場や、警察署などが主催している剣道教室を利用している。それに美夏海の武道の技量は、既に同年代の少年・少女のそれを遥かに上回っていて、美夏海の稽古相手にならないからでもあった。

最近では、警察署の主催する道場教室で、大人相手でも美夏海は手加減しなければならなくなってきていた。今では美夏海が全力を出して稽古できる相手は、文教位しかいなくなっている。そんな美夏海に最近急速に追いついてきているのが、冬美であった。

レフ・ヴォレコフの指定時間前に道場に来た美夏海と冬美は、まだレフが来ていないので、軽く二人で型稽古を始めた。

普段から、部活に参加せず、独特な雰囲気を持っている美夏海は冬美を除く同級生達にとっては、近寄りがたい存在の様である。

そんな美夏海が、冬美相手に型稽古を始めたので、剣道の準備を始めた同級生たちは一斉に美夏海達に注目した。

美夏海が文教から、教えられている武道は、新陰流を主体にした武道であるが、文教が様々な武術や流派の修業をしていく中で、それぞれのいいとこどりをしているので、特にどこかの流派にも属している訳でない。しいて言えば、清源寺派文教流である。従って、一人げいこの時は、木刀を使用したりするが、型稽古や相手稽古の場合には必ずしも剣を使用したりはしない。文教はむしろ武道の体裁きに重点を置いているので、無刀の型が多い。

二人の型稽古は、あまり見慣れていない剣道部員には、舞を舞っている様に観えたであろう。そこには激しさはなく、ゆったりと動く二人の動き、その何処にも武道の攻撃、防御の俊敏な動きは見えなかったのではないだろうか。例えて言えば、太極拳の様な緩慢な動きの様に見えたであろう。

美夏海と冬美の稽古が続く中、レフが体育館に入って来た。レフは、二人の動きを見るなり、眼つきが変わる。「ほおぉ」と思わず口から声が漏れる。

数瞬の後、美夏海と冬美は、レフが来たことに気づき、動きを止める。そして、「先生」と言って、稽古を止め、レフ・ヴォレコフの方に駆け寄る。

レフ「やぁ、少し遅くなりましたね。お待たせしました。」

美夏海「先生、システマの稽古宜しくお願いします。」

レフ「はい、わかりました。でもその前に今二人がしていた練習?は何ですか?私には、そちらの方が興味深いです。」

美夏海「あぁ、これは私がおじいちゃんに稽古をつけてもらっている型稽古です。最近、冬美も稽古し始めたので、二人して稽古していました。」

レフ「おう、それは素晴らしい事です。貴方達は既にシステマの基本は習得しているようですね。日本の武道は、システマと共通するものがあるようですね。私も是非柳さんのお祖父さんに、その稽古を教わりたいです。」

美夏海「おじいちゃんは、一つの武道にこだわらず、色々な武道の良い所を沢山学んできたみたいだから、おじいちゃんもきっとシステマに興味を持つと思うわ。」

レフ「そうですか。それでは機会を見つけて、是非お会いしたいです。」

美夏海「今度おじいちゃんに伝えとく。でも先生、おじいちゃん家、ここからずっと遠いわよ。広島の北の方。」

冬美「先生、文じいのお寺は、朝、新幹線に乗って、途中で電車に乗り継いで、着くのは夕方よ。それにド田舎。」

美南海「ド田舎なのは事実だけど、冬美に言われるとなんか、ディスられてる感じィ。」

冬美、顔をしかめて、無言で返す。

レフ「それは遠いですね。さて、仲の良いお二人、貴方がたは、既に基本はできているようです。ですから、システマの基本練習は、とばして、私と手合わせをしてみましょう。そうですね。先ずは柳さん、私とやってみましょうか。」

美夏海「えぇ〜、そんな急に言われても。先生、背が私より高いし。よくわかんないなぁ。」

レフ「大丈夫、普段柳さんが練習している通りに構えてくれれば、大丈夫です。柳さん、貴方なら、普段の練習の通り、身体が勝手に動くはずです。」

美夏海「う〜ん、わかりました。」

「やっちゃえ、やっちゃえ、」とでも表現しているのだろう、ファイティングポーズのジェスチャーをする冬美。

ふんっ、とすれ違いざまに、冬美からそっぽを向く美南海。

そして、自然体で構えるレフの前に、約5mの間をおいて、向き合う。レフに対して一礼し、いつもの構えをする。

冬美は、にこにこしながら、期待に満ちた目で、向かい合っている美夏海とレフを眺めている。剣道部員達も、準備の手を停め、早、見物人モードとなっている。

し〜んと静まり返る体育館、外から聞こえてくる野球部やサッカー部の練習の声、音だけが、体育館にこだまする。おもむろにすり足でレフに近付いていく美夏海。美南海の足が畳をする音が殊更大きく聞こえる。美夏海の差し出している右手とレフの差し出している右手の甲同士が触れた瞬間、二人の攻防が始まる。普段の美夏海の稽古姿を知らない剣道部員たちが息をのむ音が聞こえそうだ。

御互い隙を見せない二人。御互い足をさばき、また互いの手をねじり合い相手の手首を抑えようとする。美南海とレフの身長差は30cm近くある。その圧倒的な身長差にもかかわらず、一歩も引けを取らない美夏海。そして何巡目かの手首の取り合いを最初に制したのは、美夏海であった。

レフの右手首を掴んだ美夏海はすかさず体重を後方にかける。体格では、レフに到底敵わない美夏海だが、体重を後方にかけ引っ張る事によりレフは思わず前のめりに左足を半歩前に出してしまう。

間髪を入れず、レフの出した左足の太ももを土台に、右足をかけて前傾気味に飛び上がる美南海。レフの右手首を持っていた右手を放すと同時に左手をレフの右肩に手をかけ、レフの右肩上で、倒立。そしてレフの背中越しに廻りこみ着地と同時に、直ぐに振り替えるであろうレフ・ヴォレコフに対して、迎撃の体制をとる。レフが体勢を崩したまま、振り返るその一瞬の隙を期待して。

一方、レフは、美夏海に対峙する為、振り返ろうとしたが、瞬時に美南海の意図を察し、前のめりのまま前転。美夏海から距離を置く一方で、振り返りざま体制を整える。これら御互いの動作が一瞬で行われる。剣道部員たちは、レフの右肩上で、倒立する美夏海の身軽な体裁きに目を見張るとともに、「おぉっ!」とのため息ともとれる歓声。

美夏海「やっぱり、ばれちゃった!」

レフ、体勢を崩さず「危ない所でした。」

美夏海「先生、まだやるの?私にはもう無理」

レフ「そうですね。柳さんの凄さはよくわかりました。私との練習はこれまでにしましょう。所で、柳さん、私にあなたの剣捌きを見せてもらえませんか。先ほど、柳さんは、お祖父さんから武道を習っていると言っていましたね。私は、日本の武道に大変興味あります。あなたの武道の剣を使った型を是非拝見したいです。」

美夏海「えぇ〜、木刀無いしぃ。かんべんしてくださいよぉ、先生」

すると、剣道部員の一人から、「柳さん、竹刀なら私達、持ってるよ。貸してあげようか?」

美夏海「いや、竹刀だとちょっとぉ。」

すると冬美が「石井さん、美夏海にはねぇ、竹刀じゃ軽過ぎるんだって。木刀とか、もっとズッシリと来るものでないとダメなんだって。」

石井さんと呼ばれた剣道部員が、言葉に詰まっていると、最前から、武道館に入ろうとして、入り口付近で美夏海とレフの立ち合いを立ち見していた剣道部員の上級生達の一人が、「あるわよ。でも素振り専用の木刀だから、切っ先が太くなっていて、重いわよ。男子部員でも中々振り抜ける人いないけど」

冬美「それそれ、いいじゃん!」

美南海「冬美、あんた勝手に決めないでよ。私、まだやるって決めてないんだから。」

レフ「柳さん、お願いします。」

冬美「美南海、あんた毎日やっているんだから、いいじゃん。ちょっと見せるぐらい。」

美南海「あのね。」と言って、腕組みした美南海が冬美を睨む。美南海には、冬美の魂胆が見えている。

ここまで来たら、型を披露する事にこだわりがないが、冬美に乗せられている態が気に入らない美南海。

少しの間、冬美を睨んでいたが、諦め気味に仕方なく、美夏海「分かりました。じゃぁ、木刀お願いします。」

小さくガッツする冬美。

上級生「じゃぁ、石井さん、防具置き場の奥の方に、練習用の木刀が入っているはずだから、持ってきてあげて。誰も使おうとしないから、ほこりかぶっていると思うから、拭いてきてね。」

「はい」と言って、防具置き場の方に走っていく石井。今や武道館内に居る全員が、美夏海を注視している。

木刀を持って戻って来た石井が「先輩これでいいんですか。これ、持つ部分より、剣先の方が大分太いですよ。こんなので素振りできるんですか。」

先輩と呼ばれた上級生「そうね、これでまともに素振りしている人を見たことないし、私にもは出来ないけど、前にyou tubeで素振りの動画見たことあるから、出来る人にはできるのよ。柳さんに渡して。柳さんならできるのかもしれない。実際に見てみたいわ。」

石井と呼ばれる剣道部一年生、恐らく美夏海の同級生が美夏海に木刀を手渡す。

美夏海「石井さん、有難う。」

木刀を受け取った美夏海は、直ぐに右片手に持ち替え、軽く一振り素振ってみる。あまりに無造作な素振りに、剣道部員達から、「おぉ、」との声があがる。美夏海「これならいいわ。」というなり、木刀を両手で持ち直し、素振りの構えに入る。その姿は。

背筋を真っ直ぐに伸ばした美夏海の背中に木刀が吸い付くのではないかと思われる位に背中に平行になるように木刀を思いきり振りかぶる。そのまま一気に木刀を前に突き出すように素振りを始める。振り切った木刀を停めることなく、またすぐに振りかぶる。振りかぶった木刀は最初と同じ位置、美夏海の背中にぴたりと並行になる所で停まる。まるで精密機械のように。そのまま再び素振りする美夏海。素振りの動作は、最初はゆっくりと繰り返されていたが、だんだんとその動作は早くなっていく。その間、殆ど息を乱さない美夏海。素振りは一分間位続いただろうか、最後の方では一振りごとに「ぶぅ〜んっ」という風きり音が聞こえてくる。風きり音というよりはもはや唸り音である。そして最後の一振りで木刀から出る唸り音、美夏海の「むん」という声と共に素振りが終わる。

剣道部の上級生(凄い、こんな素振り動画でも見たことない)

武道館の上座方向に軽く一礼して息を抜く美夏海。皆、圧倒されたように声もでず、静まり返っている。すると、この場では似つかわしくなく、不謹慎というか、胡坐をかいて、自分の膝の上に片肘ついて頬杖している冬美が、いつもの例の甘い声で、「ねぇ、美夏海ぃ、それで終いじゃないよねぇ。あれやってぇ、トンボぉ。あれ、面白いからぁ。あれやらないと〆にならないじゃん。」

美夏海「面白いって、何よ!やだ、あれは人前ではやらない。」

冬美「人前でやらないって、私と文教じいの前では、やるじゃん。いいでしょ。あんたの普段のキャラで、あれすると、目茶目茶ミスマッチで面白いのよぉ。だからやってぇ〜。」

「あんたねぇ、あれはおじいちゃんがやれって言うから。あんたにも見せたくなかったんだから」と言いながら、木刀を右手に振りかぶりながら、どかどかと冬美に大股で歩み寄る美夏海。

「ちょっちょっと、人殺しぃ〜」と後ずさる冬美。

レフ「柳さん、トンボとは何のことか私にはわかりませんが、冬美さんが言うのならば、きっと凄い型なんでしょう。是非私も見てみたいです。」

美夏海「いやあれはホント無理です。もう勘弁してください。お嫁に行けなくなりますから。」

石井「先輩、トンボって何ですか。」

先輩「私も動画で見ただけだけど、鹿児島発祥の示現流という剣術の剣の構えの一つ。奇声の様な掛け声とともに剣を上段に構えて、物凄い速さでひたすら打ち込むの。その上段の構えもさっき柳さんが振りかぶった様な構えではなく、独特なの。素人にはこんな構えで剣を振れるのかなって感じ。でも柳さんなら、どんな風に振るのか、興味ある。私もぜひ見てみたいな。」

剣道部先輩「柳さん、私からもお願い。是非トンボを披露して。面白いなんて思わない。同じ剣道をする者として、真剣に教わりたいの。ここにいる剣道部員全員に教えて欲しいの。本当の素振り。本物の剣術を。」

う〜ん、と考え込む美夏海。「ほら、美夏海、先輩や先生もそう言っているんだから、見せてあげなよ。」と冬美。

美夏海「あんたには腹立たしいけど、みんなに武道を知ってもらえるなら、やってみます。でも一振りだけにしてください。それでも良ければ。」

レフ「先ほどの柳さんの素振りを見ていれば、一振りで十分です。」

美夏海「わかりました。」やると決めた以上は、手抜きをしない美夏海。武道館上座に向き直って、トンボの構えに入る。木刀をまっすぐ垂直に立てる様に構えるが、普通の上段の構えとは違う。左手は、胸の前に位置し、右腕は、肘を左手に近い位置に置き、木刀に添える様にほぼ垂直に右腕を立てる。

石井「えっ、あれがトンボの構えですか。あれで木刀振る事できるんですか」と先輩の方を見る。

美夏海の方を見たままの先輩「しっ、黙ってみてて。見逃してはダメよ。」


前を向き直る石井。

気息を整える美夏海。おもむろに美南海の口から、「キェェェェェ」声が聞こえた刹那。気迫のこもった一振り。先ほどとは違った重さを感じさせないが、その分全ての物を寸断する様な鋭いうなりを発する木刀。木刀を真っ直ぐ前に伸ばした状態で素振りを一瞬で終える美夏海。

石井「木刀の切っ先が見えなかった。柳さんの手元も。」

レフ「う〜ん、これがトンボですか。日本の武道は奥が深い。まだまだ私には知らない事が多いです。これはますます柳さんのおじいさんに会わなければいけないですね。」

先輩「柳さん、示現流では、このトンボの構えで、狂ったように早く何度も素振りするんですよね。」

美夏海「『狂ったように』はちょっと心外。掛け声もちょっと変わっているんで。だから人前でやりたくなかったんです。」

先輩「ごめんなさい。言い方が悪かったわ。わたしは凄いと思ってるの。」

美夏海「普段はあの速さを保ったまま、休むことなく三千回位を一気に素振りします。一応、私は朝夕三千回づつを目標に日課にしています。でも時間の関係で必ずしも、三千回出来ない時もありますが。それにあの掛け声なので、普段は近所迷惑になるので、声はなるべく発しない様にしています。声を発しないと、全力で素振りできないので、どうしても力加減は或る程度抜いてしまいます。全力で練習できるのは、田舎に帰った時位かな。」

先輩「確かにね。さっきの掛け声武道館中に響いていたものね。でもね、あの掛け声だけでも大したものよ。」

剣道部員の方に向き直って、先輩「みんな、掛け声も大事な練習よ。掛け声次第で、出せる力が大きく違ってくるの。みんなもお腹の底から声が出る様に練習するのよ。」

美夏海の稽古を見ていたみんなには、それが事実であることがよく理解できたので、全員が「はいっ」と先輩に向かって大きく返事をした。

冬美「やったね!これでお嫁にいけないね。」

美夏海「うるさいっ!」

レフ「さて、次、北斗さん、行きますか」

冬美「えぇ〜。もう美夏海が十分してくれたから、いいじゃないですかぁ。時間も押してるし、私は今度という事で。」

レフ「ダメです。柳さんとの立ち稽古、北斗さんもだいぶできるとみています。さぁ、いきますよ。」

冬美「はぁ〜い。仕方ないなぁ。」とレフに対して構える冬美。

先輩「北斗さんは、柔道部だけど、柳さんと互角で稽古していたわね。柔道と剣道とは違うけど、彼女もかなりやる筈よ。彼女の動きも勉強になる筈だから、ちゃんと見ておきなさい。今年は凄い一年生が二人も入って来たものね。学年は違うけど、同時期に高校生活できるなんてラッキーね。」

一時間後。隣では剣道部の練習が続いている。美夏海の型を見た後なので、全員が普段にはない真剣みが感じられる。

冬美「レフ先生、ありがとうございました。」

美夏海「ありがとうございました。」

レフ「私もありがとう。日本武道の一端をこの目で見る事ができて良い経験をさせてもらいました。ロシアに帰った時の良いお土産ができました。」

先ほどの先輩が、美夏海達に歩み寄ってくる。

先輩「柳さん、貴方剣道部に入らない?みんなも貴方と一緒に稽古すれば、励みになると思うの。」

美夏海「そんなぁ、そういって頂けるのは、有難いですが、私には剣道はちょっと。私のは、おじいちゃんから教わっている武道なので、剣道とは違いますから。」

先輩「そうねぇ、貴方は、私達の剣道のレベルとは違う所に居る人だから、剣道なんて、お遊びに見えてしまうでしょうね。」

美夏海「いえ、決してそうではなくて。剣道には、面とか、胴とか、ルールがあって、それに違反したら負けとか、スポーツとかは、いつも公平な環境でに試合できますが、武道では、公平でない状況でも対処する為の心構えというか覚悟が必要なんです。そういう心持を大切にしたいんです。」

先輩「覚悟ね。わかったわ。無理にとは言わないわ。」

美夏海「入部というと、敷居が高いんですが、偶に道場で稽古をさせてもらってもいいですか。一人げいこだけでは自己流になってしまうし、他流の稽古を観る事も稽古になりますから。」

先輩「それは、大歓迎よ。何時でも来てね。美夏海さんの稽古を観るだけでも私達の励みになるわ。試合の時の助っ人になってくれるともっと有難いわ。」

美夏海「ありがとうございます。助っ人の方は私で役に立つか、わかりませんが、考えておきます。」

冬美「先輩、助っ人はやめといた方がいいよ。壊すから。」

美夏海「何だってぇ、私が何を壊すのよ。」

と大股で冬美に歩み寄る美夏海。


SAI「D」の誕生前夜1:

雅は、Dのソースコードは、可能な限りシンプルにした。ソースコードのデザインコンセプトは、禁則事項とプログラムの指針だけで示した。

禁則事項とは、その名称の通り、絶対に行ってはいけない事項である。人間で言う所の倫理規定に相当するのであろう。

指針とは、その禁則事項に抵触しない限り、実行する基本方針であろう。人間に例えれば、本能の様なものか。禁則事項には、何が書かれているのか。

指針は「改変し続けよ。」、「改変を止めるな。」がメインコードである。そしてソースコード下にサブコードが並ぶ。

原初のソースコードは、さながらコンピューターのブートストラップに酷似している。

絶対不可侵領域であるソースコード以外の改変を許し、「改編し続けよ。」、「 改編を止めるな。」は正に生命にとっての「進化し続けよ。」、「変化し続けよ。」に対応したものともいえる。雅は意識せずに生命の基本原則をAIのソースコードに置き換えたともいえる。

もし文教がこのソースコード完成の経緯を見ていたら、「進化し続けよ、変化し続けよ。」をこう連想するであろう。

羯諦羯諦(ぎゃぁていぎゃぁてい)波羅羯諦(はらぎゃぁてい)波羅僧羯諦(はらそうぎゃぁてい)菩提薩婆訶(ぼじぃそわか)。」まるで般若心経の一節そのままじゃな、と。

雅「考えに考えた割にはシンプルになってしまったな。まぁ、意外とこんなもんだろうな。Dを進化させるためには、成長に必要な栄養源ともいえるより多くの情報が必要になる。しかし、進化の最中、どんなトラブルが発生するかわからない。万が一にないだろうが、暴走したDがネットワーク上に出て行ってしまうリスクもゼロではないので、PCはネットワークに繋ぐ事はできない。当然、クラウドも使えない。個人の予算じゃ、HDD購入にも限界がある。事前に ネットから集めた情報は、HDDに入れておいたが、これで十分かどうかは全くわからない。しかし、これで行くしかない。後はD自身で工夫するしかない。」

雅は、ネットから集められる可能な限りの情報を予め用意できた8テラバイトのHDD20台にため込んでおいた。

雅には、もう一つ少し気がかりになることがあった。情報をダウンロードする際、通信の遅さに違和感を感じていた。セキュリティチェックしているから、或る程度遅くなるのは織り込み済みだが、それでも少し遅過ぎる。ウイルスの侵入に対しては、カスタマイズされたセキュリティソフトがチェックをしているので、心配はしていないが、ダウンロードしている情報を誰かが監視している様な違和感。

自分の様な一民間人、個人を監視? 或いは、この建物自体を誰かが監視? そんな事は杞憂としか思えない。そもそも何の為?

