02
「五本かぁ……」
自分の薬指に結ばれた運命の赤い糸を見て、ため息を吐いた。
俺は今まで、運命の赤い糸が結ばれていない人間を見た事がない。もちろん、複数人と結ばれている人間も見たことが無かった。
一応ハサミで切ろうとしてみたが、前回とは違って切れなかった。
おそらくはあの女神の仕業だろう。
これは本格的に運命の赤い糸から逃げられなくなった。
運命の赤い糸は絶対だ。昨日、紬との運命の赤い糸がハサミで切れたのは本当に運が良かった。
俺が知る限り、運命の赤い糸は相手が変わる事はない。
絶対にこの運命の赤い糸で繋がっている相手と結ばれる。
それがルールだ。
「それにしても、この五本の運命の赤い糸は一体誰と繋がっているんだ?」
誰か分からないが、俺はこの五人の相手と結ばれる事になる。
ハーレムか。ハーレムになるのか。
男の夢だし、ラノベでもよく見る題材だが……。
実現させるとなると不安しかない。
そもそも相手が紬みたいな相手じゃないとは限らないし……。
その時だった。
「冬一郎!」
窓の外から俺を呼ぶ紬の声が聞こえた。
時計を見ると7時50分。すでに紬が来る時間だった。
「赤い糸は切れてもアイツには縛られたままなのかよ……」
急いで準備をして、家の外にいる紬の元に向かった。
「おはよ」
「おはよう、紬」
朝から紬と顔を合わせるのは気が進まないが、朝の登校も紬から義務付けられていた。
見ると紬の左手の薬指に結ばれた赤い糸は地面に垂れて、逆側の先端が落ちていた。
「珍しいわね、寝坊かしら?」
「うん、ごめん……」
「まあいいわ。ほら、持ちなさい」
「あっ」
「さっさと行くわよ」
重たいカバンを押し付けて、紬は一人でズンズンと進んで行ってしまった。カバンを肩にかけて慌てて追いかける。
いつもの一日が始まった。
――――と、思っていた。
学校に登校すると紬の教室までカバンを運ぶ。
「おっ、紬の彼氏じゃーん! 乙~っ!」
「今日もラブラブだね~!」
「ちょっとやめてよ~、冗談じゃないわよ、こんな奴が彼氏なんてさ~っ!」
すると紬の友達の女子からからかわれた。
本当に冗談じゃない。紬と恋人なんて想像するだけでめまいがする。
「あっ、もういいわよ」
「うん……」
「放課後もちゃんと来なさいよ!」
「……うん」
お礼も無しか。まあ、もう慣れたがな。
また放課後に紬と一緒にいる約束が確約されてしまった。
自分の教室に入って席に座った。
紬に徹底的にガードされた結果、友達はいないため教室では俺はいつも一人だ。
特にやる事も無いため、自分の机でつっぺして寝たフリをする。
こうすれば誰も俺に話しかけて来ないし、ゆっくり休む事も出来る。
そもそも、この形態は《喋りかけるなオーラ》を放って陽キャから身を護るために、バリアを張るのを目的としたものだ。
よって、陽キャはもとより陰キャすらも俺に話しかけられないハズだった。
そう。いつもなら……。
「おはよう。氷室君」
いきなり声をかけられて、寝たフリをするのを忘れて顔を上げてしまった。
「やっぱり起きてたんだ」
そこに立っていたのはとんでもない美少女だった。
彼女はロシア人と日本人のハーフで雪の様に白い肌と腰まで伸びた白銀色の髪、瞳は冷たく光る蒼眼、身長はスラっと伸びてスタイルがとても良い。
そんな彼女は学校一の美少女と言われるほどにモテる。
実際に学校中の三割の男子から告白されたと噂を聞いた事がある。俺も何度か告白の現場を見たことがあった。
ただその全ての告白を断っていて、今では交友関係は女子だけで完全に男から関わる事は出来ない。よって告白すらできずに、親衛隊すら設立されるほどだ。
彼女の名前は同じクラスの涼村涼子。
彼女が女子と会話する時以外に滅多に笑わない事から《氷河の涼村》とダサい二つ名を与えられた。噂では彼女の笑顔を向けられたら凍り付いてしまうらしい。何それ怖い。
俺とは関わりが無い、陽キャ筆頭の様なタイプの女子だ。
そんな彼女がどうして俺に……?
「今日の放課後、予定ある?」
「え?」
「「「はあ!?」」」
鈴村さんの口から出た言葉に教室中から驚きの言葉が漏れた。
してやったり、とでも言いたそうに「ふふっ」と鈴村さんが天使の様に笑ったが、俺にはその笑顔が一瞬、悪魔の笑みに見えた。
そして視線が鈴村さんの左手の薬指に目が行った。
そこに結ばれた赤い糸は俺の薬指と繋がっていた。