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89.不思議の国と長い夜のはじまり

 月下の街並み。

 場所はギルドバトル専用ステージの一つ、【Castle Town】。

 城壁の円に囲まれた超高域の西洋風のステージ。その中央広場にて対戦相手たちは邂逅した。

「Эй Эй Эй《おいおいおい》、Вы действительно имеете дело с таким ребенком《マジでこんなガキども相手にするのか》?」

「Это скучно《つまらないな》」

 全員がフードを被った黒マントで装備を統一している。

 アリスたちを見やるなり、男たちは見下した態度を隠さずに笑った。

「外国語?」

「ロシア語。とりあえずバカにされてるって思っとけばいい」

 一人彼らの言葉を理解出来るココアが苛立ったふうに眉間に皺を寄せる。

 アリスたちはゲーム内機能の自動翻訳をオンにすると、ダラけきった彼らの前に整列した。

「【不思議の国のアリス】、リーダーのアリスです」

 彼らのリーダーらしい少年が返す。

「挨拶はいい。ただの仕事だ。さっさと始めよう」

 にべもない応対。

 フードの奥の金色の目からは、バトルにはおろか、自分たちにも興味が無いというのが容易に感じ取れた。

「おいおいミハイル、そうツンケンすんなよ。女には優しくだ。ママに教わらなかったのか?」

「黙れグリゴリー。相手が誰かは問題じゃない。オレたちの任務は勝利。それだけだ」

「ハッハッハ、今日も可愛げのない野郎だ。悪いなお嬢ちゃんたち。ウチのリーダーが堅ぶつで。おれは副リーダーのグリゴリー。リーダーのミハイルに、イワン、ロベルト、フィリップだ。デカいものを賭けた大切なバトルだって話だが。今日はまあ、適当によろしく頼むよ」