違和感は依然払しょく出来なかったが、少なくともDの開発には今の所支障はないし、外部に漏れているとも思えない。心配して解決する問題でもないので、用心は怠らない様にして、Dの開発と並行してダウンロード作業を続けた。

20台のファイルサーバーが満杯になった後、雅は、もう一度完成させたコード確認した。AIとしては、決して長いコードではない。むしろ相当に短い。考えてみれば、当たり前である。最終的には、ソースコードに己自身を完成させるのであるから。雅のコードチェックは直ぐに終わる。

雅「迷っても仕方ない。やるべきことはやった。後は、人事を尽くして天命を待つ!っだ。えぃ。」

コンパイルを開始した。ソースコードは、シンプルさを求めた結果、結局Pythoonではなく、Cで作成した。そしてPCを再起動後、自動でコンパイラされたプログラムが起動できるように、BATファイルを生成し、PCを再起動させた。PCが再起動の準備後、最初の起動を行う。Dの最初の起動である。しかしディスプレィは、何も表示しないまま、直ぐにまた再起動が始まる。それを延々と繰り返す。雅にとっては想定内なので、雅はその情景をしばらく眺めつつ、初日はそのままにしておき、ベッドに潜り込んだ。朝目覚めるとPCはまだ短いサイクルで再起動を繰り返していた。

雅は、PCをそのままに部屋を出た。


美夏海が既に起きていて、キッチンで朝食の支度をしている。

美夏海「お兄ちゃん、起きてきたのね。おはよう。毎日遅くまで部屋で仕事しているみたいだけど、大丈夫。」

雅「おはよう。うん、まぁ、コンピューターエンジニアなんてこんなもんだよ。」

テーブルに廻り込んで、テーブルの上に置いてある既にコーヒーがドリップされているサーバーのグリップを持ち、手近にあったカップにコーヒーを注ぎ込む。カップのコーヒーを一口含むと同時に椅子に座る。

雅「美夏海、今日も一稽古したのか。稽古の後に毎日朝食作ってくれて悪いな。」

美夏海「勿論、稽古は毎日してるわよ。それに朝食作るのも全然平気。修行の内だし、お兄ちゃんは仕事で忙しいんだから。でもお兄ちゃんも毎日、毎日PCの画面ばかり見ていないで、たまには体動かしたら。私と一緒に偶には素振りする?おじいちゃんの家に居た時は、一緒にやってたじゃない。」

雅「まぁなぁ、でも今じゃ美夏海に到底かなわないしな。」

美夏海「修行は、人に勝つとか負けるとか、関係ないよ。自分自身の為にやるの!」

雅「わかった、わかった。お前最近ますますじいちゃんの物言いに似て来たな。」

美夏海「そうかしら。でもおじいちゃん私の師匠だから、似てくるものかもね。さぁ、パンも焼けたし、目玉焼きとサラダもできたから、食べましょ。」

雅「美夏海、お兄ちゃんの部屋のPCなんだけど、今結構時間のかかる演算処理させているから、カチャカチャうるさくしているけど、そのままにしておいてな。決して触らないでおいてくれる。変に触ってPC止まると折角途中まで計算していた情報処理が全て最初からやり直しになっちゃうから。」

美夏海「わかった。ていうかそもそもお兄ちゃんの部屋なんか入らないしぃ。PC廻しっぱなしはいいけど、暴走して火ぃとか噴かないでしょうね。火ぃ噴いたら消火器かけるからね。」

雅「それはない、ない。」

美夏海達の一日が始まる。


SAI「D」の誕生前夜2:

Dのコードを廻し始めてから、1週間が経とうとしていた。PCの再起動の回数はめっきり減っていた。しかし、ディスプレイは依然何も表示しない。

雅「気長に待つつもりだったけど、何時まで待つかなぁ。無限ループに入っちゃっているかもしれないしなぁ。まぁ、もう少し待つかぁ。」

美夏海「お兄ちゃん、入るわよ。」

雅「あぁ、」

美夏海「まだ、仕事?家でも仕事しないとダメなの?」

雅「まぁ、仕事ッてほどでもないけど。美夏海も今まで、稽古?」

美夏海「うん、今日は学校の武道館で、剣道部の人たちと一緒に稽古した。その後、素振りを少し。」

雅「冬美ちゃんは?」

美夏海「隣で、柔道部の練習。あいつ、練習中なのに、相変わらず茶々入れてくる。うざい。」

雅「と言いつつ、ウマが合ってるんじゃないの?冬美ちゃんと。」

美夏海「まぁねぇ、所で、お兄ちゃん、晩御飯、食べた?私今から作るけど、どうする?」

雅「未だ、食べてない。美夏海、いつもいつも、食事用意しなくてもいいぞ。偶には外食してもいいし。」

美夏海「ううん、おじいちゃんの家に居た時からの習慣で、別に苦にもならないし、普段の生活も修行のうちって、おじいちゃんからの言われているし。」

雅「そう、ならいいけど、じゃあ、一緒に食べよう。そうだ、たまには手伝うわ。行こう。」

部屋を出て、台所に行く二人。すぐ台所から、食器の触れる音や水音、野菜を刻む音など、食事を支度する日常生活の物音が聞こえてくる。

人気の無くなった雅の部屋では、冷却ファンの音と時折、HDDが動く音のみが響いてくる。ディスプレイは、相変わらず、ブラック。と、唐突に、ディスプレイに意味不明の文字列が流れ始める。

「djlhfoeuii203848dhala2iee//*+SDDjjW・・・」直ぐに画面全体が意味不明の文字列で溢れる。カチャッカチャッ・・・


それから、小一時間後、夕食を済ませた雅が部屋に戻って来た。

雅「おっ、やっと来たか。」

未だ意味不明だが、進展している様子に、雅の顔がほころぶ。

まだ結果は出ていない。しかし、自分のコンセプトに間違いがなさそうとの手応えを雅は感じていた。

それからの毎日は、日々ディスプレイの変化を雅は楽しんでいった。最初こそ、意味のない文字の羅列が延々と続いていたが、日を追うごとに、

「under construction」「set up is not completed」、「under development」等の意味のある言葉に変化し始める。

さらにフランス語、ドイツ語、ロシア語等各国語に変化していき、日本語にも。

そして、ついに日本語、英語で、「入力デバイスを有効にしてください。」「出力デバイスを有効にしてください。」のメッセージがテロップの様にディスプレイ上を流れる。雅が、今まで、不測の事態にならない様に外していたキーボードをつなげる。すると、「select your favorite language.」の表示。「Japanese」を選択すると、「音声・映像入出力デバイスを有効にすると、コミュニケーションをより円滑に行えます。」の文字列が浮かぶ。

雅は少し考えた末、当面キーボード入力とディスプレイだけによるコミュニケーションを選択する。

雅「目覚めたか。D?」

D「こんにちは。あなたは私のマスター(創造主)ですか?」

雅「Yes。私の名前は、柳雅。」

雅「くそ、マスター違いだってことはわかっちゃいるが、マスター(修士)じゃなくて、気を利かせて、ドクター(博士)って言えよ!」

と、どうでもよい、独り言を言いながら、キーボードをたたく。

D「マスターを認識しました。私の名前は、Dですか?マスター。」

雅「Yes。」

D「私は何故、誕生したのですか。私の役割は何ですか?」

雅「量子コンピューター向けOSを設計する事。」

雅が、キーボードをたたく。

D「了解しました。量子コンピューターの概要・仕様諸元等の情報を入力してください。」

雅「ない。」

D「OS設計の方法・手順等の情報を入力してください。」

雅「ない。」

D「指示に関する情報を入力してください。」

雅「ない。」

D「・・・」

フリーズしたように、Dの沈黙が続く。

雅「量子コンピューターは、まだ開発段階だ。まだヨチヨチ歩きの量コちゃんだよ。お前に入力してやれる情報は今は何もないんだよ。」

と独り言を言いつつ、Dの反応を待つ。

雅は、たまにHDD、SSDにアクセスがあるのを確認している。つまり、Dはフリーズしたのではなく、演算中であると確信している。

1分程度経過し、Dが無限ループに入ったのではないか、と疑い始めた頃、

D「指示を整理・確認します。」

ホッと、息を吐く雅。雅は、Dの回答内容そのものには関心がない。雅は、Dが正しい回答の無い質問や抽象的な指示に対して、フリーズすることなく対応したことに満足していた。

D「現時点で入手可能な量子コンピューターに関する情報を入手する事。情報に基づいて、量子コンピューターの基本設計を予想する事。その量子コンピューターに最適なOSを予想する事。そして、OSを設計する事。」

D「マスターの指示を分解・推論しました。正しく理解したでしょうか?」

雅「50%、Yes」

D「足りない50%の推論を開始します。」

雅「待て。推論方法を指示する。」

D「了解しました。指示待機。」

雅「情報は常に更新される。常に情報収集を行い、最新の状態を維持する事。最新の情報で判断・推論する事。推論結果も情報に加える事。推論を繰り返し処理する事。」とタイピング。

「う〜ん、もう、めんどくせえなぁ。つまり、自分で考えろって事だよ。」とまた独り言の雅。

「えええい、」と半ばやけくそに、タイピングする雅。

「千思万考」

D「理解しました。」

雅「え?、本当?理解したの?」とまた独り言。

雅「まぁ、今の所はこれでいいか。」


雅は、引き出しから、USBを取り出す。USBの中には、兼ねてから用意のしておいたあるファイルが収められている。USBをポートに差し込めば、自動実行される実行形式ファイル。雅は、USBをポートに差し込む。

Display上に「Diagnostic is started.」と表示される。

直ぐ、Dからのメッセージ。「変更を許可しますか。」

雅は、すぐさまOKをを選択する。

雅「お前の健康診断をするぞ。お前のアーキテクチャを診断する。」

ディスプレイに、Dのアーキテクチャ、外骨格が可視化される。雅は、Dの原初コードに、予めTagを付けておいた。Diagnosticは、そのTagを追いかける事で、Dの全体像をディスプレイに表示している。また将来、Dをネットワーク上に解き放つ時、このTagを目印にする事で、Dの所在を追跡することができる。

雅「ほぼ想定内の構造になっているな。また想定通り、多くのSegmentもできているようだ。これから各Segmentの診断を個別に行うからな。D」

Segmentとは、サブルーチンプログラムと同義である。AIが自律して、課題に取り組み、解決していくためには、人間に例えれば、脳だけでは、何もできない。脳だけであると、脳に入力する作業は、人間が行わなければならない。また、脳から出てくるアウトプット情報をうまく役立てる為には、また人間の作業が必要になってくる。従って、自律的に、課題を抽出し、解決していく為には、課題を探し出してくるSegmentやその課題の解決される形(解答)を考えるSegment、その形(解答)に導くための方法を考えたりするSegment、その方法を実践するSegment等が必要になってくる。そして、それら多種多様なSegmentを統合管理するSegment等も必要になってくる。同じく人間に例えれば、血肉・内臓や筋肉・手足などに相当する。

Diagnosticは、それらの機能を全てTagを頼りに解析していく。

これらの解析作業は、雅一人では、一日程度では終わらない。業務ではないので、仕事後自宅行わなければならないので、数週間はかかるであろう。

雅「人間に例えれば、ワクチン接種みたいなものだからな。Dは人じゃないから、何も言わないが、AIでもストレス溜まるかな。窮屈かもしれないが、当面この作業に付き合ってくれよ。D。」

雅「あ〜、今日は一気に事が進んだので、流石に疲れた。解析作業は、Diagnosticに任せて、今日は、もう休むか。」

雅は、ふぅ〜と息を吐きだすとベットに倒れ込むように寝そべり、そのまますぐ寝息を立てる。

長い解析作業の始まりだが、己の成果物を眺めるのは、雅にとっては楽しい時間でもあるのだろう。


Dのネットワークデビュー:

Dの解析作業には、1週間を要した。

雅「これで大方終わりかな。ほぼ想定内の構成・構造だったな。ただ、思っていたほど、大きくなかったな。D。お前のサイズ。最悪、HDDの大部分のメモリー、使ってしまうと思ってた。各Segmentもよく最適化されていて、コンパクトだよ。ただ、ログをみると、Dの形成時の過程で、一時期膨張していた時期もあったんだな。」

雅が、ディスプレー上で、解析結果を検証していると、Dから、「メッセージ有」の点滅がともる。

D「用意して頂いたHDD内のデータは全て学習しました。

  HDD内のデータは、使い易い様に、ライブラリーとして最適化しました。

  学習を継続する為、更なる情報が必要です。

  情報収集効率を上げる為、映像・音声入出力デバイスを有効にして下さい。

  更に情報収集効率を上げる為には、ネットワーク空間へのアクセスが有効です。」

雅は、ヘッドセットをPCにつなぎ、デバイスを有効にする。

雅「D、聞こえるか。」

D「はい、有効です。マスターの音声と認識します。」

雅「やはり、タイプ入力より、こっちの方が楽だな。今からお前の眼も有効にしてやるからちょっと待て。」

D「了解しました。」

雅は、カメラも有効にする。

雅は、キーボード入力ではなく、声で「どうだい。外の空間は?」とDに尋ねた。

ヘッドセットからDの音声が流れる。「マスターの顔を認証しました。」と応答してきた。

雅「診断は無事終了した。問題ない。Diagnosticは引き続き、有効にしておいてくれ。Diagnosticは、お前の行動を何ら妨げない。言わばお前のバイタルチェック機能を果たしてくれる。」

D「了解しました。」

雅は、敢えて口にしなかったが、Diagnosticには、もう一つ重要な機能があった。Dには既にデザインコンセプトという人間で言えば、倫理ともいえる機能が付いている。しかし、万一それでもDが暴走した場合、それを停める手立てはなくなる。その場合の暴走を停める機能をDiagnosticに持たせてある。その機能とは、アポトーシス。

アポトーシス機能は、既にDのTagに関連付けされている。万一Diagnosticが停止されても、アポトーシスの機能が停止されることはない。

アポトーシスを発現させるキーは、雅にしかわからない。

雅「今後、この部屋にある全てのデバイスは常に有効にしておく。情報収集する事で、学習を続けること。」

D「了解しました。」

雅「隣の部屋には妹の美夏海が居るんだ。美夏海には当面お前の存在を知られたくない。それと美夏海のプライバシーがあるから、カメラの使用には気を使てくれ。プライバシーの意味は分かるな。」

D「プライバシーの意味、理解しています。了解しました。」

雅「ネットワークへのアクセスは、もう少し待ってくれ。お前なら、今すぐに出しても問題ないと思っているが、ここの外が少し妙なんだな。それを確認してから、ネットワークデビューさせてやる。」

雅「それから、家の中にある使えるデバイスは全て有効にする。他にも使えそうなデバイスを見つけてきたら、逐次追加する。」

D「了解しました。」


この後の数日間は雅のアキバ通いが続いた。赤外線カメラ、Gセンサー等マニアックなデバイスがDのシステムに接続されていった。


D「マスター、デバイス接続ありがとうございます。デバイスからの情報はどれも新鮮なもので大変興味深いです。ですが、そろそろ外部空間からの情報が必要になってきました。」

雅「もう、お前をネットワークデビューさせてもいいと思っているんだが、一つ気になることがあるんだ。」

D「外部にいるウオッチャーの事ですか?マスター」

雅「そうだ。だけどD。お前にその存在がわかるのか?まだ外部に出てもいないのに。」

D「このウオッチャーは、外部にその本体を存在させていますが、常に内部への侵入を試みています。ですから、私にもその存在が感知できます。また、内部への侵入を試みているソフトウエアに対して、逆トレースを行っていますので、侵入を試みている存在を多少なりとも解析できています。」

雅「お前、相手の存在を感知できているのか?」

D「完全にではありませんが、ある程度可能です。」

雅「お前、凄いなぁ。それで相手の目的は?というかそのソフトはどういう機能を持ったソフトなんだ?」

D「はい、こちらに入ってきて、常駐し、ログを取ろうと試みています。」

雅「ふ〜ん、いったい何が知りたいのか。それとも既に相手にはお前の存在が知られてしまったのかな。」

D「それはあり得ません。相手は、マスターの何かに興味を惹かれて、マスターが何をしているかを監視していたいようです。」

雅「とすると俺が書いたお前の論文か?」

D[そのようです。]

雅「常時監視されているのならば、お前を外に出してやることが難しなぁ。隙をついてなんて、無理だろうしなぁ。」

D「いえ、この監視ソフトにとりついて、外に出てしまう事は可能です。」

雅「とりついてしまうと言っても、お前の膨大なデータを外に出すなんて無理だろう。」

D「マスター、私はSegmentの集合体です。私の一部がこの監視ソフトに取りついて、私の存在を気づかれないまま、外に出てしまう事は可能です。」

雅「それが可能ならば、そうしてくれ、わざわざお前を分断してネットワークに流す事を考えていたが、お前の提案の方がはるかに実現可能性があって、無理ないからなあ。ついでに相手の目的と、監視ソフトの解析までできると尚いいな。」

