98.不思議の国と初めての出逢い
「さてー?情けなくも【覚醒】出来てない奴はいねーだろーなぁ」
ココアは陽の光すら届かない地下深く。
闇が覆う洞穴へと赴いていた。
垂れ落ちる水の音さえ大きく響く静寂。
群生する光苔によって何とか光源を確保出来ている状態。
暗がりから襲ってくるモンスターを対処しつつ、奥へと足を運んでいく。
そんな最中、彼方から風を切る音が聴こえてきた。
「?」
足を止めて振り返ると、風切り音がどんどん近付いてくるのがわかる。
尋常ならざる気配に身構え、鎌を両手に膝を落とす。
風切り音のタイミングは一定間隔。
音の反響から音が聴こえる距離もまた一定であるとココアは予測する。
「ふっ!」
ここだというタイミングで鎌を振るうと、
「わっ!」
刀を握った小さな妖精族が眼前に現れ、刃を打ち鳴らした。
妖精族の少女は刃を起点に宙で身を翻すと、着地後すぐに地面を蹴ってココアに向かい、それに合わせてココアも身体を反転させる。
「ん?!」
「あれ?!」
二度目の鍔迫り合いは壁に亀裂が走るほどの衝撃。
二人は互いの姿を確認すると、殺気立った武器を同時に下ろした。
「ゴメンなさい!モンスターだと思って斬っちゃうところだった!」
「いいよ。お互い様だし。てか【LIBERTAS ZERO】の人でしょ?クイーンだっけ」
「うんっ。【不思議の国のアリス】のココアちゃんだよね。はじめま、し……て?」
「なんで疑問形なん?」
「んー?いっつも動画観てるからかな?あんまりはじめましてって感じしなかったから。それになんとなく、クイーンの知ってる人に似てる気がする」
「ウチみたいな美少女はそう居ないんだよなぁ。まあいいや。そっちはこんなところで何してんの?」
一応形式として訊いてはみたものの、広大な世界の人気の少ないエリアでバッティングすることなどそうそう無い。
ココアは返ってくる答えがわかりきったものだと息をついた。
「ウチの勘も捨てたもんじゃないってことかな。この先に何かがあるってことね」
「うん。この先のモンスターを倒すとね、ユニークスキルが手に入るんだよ。シャーリーちゃんが言ってた。ねえ一緒に行かない?せっかく会ったんだもん」
「勝手にしたら?どーせ倒すのはウチなんだし」
人懐っこく、クイーンはココアの後ろをついていった。
道中遅いくるモンスターを斬り伏せながら。
「めっちゃメンバー増えてんよね【LIBERTAS ZERO】」
「ノアはギルドに参加申請してる人、みーんな許可してるもん。たぶんほとんど名前なんて覚えてないよ」
「仲間意識低すぎて草。いや、そんだけトップメンバーと下部メンバーの実力がかけ離れてるってことか。【SCREAM】のバトル観てた。正直鳥肌。べつにその場に居たわけじゃないのに、ガチでゾクゾクさせられた」
「エヘヘ、嬉しいな。でもクイーンはね、本当は【不思議の国のアリス】とバトルしたかったんだぁ」
「いつでも来いよ。相手になってあげるから」
通路を行くこと十分。
二人は開けた空間へ到着した。
天井には大穴。差し込む月の光がいやに神秘的だ。
それまでの暗闇を消し去るかの如き、目を覆いたくなる眩い光。
足場を埋め尽くすのは垂涎の金銀財宝。
文字通りの宝の山がそこには在った。
「おー絶景かな絶景かな。こんだけあったらガチャ引き放題買い物し放題。けどモンスターの姿は無し、と。んで?こっからどーするの?さっきの口振りからして、どうすればいいのかとか知ってるんでしょ」
「ここのモンスターはね、この財宝を奪うと出てくるんだよ」
「奪う?」
「勝手に持って行っちゃうとね、財宝を大事にしてるモンスターが怒るの。それでね、バトルが始まるんだけど、奪った財宝の量で難易度が変わるんだよ。でもバトルに負けたら、ゴールドも【アイテムボックス】の中身もぜーんぶ持ってかれちゃうの」
「マジでか。道理でレアリティ高いアイテムがいっぱいなわけだ。ここにあるのは挑戦者たちの残骸ってわけね」
その割にこれだけの財宝が噂になっていないのは、おそらくは、自分が失くしたアイテムを他人に奪われるのが癪だという理由だろうとココアは予想した。
