9.不思議の国とおかしな帽子屋の白ウサギ
「いいぞ【ナイトオブラウンズ】!」
「fooooo!」
「ロロちゃーーん!」
「ナッツー!」
響くような歌声が渡る中、アリスは一人でログインし街中を散策していた。
【セイレーンの瞳】とのギルドバトルから数日後のこと。
目的はスキルの強化である。
「ギルドレベルは上がったし、ついでに私のレベルも上がった。いい感じのスキルを見付けて、【大賢者】でパワーアップしよっと」
来るイベントに向けての備え。
【大賢者】を使用してわかったのは、何でもかんでも統合しても役には立たないということだ。
例えば剣に【槍術】のスキルを付与したところで無意味が極まり、【消臭】に【暗算】といったスキルを組み合わせても用途が無い。
統合はあくまで同系統、同属性、その他有益なものでなければ使い道が無いのだ。
【闇魔法】に闇属性のスキルを統合したことで【暗黒魔法】へ進化したのが良い例。
そしてあれこれ試した結果、【大賢者】の思わぬ落とし穴に気が付いてしまった。
それは【大賢者】の使用回数に制限があるということ。
統合や分離を試しているうち、スキルの取得に必要なスキルポイントが減っていたのだ。
一度の使用に対し10ポイント。【大賢者】の使用前は300あったそれが、試用している間に今や40まで減少してしまっていた。
しかも統合に10ポイント使用し、同じ対象を分離してもポイントがバックするわけではなく、新たに10ポイントを消費していまう仕様なのだ。
アドミニストレートスキルという理外の力のデメリットと考えれば、妥当と言えるだろうが。
そんなわけで、アリスはスキルも魔法も武器も、素材にするならば慎重に選ばなければならない。
攻略サイトには多々レアなスキル、武器などの情報が出揃っているが、どれもピンとこず、こうしてショップを渡り歩いているところ。
しかしショップはあくまで買えるレベルのスクロールしか取り扱っていない。
実用的だが実戦的かと言われると、少し考えてしまう。
「剣術系のスキルを買って統合するのもいいけど…」
ちょっと違う気がする。
んーと唸りながら路地裏へ。
「っと、ゴメンなさい」
「チッ」
曲がってすぐ黒ずくめの男性とぶつかってしまった。
男性は不機嫌そうに一瞥すると、舌打ちをしてそのまま行ってしまう。
もっとちゃんと謝ればよかったかなと、良い子、反省。
誰も居ない奥へ、奥へ、奥へ。
ふと、アリスの視界に鉄の看板が映った。
ウサギと帽子とトランプ、それから店の名前が彫られている。
「【おかしな帽子屋】…?」
それは、童話不思議の国のアリスに登場する帽子屋のこと。
自分と関連づいた名前に何かしらの出逢いを覚えたアリスは、その店へと足を踏み入れた。
扉を開けると来客用のベルが鳴る。
店の中は帽子屋とは名ばかりの、騒がしいくらいのアイテムの山。
一階も、梯子を上った先の二階も同じ。
ランプの火が怪しく灯り、古ぼけたレコードがかかっている。
「こ、こんにちは…」
恐る恐る店の奥へと進んでいくと、ギシ…ギシ…とゆっくり何かが軋む音。
意を決してそっちへ向かう。
揺れていたのはロッキングチェア。
腰掛けているのはウサギの獣人族の青年。モノクルを掛け、貴族のようなフォーマルな装備をしている。
離席中らしい、ウサギの獣人は目を瞑り眠っているように見える。
NPCではなくプレイヤーのようだ。
好奇心に駆られ、柔らかそうな耳に触れてみたいと手を伸ばしたところで、青年は目を開けた。
「ぅわあ!!」
ビックリした拍子に後ろに仰け反りスクロールの山に倒れ込むアリス。
何が起きたのか、青年はキョトンとする他なかった。
「ご、ゴメンなさい…」
恥ずかしそうに頭を下げる。
「構わないさ。離席していたおれが悪いんだ」
青年は立ち上がると、高い背を曲げ大仰に一礼した。
「ようこそ【おかしな帽子屋】へ。店主の白ウサギだ」