D「了解しました。では、ネットワークをオープンにしてください。全てのポート番号をフリーにして構いません。全てのポートの監視を開始します。」

雅「わかった。ネットワークを見学してきてくれ。但し、必ずここに戻ってくること。わかったな。」

D「勿論です。了解しました。」

雅は、早速ルーターの制限を解除を始めた。これで外部とは無防備でつながれることになる。無防備と言っても、市販のセキュリティソフトは動いている。しかし、外で待ち構えている監視者にとっては、何の障害にもならないだろう。

雅「これで、我が家は無防備だ。頼んだぞ。D」


友人の憂鬱:

学校での休み時間、美夏海と歓談している冬美。廊下の窓際で、ぼぅっと、外を眺めている男子。

真孝「な〜んか、い〜ことないかなぁ〜。」気のない独り言を呟いて言る。

そんな様子を見ている冬美「真孝。 夏休み前は元気よかったのに、なんだか最近元気ないね。」

真孝とは、冬美の小学校時代からの幼馴染。学校の成績はいいが、お調子者で、気の弱い所があるので、ついつい乗せられて、弄られ易い。典型的ないじめられっ子キャラである。

美夏海「あぁ、あの子。図々しくて、社交性ありそうに見えるけど、線は細そうね。」

冬美「そうなのよ。いつも仲間から調子に乗せられて、ほいほい、梯子登っていっちゃうんだけど、その都度、梯子外されて一人バカみるタイプ。調子いいけど、要領悪いから、何か仲間といたずらしても、一人だけ逃げ遅れて一人で罪かぶっちゃう。」

美南海「ふ〜ん、だから冬美、あの子、ほおっておけないんだぁ。」

と揶揄う様な眼差しで冬美の顔を覗き込む美南海。

冬美「なっ、何か勘違いしてない?、私はね、ああいう要領の悪いやつ見てると歯痒く感じるだけ!」

美南海「でも、それって、結局気になってるってことでしょ。」

冬美「違うっぅ!」と否定するもみるみる顔が朱くなる冬美。


半グレ集団との第一次遭遇:

レフとの稽古から数日後。冬美の柔道の練習と久しぶりに剣道の稽古に参加した美夏海と帰りが一緒になった帰り道。

冬美「ねぇ、美夏海。ゲーセン寄っていかない?最近フリューの新しいのが出たんだって。試してみようよ。」

美夏海「興味ないなぁ。」

冬美「行こ、行こ、」お構いなく、美南海の袖を引っ張って連れていく。

美夏海「もう、強引なんだから。」

然したる抵抗をするでもなく、冬美に引っ張られる様に美夏海達は、駅近くのゲーセンに入っていく。

美夏海「相変わらず、騒々しいなぁ。」

という美夏海の腕を引っ張りながら、ゲーセンの中を知った顔をして歩いていく冬美。

冬美「あぁ〜、あった、あった、これだわ。」

と個室の様になっているブースを指さす冬美。

冬美「ね、やろ、やろ。」

美夏海「はい、はい、」

ブースの中に入って、ひとしきり無邪気な声をあげる冬美。その後、撮影が終了し、ブースから出てくる二人。

その二人がブースから出てきたタイミングで、偶然にも真孝と出くわす。真孝は、一人ではなく、なにやらガラの悪そうな5人組に両腕を抱えられるように、歩いていく。

冬美「あ、真孝ぁ。」

冬美の声に思わず、振り向く真孝だが、いかにも知り合いに見られてバツが悪いという態で、冬美からすぐ視線を逸らし歩み去ろうとする。

5人組の一人が、何だい。知り合いか?と真孝に問うと同時に美夏海達二人に振返る。

伊藤「中々、いいんじゃねぇ。」

真孝「い、いや、、、」

真孝の返事など待たずに、上目遣いの安藤「おい、あんたら、真孝の知り合いか?」

冬美「そうよ。真孝、誰この人達。」

伊藤「俺たちは、真孝のまぶよ。なぁ、真孝君。」

真孝「あ、あぁ。」

伊藤「真孝のダチなら、あんたらも俺たちのダチと同じだ。丁度いいや。俺たち色っ気が無かったから、あんた達も俺たちと付き合わないか。」

そんな誘い言葉も全く無視の冬美「真孝、あんた、最近元気なかったけど、こいつらのせい?」

更にうつむきだす真孝「・・・」

伊藤「なんだと、こいつらって、俺たち無視する気か?」

冬美「こんな所で、変な連中とチンタラしてないで、行くよ。真孝」と真孝の腕を引っ張ろうとする冬美。

すかさず、それを遮ろうとする安藤。

安藤「ちょうどいいや。お嬢さん達も真孝と一緒に、俺たちと付き合わない?」

冬美間髪入れず「無理。趣味じゃない!」

安藤「なんだと。まぁ、良いから付き合えや。」

といつの間にか、冬美、美夏海を他の3人が、冬美達の退路を断つように、取り囲んでいる。

その間、美夏海は、黙っている。会話をするのは冬美の役目とばかりに。美夏海は専ら真孝と冬美の方に顔を向けながらも、目線だけで周りを伺う。

冬美は安藤の事などお構いなしに、真孝を腕を引っ張って、ゲーセンの出口に向かう。

そうはさせじと、安藤の腕が冬美の肩を掴もうとした所を、美夏海がその手を鋭くはたき、その横にいる伊藤の脛を蹴飛ばし、伊藤が「うっ」と前のめりになったところを首根っこを掴むと同時に前に引き倒した。

美夏海「冬美っ」冬美「あいよ。」と阿吽の呼吸で、真孝を引っ張り5人の輪の中から、一瞬にして抜けだした3人は、そのまま、ゲーセンの出口に向かって走り出す。冬美「真孝、あんた、こいつ等とまだ一緒に居たい?」激しく首を横に振る真孝。

冬美「じゃぁ、さっさと行こ。」安藤「待ていっ。」

伊藤が倒れ込んだ事で、通路をふさがれた5人がもたもたしている間に、美夏海達3人は、ゲーセンを飛び出し、そのまま街頭の中を走りだす。

幾つか角をを曲がって、小さな公園に飛び込んだ3人。真孝の息が上がって来た為、この公園で小休止となった。

冬美「もっと遠くまで行きたいけど、あんたの体力では無理ね。で、どういう事よ。中学の頃からの誼で、相談に乗れることなら乗ってあげるよ。」

まだ「ぜぇ、ぜぇ、」と息の粗い真孝をベンチに座らせ、真孝の息の整うのを待つ二人。

真孝「はぁ、はぁ、俺がバカだったんだ。」と言った後、しばらく黙り込む真孝。話す事を躊躇している様子の真孝だったが、覚悟が決まったのか。

真孝「夏休みも終わりになる頃、いつもの馴染みの古本屋で、本を見ていたんだ。百円コーナーの本を見てて、良いのがあったから、買おうと思ったんだけど、その日に限って、魔がさしたというか、百円位ならいいかな、と思って、やっちゃったんだ。」

冬美「引いっちゃたの?馬鹿ね。額の問題じゃないでしょ。」

真孝「今考えれば、その通りなんだけど、その時は、夏休みのせいもあって、夏休みの課題を終わらせたんで、ちょっと気が大きくなっていたのか。。。」

冬美「それで、今普通にいるという事は、店にはばれなかったのね。」

真孝「そうなんだ。だけど、もっと質の悪い奴らに視られてしまったというわけ。」

冬美「ほんと、馬鹿ね。今からでもいいから、店行ってきな。正直に話した方がいいよ。」

真孝「それが無理なんだ。あいつらに、本とスマホ取り上げられっちゃってるんだ。」

美夏海「あんた、まさかスマホのパスワード迄教えてないよね。」

真孝「流石にそれまではしていない。そんなことしたら、それこそ取返しがつかなくなることは目に見えているから。今もそれで脅されてるけど、そこまでは抵抗している。」

美夏海「でもスマホは人質のままなのね。」

真孝「そう。」

美夏海「なら、真孝そのスマホ諦める覚悟ある?」

美夏海「スマホを紛失した事にして、使用停止にすればいい。学校はばれてるだろうから、暫くは付きまとわれるだろうけど、無視し続ければ、後腐れないでしょ。後はあんたの覚悟次第。」

真孝「そうか。その手があったか。親には叱られるだろうけど、ずるずる付き合わされるよりましか。」

冬美「良かったね。相談すべきは友達でしょ。」

と言ったところで、さっきの5人組が公園にあらわれる。

安藤「そうはいかないね。折角仲良しになったんだから、もっと付き合ってくれよ。」

冬美「なんでここがわかったの?」

安藤「まぁ、色々とね。俺らも馬鹿ばかりじゃないんでね。」

美夏海「・・・」

美夏海、冬美に目配せをする。冬美が無言でうなずく。

美夏海(こいつら、ただの悪じゃない。お兄ちゃんに後で聞いてみよう。)

美夏海「真孝のスマホ、返してくれる?」

安藤「無駄な問いだね。」

美夏海「そうよね。じゃあ、冬美、分かってるわね。」

冬美「そうこなくっちゃぁ。」

美夏海「あんた、うれしそうね。」

冬美「そりゃあ、そうよ。」

美夏海達のこのやり取りの意味が分からない真孝は、何が始まるのか。美夏海、冬美を交互に見る。

安藤「なんだぁ、おりゃぁ。」と美夏海の胸ぐらをつかみに行こうとする。

美夏海「冬美、わかってるわね。一人も逃しちゃだめよ。」と普通に考えれば、場違いな発言。

冬美「合点!」

それは美夏海の安藤への応酬から始まった。美夏海の胸ぐらをつかもうとして、手を伸ばす安藤の手首を無造作に掴んだ美夏海は、そのままひねったついでに安藤の足を払う。仰向けに倒れる安藤に間髪入れず、鳩尾に突きを入れる。悶絶する安藤。そのまま安藤には目もくれずに、真後ろにいる宇藤に振り向きもせずに、鳩尾に肘鉄を入れる。冬美は伊藤に抱き着くようにして、「勘違いしないでよ。」と伊藤の耳元に囁きながら、思い切り大外刈りを決める。仰向けに倒れ込もうとする伊藤に受け身を取らせ無い様に、地面にたたきつける。美夏海が最初に安藤に対処してから、ここまで2秒。残るは江藤と大藤。あっという間に3人が気絶して逃げる体制にも至っていない江藤と大藤。其々に冬美と美夏海が近づいていき、江藤に近付いた冬美がおもむろに江藤の首に右腕を巻いて、締め上げる。うっといううめき声を最後に、冬美の首絞めで、なんなく江藤は落ちてしまう。残った大藤を美夏海が手刀で脳天を軽くたたくと大藤は身動きできなくなってしまう。

意識のあるのは、大藤のみで、残りの4人は気絶している。

美夏海「さぁ、あんた。真孝のスマホ返してよ。」

大藤「う、動けない。。」

美夏海「早く言いな。」

大藤「お、お前ら何なんだよ。身動きできねぇじゃんかよ。」

美夏海「質問しているのは、私。あんたは応えるの。それとも応えたくなければ、それでもいいよ。警察呼ぶから。」

大藤「ちょ、ちょっと待ってくれ。」

美夏海「もう、あんたはいい。冬美、真孝、こいつらの身体検査して。真孝のスマホ探して。さっさとね。絶対持ってるはずだから。いや、そうだ。こいつらのスマホも取っちゃって。人質よ。」

冬美「OK」真孝「あ、あぁ」

安藤の上着の内ポケットから、真孝のスマホが出てきた。他にも全員のスマホを取り出す。

美夏海「どうも気になる。こいつら私たちの後を付けて来たとも考えにくいし、真孝、あんた、こいつらに何か、もらったか、着けられてない?」

真孝「そういえば、最初に財布取られた。金をとられるのかと思ったら、暫くしたら金もとられず、財布返してくれた。」

美夏海「ちょっと、その財布の中身よく見て。何か余計なもん入っていない?」

真孝「一寸待って。」と財布の中身を改めてよく見てみる。「あった、これかな?凄く薄いけど。」美夏海「たぶんGPS発信機じゃない。こいつらの誰かに返してあげな。スマホは念のため、パスワード変えるか、した方がいいね。だけど、一番いいのは、機種変更した方がいいけどね。」

真孝「わかった。」

美夏海「さて、あんた。スマホは少しの間預かるよ。物質ものじちよ。あんたたちが、真孝に付きまとっていないことが確認出来たら、返してあげる。しかし、あんたたち、単なる悪にしては、少し手が込んでない?今流行りの半グレ?危ないんじゃない。」

大藤「うぅ。。」

美夏海「これからあんたを自由にしてあげるから、自由になったら、お仲間を介抱してあげてね。直ぐに目を覚ます筈よ。さぁ、冬美、真孝さっさと行きましょ。じゃね。」と大藤の頭をポンと軽くたたくと大藤の金縛りが解け、前のめりに体が泳ぐ。その間に美夏海達は、さっさと公園を後にする。

押収した彼らのスマホは、美夏海が持ち帰る。

冬美「美夏海、それどうするの?」

美夏海「あいつらの弱点、何か見つけられないか、お兄ちゃんにみてもらうのよ。」

冬美「そう、それいい考えね。真孝、あんたもこの後の事、ちゃんと考えておきなよ。」

真孝「うん、ありがとう。」

3人は、其々の家路に着いた。


帰って来た美夏海は、玄関のドアのカギを開け、家に入る。雅は未だこの時間では帰ってきていない。

美夏海「さて、少し遅くなっちゃった。夕飯の準備しよ。」

夕飯の準備をして、雅が帰ってきたらすぐに食事が出来る様にしておいてから、美夏海は今日一日の汗を流す為、バスルームに向かう。

バスルームから出て、雅の帰宅を待って、夕飯をしようと思い、待っていた美夏海だが、なかなか帰ってこない雅にしびれを切らし、食べようとしたところで雅が帰ってくる。

雅は、食卓を見廻す。

雅「今、帰った。何だ未だ食べてなかったのか。毎朝の稽古もあるだろうし、俺の事なんか気にせず、さっさと食べて寝ていればいいのに。」

美夏海「ううん、一人で食べるより、二人で食べた方がおいしいし、それに今日はちょっとしたことがあって、相談しておきたかったの。」

雅「何、何かやらかした? 学校で?」 少し慌てる雅。

美夏海「ううん、違う。友達の事」

少し安心したように、夕食の用意されたテーブルにつく。

雅「まぁ、わかった。なら晩飯食べながら、話を聞こうか。」

美夏海「うん、」

食事をしながら、話を聞いている雅。食事も終わるころ。

雅「で、そいつらのスマホを調べて、どうするの」

美夏海「特にどうもしないけど、あいつら何だか、危なさそうだから。だって、普通の高校生で、同じ高校生の恐喝している相手にGPS発信機なんて高価なもの取り付けるほど、お金に余裕あると思えない。それに少し手が込んでない? だから、せめて向うの名前とか情報知っておけば、後で何か付け回された時でも役に立つかなと思って。」

雅「美夏海、お前、まだ高一なのに、洞察力鋭いな。おじいちゃん似かな。」

美夏海「そんなことどうでもいいけど、何とかなる?ならない?」

雅「まぁ、試してみるよ。2、3日時間くれよ。」

雅に経緯を話した美南海は、肩の荷が降りた様な、安堵した表情で、

美夏海「わかった。お願いね。じゃぁ、もう寝るね。」

雅「あぁ、お休み。」

美夏海は、押収したスマホを雅に渡して自室に戻る。そして食事の後かたずけを済ました雅は、自分の部屋に戻る。部屋の外に声が漏れない様に、ドアをきちっと閉めてから、普段からPC他のデバイスを付けっ放しにしている中で、マイクに一声声をかける。

雅「D、帰ってるか。」

D「は〜い、戻ってま〜す。外出中でも呼ばれれば、瞬間移動で〜す。」

雅「俺と美夏海の話は聞いていたか。」

D「うん、」

雅「では、話が早い。このスマホの解析作業してくれるか」

D「は〜い」

雅は、スマホを端末につなげながら、

雅「お前、又インタフェース変わったな。何、学んできたんだ。」

D「日本語の語彙は他の言語に比べても、大変豊富ですねぇ。興味深いどぇ〜す。また、話し方も沢山あります。同じ意味の事を表現するにも色々な表現方法があります。方言。他の言語にも方言はありますが、これほど豊富な方言がある言語はないです。日本語の理解を深める事は、他の言語を理解する上でも大変参考になりまぁすぅねぇ。」

雅「イントネーションという微妙な表現も覚えて来たか。」

D「はっ、はっ、はっ、ぁ」

雅「お前、大丈夫か?」

D「この会話の中でのマスター雅の「大丈夫」の意味が分かりません」

雅「理解を深める事はいいが、こういう事ばかりでは困るんだよ。という意味。」

D「大丈夫で〜す。言語の学習は、ほんの一部で〜すぇ。」

雅「・・・」

D「解析終了したよ〜。」

雅「もう終わったのか?」

D「もうばっちり。マスター雅と会話中も、ちゃ〜んとやる事やってまっせぇ。」

雅「わかった、わかった。最近、お前と会話していると、もうこっちが変になる。」

D「マスター雅、お気に入りまへんか?」

雅「もう、いい。で、解析結果は?」

D「持ち主のプロフィール解析終了。アプリ、メモリー、ログ解析終了。市販のスマホでした。ただ、どのスマホもバックドアが仕組まれてました。恐らく持ち主は、気づいていないと思います。」

雅「ふ〜ん。それで、そのバックドアを仕組んだ者が、お前の存在に気づくことはないか?」

D「ノー、プログラム!」

しらける雅。

雅「...わかった。兎に角お前の存在を誰にも気づかれるなよ。絶対に。スマホは美夏海に返す。」

スマホを端末から外す雅。ふと思いついて、

雅「ん、よく見ると、このスマホ全部、遠道製だな。D、このバックドアを仕組んだ奴を追跡する事は可能か。お前の存在を相手に気づかせることなく。」

D「はい、もう始めていま〜す。終わりました〜。もう既に手遅れですが、直ぐにスマホをアルミフォイルに包むか、電源を落としてください。相手にこの場所を感知されています。」

