60.不思議の国と雨の降る世界の物語
それから数日後、イベント開始に伴うメンテナンス明けの数時間前。
「っし…最終確認オッケー」
「おつかれっ…した」
Project Storm本社では、社員たちが陸に打ち上げられた魚のようにぐったりしていた。
啓治と翔馬も過密スケジュールの働きを終え、社長室のソファーに横たわっている。
「コーヒー?エナドリ?」
「ブレンド頼む…」
「同じので…」
「社長は?」
「ビール」
「ティーパックの紅茶でいいわね。スティックシュガーは?」
「三十六本」
「二本しかなかったわ」
一際ぐったりしている志郎をあしらいつつ、瑞希は部屋のケトルでカップにお湯を注ぎ、それぞれの前に置いた。
「三徹の後の紅茶は沁みるな…」
「おつかれさま。啓治、翔馬、ここに置いておくわよ」
「サンキュ…」
「あざッス…」
ゴクリ
「「ぶっふぉ!!!」」
「ちょっと。せっかく淹れてあげたのに噴き出すってどういうことよ」
「何入れたんスかこれ?!毒ッスか?!」
「酸っぱ!!煮詰めた親父の靴下みてえな味がする!!」
「え?だってブレンドって言ったじゃない」
「コーヒーとエナドリのブレンドじゃねえよ!!」
そんな風にギャーギャー騒いでいた折、部屋の扉がノックされ、失礼しますという挨拶と共にアリスが入ってきた。
「こんにちは」
「ああ、来たか」
「えっと…」
チラッと騒がしい三人を視界に捉える。
「気にしなくていい。わざわざ悪いな」
「大丈夫。でもなんで私だけ?」
「いや、そろそろあいつも来るはずだ」
「あいつって…」
「うぃーす」
「黎果さん!」
「お、アリスもいる。おつかれ」
「おつかれさまです。黎果さんも志郎さんに?」
「うん、なんか知んないけど。で?何の用?あたしたち二人が同時にってことは、例のスキル絡みだったりする?」
アリスはハッとし、志郎に目を向ける。
志郎は、ああ、と短く返して話を始めた。
アドミニストレートスキル。
管理者権限という名を与えられたそれは、志郎たちが世界にバラ撒いた力の種子の総称であり、それぞれがゲームを構築し、ゲームのルールを決定づけるだけの能力を有している。
謂わば神の力の権能。
その内の一つが、伏木アリスことアリスが所有する【大賢者】。
世界で一番初めに発芽したアドミニストレートスキル。
万物の解析、統合、分解、進化を司り、神性領域にて新たな叡智を創造するスキルだ。
そして七峰黎果ことレイが所有する【転生者】。
固有スキル以外のスキルをそのままに、あらゆる種族へと自在に転生が可能となり、その際に魔法属性をも自由に切り換えられるという、汎用性に富んだスキルだ。
そのどちらもがゲームバランス…もといゲームそのものを崩壊させるだけの力を宿している。
黎果はともかくとして、現にアリスは既存の概念を覆すスキルを幾つか創造してしまっている。
その代表例が、防御不可のアブソーバー。
【Gluttony】
相手の攻撃を吸収し自分のステータスに変化するだけでなく、魔法を吸収しアイテム化することで、本来入手困難な魔法習得アイテムを無限に産み出せるというスペリオルスキル。
アリス最強の盾であり矛。
そして最大のやらかしだ。
言うまでもなく現時点では、の話だが。
兎にも角にも、それだけの力がまだNEOには眠っている。
そして志郎は告げた。
「新たなアドミニストレートスキルが発芽した」
と。
「新しいアドミニストレートスキル…それってどんな」
「如何に理外の力といえどもあくまでスキルの範疇だ。おれたちはプレイヤーの情報を流すことも、プレイヤーに情報を流すこともしない。運営は全てのプレイヤーに対して公平で無ければならないからな」
聞いて黎果が物申す。
「矛盾してない?じゃあなんで、あたしら呼んでそんな話したの?」
たしかに、とアリスは再び志郎に目線をやった。
すると志郎は紅茶を飲み干すと、神妙な面持ちを浮かべた。
「おれ個人の独断や好みでプレイヤーに干渉するのはさておくが、発芽したアドミニストレートスキルというのが、少々厄介なものでな。本来なら抑止力としてべつのアドミニストレートスキルも目覚めるはずだったんだが、どういうわけか厄介な方だけが目覚めてしまった」