 どこか軽薄な物言いにアリスたちは目を細めた。

「やる気が出ねえな。こんなガキどもの相手するためにわざわざおれらが駆り出されたのか?」

「彼女たちは日本でも有名なプロチームだと聞く。案外見た目ほど可愛くないのかもしれないぞ」

「色気がねえガキに興味はねえんだがな」

「そう言うな。一人キルすりゃ追加ボーナス。悪い仕事じゃない。その金で日本のキレイどころを味見しに行きゃいい」

「そりゃそうか。ハハハハハハ!!」

 下卑た笑いが彼女たちの神経を逆撫でする。

 怒りの導火線に火をつけたアリスは、抜き払った剣で地面を抉った。

「あなたたちが誰で、どんな目的で私たちと戦うのか…あんまり興味は無いです。でも、これは私たちの大切なものを賭けた戦いだから。それを踏み躙るのは赦しません」

 グリゴリーは涼しい顔で口笛を吹いた。

「楽しくなりそうだ。いい日にしよう。おれたちは【NOMAD】。自由を謳歌する者だ。せいぜい生き延びてくれ、【不思議の国のアリス】」

 四人の男が嘲笑う中、ミハイルは視線を一つアリスに向けた。獲物を狙う獣然と。

 バトル開始五分前。男たちは闇に消えていった。

「何なんでしょう…」

「ナメた態度はともかく、今までバトルしてきた相手とは違う感じ」

「気にすんな。誰が相手でも関係ねえよ。気圧された方が負ける」

「ええ。相手が誰であろうと支障はありません。こちらは全力で叩き潰すまでです」

「この勝負…絶対負けない。なんてったって今日は特別な日だもん」

「特別な日…ですか?」

「なななな!なんでもないよ?!!ホントだよ?!ホントのホントだからね?!」

「は、はぁ…?」

 妙に焦るアリスに、シズクはキョトンとした。

「コホン!と、とにかく!勝つよ!勝ってみんなで未来を掴み取ろう!」

 円陣を組み、拳を合わせ吼える。

「世界の果てを目指して!!We are!!」

「「「「「Alice in WonderLand!!!」」」」」

 唇に当てた指を天高く翳した。





 志郎がライブ画面を見やっていると、秘書の橘瑞希が書類を目の前に置いた。

「頼まれていた対戦相手の資料よ。ろくな情報もないけれど」

 志郎はそれに目を通し違和感を覚えた。

 イワンこと、イワン・アバロカフ。三十歳。

 ロベルトこと、ロベルト・ナタレンコ。二十三歳。

 フィリップこと、フィリップ・グレドニコ。二十五歳。

 グリゴリーこと、グリゴリー・エメリヤノフ。十九歳。

 そしてリーダー。ミハイルこと、ミハイル・フォン・ブルガーチヴァ。十七歳。

 全員が全員ロシア国籍ということ以外、他に情報という情報は記載されていなかったからだ。

「どこかのプロチームというわけじゃない。けど、外国の大会やイベントでは何度か姿を現して優勝を掻っ攫ってるみたいね」

「素人というわけではないということか。確かに装備もそれなりのものを整えているようだしな」

「あの三矢とかいう男がどこからか引っ張ってきた無名の猛者とか?」

「大事を賭けたバトルに当てる程の、か?…もう少し調べてみるか」

「いいの?もうバトルは始まってるのに」

「何もしないよりはいい。それに、何があってもあいつらは負けないさ」

 おれが認めたゲーマーたちだ。

 志郎は言葉の末尾に最大の賛辞を付け加えた。





 バトルのルールは至ってシンプル。

 スキル、魔法、アイテムの使用。何でもありのサバイバル。

 相手チームを全滅させた方が勝利となる、あまりに単純にして、普段最も彼女たちが用いるルール。

 だからこそシズクは懸念した。

「あの男はゲームに関しては素人ですが、この大舞台で無策なんて真似をするはずはありません」

「ウチらのこと下調べはされてるって思った方が無難か。ていうか、向こうのプレイヤー全員見覚えないんだけど。【NOMAD】って言ったっけ。外国のプロにあんなの居た?」