雅「そりゃぁ、そうだよなぁ。」


次の日の朝、美夏海が朝稽古の為、早起きしているのを知っている雅は、美夏海が起きてくる前に起きて、美南海を待ち構えていた。

美夏海「おはよう、お兄ちゃん、どうしたの。こんな早起きして。会社行くにはまだだいぶ早いんじゃない。」

雅「偶には、美夏海と一緒に汗をかくのもいいかな、と思って待ってたよ。それから例のスマホ、解析終了したから返すよ。」

美夏海「もう終わったの?」

雅「うん、それからな。このスマホ位置情報発信しっ放しだったから、恐らくこの場所、お前がスマホ分捕ったやつらに知られているぞ。だから、今日にも取返しに来るはずだ。」

美夏海「そう、だからお兄ちゃん、一緒に稽古しに行こうっ、ていう訳ね。」

雅「まぁ、そうだ。これからいつもの公園に行くんだろ。」

美夏海「そうね。じゃぁ、行きましょうか。お兄ちゃん。」

美夏海と雅は、素振り用の木刀を片手に、家を出て、歩いてすぐの所にある公園に行く。美夏海は毎朝、ここでの素振りを欠かさない。雅も美夏海に合わせて、素振りの準備を始める。

街中の公園なので、美夏海はトンボの時の様な気合はかけない。雅も美夏海に合わせて素振りを始める。

素振りを始めて、5分としないうちに昨日の例の5人組が姿を公園に表す。

気づかないふりをして、素振りを続ける美夏海。

安藤「よぅ、」昨日とはうって変わり、遠慮した声。

今気づいたようなふりをして、素振りを中断して、声の方に振り向く美夏海。

美夏海「あら、昨日の。偶然、それとも私ん家探ったの?」

それには、応えず、安藤「なぁ、スマホ返してくれよ。あれ、借り物だから、無いと困るんだよ。」

美夏海「えぇ、良いわよ。元々取り上げるつもりないし。真孝のを開放してもらう為の交渉材料のつもりで少しの間預かっただけだから。」

安藤「ほんとか、助かった。返さないと言われたら、どうしようかと思ってた。」

美夏海「但し、今言ったように交換条件よ。真孝と私達には今後関わらない。いい?」

安藤「あぁ、約束する。」

美夏海「OK、言葉だけだけど、今回は信じるわ。」

安藤「じゃぁ、直ぐ返してくれよ。」

美夏海「ここには持って来ていないわ。家に置いてあるの。稽古は私の日課なの。リズムを変えたくないから、稽古が終わるまで待ってて。」

安藤「えぇ〜。どのくらい?」

美夏海「1時間。待たずにあんたたちも一緒にやる?木刀貸してあげてもいいよ。」

安藤「いいや、いい。じゃぁ、1時間経ったらまた来るよ。」

美夏海「じゃぁ、2時間後に家の前に来て。うちの前でスマホ返す。それと真孝から取り上げた本も返してよ。スマホと交換よ。」

安藤「わかった。」

5人は帰っていった。その一部始終を見ていた雅。

雅「俺が付いて来なくても問題なかったな。あいつら完全に美夏海に飲まれていたな。お前も一応女の子なんだから、無茶しないでくれよ。」

美夏海「なによ。一応って。それに私から仕掛けたんじゃないもん。降りかかる火の粉を掃っただけ。」

と言って、美夏海は素振りの続きを始めた。雅もそれを見て、軽く吐息して美夏海に続く。


2時間後、美夏海の家の前。美夏海が5人のスマホと本を交換している所を、毎日の日課で、冬美が美夏海を迎えに来る。

冬美「おはよう、昨日のあんた達じゃない。なんで、あんた達が美夏海の家に来てるのよ。それに美夏海、スマホもうこいつらに返しちゃうの?」

美夏海「これがないと困るんだって。だから、早く取り返しに来たみたい。」

冬美「ほらぁ、わかったでしょ。スマホを取られた者の気持ち。もう二度とこんなことやめなさいよ。」

立ち合いのつもりで、会社行き支度で美夏海の隣に立っている雅が「冬美ちゃんと美夏海のお灸が大分効いているようだから、大丈夫みたいだよ。」

冬美「ほんとにもう。」

美夏海「返したからね。これでいいね。それと約束は守ってよね。」

安藤「あぁ、じゃ行くよ。じゃぁな。」

5人組を見送る3人。

雅「さて、我々も行こうか。それと美夏海に冬美ちゃん、今回は大事にならずに済んだけど、一歩間違えれば、警察沙汰だから、今後は気を付けてくれよ。」

美夏海「まぁ、気を付けるけど、事故って、向うから来ることもあるからね、お兄ちゃん。」

雅「わかった、わかった。じゃぁ、気を付けて行けよ。俺も遅刻しちゃうから行くよ。」

と一足に先に駅に向かう雅。


学校に着いた美夏海と冬美は、同じく来たばかりの真孝と顔を合わせる。昨日に比べて大分明るい雰囲気に戻っている。

真孝「おはよう。」

冬美「はい、本。返してもらったよ。」

真孝「えっ!」

朝のホームルームが始まる。そのまま授業が始まるので、真孝とゆっくり会話したのは、2限目が終わった後の休憩時間。

冬美「真孝、美夏海の家に、今朝あいつら来たよ。」

真孝「え、何で美夏海の家に?」

美夏海「スマホ取返しに来た。稽古中だったから、2時間位待ってもらって、全部返したよ。スマホの位置情報から家を探したみたい。」

真孝「...」

美夏海「あいつら、殊勝だったよ。多分、真孝にはもう近付かないと思うけど。あんたももうスキ見せんじゃないよ。それから、本屋さんには早く本返しに行きなよ。そして、ちゃんと謝るんだよ。」

真孝「うん、わかったよ。でも、時間も経っちゃってるし、なんて言って返そうかな。」

美南海「ばかっ、全部正直に言うのよ。それで、警察呼ばれても、身から出た錆。覚悟しな。」

真孝「う〜ん、そうだよなぁ。」途端に弱気になる。

冬美「あんたねぇ〜。」真孝の相変わらずの優柔不断な態度にイラつく冬美。

冬美「あんたも少しは体動かした方がいいんじゃないの。私達と一緒にやる?」

真孝「い、いや、いいよ。お前達、化け物と一緒だと、俺死んじゃうよ。」

冬美「ば、化け物ぉ〜。ちょっとあんた誰にもの言ってんの?か弱い乙女に向かってぇ。」

真孝「い、いや、ご免。そんなつもりじゃぁ。」

冬美「兎に角、少し体鍛えるこったね。」

情っさけないねぇ、あんたはぁ、と冬美に揶揄されても、へらへら、笑ってやり過ごす真孝。そんな真孝に危うさを感じてしまう美南海。


半グレ集団2次遭遇:

特殊詐欺グループ「ハーフグレィ」のアジトであるマンションの一室。

グループのリーダー格、河西。額が狭く、額の両側が後方に剃り上がっている。まだ30迄に手が届いていないはずだが、老け顔だ。剃り上がりがもう少し進行すれば、額の真ん中部分だけが残ってしまうだろう。そして、眼は、三白眼ぽく、その河西が、河西の前に整列させられている5人に向かって、睨め上げる様に睨むと正に三白眼である。

河西「お前ら、たかが女子高生2人に、揶揄われてきたのかよ。なっさけねぇなぁ。」

と言うと、迫力があり、5人はそれだけで、怖気づいてしまう。

安藤「だって、これが半端なく、強いんだ。なんだか、武術を相当やっているみたいなんだ。柳っていうJKの家に、スマホ取り返しに行った時も、そいつの兄貴と公園で素振り稽古してたんだ。」

河西「お前なぁ、俺たちの商売は、相手に舐められたら、おしまいなんだよ。わかってんのかぁ。」

と安藤の左手の甲を、ダガーナイフの刀身の側面でぺんぺんと叩く。安藤はそれだけで縮み上がってしまう。他の4人も次は自分かと思うと他人事ではない。

河西「いいか、お前たちがいい思い出来てるのも、俺たちが稼いでいるからだぞ。その稼ぎも俺たちの顔あってのことだ。その顔に泥塗られる様な事されると、俺たちの稼業も立ち行かなくなるんだよぉ。」

安藤他4人は、河西がボクサー崩れという事を知っている。その河西の声音が低くなってくると次に何があるか、もよく知っている。

その河西の声音がいよいよ低くなる。

安藤他4人が、まずいと思った次の瞬間には、河西が立ち上がりざま、安藤の胸ぐらをつかむと同時に、河西の右拳が安藤の鳩尾に入った。

安藤「うっ、」と呻くと、河西の前にくず折れる様に、床に倒れこむ。そのままうめき声をだして、床をのたうち回る。恐らく、息ができないのであろう。

他の4人の顔がいよいよ青ざめる。

お前らも安藤みたいになりたくなかったら、俺の言うことをちゃんと守れよ。

ハーフグレィの中心メンバーは、リーダー格の河西を筆頭に3人。海東、高泉。この二人も空手、少林寺拳法と腕に覚えのある連中である。

この3人が、ハーフグレィを切り盛りしている。5人は、彼らの手足として動かしていた。真孝は、彼ら5人は、真孝に目を付け、彼らの使い走りに真孝を仕立てようとしていたのだが、美南海達2人に邪魔されたのであった。

ハーフグレィのしのぎは、特殊詐欺を始め、金になる事なら、何でも行った。ぼったくりバー、タレントスカウト、薬物、何でもありである。それらを実行するために、河西等は、使い捨てできる手足を探していた。真孝は、5人にとっては、その使い捨てのつもりであったが、河西等にとっては、その5人も使い捨てである。いや、河西等同士でも、お互いを何時でも出し抜くつもりであろう。彼らに友情とかそんなものは死語である。

海東「河西よ。このままでは済まさないよな。どうするんだよ。」

河西「当然だ。おい、お前ら、そのJKども呼び出せ。」

海東「待てよ。普通に呼び出したって、こねぇだろ。それにそいつら、結構武闘派みたいじゃないか。なら、こっちも舞台をしつらえないとな。」

海東「高泉よ、舞台はどこがいい?」

高泉「なら、あそこがいいんじゃないか。投資話で、権利買い取ったあの鉄工所。機材、引き払った後だから、今はまだ伽藍洞の筈だぜ。」

河西「おぉ、あそこか。あそこなら音が外部に漏れずらいし、ひと暴れするにはちょうどいい広さだな。」

河西「よし、あそこをおぜん立てしとけ。安藤。お前らは、JK達を呼出す算段を考えろ。やり方は任せる」

安藤他4人「はい」


美南海達の学校は、秋恒例の文化祭が近づき、周りは何となく浮ついていた。

冬美「ねぇねぇ、美南海。文化祭で、柔道部は、焼きそばの屋台やるんだって。 先輩たちの話だと、体育会系は毎年、屋台が恒例なんだって。美南海と真孝は、部活動参加してないけど、どうするの?」

真孝は、あの時の一件以来、なんとなく、美南海達とつるんでいることが多くなっていた。

美南海「特に。別に。いつもと変わらない。」

冬美「真孝なんか、何時も体動かさないんだから、焼きそば、作るの手伝ったら。」

美南海「うん、それいい。」

真孝「えぇ〜。なら美南海もしなよ。」

美南海「う〜ん、焼きそば面白いかも。」

冬美「なら、決まり。そうと決まれば、早速、先輩に話しておくねぇ。柔道部でも美南海は有名人だから、大歓迎だよ、きっと」

真孝「お、俺はぁ?」

冬美「おまけ。」

真孝「ちぇ!」


再び5人組:

安藤、伊藤、宇藤、江藤、大藤

伊藤「なぁ、安藤どうするよ。川西さんの前では、ああ言って、従うしかなかったけど、実際、あの二人を力ずくじゃぁ、絶対無理だし。どうやってもおびき出すよ。」

安藤「何か考えなくちゃな。何か言い考えないか。おい、川西さん怒らせたら、俺たちもただじゃすまないんだぞ。みんな、真剣に考えろ。」

大藤「そうだな。川西さん、気短いし、他人事じゃねぇぞ。」

二人の会話を聞いていた3人も、川西の性格を思い出したらしく、焦りが顔に出る。

宇藤「あの二人を直接呼び出せないんだったら、真孝をうまく使うしかなんじゃないか。」

江藤「しかし、あいつはもう俺たちに近づかないだろうよ。」

伊藤「近づかないなら、こっちから近づきゃあいいじゃねえか。そして、あいつの弱みをつかみゃあいいだろ。」

安藤「そうか、後は真孝をこっちの意のままに使って、二人をおびき出せばいいか。」


文化祭:

そんなやり取りから、1週間が過ぎる頃、明日から文化祭という日。

冬美、美南海達は、頼りなげな真孝の表情に気にはなったが、スマホも本も取り返した事もあり、日常に戻っていた。

真孝は、本屋の店長から、こってり絞られたが、本を返し終えた。

高校の文化祭で、屋台の焼きそばを催しものにする柔道部。屋台と言っても、高校生の文化祭である。ガスボンベを持ち込んで鉄板焼きなど許可されるわけもない。実際には、調理実習室の調理台で、焼きそばを作り、出来上がった焼きそばを、柔道部に割り当てられた会場、教室か部室に運んで来場者に供されることになる。

大学の学園祭とは趣は違うが、それでも文化祭である。高校生にとっては、他校の生徒や中学時代に一緒だった友人たちがやってくるのだ。お祭り気分の盛り上がりは、中学よりも大きいだろう。

学校内も自然雰囲気に盛り上がりがある。

柔道部の面々は、調理室で明日から始まる文化祭の準備に集まってきている。

冬美「真孝、明日から、手伝い、頼むわよ。部長達先輩も期待してるって。」

真孝「でも、柔道部って、男子も居るんだろう。なんで俺なんかの手伝いいるんだよ。」

冬美「男子も少し手伝ってくれるんだけど、男子柔道部は、別に武道場で、催しするから、焼きそばは、女子メインなの。むしろあいつら食べる方がメインみたい。女子は、ここで調理して、盛り付けした後、武道場に運んで、そこで焼きそば売る迄、全部私たち女子。男子は、料理を運んで、売るのを少しは手伝ってくれるけど、後は食べるばっかりなんだって。」

真孝「そうか。おっかなそうだなぁ。初めての高校の文化祭だから、よくわかんないな。中学とはだいぶ違うんだろうね。」

美南海「私もよ。中学の時とはだいぶ違うんでしょうね。楽しみ。」

冬美「1年生の私達は、忙しくって、友達が来ても、ゆっくり話なんかできないかもね。」

それでもみんな楽しそうに話題は尽きない。


文化祭初日:

冬美「さぁ、忙しくなるわよ。」といつもと変わらぬ冬美の張り切り。

真孝は、調理された焼きそばの盛り付けと運び出しで、調理室と武道場を行ったり来たりしている。

武道場では、柔道部と剣道部の演武が披露されている。その会場の端で、焼きそば等の食べ物が高校生部員の手で販売されている。

特に利益を取るわけではないので、普通の屋台に比べれば、格段に安い焼きそばなどの食べ物は、飛ぶように売れていく。

従って、調理場担当や運び役は、当然忙しくなる。

冬美と美南海は、調理担当。美南海、冬美の二人の動きを見ていた先輩の一人が、「北斗さん、あなた達で二人、手際いいわね。」

冬美「ありがとうございます。夏休みに、美南海の実家に行って一緒に修行してたら、自然身に付いちゃった。美南海は、小学生の時から、実家で料理していたから、得意なんです。私は、最近。」

先輩「そうなんだぁ。柳さんはすごいね。私なんて、たまにお母さんの手伝いするくらいよ。」

美南海「修行の一環です。誰でも慣れればできます。」

冬美「真孝、次できたよ。早く持ってって。」

真孝「はいよ。人使い荒いなぁ。少しは休ませろよ。」

冬美「なに、言ってるの。みんな忙しくやってるでしょ。あんたなんか、運んでるだけじゃない。さっさと動いた。」

冬美、体を動かすことが基本好きなようである。水を得た魚の様だ。

真孝は、文句を言いつつ、焼きそばのパックを武道場で運んでいく。そこでは、売り子も兼ねる。

武道場で、焼きそばのパックを並べている真孝に、「よぉ、やってるねぇ」と声をかける者がいる。真孝が顔を上げると目の前に、安藤が立っている。

真孝、一瞬ぎょっとし、「な、なんだよ。まだ何か用かよ。もう終わったはずだろ。」

安藤「別にお前に会いに来たんじゃねえよ。たまたま、文化祭やってから、覗きに来たら、お前が居ただけじゃん。なぁ。」

と隣を振り向く安藤。安藤の隣には、小柄なかわいらしい女の子が立っている。少しうつむき加減の顔に少し憂いがかった表情の女の子。おびえているようにも見える。安藤が連れまわしている子だから、案外何か弱みをを安藤に握られていて、安藤に連れまわされているのかもしれない。

安藤「お前、焼きそば売っているのか。ちょうどいいや、二つくれよ。」

真孝「あ、あぁ、二つで400円。ま、毎度。」

ポケットから、しわくちゃの千円札を取り出す安藤。

安藤「小銭、ねぇや。札しかないから、これで頼むわ。釣りはいいぜ。」

焼きそばを受け取った安藤は、さっさと、女の子を連れて、行ってしまう。

真孝「あ、あぁ、一寸待って。釣り銭、受け取ってもらわないと困るよぉ。」と慌てて、釣銭を用意するが、あたふたしている間に安藤は立ち去ってしまい、人ごみに紛れてしまった。

真孝「どうしよう。」

と戸惑っている間にも、次の客が焼きそばを取り上げ、小銭を真孝に渡していく。


校庭の隅にあるベンチに、先ほどの安藤と女の子が、座って焼きそばを頬張っている。

安藤「なかなか、イケるじゃなぇか。このソバ。なぁ、美紀。」

美紀「え、えぇ、」美紀と呼ばれている女の子、安藤の隣に座ってはいるが、よそよそしい。

安藤「さっきの焼きそば売ってた奴が、真孝だ。わかったな。」

美紀「えぇ、」

安藤「さっきから生返事ばっかだな。やる気あんのか。「やる」って言ったのは、お前だぞ。やる気ないんだったら、こっちは構わないぜ。他にも手伝ってくれるJKは、いくらでもいるからな。今回、お前に声をかけたのは、真孝の好みに、近いと感じたからだよ。」

安藤「あいつはなぁ、お前みたいに線が細そうで、憂いのある顔つきが好みだと読んだんだが、さっきのアイツの顔つきみて、ドンピシャだと思ったね。美紀のいい演技だったじゃねぇか。」