「よくわかんないけど、それで?あたしらにどうしろって?」
「万が一何かあったときはよろしく頼む。以上だ」
「以上って…」
「丸投げすんなよ責任者」
つまりは用心しろという意味合いらしいが。
「というか、どこの誰がスキルを手に入れたかもわからないのに…」
それは問題無い、と志郎は断言した。
「アドミニストレートスキルは共鳴する。システム的な話じゃない。強い者同士が引かれ合うのと同じだ。いつか必ず所有者同士は出逢う。たとえそれが、敵同士という形でもな」
「べつに敵なら倒すだけだからいいや。ね、アリス」
ポケットに手を入れたまま、黎果は相変わらずの自信を口にする。
だが、志郎は念を押して二人に告げた。
「お前たちの強さは理解している。だが忘れるな。システムは所詮システムに過ぎない。アドミニストレートスキルは、それを超越し得る可能性だということを」
「…………」
緊張するアリスを他所に黎果は、
「で?」
あっけらかんとした態度で志郎に返した。
「本音は?」
「次の新スキルやら新要素やらの大型アップデートも迫っているし出来ることなら面倒事の全てをお前たちに一任したい」
何てことのない、ただの義務放棄と責任の丸投げである。
「システムを超越する可能性…」
その夜、アリスは湯船に身体を浸けながら天井を見上げ、志郎の言葉を反芻した。
「新しいアドミニストレートスキルかぁ…どんなスキルなんだろう。どんな人が手に入れたのかな」
コンコン
浴室の扉がノックされる。
「アリスー?もうすぐメンテ明けだよ。はよログインしよ」
「あ、うん!ゴメン心愛ちゃん、今上がるね」
急いで上がり髪を乾かす。
リビングではすでに心愛、雫と、泊まりに来た美桜が準備を済ませていた。
「お待たせ」
「あと五分ですね。私たちは私たちのペースで気ままにプレイするだけですが」
新イベントの開催に伴い、Project Stormが内容を発表した。
《Blessing on a Rainy Day》。
ペアを作って全エリア対象の2vs2を行い、得たポイントでスキルやアイテムを入手出来るというもの。
ポイントの入手は同じペアからは一度のみ。
その他モンスターを倒してもポイントの入手が可能。
このイベントの主な見どころとして、ペアの片方は武器を、片方は魔法を使用出来ないという点がある。
一組のペアに時間を取られないため、バトルは五分間という制限も設けている。制限時間内に倒せなかった場合は、総ダメージ量で勝敗を分ける仕組みだ。
互いのチームワークと戦略が勝利への鍵となる。
そして、ジューンブライドというテーマを掲げたイベントには障害が付き纏う。
今イベントの主となる【不思議の国のアリス】の存在だ。
彼女たちはイベントに、敵という形で参加する。
プレイヤーを襲撃し、イベントの進行を妨げるという悪役だ。
勝った際には大量のポイントが入手出来る仕様だが、彼女たちの実力上、勝てるプレイヤーはそうそう存在しないだろうが。
「お、メンテ終了。ダウンロードおっけー」
「いよいよですね」
「そんなに緊張せずに。私たちは私たちで楽しみましょう」
それぞれギアを装着する。
「それじゃあ行くよ。ゲームスタート」
少女たちの意識は、雨の降る世界へと。
名前:アリス
Lv:32
種族:人間族
職業:剣士
称号:【死霊の主:MP+1800】
HP:3600/3600
MP:2800/2800
STR:420
VIT:300
AGI:610
DEX:310
INT:400
LUK:350
魔法:【暗黒魔法】
装備:《イノセンスヴルム:片手剣:MP+400 STR+450 LUK-50:レアリティS:【デッドリーイノセンス】》《屍龍王の鎧:体:HP+1000 VIT+350:レアリティA:【HP自動回復】【死霊術】》《黒の手袋:両手:DEX+20:レアリティE》《スカイウォーク:両足:AGI+700:レアリティA:【空間機動】》《ブラックリング:左中指:INT+80:レアリティE》《鬼の盟約:左人差し指:MP+1500 INT+500 DEX+100:レアリティS:【威圧】》