「私もプロ全員を覚えているわけではないので…。【NOMAD】…遊牧民、放浪者という意味の言葉ですね」

「放浪者ね…」

 【不思議の国のアリス】スポーン地点の時計塔の一室。

 戦闘開始までは残り一分を切ったところ。

「適当な強いプレイヤー雇ったとか?」

「てっきり百人くらいで数で圧してくるものだと思ってたから、それならそれでむしろそっち方が気楽に戦えるまであるけど」

「油断は禁物です」

「心配すんなルナ」

 開始五秒前。

「油断なんてしてる奴、ここにはいねーよ」

 バトル開始のブザーが鳴り響いた。

 いざ夜の街へ。と、その瞬間。

「シズクちゃん!!」

 誰よりも早くアリスが動き、シズクを突き飛ばす。

 窓ガラスが音を立てて砕けたのと、アリスの剣が侵入してきたそれを弾き飛ばしたのは、ほぼ同時のことであった。

「何?!」

「銃弾…?!」

 弾かれて床にめり込んだ鉄の塊に全員の目がいく。

「全員射線管理!」

「【風花の盾】!」

「【旋律変化】!【ゴスペリウスサンクチュアリ】!」

 咄嗟に防御壁が張られ、五人は物陰に身を潜めた。

「狙撃?!こんなすぐ?!」

「シズクさん並みの腕前です…」

「いいえ…開始直後、相手の位置の把握もままならない状況で、窓から一瞬出た頭を狙うなんて芸当、私にも無理です。なのに…恐ろしくピンポイントな射撃…!」

「ウォールハックは?」

「使ってたら社長がわかるだろ」

「とにかく体制を整えよう。位置バレしてるんじゃすぐに…」

 アリスのそれはスキルによるものではない。

 飛び抜けた直感と反応速度によるものだ。

 もしもアリスが並のプレイヤーであったならば、部屋の中に投げ込まれたグレネードで全滅を余儀なくされていたことだろう。

 静寂が落ちる街に爆音が一つ。

 荒れ果てた部屋を、五人の男たちが踏み荒らした。

「やったか?」

「知ってるかロベルト。そういうのを日本じゃフラグを立てるっていうんだぜ」

 イワンに揶揄われ、ロベルトは口に加えたタバコを無造作に投げ捨てた。

「逃げた後だな。部屋を出た様子はなかった。おそらく空間系か転移系のスキルを使ったんだろう。そうでなくちゃな。すぐに終わったんじゃおもしろくねえ」

「まあな。しかしやるなぁ。あの黒ずくめ(リトルブラック)

「ミハイルの狙撃が外れたのは初めて見たが、それを叩き落としたとあっちゃ前代未聞だ」

「しかもスキルじゃねえ。ありゃあ見えてたな。AGIはさすがにゲーム由来なんだろうが、反射速度が尋常じゃねえ。久しぶりにおもしれえゲームになりそうだ」

「ミハイル、指示を」

 床の弾痕から目を上げると、ミハイルは冷たい声で告げた。

「オーダーに変更は無い。索敵を開始。発見次第速やかに殲滅しろ」

「了解」

 男たちは猟犬のようにその場で散開した。





「状況確認。ダメージある奴」

「大丈夫」

「同じく」

「問題ありません」

「平気よ」

「よし」

 ルナの【迷い家】から出た五人は息をついて広場に降り立った。

「でも今のは危なかった…」

「アリス様の指示で【迷い家】を展開していなければ、あそこで全滅でしたね」

「詰め方がエグすぎる。素人の動きじゃねー。ミリタリー系ゲームのプロとか?いや今はそれどころじゃねーわ。とにかく銃の腕がハンパない。射線管理と索敵頭から抜け落としたら一瞬で抜かれて――――」

 ココアの指示を遮るようにルナが叫ぶ。

「っ!来ます!」

 【裁縫術】で張った糸を切り闇の中から姿を現す。

 その黒い体毛を纏った巨軀は地面を踏み抜くと、一帯を陥没させ敷石の破片を舞わせた。

「ハハハ!一番乗りだ!」

 後方に跳んで回避した五人へ、ゴリラの獣人族イワンは問う。

「この中で一番強い奴は前に出な!」

 五人は躊躇わず疑わず、それは私だと一斉に前に歩を踏み出す。

「おうおう、中身は本当に子どもか?全員いい目をしてやがる。こんなにゾクゾクしたのは真冬に頭からウォッカを掛けられて外に放り出されたとき以来だ」

「物理的な話じゃねーのそれ。寒みぃんだよロシアだけに。アリス、シズク、ルナ、ナッツ、とりあえず散っとけ。ここでチンタラしてたら残りがすぐに来る。相手の情報が無い以上、乱戦はありえん。この人の相手はしといてあげるから」

「ココアちゃん」

「はいはいココアちゃんですよ。いいから行きなー。っと、おいシズク」

 ココアは鎌を担ぎ軽く振り返ると、シズクへ短く告げた。 

「負けんなよ」

「ええ」

 四人は方方へ散っていき、残ったココアはイワンに対し、一度だけ礼を言った。

「わざわざ待ってくれてありがと」

「構わないさ。一人残った勇気を称えたに過ぎない。が、浅慮だな。おれがタイマンを望まないで、お前を1v5でいたぶるとは思わなかったのか」

「それならそれでいい。楽にゲームを終わらせられる」

「大した自信だ。どのみち全員標的だが。おれが追わなくてもあとの連中がどうにかする。肝心なのはお前が当たりかハズレか、だろ?楽しめるかどうかだ」

「おじさんは?当たり?それともハズレ?」

「そいつは戦ってみないとわからない」

「だね。どっちでもいいんだけどさ。敵には変わんないし。楽しかろうがそうでなかろうが、ウチの前に立ち阻かるんなら、全員残らず薙ぎ倒してやるだけ」

 イワンはわざとらしい口笛を一つ挟んだ。

「痺れるぜ。オイミャコンの吹雪みたいな殺気だ。おれを相手にタイマンを挑む威勢の良さもいい。気に入ったよエンジェル。相手をしてやる。お前はおれの獲物だ。満足するまでヤり合おうぜ」