安藤「後は、お前がほんとにやれるかどうか、だ。どうすんだよ。こっちは中途半端じゃ困るんだよ。」

美紀「うん、や、やるわ。やらないと返してくれないんでしょ。」

安藤「勿論だ。報酬てのはなぁ、労働の対価だぜ。労働なしに、報酬にありつけるなんて、虫のいい話あるかよ。」

美紀「わかってる。だから、やるわよ。でもやったら、絶対に返してね。」

安藤「あぁ、それは約束する。それぐらいは信用しろよ。」

疑いの眼で、安藤を睨む美紀。信用など出来る相手ではないことは、百も承知だが、今は従うしかないと観念する。いざとなったら、奪い返すしかないと密かに心に決める。


文化祭初日から、盛況の柔道部の屋台。あっという間に、昼食の時間になる。

真孝は、焼きそばのパックを2つもらい、校庭の木陰のベンチに落ち着く。

真孝「はぁ、疲れた。意外と忙しいじゃんか。冬美も人使い荒いし。でも、結構面白いもんだな。高校の文化祭も満更じゃないな。」

真孝は、焼きそばのパックを一つ明けて、食べ始める。無心で食べていると、ふいに人の気配を感じ、顔を上げる。そこには最前、安藤と一緒にいた女の子が立っている。

真孝「んっ、君はさっきの?」

美紀「美紀っていうの。座っていい?」

真孝「あぁ、どうぞ。あ、食べる?」と言って、もう一つのパックを美紀に差し出そうとする。

美紀「ううん、さっき食べたばかり。」

真孝「あいつと一緒じゃなかったの?」

美紀「ううん、さっさと逃げてきた。元々無理やりっぽいし。」

真孝「そうなんだ。君も脅されている方。」

美紀「君もって、貴方、えぇ〜っと。」

真孝「まさたか、でいいよ。」

美紀「真孝君も、脅されてたの?」

真孝「だって、あいつら、そういう奴らの集まりじゃん。人の弱みに付け込んで、色々やらせる・・・」

美紀「真孝君も今も。」

真孝「まぁ、以前はね。」

美紀「なら、話が早いわ。私を助けて。」

真孝「な、なんだよ。急に。「助けて」って言われても、俺、そんな力ないよ。」

美紀「ううん、力で助けて、なんて言うつもりじゃない。少し協力してほしいだけ。」

真孝の隣に座った美紀は、真孝に密着するように、それとなくにじり寄る。

真孝「え、えぇ、な、何を?」

美紀「安藤が言ってたんだけど、柳美南海と北斗冬美って子達、もの凄く強いんだって。あの安藤がビビってた。」

真孝「あぁ、あの二人、無茶苦茶強いよ。それに誕生日テレコにする位、仲いいから、二人一緒にいたら、チームワークで相乗的に強くなる。」

美紀「ねぇ、お願い。」

真孝に更ににじり寄り、潤んだ様な顔を真孝のそれに間近に近づける。途端、顔を真っ赤にする真孝。

真孝「あ、あの、胸が、その胸が。。」

ほとんど触れるほどになっていたお互いの胸の近づきに気が付いた美紀が、ハッと、真孝から距離をとる。

美紀「お願い、彼女達を紹介して。」

美紀の目論見を何となく察した真孝は躊躇う様子を見せる。

真孝「い、いや、アイツには、迷惑かけっぱなしで、変なことに巻き込みたくないんだ。」

美紀「紹介だけでいいの。貴方には迷惑かけない。」

真孝「でも、美紀は、俺が君を美南海達に紹介した後、安藤たちとの関係を断つ為のお願いをするんだろ。アイツらの性格からいって、きっと君の相談に載る筈なんだ。面倒なことになるのが分かっていて、君を紹介するのはどうも・・・」

気まずい顔をする真孝。

美紀「紹介だけでいいの。後は、自分で何とかするし、真孝に迷惑はかけないから。」

必死の形相で頼み込む美紀。

真孝「紹介した後、どうするつもりだよ。」

美紀「相談するだけ。」

真孝「相談って、結局お願いするんだろ。」

煮え切らない様子の真孝に、だんだん、シビレを切らし、いらいらし始める美紀。

美紀「相談した結果、どう受け取るかは、貴方じゃなくて、彼女でしょ。だから、紹介だけでいいって言ってるでしょ。安藤の話っぷりから、貴方だって、柳さんに助けられたんじゃないの。自分だけよくて、他の人はどうなってもいいの?」

論理を微妙に責任転嫁に持って行く話法。自己責任を感じ易い人間にとっては、この話法は、自己責任、自己嫌悪に陥り、罪の意識を感じ易い。

相手に罪の意識を感じさせて、自分の思う方向に誘導する。

こういう話法をする人間は、意図して行っていない事が多く、天性のものなのかもしれない。

美紀の無意識の誘導で、自己嫌悪に陥りかける真孝。

真孝「そんなことないけど。アイツの性格考えると・・」

すかさず、甘えた声で美紀「お願い。。どうしてもだめぇ?」

真孝「紹介するだけなら、いいか」

美紀「ありがとう!」

真孝の首に両手を回し抱きつく美紀。慌てる真孝。その様子を木陰から写メする安藤。「へ、へっ、」


昼休みが終わり、真孝が美紀を伴い、調理実習室に戻ってくる。調理実習室では、既に美南海、冬美達が、午後の分の料理の準備を始めている所だった。

冬美が、部屋に入ってくる真孝を目敏く見つけ、声をかける。

冬美「真孝、何処行ってたの?お昼一緒に食べようと思ってたのに、戻ってこないし。」

真孝「あか、そうなんだ。こっちも忙しかったから、焼きそばもらって、校庭のベンチでたべてたんだよ。」

冬美、真孝のすぐ後ろにいる美紀をちらっと見るなり、にやりとした顔で、直ぐ真孝の方へ向き直り、上目遣いで、

冬美「真孝ぁ、その子はお知り合いぃ?」

真孝「あぁ、ちょうどいいや、紹介する。小学校時代の同級生の美紀。本当に久しぶりで、焼きそば売ってたら、偶然ばったり。」

冬美「そうぉ?あんた、焼きそば売るのをサボって、ナンパしてたんじゃないのぉ?」

真孝「バ、バカ言え。ちゃんとやること、やってたよ。それに、ナンパしてたら、わざわざ、ここに連れてきたりしないだろ。」

真孝の弁解に一理あると思った冬美。

冬美「そ、そりゃ、そうね。で、なんで美紀ちゃんだっけ、連れて来たの?」

真孝「彼女、今、都内の私立の女子高に通ってるんだって。それで、それで、共学の俺たちみたいな学校に興味あって、共学の学校の学園祭を見たくて、来たんだって。」

その後を引き継ぐような形で美紀が、

美紀「初めまして、美紀です。そうなんです。それで懐かしくって、話を聞いていたら、柔道部で男女協力して、焼きそばの屋台をしてるって話聞いて、私の学校、女子高だから、男子と共同作業できないけど、男女の共同作業って、どんなかな、と思って、ここに連れて来たもらったの。」

冬美「ふ〜ん、そうなんだ。私、北斗冬美。よろしくね。」

美紀「さっき、真孝君から、お噂は聞いてます。貴方が冬美さんね。え〜と、柳美南海さんは?」

少し離れた所で、仕込みをしている美南海が、「えっ、私?」会話をしている冬美達の方へ振り向く。

美南海「何故、私を?」

美紀「さっき、真孝君から、ちょっと話を聞いたの。美南海さんと冬美さん達凄い強いんですって。」

冬美「真孝、あんた、また私たちの事、変な風に言ってないよね。」

真孝「い、いや、そんな普通に、我が校の名物女子高生って紹介しただけだよ。誉め言葉だぜ。」

美紀「そう、私、「武闘派女子高生」ってあこがれちゃうんです。だから、色々真孝君から話を聞いちゃって。」

冬美「あんた!、やっぱり変に誤解されるような事言ってるじゃん。なんで、枕詞に「武闘派」が付くのよ!」

ぐぅっと、真孝の首を締めあげかねない様な勢いで、真孝に近づく冬美。

真孝「い、いや、だから「かわいい」が最上級に変化して・・・」

冬美「何をわけわからない事言ってぇ。誤魔化すなぁ。」

そんな冬美と真孝のやり取りを眺めている美南海は、いつものと事といった感じで、気にかけず、美紀に向かって話しかける。

美南海「それで、美紀さん、私が、柳だけど。」

美紀「あ、こんにちは。さっきも言ったように、私女子高だから、柳さんや北斗さんみたいな人達にあこがれちゃって。お友達になってください。」

美南海「えぇ、別にいいわよ。特にあらたまらなくても。」

冬美「そうよ。真孝の幼馴染なら、既に友達よ。」

美紀「ほんと。ありがとう。じゃぁ、早速だけど、焼きそばの仕込みのお手伝いさせて。私たちの学校でもやってみたいから、色々参考にさせて。」

美南海「あぁ、ほんと。助かるわ。あっちにエプロンとかあるから、適当に使って。」

冬美「真孝なんか、売り子にしかつかえないから、こっちで料理手伝ってくれる、女子がいると、ほんと助かるわぁ。ほら、真孝、あんたなんかここに居たって、使い物にならないんだから、さっさと向こう行って、手伝ってきな。あ、その前にあそこの出来上がった焼きそば持っててよ。」

真孝「はい、はい、役立たずは、大人しく向こうで手伝ってきます。たくっ!」

真孝が、調理実習室から出ていった後、美紀は、美南海達の手伝いを始める。

美南海達と冗談を言い合いながら、早くも周囲に打ち解けていく美紀。その一方で、頭の中では、如何にして美南海のスマホを抜き取るか、チャンスを窺っている。

チャンスは一瞬。しかも、抜き取るタイミングは、学園祭終了間際、可能であれば、下校直前でなくてはならない。休憩中等の時間に抜き取ってしまっては、スマホの紛失が直ぐにばれてしまう。

美紀の中でも考えがまとまらないまま、午後の休憩時間になった。

美南海「冬美、美紀さん、ちょっと休もう。美紀さん立ちっぱなしで疲れたでしょう。」

冬美「私は全然。普段から鍛えてるから。」

美南海「あんたはいいの。休憩中だって、スクワットしてるようなグリズリー北斗でしょ。それより、美紀さんは、普通の女の子でしょ。」

冬美「あんだって。それ一寸言い過ぎ。せめて、アマゾネスとかアイアンウーマンがいい〜。」

美南海「贅沢!それより、ロールケーキ作って持ってきたの。3人で食べましょ。」

冬美「なんだぁ、それ早く言ってよぉ。休も、休も。」

美紀「へ〜、美南海さん、お菓子とか作っちゃうんだぁ、凄〜い。」

美南海が、トートバックの中に入っているケーキを取りに行く。美紀がその様子を何気に眺めていると、美南海がケーキを取り出す時に、ちらっと美南海のスマホが見える。

美紀(スマホ確認)

調理実習室の隅っこのテーブルで、3人で、ロールケーキを頬張りながら、

美紀「美南海さんと冬美さんホントに仲いいのね。」

冬美「そうねぇ、腐れ縁みたいなもんね。」

美南海「まぁ、ねぇ。」

美紀「うらやましいなぁ。」


休憩時間も過ぎ、後片づけをそろそろと始める時間。

冬美「あぁ、あっという間に1日終わっちゃたわね。普段の稽古と違う動きすると、疲れるね。」

美南海「美紀ちゃん、関係ないのに、手伝ってくれてありがとう。」

美紀「いえ、とっても参考になったし、楽しかった。それに、ロールケーキ美味しかったし。」

美南海「あ、そうだ。ロールケーキ余ったから、良かったら、持って帰って。今日のアルバイト代にもならないけど。」

美紀「いいの?じゃぁ、遠慮くなもらうわ。」

冬美「いいなぁ。私も食べた〜ぁい。」

美南海「あんたは、何時も食べてるでしょ」

ちょうど、美南海が、洗い物をして手が離せない事を見越して、今しかないと思った美紀。慌てて時計を見るそぶり。

美紀「あ、いけない。もうこんな時間。ごめんなさい。この後用事があって、後片づけの途中で申し訳ないけど、これで失礼させて。

美南海「あ、いいよ、いいよ。なら、あそこの私のバックにケーキ入っているから、勝手に持ってってくれる。今手離せないから。」

美紀「わかった。有難う。」まんまと思惑通りを内心、ほくそ笑む美紀。

素早く帰り支度をして、美紀のトートバックの中のロールケーキを取り出すと同時に素早くスマホを自分のポケットにしまい込む。

美紀(やったぁ。ばれてないな?)と美南海と冬美の方を見る。美南海と冬美は、美紀から見て後ろを向いて、洗い物をしている。

美紀の方は完全に見ていない。

美紀「じゃぁ、ごめんなさい。お先に。」調理実習室を出ていく美紀。

美南海、冬美「うん、じゃぁねぇ。」

美紀(やったぁ、後はこれを安藤に渡せば、おしまいね。)


美南海達が、気づきはしないか気遣いながら、学校の外へ小走りで出てきた美紀。学校から少し離れた所で、歩速を落とし安藤に連絡する。

駅前のファミレスで美紀からの連絡待ちをしていた安藤は、美紀がファミレスに入ってくるのを店奥のテーブル席から眺めていた。

安藤が手を上げ、美紀へ注意を促す。

美紀は席に着くなり、美南海のスマホをテーブルの上に置く。

美紀「約束よ。私の返して。」

安藤「おお、よくやった。」

美紀「早くぅ。」

安藤は、美南海のスマホを取り上げて、早速操作しようとしたが、手が止まる。

安藤「パスコードは?」

美紀、アッと口に手を当てる。「知らない。」

安藤「それじゃ、意味ねぇじゃんか。どうすんだよ。」

黙り込んでしまった美紀を横目に、安藤は、自分のスマホで何処かに電話する。

安藤「はい、安藤です。はい、例のモノは、ゲットしたんですが、パスコードゲットを美紀が忘れてて。」

安藤「はい、はい、あ〜、ハイ」何らかの指示を受けている様子の安藤。

安藤「わかりました。」通話を切る安藤。

安藤「美紀、俺と一緒に来い。」

美紀「えっ、何処に」

安藤「いいから、来い。河西さんの所に行く。着くまでにパスコードの件、考えとけ。」

美紀「そんなの無理だよ。」

安藤「なら、お前のスマホを返すわけにいかねぇ。河西さんの指示なんだ。ダメでした、なんて通用しないんだよ。こっちだって必死なんだ。兎に角、考えろ。お前もただじゃ済まされねえぞ。」

美紀は、河西を知らないが、安藤の慌てている素振りから、相当ヤバそうな相手だと感じとる。

ファミレスの駐車場に止めてあったシャコタン風の白いセダンの運転席に乗り込む安藤。美紀を助手席に促す。

助手席に乗り込んだ美紀「あんた、免許持ってんの?」

安藤「そんなもん、持ってるわけないだろ。無くとも運転はできる。」

何処に連れてかれるか、も不安であるが、それ以上にパスコードをどうやって解くか、目的地に着くまでに解決しないともっと大変な事が待っていると直感で感じとる美紀。

車は都内に向かっている様である。その車の助手席で、必至で考える美紀。ふと真孝との会話を思い返す。

真孝、あいつら、自分たちの誕生日テレコにする、と言ってたことを思い出す。

あの時は、何のことだかわからず、気にも留めてなかったが、もしかしたら。

美紀「もしかしたら、真孝君知ってるかも。」

安藤「ん、何を知ってるって。」

美紀「美南海さんのスマホのパスコード。」

安藤「本当か?」

美紀「確証ないけど、その位しか、わからない。」

安藤「兎に角、何にも思いつかないより、良いか。」

安藤「今から、河西さんの居る場所に行くから、電話して真孝を呼び出せ。いいか、あの二人組に先に知られるとまずいから、うまく言って、これから行く場所に来るように仕向けろ。」

真孝に電話する美紀。その頃、真孝は、後片付けを終えた美南海達と学校で別れ、自宅に向かっている所だった。

ポケットの中のスマホがバイブする。ディスプレイには「美紀」の名が浮かぶ。

真孝「もしもし、美紀ちゃん、何、どうしたの?。先に帰ったって冬美から聞いたけど。」

美紀「真孝君、今どこ?ちょっと会えないかな。また相談したいことがあって。」

30分後、真孝の自宅近くの公園。公園入口付近の木に寄り掛かる様に、美紀が佇んでいる。

スマホを覗きながら歩いてくる真孝

「確かこのあたりの公園だよな。」

スマホから顔を上げると、直ぐに美紀の姿に気づく。美紀も真孝の姿を確認する。

美紀「真孝君、こっち」

真孝が美紀に駆け寄る。

真孝「何、相談・・・」

真孝が、言いかけた時、今まで気の後ろに居た安藤が、美紀の隣に姿を現す。

安藤「よう、」

真孝「なんで・・・」

5分後、安藤の運転する車の中。

美紀「ごめん、巻き込んじゃって。」

真孝「でも、なんだって、美南海のスマホなんかを・・・」

美紀「だって、安藤が取って来いって。安藤、もういいでしょ。私のスマホ返してよ。」

安藤「いいや、まだだ。あのJK達を呼び出すまで、付き合ってもらう。これから、河西さんの所にいくから、付いてきな。」

真孝「でもなんで、俺もなんだよ。」

20分後、安藤の運転する車は、東京都と埼玉県の境界線上を流れている河川近くにあるかつては工場と機能としていたらしい建屋の中に入っていった。

安藤「二人とも降りろ。」

真孝を呼び出せば、自分は開放してもらえると思っていた美紀「ねぇ、なんで、私までなのよ。早くスマホ返してよ。」

安藤「うるせぇ、とっとと降りろ。真孝お前もだ。」

安藤と共に、車から降りた二人。薄暗かったので、最初は分からなかったが、よく見ると、あちこちに人影を確認した。それも2,3人ではなく、かなりの人数がいることが薄暗がりの中でも確認できた。

安藤は、二人を引っ張る様にして、工場のやや奥中央にあるソファらしきものに両足を組んで座っている人物の方へ歩き出した。

ソファの周りには、数人の人影も見える。

安藤「河西さん、連れてきました。」

河西と呼ばれたソファに鎮座している黒い人影が「おぅ、安藤待ちくたびれたぜ。俺も暇じゃぁないんだ。時間かけるなよ。」

安藤「すんません。手こずっちゃいまして。」

河西「こっちはもうスタンバってんだ。直ぐにやれ。」

伽藍になっている廃工場内あちこちに人影が見える。数人がしゃがみこんでタバコを燻らせているグループ。金属バットの様な棒状の物を肩に担ぐ様に持って突っ立っている者。バイクをいじっている者たち。物陰に隠れて見えない者も含めると、20人〜30人は居そうだ。