白ウサギと聴いてアリスはまたおかしくなった。
「私はアリスです」
「アリス…そうか、おもしろい偶然だ」
白ウサギもおかしそうに笑った。
「ここはアイテムを売ってるお店なんですか?」
「ああ。おれの店だ。帽子屋は洒落っ気でつけた。運がいい。この店は気が向いたときにしかやらないんだ」
「そうなんですか?」
白ウサギは、自分が手に入れた珍しいアイテムを売っていると言う。
「営利目的ではなく、ただの趣味でやってる店だからな」
「へえ…あの、見ていってもいいですか?」
「ああ。好きなだけ。必ずしも望むものがあるとは限らないが」
アリスは手当り次第に目についたものを確認していった。
見たことのないスキル、入手困難なアイテムなどが様々だ。
「どんなものを求める?」
白ウサギの質問に、棚を物色しながら返す。
「んー…あったらいいなって思うのは魔法が使えるようになる宝玉とかなんですけど」
九大属性である炎、水、氷、風、木、土、雷、光、闇。
スクロールで簡単に覚えられるスキルとは違い、魔法は初期設定で選択した属性以外のものは取得しにくい仕様になっている。
二種類以上の魔法を行使するには宝玉と呼ばれるアイテムが必須になるのだが、このアイテムの排出率が、運営魔法アンチか?と呼ばれるほど低い。
確定でドロップするモンスターは存在せず、同じく特定のクエストも存在しない。
入手はガチャのみ。
定期的にラインナップに加わるが、その排出率は僅か0.00001%。課金勢ですら入手困難な超レアアイテムだ。
「あれは運営の悪ふざけだからな。早々市場には出回らないさ」
「アハハ、ですよね」
「代わりと言っては何だが、一つ面白いスキルがある」
「面白いスキル?」
白ウサギが指を振ると、二階の棚からスクロールが浮いてきた。
アリスが手を伸ばそうとすると、白ウサギは自分の方へとそれを手繰る。
「アリス、おれとゲームをしないか」
子どもめいた悪戯心で、彼はそう持ちかけた。
「ゲーム?」
「難しく考えなくていい。おれに勝てばこのスキルをお前にやるよ。負ければ残念、お帰りをだ」
言いつつ取り出したのは金のコイン。
指で弾いて手を空中で交差。どちらの手にコインがあるかを当てる、至極単純なゲームだ。
白ウサギは、やるか?とコインを握った左手を開く。
(やった方がおトクだよね…よし)
「うん、やる」
「一度きりだ」
コインを高く弾き手を交差。先ほどよりも速い。
(コインを完ぺきに目で追っている…。小手先のテクニックは無意味か…)
白ウサギは少し口角を上げると、握った手をアリスの前に差し出した。
「さあ、コインはどっちだ?」
「どっちにも無い、ですよね?」
即答。
「何故そう思った?」
「手に握る前までは見えたけど、コインを握ろうとした瞬間に消えた…ように見えたから?」
イマイチ自信なさげなアリスだが、白ウサギは満足げに微笑んで両手を開いた。
アリスが言ったとおり手にコインは握られていない。
したり顔で内ポケットに手を入れコインを取り出した。
「いい目をしている。すまないな、ズルをした」
「それはスキル、ですよね?」
「ああ。おれは奇術師だからな」
「奇術師…」
「まあ、それはいい。約束どおりスキルを渡そう」
と、白ウサギはスクロールをアリスに譲渡した。
「それと、これはズルをしたお詫びに」
手渡したのはもう一つのスクロールと、今しがたゲームに使った金のコインだ。
スクロールには【おかしな帽子屋】のマークの封蝋、コインにはマークが彫られている。
「コインの方はこの店の会員証みたいなものだ。開店は気紛れだか。フレンド申請をさせてくれれば、掘り出し物を入荷したら知らせる」
「はい、お願いします!ありがとうございます、白ウサギさん!」
「白でいい。お前とは仲良くなれそうだ」
これがアリスと、【おかしな帽子屋】と奇妙なウサギの、最初の出逢いとなった。