財宝が未だ健在なのは、それだけモンスターが強敵だからだとも。
そして、ココアは自信満々にその場の財宝を【アイテムボックス】に収納した。
「あーっ!ズルいズルい!一人で全部取っちゃった!」
「べつに協力プレイしてるわけじゃないし。取ったもん勝ちっしょ」
ココアの軽口に混ざり、翼のはためきが一つ。
月の光を遮り、天井の大穴から巨大な影が落ちる。
財宝の輝きが失せた地上に、漆黒のワイバーンが降臨し雄叫びを上げた。
「邪宝山龍ゴルディウス。財宝はココアちゃんに取られちゃったけど、スキルは貰っていくからね」
「渡さねーよ。宝もスキルも」
鎌を手元で遊ばせ肩に担ぐ。
「全部丸ごとウチのもんだ」
巨体を誇るドラゴンを相手に、ココアは懐に潜り込む接近戦を選択した。
防御力と魔法への耐性が高いようで、二本の脚の間を器用に立ち回り、鎌で細々とダメージを与えていく。
「硬い上に体力めっちゃあるな。持久戦想定か?」
ゴルディウスはその場で翼をはためかせて浮き上がり、足元のココアを風圧で吹き飛ばそうとした。
「そんな拒否んなって。ハグしてやるからこっち来いよ」
ココアの左腕が黒く蠢く触手へと変貌し、ゴルディウスの四肢に巻き付く。
「そぉりゃっ!」
力ずくで地面に落とすと、触手を千切って腕に戻す。
すると、駆け出したココアの左半身が闇に染まっていった。
「【フォールダウン】!」
振り下ろされた一撃はゴルディウスの背中に大きな傷を走らせる。
【覚醒】へと至ったココアは、ユニークスキルであった【堕天】の影響もあり、堕天使種という上位存在へと進化した。
【触手】を始めとした幾つかのスキルも統合され、発動条件を無視しほぼニュートラルな状態で【堕天使】の力を行使出来る。
闇に身を堕とすほどステータスは上昇し、魔法にも闇の属性が付与される。
いかにユニークモンスターといえど、ゴルディウスの討伐はココアにとって容易なものに成り下がる。
「クイーンだって負けないもん」
もう一人の上位種。
風精種、クイーンという存在によって。
「【御伽一刀流】……」
突風のように宙を飛び、鞘から刀身を抜き放つ。
「【妖精之環】!」
鞘内で風を起こし抜刀を加速。
回転することで剣閃が輪を描き、ゴルディウスの鱗を斬り裂いた。
「ひゅーう。やるじゃん」
「クイーン、【LIBERTAS ZERO】の副リーダーだもん」
エヘン、とクイーンはピースした。
「ならウチだって【不思議の国のアリス】の副リーダーだし。良いとこ取りで出しゃばんな」
「そっちだって」
二人はゴルディウスに向かって駆け出した。
ゴルディウスも倒れた身体を起こし、地面を叩いて衝撃波を発生させ、続けざまに闇のブレスで応戦する。
「しゃらくせえんだよ!」
ココアが鎌を回転させてブレスを防御。
その隙にクイーンが高く跳んだ。
「【風霊之天翼】!」
目にも映らない超高速の十連撃。
鋭く研ぎ澄まされた剣戟でも、ゴルディウスは潰えることを知らない。
「あれ?決まったと思ったのに」
「ウチ差し置いて楽しむなっての。もらうぜ、ラストアタック」
左半身の闇が鎌まで侵食する。
「堕ちろ!!」
闇に覆われた刃が肥大化し、巨龍の首を落とす。
「【フォールダウン・メナス】!!」
堕天使が与える堕落。そして救済。
自分の財宝を奪われた怒りに目を血走らせながら、ゴルディウスは無念の最期を迎えた。
「よっしゃーノルマ達成。スキルもアイテムもいただきー」
ココアは不服そうに頬を膨れさせるクイーンを横目にリザルトにホクホク顔。
「むー、ズルいんだぁ。最後だけ持ってって」
「だから協力プレイしてねーだろって。ウチのが強かったってことで。お、ユニークスキル〜。ん?大鎌もゲットしてんじゃんラッキー。《デスサイズ》……装備した場合被ダメージと消費MPを二倍にするいや呪われた装備じゃんこれ。つっかえかー?でも待てよ……ふむふむ…………うん、なるほどね結構いいじゃん。ウチに合ってる感じ」
禍々しい見た目通りの性能に困惑したものの、使い勝手が良さそうと装備を変更する。