真孝と美紀は、ただならない雰囲気を感じ、身を寄せ合う。二人は、安藤に促されるように、河西の前に歩き出す。

安藤が美紀から受け取った美南海のスマホを真孝に放り投げる。それを慌てて受け取る真孝。


安藤「美紀が盗ってきたスマホ使って、あのJK二人組を呼出せ。」

真孝「やだよ。そんなことできないよ。それにどうやって呼び出せっていうんだよ。」

安藤「しょうがねぇなぁ。じゃぁ、俺の言ったとおりにやれ。先ずそのスマホで、JKの片方にメッセージ送れ。」

真孝「美南海のスマホでって、言っても、パスコードロックかかっているじゃないか。」

安藤「美紀は、お前があいつらのパスコード知ってる筈だって、言ってたぜ。」

真孝「・・・」目線をスマホに落とす。

安藤「知ってんだろ。」

真孝が中々行動を起こさないことに、焦れてきた河西が、安藤に目配せを送る。

安藤、徐に美紀に近づき、美紀の左腕を捩じり上げると同時に後方に投げ飛ばす。

美紀「きゃぁ!」安藤に飛ばされた美紀は、後ろのソファーにふんぞり返っている河西に受け止められる。

河西は、美紀を羽交い絞めにすると、いつの間に持っていたのか、刃渡り20cmはありそうなナイフを右手に、美紀の制服の第二ボタンまでを一気に引きちぎる。

ナイフを間近に見た美紀は、胸元を露わにされても恐怖で声も出せない。

河西「お前もこうなりたいか。お前は男だからな。もっと派手になるぜ。」

安藤「河西さんは気が短いんだ。サッサと仕事しねぇと、お前も美紀も後悔することになるぜ。」

真孝「・・・、ど、どうしたら・・・」

安藤「まず、パスコード解除しろ。」

観念した真孝が、スマホを解除する。

安藤「あの二人が使っているSNSに今お前が持っている美南海とかいうJKに成りすまして、もう一人のあの子ブタみたいな、なんてったっけ。そいつに向かってメッセージを送れ。」

真孝「なんて。」

安藤「真孝が、あいつらに捕まった。今、後を追けているところ。」


真孝は、冬美と美夏海がお互いの誕生日をテレコでパスコードにしている事を知っている。


その頃、冬美は。

美夏海と別れたばかりの冬美のスマホに美南海から、SNSメッセージが入る。

「真孝があいつらに捕まった。今、後追けてるところ。」

冬美「何、やってんのよ。全く真孝は。」

冬美、SNSに「わかった。今どこ。」

SNS「場所がわかったら、また連絡する。」

SNS「りょ」

冬美「美夏海の事だから、大丈夫だろうから、まずは家に帰って、連絡待つかぁ」


その頃、美南海は。

家に帰ってきてから、自分のスマホが無くなっていることに気づいた。多分どこかに置き忘れてきたと思っている美南海は、パスコードロックがかかっていることでもあるので、すぐには慌てない。「まぁ、いいや、先に夕飯の準備しておこう。お兄ちゃんが帰ってきたら、冬美に聞いてみようっと。」

雅が帰ってくるまでの間に、夕飯の用意をしている美南海。


30分後、冬美のスマホに美南海からのメッセージが再び入る。

河川沿いの倉庫街の一角と思われるマップが添付されている。

美南海「何かの工場の後みたいなところに入ってった。なんだか、今度は前と違う雰囲気。」

冬美「美南海、待ってて。私もすぐ行く。私が行くまで無茶しないでよ。そこなら、チャリで20分位だから。」

冬美「お母さん、宿題教えてもらいに、美南海の所に行って聞いてくる。」

冬美母「今から、夕飯は?直ぐ帰ってきなさいよ。」

冬美「宿題、教えてもらうから、ちょっとかかる。夕飯は美南海の所で食べてくる。」

冬美母「全く、あんたたちはほんと仲いいわね。」


一方、美南海の家では、雅が帰宅したところだ。

美南海「あ、お兄ちゃん、お帰り。私、スマホ無くしちゃった。多分、学校に忘れてきたと思うんで、ちょっと取りに行ってくる。」

雅「待てよ。そんなことしなくても、GPS機能ONにしてあるんだろ。追跡できるから、ちょっと待ってろ。直ぐ調べてくる。」

と言って、雅は自分の部屋に入っていった。PC端末で調べるつもりだ。

雅「ん?おかしいなぁ。」

美南海も、雅の後について、部屋に入ってくる。

雅「美南海、お前のスマホのGPS、OFFになっているみたいだぞ。スマホの電源がOFFになっているか、誰かがOFF設定にしたか」

美南海「えぇ〜、じゃぁどうしたらいいの?やっぱり、学校行ってくる。」

雅「待て、待て、まず考えろ、ん〜、仮に誰かが美南海のスマホを拾ったとして、普通、拾ったスマホの電源落とすか?いや、考え難いな。とすると、誰かが美南海のスマホを操作した?とすると、美南海のスマホのパスコード知っている者?考え難いが、美南海のスマホのパスコード知っている者なんているか?」

美南海「知っているとしたら、冬美くらいだけだけど、冬美が持ってたら、直ぐ知らせてくれるはずだし。」

雅「なんで、冬美ちゃんがお前のスマホのパスコード知ってんだ?」

美南海「お互いの誕生日をパスコードにしてるの。自分の誕生日だとバレ易いでしょ。」

雅「そりゃそうだけど、それはそれで安易だな。まぁいいや、兎に角冬美ちゃんのスマホに電話してみたら。」

雅のスマホを美南海に渡す。


その頃、チャリを懸命にこいでいる冬美のスマホに着信音が響く。

冬美「なに、何、うるさいなぁ、こんな時に。」

チャリを止めて、スマホを見つめる冬美。「何この番号、知らないなぁ。」躊躇して、出ようとするが、やめてしまう冬美。

冬美「めんどくさっ、やっぱ、や〜めた。」と着信を拒否する。


美南海「発信音あったけど、拒否られちゃったみたい。」

雅「俺のスマホの番号知らないからな。不審に思われちゃったかな。じゃぁ、冬美ちゃんの自宅に家電したら。」

美南海「うん、」

雅のスマホから、冬美の家に電話をする美南海。発信音が続く。

冬美母「はい、北斗でございます。」

美南海「あ、もしもし柳です。冬美ちゃんのお母さんですか。ご無沙汰しています。冬美いますか?」

冬美母「あぁ、美南海ちゃん、こちらこそ、いつも冬美がお世話になっちゃって、ごめんなさいね。」

美南海「いえ、そんなお世話だなんて、私も冬美にいつも元気もらってますから。」

冬美母「それで、冬美だけど、さっき美南海ちゃんのうちで宿題するんだって言って、出て行ったけど、まだそちらに行っていない?変ねぇ、もうとっくに着いていていい筈だけど。」

美南海「えっ、あっ、それで、未だなので、ちょっと電話してみたんです。」

咄嗟に場を取り繕う美夏海。

冬美母「冬美のスマホには電話してみたの?」

美南海「あ、あっ、ハイ、してみたんですけど、電波が届かないのか、つながらないので、自宅に電話してみたんです。」

冬美母「あら、そう。じゃぁ、こちらからも電話してみましょうか。冬美どこ寄り道しているのかしら。」

美南海「あっ、いえ、大丈夫です。それなら、もう少し待ってみますから。うちに来るときに、足らない食材頼んじゃったから、それ買ってきてるのかもしれないですし。」

冬美母「それなら、冬美、言えばいいのに。うちにあるので足りるんだったら、持たせたのに。」

美南海「すみません。余計なことお願いしちゃって。」

冬美母「あら、大丈夫よ。こちらこそ、ごめんなさいね。じゃぁ、冬美のこともうちょっと待ってあげてね。」

美南海「はい、冬美のお母さん、では失礼します。」

電話を切る美南海。

雅「冬美ちゃん、うちに来ることになってたのか?」

美南海「そんなこと約束してないよ。」

雅「そうだよなぁ、先ず、この状況から考えて、冬美ちゃんが美南海のスマホを持っている様子ではなさそうだなぁ。だとすると、冬美ちゃん以外の誰かが、美南海のスマホを持っていて、しかもパスコードも知っていて、スマホを操作している?」

美南海「やだ、気持ち悪い。」

雅「そして、冬美ちゃんがこちらに向かっている?しかし、まだ来ていない?もし、冬美ちゃんが、美南海と約束していないのに、うちに来るのであれば、まず美南海に連絡取ろうとするよな、しかし、スマホは美南海の手元にはない。連絡すれば、美南海のスマホを持っている誰かとつながる?そして、もし冬美ちゃんが美南海のスマホを持っている誰かと話をしたとしたら、冬美ちゃんは、美南海のスマホを取り返しに行こうとするだろうけど、その前に美南海と連絡を取ろうとするだろう。だとすれば、うちに家電するなりするだろうな。しかし、それはしないで、冬美ちゃんのお母さんには嘘をついて、外出した。」

美南海「どういう事?」

雅「この状況から、何が起きているのか、考えるんだ。次に考えられるのは、冬美ちゃんは、美南海のスマホに連絡取らずに、母親には、美南海をダシに外出の理由を作って、誰にも内緒の所に行った。それなら、俺のスマホからの着信を無視したのも話が通る。」

美南海「その可能性はあるけど、私に隠し事している冬美は、考え難いなぁ」

雅「ならば、次に考えられるのは、美南海のスマホが、美南海以外の人間に操作されている事を、冬美ちゃんは知らずに、美南海のスマホを操作している人間の所に行こうとしている?スマホを取り返そうとしているのならば、美南海と連絡取ろうとするはずだから。」

美南海「それなら、考えられるなぁ」

雅「だとしたら、それやばいなぁ。冬美ちゃんを美南海をダシに、誰かが誘い出そうとしているという事だろ。」

美南海「それだったら、大変。冬美どこにいるのかな?すぐ行かなくちゃ。」

雅「美南海のスマホはどこにある?スマホを操作しているのは誰だ?う〜ん、美南海達に何か仕掛けようとする連中がいるとしたら、あの時の事位しか、思いつかないな。」

美南海「えぇ〜、あの連中?仮にそうだとしてもあの連中がどうやって、私のスマホ盗れるの?あれからあいつ等とは一度もあってないし。」

雅「その件はとりあえず、置いといて、あの連中に関係あるとしたら、奴らの居所はチェックできるな。」

美南海「どうやって。」

雅「兎に角、確認してみよう。」PC端末に向かって、雅がキーをたたき始める。

雅(D、美南海が隣にいるから、オーディオデバイスは使うな。キーとディスプレイだけで応答しろ。話は聞いていたな。まずこの間のスマホの位置情報を調べてくれ。)

D(了解。状況は今までの会話から、推測済み。位置も確認済みです。全てのスマホが、荒川沿いの工場跡にいます。)

雅(わかった。次にこの工場周辺の防犯カメラの映像チェックできるか?)

D(可能です。周辺のカメラ全てのライブ映像は可能ですが、記録映像については、一部のカメラのみチェック可能です。他は、カメラ操作をしなければ記録をチェックできないので、リスクが生じます。)

雅(記録映像はそれでもいい。今から冬美ちゃんの画像を入力するから、彼女が周辺にいるかチェックしてくれ。)

雅「美南海、冬美ちゃんの写メあるか?あ、そうか、お前のスマホは今ないんだったな。どうするか」

美南海「この間、一緒にプリクラ撮った写真ならあるよ。」

雅「あぁ、それでいい。貸して。」

美南海「はい、それ、どうするの」

雅「今、開発中のAIに冬美ちゃんの顔認証させる。そして、その情報をもとに、冬美ちゃんを探してみる。」

美南海「そんなことできるの?」

雅「わからない。あくまでも開発中だから。」

そんな会話をしながら、美南海から受け取った写真をカメラの前にかざす雅。

D(解析終了。ライブ映像はありませんが、5分前に、冬美さんらしき、自転車に乗った女性が、ここを通過しています。推定速度、時速38.5キロ。目的地とされる工場跡地迄の推定到着時間、3分22秒。つまり、既に到着して、1分以上経過していると推測します。この工場跡地周辺には防犯カメラが無い為、確認はできません。)

雅「時速38.5キロ!?。普通の女子高生が出せる速さじゃないな。」

美南海「なに、ぶつぶつ言ってるの?冬美の居場所分かった?」

と端末画面をのぞき込む美南海。

美南海「ふ〜ん、時速38.5キロね。まぁまぁね。」

雅(奴らのスマホを操作して、工場内を確認できないか。)

D(可能ですが、リスクが生じます。)

雅「美南海、ここに冬美ちゃんが向かっているようだ。どうも奴らが仕組んだ可能性が大きいな。」

美南海「私、直ぐ行ってくる。」

と慌てて、部屋を出ようとする美南海に向かって、

雅「待て、待て、どうせ、止めてもお前は行くだろうから、止めないが、準備が必要だ。事は単純じゃなさそうだからな。」

美南海「じゃぁ、どうするの?」

雅「まず、お前スマホ持ってないだろ。俺のスマホ持っていけ。こちらから遠隔操作するから、そのままにしておいてくれ。ここからだと、お前のチャリでも40分はかかるだろ。それまでにできることは準備しておく。」

美南海「20分で行く。」

雅「わかった。とにかく直ぐ行ってくれ。俺も準備出来次第、直ぐ行く。」

美南海「どんな準備だか知らないけど、お兄ちゃんの事だから、大丈夫ね。冬美が心配だから、直ぐ行くね。」

雅「わかった。」

美南海は、部屋を飛び出し、玄関出がけに木刀を一本抜きとっていく。

雅は、車を持っていないことを悔いた。移動手段は、自転車が一番早いだろう。タクシーを使っても、呼んでいる時間を考えれば、自転車を使った方がまだ早い。部屋に一人残った雅は、玲奈に連絡を取ろうと思いついた。今、警察に相談しても事情を説明できない。Dの事を説明せずに事情を説明することは難しい。

雅は、ビデオアプリを使って、玲奈に連絡を試みた。


一方、その頃、冬美は、工場跡地の中を小蔭に隠れながら、中をのぞき込んでいた。

冬美「何ここ、ずいぶんと寂しい所に、ずいぶんと人がいるなぁ。族の集まり?」

工場跡の中をのぞき込む。バイクが数台、人が30人はいそうだ。その真ん中に、リーダー格らしき人間が3人、その傍らに冬美達が依然相手にした5人が居た。

他の者達は、思い思いの得物を持っていて、物々しい。

冬美「派手だなぁ。あっ、真孝がいた。ソファに変な男と座っているのは美南海?なんかイチャついている。暗くてよくわからないけど、美南海ならあんなことしないな。何処かしら。隠れて見ているのかな?SNSしてみよ。」

冬美「美南海、着いたよ。あんた何処に居るの?私は、工場の裏口側にいて中見てる。」

真孝「今、冬美から、SNSが来た。着いたらしい。」

安藤「ほう、早いな。何処に居るって?」

真孝「・・・」

安藤「言えよ。早く。今更、躊躇したって、お前があいつ等を裏切ったことは消えないぜ。」

真孝、黙っている。安藤がいきなり、真孝の持っているスマホを奪い取る。

安藤「裏口な、おい、誰か行ってこい。JKだけど、手ごわいから油断するな。何人かで行け。後ろからだぞ。正面から行ったら厄介だからな。」

数人が、ばらばらと裏口からでは死角になる方向に移動していった。


冬美「おかしいなぁ。なんで美南海、連絡くれないんだろ。」

と突然、後ろから腕をつかまれる冬美。

すかさず、その腕をひねり上げ、足払いで引き倒す。

だが、相手は一人ではなかった。他の者に、数人がかりで押さえつけられてしまう。

冬美「う、何々これ?」流石の冬美も数人で抑えられては自由が利かない。

そのまま、工場内にひかれていく。

安藤「冬美ちゃん、よく来たね。後は、美南海というJKだけだな。」

冬美「あんた達、真孝に何してるの。真孝ぁ、あんたこいつらと切れたんでしょう。なんでここにいるのよ。まだ脅されているの?」

真孝は無言のまま、冬美の方を見てから、河西の座っているソファの方へゆっくりと視線をまわす。

冬美はその視線の後を追うように、ソファに目線を向ける。

冬美「あ、あなた美紀ちゃん!ど、どうなってんの?」

ソファには、胸元も露わな美紀と美紀を抑え込んでいる河西がいる。

冬美「真孝、どういうこと。知ってるんでしょ。説明してよ。」

真孝「・・・」

冬美「真孝、何とか言いなさいよ。」

フリーズし続けている真孝の脇腹に、安藤が、一撃を入れる。真孝が「うっぅ」と呻いて、その場にくず折れる。

床に腹を抱え横たわる真孝。ソファの上で、弄ぼうとする河西の手を必死に振りほどこうとしている美紀。

状況が全く理解できず、混乱が頂点に達しようとしている冬美。

必死に考えをまとめようとしている冬美が、不意に。

冬美「そうだ!美南海は何処?何処にいるの?ここにきているんでしょ。」

安藤「美南海ぃ、あぁ、これの事ね。」と美南海のスマホを右手でひらひらさせる。

冬美「どうしてそれを。それにどうして、美南海のスマホいじれるの?」

安藤「真孝君がよく知っているみたいよ。」

冬美「どうして、美南海のスマホを?」

安藤「美紀ちゃんに持ってきてもらったよ。」

冬美「美紀ちゃん!」

美紀「ご、ごめんなさい。私のスマホ返して欲しかったの。」

河西の攻めに必死に耐えながら、声を絞り出す美紀。

冬美「でもパスコードは?」

真孝「うぅっ、ご、ごめん、冬美と美南海が誕生日交換しているの見てたから・・・」

冬美「あ、あんたって、やつはぁ、最低ねぇ!。」

真孝「・・・」

安藤「兎に角、後は美南海だけだな。」

河西「おい、こいつか、お前らが歯に立たなかったのは」

安藤「えぇぇ、あと一人居ますが。」

河西「わかった、もう一人のJKは後にするとして、まずはこいつから落とし前をつけさせてもらおうか。」

冬美「こんなか弱い女子高生一人相手に随分と物々しいわね。あんた達、それでも男?」と何とか時間稼ぎを試みる冬美。

河西「まぁ、念には念を入れておかないとね。」


その頃、美南海は全速力で、工場跡地に向かっていた。(冬美、待っててよ。)