「Очень шумно Бедный член《うるせえんだよ粗チン野郎》.Доверие это хорошо《御託はいい》.Я убью тебя, так что давай《殺してやるからかかってこいよ》」

 両者は戦闘の意思を武器に乗せ、夜の闇に火花を散らせた。






 街の西側。

 ルナは屋根に登って索敵を始めた。煙突などの遮蔽物で身を隠すのも忘れない。

 が、いつまでも闇に潜んでいるだけでは埒が明かないことはルナもよくわかっている。

 勝利条件は相手チームの全滅。

 このルールにおいて、攻める以外の選択肢はありえない。

 【裁縫術】の結界に感知が無いことを確認し移動しようとした瞬間。

「!」

 鋭い何かが髪先に触れる。

 それは刃。

 研ぎ澄まされた薄いそれがワイヤーに繋がれ、巻き取られる音と共に襲撃者の元へ戻る。

「こめかみを抜いてやったつもりだったんだがな」

 男は物音一つ立てずに屋根へ着地すると、はためく外套の内からタバコを取り出し咥えた。

「勘がいい…いや、見えてたな。あの黒ずくめ(リトルブラック)ほどじゃねえが、いい目を持ってやがる」

(【裁縫術】に触れずにここまで…?)

「…ええ、まあ。あの方の天然物とは違い、あいにく人工ものですが」

 ルナの目が淡く白く光り紋様が走る。

「マグレじゃねえといいな」

 腰のホルスターからハンドガンを抜くと、発砲音が重なる早撃ちで三発。弾丸がルナを襲う。

 ルナはそれを最小限の動きで回避。弾丸は後方へとすり抜けた。

「奇襲ならいざ知らず、正面からなんの小細工も無し。そんな攻撃二度と当たりませんよ」

「みたいだな」

 虎の獣人ロベルトは退屈そうに紫煙を吐いた。

「こいつは提案なんだが、大人しくやられてくれねえか。無駄な時間は過ごしたくねえ。ダルい仕事はさっさと終わらせて、酒を飲んで女を抱きてえんだ」

「そうはまいりません。あなたが敵である以上は。敵を前にしてでは逃げますね、なんて…笑い話にもなりませんから」

「ああ、そりゃあ当然だ。反論の余地もねえ。悪い癖だ。すぐ面倒がって結果を求める。悪かったよ忘れてくれ。なら予定通り、お前を倒すしかねえな。逃げておけばよかったって後悔はしてくれるなよ。めんどくせえし、おれらは女子供に優しくなんて紳士は教わっちゃいねえ」