固有スキル:【鑑定】
スキル:【二刀流:Lv10】【槍術:Lv5】【射撃術:Lv4】【毒耐性:中】【形状変化】【魔法剣】【怠惰】【傲慢】【時間逆行】【眷属召喚:鬼】
ユニークスキル:【黒雷姫】【風妖妃】
スペリオルスキル:【Gluttony】
アドミニストレートスキル:【大賢者】
名前:ココア
Lv:34
種族:天使族
職業:処刑人
称号:【永遠の日輪:HP+2000 ATK+700 INT+500 LUK+1600】
HP:4500/4500
MP:2300/2300
STR:260
VIT:700
AGI:290
DEX:360
INT:610
LUK:680
魔法:【陽光魔法】【炎魔法:Lv2】
装備:《堕天使の翼鎌:両手鎌:HP+2000 STR+140 VIT+480 LUK+60:レアリティS:【救済】》《エンゼルローブ:体:HP+3000 VIT+500:レアリティA:【HP自動回復】【天使の加護】》《ホワイトガード:両手:VIT+200:レアリティD》《ハイブレッシングブーツ:両足:MP+1100 AGI+90:レアリティA:【幸運】【強運】【激運】》《智天使の指輪:右手人差し指:VIT+2000 INT+310:レアリティS:【詠唱破棄】》《暁のイヤリング:両耳:ATK+700 INT+1000:レアリティS:【神代の炎】》
固有スキル:【聖歌】【アイテムボックス】
スキル:【大鎌術:Lv10】【光の巫女】【念動力】【底力】【破邪】【誠心】【ライフストック】【復讐】【毒耐性:中】【麻痺無効】【触手:Lv4】【諸刃の剣】【黎明の白翼】【八咫鏡:Lv1】
ユニークスキル:【堕天】【天照】
名前:シズク
Lv:34
種族:悪魔族
職業:魔銃士
称号:【永劫の月輪:MP+2000 VIT+700 DEX+1000 INT+800】
HP:2100/2100
MP:3900/3900
STR:560
VIT:180
AGI:490
DEX:750
INT:780
LUK:140
魔法:【水魔法:Lv4】
装備:《サクリファイス:スナイパーライフル:STR+700 DEX+60:レアリティB》《魅惑の黒衣:体:HP+1500 VIT+150:レアリティA:【魅了】【制圧】》《幽霊令嬢の手袋:両手:MP+500 STR+80 DEX+600 LUK-100:レアリティA:【霊化】》《悪魔の脚:両足:AGI+70:レアリティD:【回避】》《空の悪魔のピアス:両耳:INT+600 LUK+10:レアリティS:【空間収納】》《夜闇のブレスレット:左腕:ATK+700 DEX+1000レアリティS:【月天の眼】》
固有スキル:【邪心】【アイテムボックス】
スキル:【射撃術:Lv10】【短刀術:Lv6】【魔弾】【調合術】【爆弾魔】【水泳】【水心】【状態異常耐性:小】【鷹の眼】【時の住人】【金運】【デッドエンドオーバー】【黄昏の黒翼】【八尺瓊勾玉:Lv1】
ユニークスキル:【血の聖杯】【月読命】
名前:ルナ
Lv:19
種族:妖怪族
職業:魔法使い
称号:【迷宮の踏破者:HP+1500 DEX+1400 INT+1400】
HP:1900/1900
MP:2300/2300
STR:150
VIT:200
AGI:170
DEX:230
INT:300
LUK:180
魔法:【風魔法:Lv5】【木魔法:Lv2】
装備:《白蜘蛛の糸:槍:STR+320 INT+540:レアリティA:【眷属召喚:蜘蛛】》《黄泉の羽衣:体:HP+2200 VIT+400:レアリティS:【黄泉の風域】》《音断ち:両足:AGI+200:レアリティB:【隠密】》《蜘蛛の眼の銀飾り:頭:INT+1000:レアリティA:【風の心得】【恐怖】》《物の怪宿の屋号:左人差し指:DEX+400 INT+1300:レアリティS:【迷い家:Lv1】》
固有スキル:【羅刹】【アイテムボックス】
スキル:【槍術:Lv4】【炸裂】【刺繍】【運命の糸車】【逢魔ヶ時】【異界の逆風】
ユニークスキル:【裁縫術】