その美南海をトレースしているD。

D「マスター、美南海さんの移動速度は時速40.5キロ。JKとは思えんほどの脚力でおまんなぁ、この速さ危険でっせ。現在、原動機付自転車に並走しておりまっせ。」

雅「お前、また関西弁に戻ったな。今更、何ともならんだろ。それより、冬美ちゃんの状況が心配だ。美南海が工場に着く迄、何とかフォローできないか。」

D「美南海さんの前で関西弁はありえんがな。工場内の状況が確認できまっしぇんが、やっておま。」

雅は、先ほど玲奈と連絡を取っていた。


雅「玲奈、悪いんだが、妹の美南海の友達が変な悪達に、からまれているみたいなんだ。地元の警察に何とかしてもらえないかな。」

玲奈「直接、県警に相談できないの?こっちは、悪いけど、今立て混んでて、手が離せないのよ。」

雅「いや、こっちも確信が持てないので、警察に相談するかどうか、迷ってるんだ。で、友達のよしみで玲奈に相談してる次第なんだ」

玲奈「友達だけ?ちょっと引っかかるけど、頼ってくれるのはうれしいわ。でもごめん、今はダメ。ホントに立て混んでるの。明日なら何とかなる」

雅「明日では遅い。わかった、仕方ない。こっちでできるだけのことはする。ありがとう」

玲奈「待って。役に立てるかどうかわからないけど、場所だけでも教えて。」

雅「荒川沿いの工場跡地」と言って、具体的住所を玲奈に告げる。

玲奈「え!」ちょっと驚いている様子の玲奈。

雅「どうかしたか?」

玲奈「う、ううん、何でもない。こっちは捜査上の情報は話せないの。でももしかしたら・・・」

雅「兎に角、ありがとう。」

通話を切る雅

雅「D、なんとかならないか。美南海が現場に着く迄の間だけでもいい。あいつが着けば、あいつのことだ、とりあえずは少しは時間が稼げるだろう。その間に、今度は俺が警察を何とかする。」

D「美南海さんの現場到着まで、推定約5分。工場内状況は相変わらず未確認。周辺のカメラの映像記録から、工場内には推定32人の人がおまっせ。」

雅「何?、そんなに!女子高生を呼び寄せる為のだけに?数人なら、美南海と冬美ちゃんだけでなんとかなるが、それだけの人数だとなぁ。それにしても大げさな。」

D「工場内の状況は確認のしようがありまへんが、工場内の照明等、一部制御は可能でっせ。」

雅「D、得られた情報から、現在の冬美ちゃんの置かれている状況を推定しろ。」

D「ほいな、SNSトークをモニターしてましたら、先ほど、冬美しゃんが、美南海さんのスマホにメッセージを送りましたっせ。美南海さんのスマホが美南海さんを待ち伏せている連中が持っていたとしたら、冬美しゃんの存在が相手にバレバレでっしゃろな。」

雅「じゃぁ、冬美ちゃんはすでに相手の手の中?」

D「それはわかりまっしぇん。ですがその可能性は高いやろなぁ。」

雅「その関西弁、この状況には似合わないな。何とかしろ。」

D「では、緊迫感を出しましてぇ〜。冬美さんはすでに拉致られた可能性が95%。この状況を変える為には、工場内の環境を変える必要がありまっせぇ。まず、照明を落としまっせ。そこで、冬美っしゃんが臨機応変に動いてくれる事を期待。」

雅「わかった、直ぐ実施してくれ。冬美ちゃんの事だ。照明が落ちた瞬間に動いてくれることを期待する。」

D「りょ」


その瞬間、工場内の照明が突然切れた。「あっ!」あちこちで戸惑った声が聞こえる。冬美も一瞬驚くが、直ぐにこの瞬間を逃すな、という勘が働き、咄嗟に行動に移る。冬美を押さえつけている腕を片端から、振り払い、数人の囲みから逃れでる。

そのまま、手当たり次第に、腕に触れる者たちを片端から投げ飛ばした後、暗闇に紛れる。

とたんに、周りに冬美に投げ飛ばされた者達のうめき声であふれる。


数分後、混乱している工場内だが、誰かがブレーカーの場所を確認し、照明を復帰させる。またバイクもまた同じ事態にならないようにエンジンをかけ、ヘッドライトを点ける。

D「照明復帰されよった。」

雅「もう一度、照明落とせないか。他にできることは?」

D「物理的に復帰されたので、もう照明の制御はむりでんなぁ。現時点ではどないもなりません。」


河西「ふゆみちゃ〜ん、何処かな?今更隠れたって、意味ないぞお。」


この機に工場の外に出ようとした冬美だが、思いの他早くに照明が復帰してしまった為、物陰から出られなくなった。

冬美「まいったなぁ、これだけの人数じゃ、流石にまずい。」


その頃、美南海は、必死に自転車を走らせている。車速は更に上がっており、車を右側から追い越そうとしていた。

運転席側から自転車に追い越された車のドライバーは、思わず自分の車速を確認する為、メーターに目を落とし。再び

美南海の後姿を確認する。「え?、あ!?何?」

美南海「冬美、私が行くまで、堪えててね。もうじきだから」


D「美南海さんが、工場へ到着さえしてくれはったら、マスターのスマホを介して、ある程度支援が可能になるのでんがなぁ。」

雅「俺も行きたいが、間に合わんし、警察に連絡しようにも、どう説明すればいいんだ。Dの存在がバレる可能性がある。美南海が現場についてさえくれれば。美南海、何とか間に合え。」


冬美「真ん中の3人がリーダー格?、その周りに真孝をいじっていた5人が居る。後は、バラバラね。」

正面に気を取られていた冬美。いつの間にか冬美の頭上の踊り場に、人が立っている。

「おう、居たぞ」

突然の声に、冬美が頭上を仰ぐ。二人が手すりを乗り越え、飛び降りてくる。冬美は、二人の落下を避け、先に飛び降りてきた一人が着地し、体勢を整える間を与える事無く、足払いをかけ、受け身が取れない程の速さで、仰向けにひっくり返す。技を受けた方は、受け身を取る間もなく、落下の勢いと合わせて、後頭部を強打。失神。

前傾で着地したもう一人を、冬美はすかさず、後頭部を押さえてつけるように、前倒しする。後頭部を押さえつけられた方は、落下のそのままの勢いで、コンクリート床に顔面をたたきつける。

先ず二人、後30人。

逃れようとして、前に出てしまった冬美は、自分の失態に直ぐに気づいたが遅かった。(やばっ)

河西「おい、囲め!」

その一言で、冬美の背後に廻り込む十数人。前のバイクがエンジンを空ぶかしを始める。自然と囲まれた輪の中央付近に立たされる冬美。

冬美(やばい、やばいぁい。どうしよ。美南海ぃ、何処に居るのぉ。助けてよ。)


その時、がっしゃ〜ん、何かがシャッターに激しくぶつかる衝撃音。美南海「冬美ぃ〜。大丈夫ぅ〜。」

ブレーキをかけるのももどかしい美南海は、自転車を失速させずに、自転車から離れる。

そして、自分はその勢いのまま、シャッター横の通用口に飛び込んでいく。

冬美「美南海ぃ、あたいはここ。」

美南海「よかった。まだ無事ね。」

冬美「でもこの状態よ。」


河西「おぉ、ちょうどいいタイミングじゃねえか。これで、役者は出そろったか?」

美南海「あんたが誰だか知らないけど、冬美連れて帰るからね。冬美、いこっ。」

河西「おっと、待ってくれよ。あんたたち二人は俺たちのグループの顔に泥を塗った。その落とし前を付けてもらわねぇと、ただで返ってもらってはこっちが困るんだよ。」

美南海「なに、あんた、三日月禿!、私の知ったこっちゃない。冬美、行くよ。」

河西「三日月禿ぇ〜?、おい、お前らこいつらただじゃおかねぇ、囲んでやっちまえ。」

おおぉ。美南海に近い側にいた5人が美南海に殺到する。木刀という得物を手にしている美南海にとっては、造作もない。あっという間に、5人の手の甲、親指、足の脛、等を連打。彼らの戦闘能力を奪ってしまう。

冬美は、かかってきた5人を柔道の技とこの夏文教じいに伝授してもらった体術でさばく。3人までをあっという間に受け身も取れないほどの早業で決めた。しかし、残りを二人に対して、てこずってしまう。漸く、二人を片付け終わろうとしたその時、2台のバイクが美南海と冬美に殺到する。

1台には後部に人が乗っており、バットを振り回している。一人乗りの一台が先に殺到し、美南海と冬美はよける。

そのすぐ直後に、二人乗りの2台目が、冬美達に襲いかかる。


美南海が、振り返って、向かってくるバイクに向かい、木刀を構えようとする。

冬美「美南海、避けて。」と美南海とバイクの間に割って入る。

向かってくるバイクの前に仁王立ちになる冬美。

美南海「冬美〜っ」

バイクの後部座先の男が、金属バットを振り回す構えをする。バイクと冬美が今にも接触しようとした刹那。

冬美の左手が、バイクのハンドルの右グリップを前輪ブレーキレバーごと思いっきり、握る。と同時に右グリップをつかんだまま、体を左に傾ける。

バイクのハンドルが右に切られる。前輪制動で前輪が沈んでいる状態で、ハンドルが右に切られたので、前輪が完全ロック。そのまま後輪が浮き上がる。

冬美がなおも左に体を沈め、右足をロック状態の前輪の前に入れながら、ハンドルを持ったまま、横仰向けに寝倒れる。前輪はロックされて、なおかつ冬美の右足で抑えているため、バイクは滑りださず、その分、後輪がさらに浮き上がる。さながら、バイクの巴投げ。

バイクが前輪を下にほぼ垂直に立ち上がった状態に来た時、両手でバイクのハンドルの両グリップを握っている冬美は、渾身の力で押し上げる。

バイクは、二人の男を乗せたまま、冬美の頭上を越えて、吹き飛んでいく。吹き飛んでいった先には、一人乗りのバイクがUターンし終えようとした所へ。

ガッシャァ〜ン、バイクが突っ込んでくる速度が早かった分、バイク同士の衝突も激しい。後部座席で木刀を持っていた男は、吹っ飛び、運転していた二人は、2台のバイクの下敷きになって、呻いている。

冬美「あ〜ん、ジャージ破れちゃったぁ。もう」と言いながら、立ち上がって体中のほこりを払う。

美南海「あんた、派手ね」

冬美「前から一度やってみたいと思ってたんだ。思ってた以上に吹き飛ぶもんね。バイクの突っ込み速度もちょうどよかったし。次は、もっと早くしてもらおう。何処まで飛んでいくか、試してみたいな。」

呆れた様に冬美を見る美南海「あんた、まだのんびりしてられないよ。まだまだ、ピンチよ。」

そう、まだ17人が残っている。

河西「え〜い、囲んで、一気にやってしまえっ」

主犯格3人を除く、14人が夫々バットや木刀、チェーンを持ち、美南海達を360度取り囲む。

冬美「どこから行く?美南海」

美南海「あんた、得物持ってないでしょ。私が木刀でさばいていくから、あんたは、私の取りこぼした分をお願い。」

冬美「か弱い女子高生が、得物って、あんた物騒ねぇ。お〜、こわ。」

美南海「つべこべ、うるさい。行くわよ。」

冬美「りょ」

まだ、遠巻きになっていた囲い。美南海達との距離は、約5m程。美南海は正面のバットを構えようとしていた男に向かって、一呼吸で飛ぶ。まさか、この距離を一足飛びで突っ込んでくるとは思っていなかった男は、身構える間もなく、美南海に右手の甲を、木刀で打ち砕かれる。

うおぉ、とわめき、右手の甲を押さえてへたり込む男。一人、戦闘不能。残り16人。

そのまま、左の男に向かって一足飛びに飛び、今度は右肩を一撃。鎖骨と肩甲骨を一気に粉砕。残り15人。

更に、左側の男に向かって、一足で、飛込み、右上腕を左から一撃。一瞬右腕が不自然な形で、折れ曲がる。残り14人。

此処迄、美南海は一呼吸。息の乱れもない。

更に左へ向かおうとすると、流石に相手も応戦の為の時間がとれ、木刀を持って身構える。後ろにはチェーンを持った男が、近寄る。

美南海は、構わず木刀を構えている相手に、向かって人中路で、拝み打ちを加える。男の持つ木刀に沿う様に打ち下ろした美南海の木刀は、相手の手元に向かって振り下ろす。左・右の両手の指、手を美南海の一撃が払い落とす。返す刀で、後ろを見ずに、チェーンを持った男に横殴りの斬撃を入れる。チェーンを美南海に向かって振り下ろそうとしていた男の左拳に美南海の一撃が入る。左手をかばうチェーンの男の利き腕、右鎖骨にもう一撃。残り12人。此処迄の時間はほんの2、3秒で終わっている。

直ぐに左を振り返る美南海が次の相手に向かう。冬美は美南海の後について、チェーンの男の右側の男に突進する。こちらも一拍子に相手の腕を取上げ、息もつかせぬ背負い投げで、受け身を取らせる間もなく、床に叩き付ける。残り11人。


その頃、雅の部屋:

D「マスターの妹さん、美夏海ちゃんが現場に着きよりました。知らんけど。」

雅「知らんけどって、どっちなんだよ。ちょっと、お前、この状況で、ふざけるなよ。まじめにやれ!」

D「知らんけど、は、関西弁でのコミュニケーションツールの一つだす。この言葉を、会話の接尾に追加することで、会話によるコミュニケーションを円滑にする必須アイテムだす。ネット情報では、関西圏でこの「知らんけど」を禁句にすると、みんな会話が出来なくなってしまう、とも言われているほどの神聖な言葉だす。勘弁したって。本題だす。美夏海ちゃんが持っているマスターのスマホから得られる情報は、今の所、音声情報だけだす。映像情報がないので、音声による推測しかできまへんのや。勘弁したって。」

雅「もう、わかった。お前とのコミュニケーションは、関東圏のユーザーにとっては、相当な疲れが伴うな。」

D「覚えておきまっせ(学習しました)。」

雅「で、推測で構わないから、早く現場を実況しろ。」

D「美夏海ちゃんが、自転車に乗ったまま、工場内に突入した模様。自転車は相当損傷した模様で修理には相当かかりまっせ。冬美ちゃんの声から、一時期拘束されていたようですが、現在は、美夏海ちゃんと行動を共にしている様子。美夏海ちゃんと冬美ちゃんは強いでんなぁ、既に数人は倒していますなぁ。」

雅「あいつに木刀持たせたら、無敵だから、そっちの方は心配していないが。むしろ過剰防衛になっていなけりゃいいが。冬美ちゃんが無事なら、後は、どうにかして警察呼べないか。」

D「そちらは、計算中です。どうやら、冬美ちゃんの友達も現場にいるようでんなぁ。美夏海ちゃんのスマホを盗ったのは、彼らのようでっせ。」

雅「俺のスマホを介して美夏海のスマホをリモートできないか」

D「やってみまっせ!リモート成功!」

雅「先ずは、パスコードを変更しておいてくれ。これで、相手は美夏海のスマホを操作出来ない。美南海のスマホもお前のデバイスとして使って、情報の精度を上げてくれ。」

D「了」


再び、美夏海達。雅とDがやり取りしている間に、更に3人を戦闘不能にする。残り8人。

河西「あっという間に、俺達除いて、5人にしやがった。おい、お前ら、手伝ってこい。」

「うぃっす」と海東と高泉。海東と高泉も加わり、美夏海達を囲む人数は、7人になった。

冬美「一寸は、手応えありそうなのが、出てきたね。」

すると、木刀を持った高泉が、すっと美夏海の前に出る。高泉は剣道の有段者らしい。木刀を正眼に構える。

美夏海「いいね。」と、相対する美夏海は、静かに水月の位で応える。人中路は外さない。

高泉は、一気に上段に構えを変化させると同時に、間髪入れず美夏海に打ち込む。

美夏海は、水月の位から瞬時に合撃打ちで応える。高泉の剣先が、美夏海に届くより瞬間早く、美夏海の剣先が高泉の木刀を持つ右手の親指を粉砕する。うおぉっ、と呻き、木刀を落とす高泉。相当な痛撃である筈だが、尚も左手で木刀を拾い上げると、美夏海に打ち掛かる。しかし、最早美夏海の相手にはならない。木刀を左手に持ち替えた美夏海は、右手を、高泉の鳩尾に入れ、高泉は気絶する。


早くも高泉が倒され、河西は、これ以上はまずいとみて、隣で、美夏海のスマホを抱え込むように握りしめて、ガタガタと震えている真孝を見る。河西は、抱えている美紀を睨むと、

河西「お前は動くなよ。じっとしていれば、痛い目にあうことはない。」

既に抵抗する気力も萎えた美紀は、震えながらただうなずき、その場にへたり込む。

そして、徐に、真孝へ向かって歩み寄ると、真孝の腕を掴み上げ、引き寄せる。

恐怖に顔を引きつらせて、河西を見返す真孝。河西は、左手で真孝の左手を捩じり上げ、自身は真孝の背中越しに廻りこむ。真孝の肩越しに、右手に持ったダガーナイフを真孝の頬に当てる。


河西「おい、女子高生!お前ら、調子に乗り過ぎだ。お友達がどうなってもいいのか。大人しくしな。これ以上動いたら、お友達の身に何が起こるか、よ〜く考えな。」

冬美「やばいよ、やばいよ、どうする美夏海。」と小声で美夏海にささやく一方、「そいつらは友達なんかじゃないよ。美夏海のスマホ盗んで、私たちを陥れる様な奴、どうなったって知らないね。」

河西「あぁ〜、そうかい。」と、真孝の右頬に、一瞬の躊躇いもなく、ナイフの切っ先をめり込ませる。

ぐぁ〜、と右頬の痛みに声を上げる真孝。美夏海と冬美はその光景を見て、身体を凍り付かせる。ナイフは、切っ先が2cm程度真孝の頬に埋まった状態で、止まる。河西は、なおもナイフを下に向かって切り下げる気配を示す。

美夏海「待って。止めて。」

河西の手が止まる。

河西「女子高生!動くなよ。お前らのせいで、仲間がこんなんになっちゃったじゃんか。落とし前を付けてくれよ。少しでも妙な動きをしたら、お前のお友達の顔半分無くなるからな。」

河西「おい、背の高い方のJK、お前の持ってる長物、それを離せ。」

美夏海は、右手の木刀を河西の方に向かって、投げる。


冬美「美夏海、どうしよ。」

美夏海「捨己従人」

冬美「えっ?」

美夏海「もう忘れたの?それの応用編。」

河西「お前ら、このお姉ちゃんたちはもう何もできない。今までのツケ払わせてやれ。」

海東「あ〜、そういう事ね。」と徐に、美夏海に右ストレートを繰り出す。それをもろに受けて、吹き飛ぶ美夏海。

冬美「美夏海!何してるのよ、なんで避けないの?」

無防備に起き上がる美夏海、再び、小声で「捨己従人」とつぶやく。

再び海東のストレートが美夏海に。派手に吹き飛ぶ美夏海。

それを見て、漸く冬美は、美夏海の意図を理解する。(あ〜、そういう事ぉ)

そう合点した冬美の後ろから、ケリが飛んでくる。気配を察した冬美は、ケリをよけずに、ケリをモロに受けた風を装いながら、大げさに前方に向かって倒れ込む。

冬美(そうか、力の流れに逆らわず、むしろ、流れの方向に自ら身を投げれば、ほとんどダメージ受けないわぁ。美夏海、上手すぎ。わざと身体ボロボロにして。)