 腕を振るモーションと同時、ワイヤー付きのブレードが射出される。

「【風刃】」

 今度は避けず、風の刃を一つ。相手のブレードを弾き返した。

「風使いか。尚更残念だったな」

 ロベルトは煙を燻らせた。

「お前、おれとの相性最悪だよ」





 ナッツは裏路地を駆けながら、鳴り出した戦闘音に耳を傾けた。

「重い斬撃に、風の音も聴こえ始めた…ルナが敵と戦ってるのね」

 敵味方合わせて未戦闘が三人ずつ。

 そもそもが、少人数ギルド同士のバトル用のフィールドではない。広さを考えれば接敵することの方が難しい。

 が、敵は容易に自分たちを見つけている。

 単純に勘がいい。

 そういった類のスキルを使用している。

 前者なら対抗手段は無い。

 が、後者ならこちらの出方次第でどうとでも出来るとナッツは高を括る。

 索敵という分野なら尚の事。それは自分の領分だ。

 発動していた演奏者を解き足を止め、背後から自分を追ってくるその人物に剣を構えた。

「いい加減ストーカーはやめてくれない?追いかけ回されて喜ぶ趣味はないわ」

「そう言うなよ」

 地面を削ってブレーキをかける、チーターの獣人族。

 フィリップはナッツを視線で舐った。

「こっちにしてみりゃ合法的に女を痛めつけられるいい機会なんだからよ」

「あなたモテないでしょう。滲み出てるわよ、ブスな部分」

 一瞬。目の前からフィリップが消え、背後に回った。

「知ってるか?見下してる男に犯られるとき、女は背徳と喜びを覚え股を濡らすんだぜ」

「知ってる?そういうの非モテしか言わないって」

 今度はフィリップの前からナッツの姿が消える。

 見ればナッツは階段の手摺に座ってスラリとした足を組んで髪を払っていた。

「速いだけの男に捕まるほど、私は安くないわよ童貞さん」

「いいねえ唆らせる。キスしてやるよ、喉元引き裂いてグチャグチャになった顔になぁ!!」

「お断りよ。私の全部、髪の先から涙の一粒まで。たった一人の姫だけのものだもの」

 高速対高速。

 二つの風がフィールドを駆け巡る。





「あちこちで戦闘が始まってるな」

 黒豹の獣人族、副リーダーのグリゴリーは辺りを見渡しながら楽しげに言葉を投げかけた。

 対面ではシズクがアサルトライフルの銃口を向けている。

「どいつもこいつも気を逸らせやがって。ゆっくりティータイムも出来ないのか」

「一応、何のつもりかと訊ねた方がよろしいのでしょうか」

「何でそんなに余裕なのかって?理由は三つだ。おれがあんたより強いから。女を前に結果を焦るのはダサい。そして、これでもあんたに同情してんのさ」

「同情?」

 シズクは眉をピクリと動かした。

「話は聞いてるよ。政略結婚だって?ハハハ、時代錯誤極まれりだ。こっちが勝てば嫁に、そっちが勝てば反故に。金が絡んでなきゃこんなバトルやる気も起きやしない」

「なら、私がポケットマネーで提示された依頼料に上乗せすると言ったら、あなた方は負けてくださるとでも?」

「口約束ではいわかりましたとはならない。おれたちはプロだからな。第一おれ一人が納得しても、もう他の連中には火が着いてる。手遅れだ」

「言ってみただけです。お気になさらず。どのみち金で動く者たちなど信用に価しません」

「価値観の相違だ。おれたちは人の心なんてものより、金っていう目に見える数字のために戦うのさ。それが偶然、あんたたちと戦う運命を招いた。あんたたちにとっちゃ人生の中の不運の一つだろうが、まあ諦めて受け入れてくれ」

 乾いた音が一つ。

 グリゴリーの頬の皮一枚のところを掠めた。

「運命?不運?今の私が一番聴きたくない言葉です。自分の弱さが浮き彫りになりますから。運命なら乗り越える。不運なら払い除ける。これはそういう戦いです。それを言うに事欠いて諦めろ、受け入れろと…引っ込んでなさいな部外者風情が」

「金で雇われてる以上は当事者さ。どのみちあんたたちはこのゲームには勝てねえ。教えてやるよ、どうにもならない現実ってやつを。この世には抗えねえ力があることを知って」

 絶望に死ね。

 グリゴリーは銃の引き金を引いた。

 




 路地。壁。屋根の上。

 アリスは絶えず、三次元的な動きで夜を動き回っていた。

 どこからか迫る狙撃を躱し、また落としながら。

「狙撃の方向だけはわかる…けど」

 屋根から屋根へ。屋根から窓ガラスを突き破って部屋の中へ。

 ほぼ着地と同時を狙われ、息をつく暇すら与えてくれない。

「向こうの姿だけ全然見えない…狙撃地点に向かってもすぐに隠れられちゃうし、どこから見られてるのかもわかんないなんて…。透明になるスキル…?それとも隠密系の…?うぅぅ、狙撃だけなら対処出来るのに…」