「悔しいなー。本当ならクイーンのだったのに」
「諦めろ相手が悪かった」
「次はぜーったい負けないんだからね。めっためたにやっちゃうんだから覚悟してねココアおねーちゃん」
「ココアおね…なんだろな。一人っ子だからそーゆーのマジで刺さる。いつでもかかっておいで」
その後手を振って別れ、月明かりの下でココアはポツリと呟いた。
「おねーちゃんね…うっわ妹とか超欲しい。猫可愛がりするわ絶対。ま、無理な話なんだけど」
両親が別れており、片方はすでに新しい家族を持っている。
そこに自分が踏み込む余地はない。
「家族ね…」
どこか儚く、寂しげに。
ココアは足元の小石を蹴飛ばした。
またその頃。
「〜〜〜〜〜!!」
アリスはサクラに《カシオペア》に搭載された機能を一通り説明を受け、身悶えするほど目を煌めかせていた。
「すごいすごい!全部すごい!あれもこれも全部……すごい!!」
血潮を熱く息を荒げる。
初めて遊園地に来た子どものように。
「お気に召していただけたようで何よりでございます」
「ありがとうサクラちゃん。私ね、こういうSFみたいなの、昔すっごいハマってたときがあったんだぁ。その時を思い出すっていうか。新鮮なのに懐かしいみたいな」
《カシオペア》の外装に指を這わせながら遠い思い出に耽る。
「なんでだろうね。違うゲームのことなのに」
「私にはマスターの心がわかりません。問いに対して適切な答えは演算しかねます。ですが、記憶の断片…情景…研鑽…人が抱き形にしたそれらは、その人の生において必ずどこかで繋がっている。人間とはそういう生き物であると認識しています」
「繋がっている……」
サクラの言葉を反芻したときのことだ。
軽快な着信音が一つ。
アリス宛てにメールが届いた。
「ゴメンねサクラちゃん。メール…ノアちゃんからだ。でもこれって…」
内容は先日約束した、リアルでの邂逅について。
簡単な文言と日時と場所が記載されいたが、肝心の待ち合わせ場所にアリスは眉根を寄せた。
後日、アリスは一人指定された場所にいた。
おめかしというおめかしは無く、極々普通の普段着姿で時間を待つ。
待ち合わせ時間の約十分前。
バスターミナルの側に一台の車が停まった。
車から降りてきたのは、髪をオールバックにまとめた落ち着いた雰囲気の男性だ。
「アリスさんだね。待たせてしまって申し訳ない。ノアの父で、竜ヶ崎隆精と言います」
アリスの前で手を横にお辞儀する。
大人の男性が少女に頭を下げる様は異様で、嫌でも周囲の目を惹いた。
「こんにちは。えっと…」
「暑い中で立ち話もなんだ。早速向かおうか」
「はい。よろしくお願いします」
アリスを乗せた車は静かに発進した。
「こう言ってはなんだが」
「?」
「警戒心は無かったのかい?知らない男の車に乗るなんて。このままどこかに連れて行かれるとか、そういうことは思わなかったのかと」
「どこかに連れて行かれるんですか…?」
「まさか。娘の大切な友人だ。そんなことをしたら自分で自分を殺めるよ。信頼してくれとは言えないが、信用してほしい」
「は、はい。それであの…ノアちゃんのことなんですけど」
「僕の口から語るには役不足としか言い様がない。全部本人から聴いてくれるかい」
「……わかりました」
しばらくお互い無言で車は走る。
少しして到着した駐車場に停め、降りてすぐその白い建物を見上げた。
「行こう」
隆精の後ろをついて行きながら、アリスは病院の中へと足を踏み入れた。
エレベーターに乗り最上階へ。長い廊下を行った角の個室の前で止まり、隆精に勧められるまま扉をノックする。
「どうぞ」
中から聴こえた耳に覚えのある声に、少なからずの安堵を浮かべ扉を開ける。
薬品の匂いに混ざった花の香り。
風に揺らぐカーテン。
ベッドの上で身体を起こす華奢な少女が一人。
髪も肌も色素というものが抜け落ちたかのように真っ白な彼女を見て、すぐに本人だと直感した。
「伏木アリスです。はじめましてだね、ノアちゃん」
「はじめましてアリスちゃん。竜ヶ崎乃亞です」
ゲームの中と変わらない笑顔。
ここに、二人のリーダーは対峙した。