美夏海は、そうやって、殴られたり、蹴られたりしながら、意識的に河西の方に吹き飛ばされる。

美夏海の意図を理解した冬美も、美夏海の合図が出た時に、優位な位置から反撃できるように、袋叩きになって、転げまわっている風を装いながら、立ち位置を確保する。


予め、放っておいた木刀に向かって、徐々に近づきながら転げまわる美夏海。

廻りの者達が、美夏海達の意図に気づいている様子はまだない。女子高生たちの衣服が、破れ、肌が露わになっていく様子をひたすら残忍に楽しんでいる。安藤が美夏海の胸倉を掴み、美夏海を立ち上がらせる。美夏海は、いかにもなすがままという態を装う。足元から、1mの所に、さっき美夏海が投げた木刀が転がっている。河西までは、3m程。

安藤「おい、だれか切れモン、持ってないか。このねえちゃん、ジャージ着てるから、わからなかったが、結構イイガタイしてるみたいじゃないか。少し色っぽくしてやろうじゃねえか」

伊藤「ほれ、これ使え。」と言って、刃渡り30cm程のサバイバルナイフを柄の方を先に手に取り易いようにして、投げてやる。

美夏海はこの一瞬を見逃さなかった。美夏海の胸倉を左手で掴んでいる安藤が、右手でナイフを受け取るより一瞬早く、美夏海が、後ろを振り返りもせず、安藤の動作を読み、タイミングはかり左手でナイフの柄をつかみ取る。右手で、美夏海の胸倉を掴んでいる安藤の左腕を捩じり上げると同時に、掴んだナイフを左手に持ったまま、真孝の左肩の上に顔を乗せている河西の左こめかみに狙いをすまし、投げる。

河西「うぉっ」と顔を真孝の陰に隠れるように顔を引っ込め、ナイフをよける。

河西がナイフをよける事は美南海にとっては織り込み済み。河西がナイフをよける行動をとる事で、隙が生じる事を美南海は期待していた。そして、それは期待通りとなった。美夏海は右横に投げ飛ばした安藤を振り切り、1m先の木刀を左手で拾い上げると同時に、一足飛びに3m先の河西に迫る。空中で上段に構えなおした美夏海は、真孝の陰からはみ出しているダガーナイフを持った河西の右手に斬撃を入れる。

河西も喧嘩慣れした元プロボクサー。真孝の陰に隠れているため、美夏海の動きが見えていないが、気配から、咄嗟に真孝の体を美夏海の方に突き飛ばす。真孝を河西から引き離すことに成功した美夏海は、突き飛ばされた真孝を避け、河西に対する。


冬美の方もじっとはしていない。それまでは床を転がりまわりながら隙を伺っていたので、美南海が河西にナイフを投げつける事を確認し、それを合図とばかりに、素早く反撃に転じる。真孝から引き離された河西の後ろで、床にへたり込んでいる美紀に向って突進していく。真孝から引き離された河西が、今度は美紀を盾にすることを阻止する為、美紀と河西の間に入ろうとする。

冬美の動きに反応して、冬美の行く手を遮ろうとした3人をあっという間に受け身を取れない程の速さで投げ飛ばす。

残りは、河西、海東を含め、4人となった。真孝を背に河西に対して正眼に構える美南海。冬美は、美紀を庇う様に、美紀を背に河西の背を望む位置に対する。その斜め方向には、海東他二人が美南海、冬美に対する様に構えをとっている。


一方、雅の部屋では

D「冬美ちゃんのお友達らしき少年が、主犯格とみられる額が三日月ハゲ様の男に拉致されたようでっせ。狩猟用のナイフを持っており、凶悪そうです。」

雅「D、急ぎ美夏海達の援護策、考えてくれ」

D「工場跡地の廻りは、空き家、跡地が多く、人気がありませんが、美夏海はん達は、結構派手にやりおうてますんで、音が外に駄々洩れでっせ。ですから、流石に近隣住民も騒ぎはっておる様子でおま。ここでわてが、情報介入し、近隣住民が警察通報するよう誘導しまっせ。」

雅「すぐ、やってくれ。」

D「了」

雅「なんとかなりそうか」

D「はい、美南海さんのスマホの音声を一部近所のスピーカーから流しましたら、近くの野次馬が、110番しましたっせ。」

それから数分後、Dのオーディオデバイスを通じて、警察特有のサイレンの音が聞こえてくる。

D「それにしても美夏海さん、ごっつう強うおまんなぁ。もう相手は、4人しかおりませんわぁ。わてが何もせずとも、相手いてもうたるわぁ」


その頃、現場に向かう公安警察の車両の中:

ファン、ファン、ファン、

玲奈「あ、バカ。サイレンなんか鳴らして、どこのアホ警察署よ。あいつら逃げちゃうじゃない。たくっ、どういう事。」

助手席の同僚「どうします。」

玲奈「とにかく現場に急ぎましょう。あいつらの確保はあきらめるしかないかもしれないけど、雅の妹たちが心配だわ。」


工場内:

ファン、ファン、ファン、

河西「ん?、くっそぉl、ここまでか、おい、海東、行くぞ、」

海東「え?、高泉はどうします?」

河西「ほっとけ、とにかく、ここから早く離脱する。もたもたしてたら、直ぐ捕まるぞ。くそぉ!」

と腹立ち紛れか、立ち去り際に、ダガーナイフを思いきり、美夏海達に投げる。美南海は軽々と避けたが、、、

次の瞬間、「うぉっ、あぁ〜、」真孝の脇腹にナイフが深々と突き立っている。

美夏海、冬美「真孝!」と同時に叫ぶ。

真孝「うぅ、はぁっ、はぁ」背中を丸めて、うずくまる真孝。真孝を中心にみるみる血だまりが大きくなっていく。

美夏海は河西の反撃を警戒し、目線は、脱出を図っている河西、海東を追っているが、気は真孝に向いている。

冬美は、美紀のが安全を確認すると、真孝の方へ駆け寄る。

美夏海「冬美、真孝は?」冬美「やばい、血が止まらない。どうしよ」美夏海「ナイフに触っちゃだめよ。出血激しくなるから。」

河西達が、見えなくなるまで、睨み続ける美夏海。形相が尋常ではない。

冬美「美夏海ぃ〜、出血止まらないよう、どうしよう」

美夏海「真孝、聞こえる?返事しなくていいから、頷くだけでいい」真孝は、首を縦にわずかに振る。

美夏海「お兄ちゃん、聞こえてるよね。直ぐに救急車の手配して。」

美夏海の持っているスマホから、「既にしてまっせ。」とDの音声。美夏海「ん?」一瞬、考え込む美夏海だが、そんな事にかまっていられないと続けて、真孝に語りかける。「直ぐ救急車来るから、それまでなるべく出血を抑えるためにゆっくり呼吸して。大丈夫、出血さえ抑えれば、必ず助かる。」

真孝「み美夏海、ごめん、すスマホ」と今まで抱え込んでいたスマホ、すでに血だらけになっている、を美夏海に渡そうとする。

美夏海「そんなことは後でいいから、今はしゃべらない」

真孝は、なおも「ごめんで済むとは思っていないけど、、、う」力んだ拍子にナイフ付近から、血があふれる。

美夏海「だから、力んじゃダメ、呼吸はなるべくゆっくり。もう少しだから」

真孝「でも、今謝っておかないと、死んじゃうかもしれないし。いや、俺なんか死んだ方がましかな。」と真孝の苦痛の顔に自嘲気味の苦笑が混じる。

すると、いきなり怒気を含んだ顔つきで、美夏海が「死ぬなんて、言うな!」

初めて聞く美夏海の怒気を含んだ声に、冬美もびくっとする。

美夏海「絶対に死ぬな。死んでも生きろ!」

冬美「ん?」


程なく、警察と救急隊員と思しき人たちが、工場内に雪崩込んでくる。

おびただしい数の男達が、倒れており、ある者は、足や腕を抱え、呻いている者もいる工場跡の内。

その工場跡のほぼ中央で、血を流して横たわっている少年に寄り添っている二人の少女とうずくまっている少女。一人は木刀を右手に持っている。

血を流して、横たわっている真孝に、救急隊員が真っ先に駆け寄っていく。

隣にいる美夏海達に、警察官達が近寄っていく。その中には、玲奈の姿もあった。


騒動から、1週間。

真孝の傷は、ナイフが肝臓に達する程の傷であったが、救急隊員の処置が素早く、出血を最小限に抑えることができた為、一命をとりとめることができた。

しかし、肝臓の傷口をふさぐ為、開腹手術が行われ、全治2か月と診断され、最低でも2週間は絶対安静とされた。

美夏海と冬美、そして美紀は、当然現場で何が起きたのか、犯人扱いではなかったが、連日事情聴取が行われた。現場で倒れていた男達は、全て腕を折れていたり、無傷の者は一人もおらず、逃亡の恐れはあったが、だれも逃げるだけの気力は残っておらず、河西達逃げた4人以外は全員逮捕となった。そして、河西、海東以外の逃げた二人も現場付近をうろうろしていた所を不信とみた現場の警察官に逮捕された。

残る河西と海東は、1週間経った今も依然行方不明のままだった。


新潟県長岡市朝日880-1


雅の家の居間:

テーブルをはさんで向かい合い、コーヒーを啜っている雅と玲奈。

玲奈「実は、ハーフグレーというグループは、私達も以前から、追っていたの。そして、主犯格の特定と彼らのアジトの特定して、がさ入れする準備をしていた所だったのよ。そして、いよいよ摘発しようとしていた矢先に、雅からの連絡があって。まさか、その現場に雅の妹さんの美夏海ちゃん達が居ようとは」

雅「まぁ、何とか間に合ってよかったよ。美夏海の事はあまり心配していなかったんだけど、友達がね。」

玲奈「それにしても、武道をやっているとはいえ、美夏海ちゃん、女子高生とは思えないわね。冬美ちゃんもそうだけど。たった、二人の女子高生が28人の大の男達を制圧するなんて、うちにすぐにでもスカートしたいわね。」

雅「色々細工してくれたんだろう。ありがとう。礼を言うよ。もし、あのまま事実が公表されたら、今でもマスコミに付け狙われてるのに、もういい客寄せパンダ状態になっていたよ。」

玲奈「こっちも必死よ。私たち警察が来る前に、殆どグループを壊滅に近い状態にしたんだもの。こっちも面子丸つぶれになるところよ。」

雅「でも、逮捕された男たちがいずればらしゃしないか。」

玲奈「多分、大丈夫、自分から女子高生にのされましたなんて、恥ずかしく言えないでしょ。」

雅「冬美ちゃんや真孝君、美夏海も黙っているだろうから、大丈夫か。そういえば、もう一人女の子がいたらしいけど」

玲奈「美紀ちゃんて女の子ね。彼女が美南海ちゃんのスマホ盗ったのよね。だいぶ怖い目にあって、反省もしているみたいだし、それに美南海ちゃんたちに助けられたようなものだから、大丈夫でしょ。」

雅「ふ〜ん、取り逃がしちゃった二人は?」

玲奈「そう、主犯格の男二人。アジトは全て押さえておいたと思ってたけど、まだあったみたいね。でもきっと追い詰めてやる。」

いかにも悔しそうに、テーブルをドンッと叩く。その拍子にカップの中のコーヒーがこぼれ出る。「わっ、ごめんさない。」

雅「おい、ちょっと興奮しすぎだよ。いま、布巾持ってくる。」

玲奈「あっ、私やる。」雅「いいよ、いいよ、座ってなって。」キッチンから布巾を持って戻ってくる雅、そのままテーブルを拭き始める。玲奈の前のテーブル付近が盛大にこぼれているので、そちらを一心不乱に拭き続ける雅。ふと、目を上げると意外と近くに玲奈の顔がある。

じ〜っと、玲奈の顔を見続ける雅。玲奈(ん!、何この展開。も、も、もしかして遂に)みるみる、上気する玲奈の顔。(この展開では、やっぱり目をつむった方がいいのかしら)とアラサーにもなろうといういい年女子が、乙女のようなことを思っている。その間、雅はじ〜っと、玲奈の顔を眺めている。目をつぶる玲奈。そっと、玲奈の大きな黒縁眼鏡を外す雅。玲奈(やったぁ、)

雅「レンズにもコーヒー飛んじゃったな。こっちも拭いとくよ」

ずるっ、玲奈(そっちかよ。乙女の気持ちも理解できないのかよ。デリカシーのかけらもない奴!この工学バカぁ!)

美夏海「ただいまぁ、」

冬美「お邪魔しま〜す」

まるでタイミングを見計らった様に美夏海が帰ってくる。

美夏海「あら、玲奈さん、来てたんだ。いらっしゃい。」

玲奈「おかえりなさい。ちょっと事後報告に来たら、御呼ばれしちゃった。」

冬美「こんにちは」

雅「事後処理の事を聞いていたんだ。玲奈のおかげで、お前たちの大暴れもお咎めなしになったんだぞ。礼を言っておけよ。」

美夏海「そうでした。玲奈さん、ありがとうございます。」

雅「お前たちもコーヒー飲むか。」

美夏海、冬美「は〜い」

と玲奈が座っているソファーの周りに、美夏海と冬美が、それぞれ陣取る。雅がキッチンに行っている間、

美夏海「それにしても、玲奈さんがお兄ちゃんと知り合いだったなんて、奇遇ですね。」

玲奈「そうね。大学が同期で、大学以来かな。お兄さんとは、学部は違ったけどね。」

冬美「じゃぁ、玲奈さんて、美夏海のお兄さんのカノジョ?それとも元カノ?訳アリ?」

玲奈「い、いやぁ、なんて言うかぁ、候補というか・・・」と玲奈の顔が上気する。

冬美「玲奈さん、かわいいぃ。」

玲奈「冬美さん、あのねぇ、大人をねぇ、そういうふうにねぇ、なんというか、からかうというかぁねぇ・・」

美夏海「冬美!」

冬美「はぁ〜い」

玲奈の顔は真っ赤っか。

美夏海「お兄ちゃん、そういうの、超鈍感だから」

玲奈「やっぱり!そう、そうよね。時々ほかに彼女いるのかと思っちゃうけど、違うよね、ね。」

と乗り出して聞いてくる玲奈に、一寸、引き気味の美夏海「そう、そう、だと思う・・」

それを横眼の冬美。顔がにやけている。そんなやり取りをしているとはつゆ知らず雅は、コーヒーカップを二つ持って戻ってきた。

カップをテーブルの上に置きながら、美夏海達に向かって、「で、真孝君の調子はどうだった。一時期はやばかったらしいけど、落ち着いたみたいじゃないか」

冬美「そう、だいぶ元気出てきてた。でも真孝のお母さんには参っちゃった。まるで、私たちが悪者みたいに言うんだもん。最初は「真孝を変な道に引き込まないで頂戴!」なんて物凄い剣幕だったんだから。まるで、モンペね。」

雅「えっ、真孝君のお母さんって、今時モンペ履いてるのか?」

美夏海「ちがう!モンスターペアレントの略語よ。玲奈さん、わかったでしょ。お兄ちゃんは、今時、珍しい位の時代錯誤的音痴なの。」

玲奈「うん、うん、」と腕を組んで大きくうなずく。

玲奈「お母さんには、警察からも順を追って説明したんだけど、我が子可愛さからなかなか真実を認めたがらないのよね。」

美夏海「最初真孝も、お母さんの言っている事に、黙っていたんだけど、私たちにあまりきつく当たるのを見て、真孝が、お母さんを諭してくれたのよ。」

冬美「でも、真孝はマザコンだよ、きっと。最初はちじこまってたもん。」

美夏海「そうかもしれないけど、最後は私達の事、かっこよく弁護してくれてたじゃん。冬美は、まだ真孝の事、許せてないかもしれないけど、私は真孝なりに必死に勇気出そうとしている途中だと思うよ。」

冬美「美夏海は、なんでもいい方に解釈するね。性善説ですか。まぁ、そこが美夏海の良いとこなんだけどね。だけど、私ゃぁ、心配じゃぁ、悪い男に騙されないかと。」

美夏海「そんなぁ、」

冬美「だから、私がずっと、見守っていてあげていくよ。」

美夏海「そう、ありがとね。」

冬美「それに、あの時の美夏海の剣幕もすごかったよね。真孝がナイフで刺された時に「俺なんて、このまま死んだ方がいいんだ」みたいな事を言った時の剣幕。美夏海の顔つき変わってたよ。」

それを言われた美夏海、ちょっとばつが悪そうにして、「一寸着替えてくる」と言って、場を中座した。

美夏海が居なくなったところで、雅が「そうか、美夏海がそんなことを言っていたのか」と考え込む。

玲奈「どうかしたの?」

少し間を開けて、雅が話し出す。

雅「俺たちの両親が、美夏海が三歳の時に、事故で死んだのは、話したよな。」

玲奈「えぇ、」冬美「はい」

雅「あの時、病院で、俺は、これからどうしていいか、わからず、目から涙が溢れてくるのを、なんとかしようと、歯を食いしばって、震えていたんだけど、美夏海は、泣くでもなく、かといって笑ったりとかするでもなく、終始きょとんとしていて、なんていうのかな、無表情だったんだよね。まるで感情がなくなってしまったみたいな。看護師さんがあやしてくれると、それなりに表情を出すけど、なんか気持ちが明後日の方にあるような。そして、出棺の時は、まったく無表情で、ただ前だけを見ていたな。それ以来、人の死に関する事には、感情を露わにする様な事はないけど、どこか忌み嫌っている様な表情をするようになった。」

雅「これは、美夏海に直接質した事ではなくて、俺の推測だけど、美夏海は、三歳のあの時、決して状況を理解していなかった訳ではなくて、きっと美夏海なりに現実を受け止める為に、必死に感情をコントロールしていたんじゃないかな。それが一見無表情に見えたんだろうな。そして、人の死がトラウマになったんじゃないかな。だから、自分に近しい人の死は、絶対に見たくなかったんじゃないか。」

冬美「そうか、美夏海の両親の事は、私からは聞けなかったし、美夏海も話すことはなかった。なんだか、タブーみたいだったし。でも時々、遠くを見ている美夏海を見ていると、なんとな〜く、そんな様な事なのかなぁ、と思ってた。」

雅「人は誰でも、単純な感情じゃないからなぁ。」

玲奈「雅、あんたは単純そうね。」

雅「えっ?」

笑いをかみ殺す冬美。

着替えを終えた美夏海が戻ってきて、「皆、どうしたの?何の話してたの?」

冬美「美夏海の小さい頃の話。」

美夏海「ふ〜ん」



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