 そこまで言ってハッとする。

 アリスは部屋から廊下へ飛び出すと、突き当たりの壁を蹴破って空を翔んだ。

「狙撃の方向だけわかるなら…!」

 頭を狙った音も無い狙撃に対し、剣で落とさず魔法を使用する。

「【グラビティコア】!」

 たった一発の弾丸には過剰すぎる対抗策。

 大規模な魔法は辺り一帯を押し潰し、建物を瓦礫と化し煙を巻き上げた。

 その様子を高台から見ていた狙撃手は、コッキングを一つ挟むとその場で視覚を閉ざした。

 そのため、轟と風が唸る音が迫っているのに気が付くのが遅れた。

「見つ、けた!!」

 【天翔】で空を駆けるアリスは、銃を構える暇を与えず斬撃を飛ばす。

「【エアロリープ】!」

 狙撃手は照準を合わせる時間が無いとわかるや否や、足元の影を波立たせた。

「【ライラプス】」

 影から飛び出した大型の猟犬が牙で斬撃を止め、鋭い爪でアリスを迎撃する。

「っ!」

 空中で前転し身を翻したアリスは、そのまま高台に着地。

「【シャドウゲート】!」

 続けて襲いかかる猟犬を、影の中へ飛び込み他所へ転移することで回避に成功した。

 アリスは木の幹の上に。

 狙撃手は猟犬を再び影の中へ戻し、両者は視線を交錯させた。

「影を操る魔法…!」

「影から影への転移」

 二人は互いが同系統の魔法の使い手であることを覚った。

「【NOMAD】のリーダーさん…ですよね」

 黒い耳を立たせた犬の獣人族、【NOMAD】リーダーのミハイルは冷淡に声を発した。

「さっきの魔法。あれはオレの目を晦ますためか」

 アリスは訊こうとしている意図を察して頷いた。

「オレがどうやってお前を見ているかまではわかっていないようだが。狙撃を魔法で落とし爆煙を巻き上げ、煙の中で今の影の転移を用い、狙撃の角度から位置を逆算して最短距離を駆けてきた。オレの狙撃を落とす剣の腕と、一瞬の状況判断能力。度胸もある。強いな、お前」

 ミハイルは影から黒いオーラを立ち上らせ前置いた。

「そして惜しい」

 身の丈以上のスナイパーライフル、《ホワイトアウト》を構え引き金に指をかける。

「その強さも、所詮はこの小さな島国の中での話だ」

 狙撃銃とは思えない速度で二発の射撃。

 一撃目はアリスの立っていた幹を吹き飛ばし、二撃目は落下途中のアリスの眉間を狙った。

 しかし、空中での機動力とこの至近距離でも弾丸を落とす反応速度を併せ持った天然のバグが彼女だ。

 真っ向からの銃撃など命中する理由が無い。

(銃の腕は自前っぽい…のに、速い…。シズクちゃんと戦ってるみたいだ…)

 猫のように靭やかに着地。いざ迎撃に出ようとしたときには、目の前からミハイルが姿を消していた。

「嘘…!」

 時間にして一秒足らず。

 目を離したのは僅かな間だ。

「転移…なら、また狙撃してきた方に…っ?!」

 反射的に前に跳ぶ。

 自分が立っていた場所へと飛来した何かが、着弾すると共に爆炎を生じた。

 それがもう一発、もう一発と雨あられのように降り注ぐ。

「グレネードランチャー?!換装してる?!シズクちゃんみたいな【空間収納】も使えるってこと?!」

 回避しながら索敵を試みるが、直線状に放たれるライフルと違い、山なりに放たれる榴弾は位置を特定しづらい。

 加えて敵の力は未知。

 現状どうすることも出来ないと、苦虫を噛み潰す思いで、アリスは一旦の退却を強制付けられることとなった。

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