表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/124

59.不思議の国と迷宮を踏破せし者

 ルナが訪れていたのは、古都郊外の小さな村。

 緑が眩しい田畑に、清流のせせらぎが心地良い小川。

 日本人の郷愁をそのまま風景にしたような場所だ。

「やあいらっしゃい。旅の人かい?」

 畑仕事中の老夫婦がルナに話しかける。

「何も無い村だけどゆっくりしておいき」

「は、はい」

 NPCの定型的な文章に、丁寧にお辞儀を返す。

「今採れたばかりの野菜がある。よかったら持っていくといい」

「ありがとうございます」

 小川の縁に腰を下ろし、もらったトマトにかぶりつく。

「かぷ」

 果汁がぎっしり詰まった重いそれは、清流で冷やされ瑞々しさを増していた。

「ん…甘くて美味しいです。それにしても」

 周りを見渡すが、目に入ってくるのは平和そのもの。

 取り立てて異変らしい異変も見当たらない。

 それが却ってルナに言い様のない不信感を抱かせた。

「やはり何かが起こるとしたら夜なのでしょうか」

 トマトを完食し手を合わせ、ひとまず村の中を歩いてみることにした。



 活気づいて農業に勤しむ村人。

 長閑さを象徴する家畜のゆったりした鳴き声。

 どこを歩いても代わり映えしない田舎の景色。

「モンスターどころかクエストが発生する気配も無し…どこかで夜になるのを待って……?」

 ルナがそれを気にしたのに大した理由は無い。目に留まっただけだ。

 引き戸が開けっ放しになった、何の変哲も見受けられないただの古民家。

 引き寄せられるようにとは語弊があるも、何となしに家の中を覗いてみる。

「お邪魔します…どなたかいらっしゃいますか?」

 生活感はあるものの、返事も人の姿も無い。

 おそるおそる敷居を跨いだとき、バタンと背後で戸が閉まった。

「!」

 引けども押せども戸は開かない。

 少々乱暴ですが、とルナは【風刃】を放った。

 しかし戸には傷一つついていなかった。

「閉じ込められた…」

 立ち尽くしていると、家の襖がスッと開いた。

「中へ入れ…ということですか…?」

 このまま茫然としていても仕方ない。

 ルナは土足で失礼しますと一礼し、家の中へと足を踏み入れた。



 中は何も無い、至ってシンプルな八畳間。

 入ってきた方向を含め、四方の壁は襖となっている。

 足を踏み入れると背後の襖が閉まり、まさかと思い再び開けてみると、玄関口だったはずの空間は消え、同じ造りの八畳間がそこにあった。

「迷路脱出のクエスト…」

 簡単な造りならば、手当り次第に襖を開けていけば運でいつかはクリア出来るのが通常の迷路だ。

 しかし、ルナはかれこれ二十分、襖を開け続けた。

「こっちも違いますか…」

 ヒントは何一つ無く、一定の法則性も見当たらない。

 かといって直進し続けても果てがあるわけでもない。

 四方の襖のうちどこか一つをを開けるという仕様上、通常の迷路に用いられる片側に手をついて、という攻略法も使えない。

 そもそもどの程度の広さなのかもわからないともなれば、お手上げとしか言い様はなかった。

 呼吸を整え天井を見上げる。

 どの部屋にもぶら下がっている小さな鈴。

 これを鳴らすとリタイア可能な仕組みのようだ。

 尤もルナにはリタイアする気など更々無いようだが。

「ヒントも法則も無い…つまり、正攻法ではけして攻略出来ない迷路ということ。いいえ、これはそもそも迷路では無さそうですね」

 クイ、と右手から垂れた糸を引っ張った。

 切れた糸が手元に戻る。

 目印にと道中何度か同じことをしたが、襖が閉まる度に糸が切れてしまっていた。

「襖が閉まる度、空間そのものが入れ替わっているのでしょうか…。最初から出口の無い隔絶された空間…リタイアする以外の選択肢を与えない運営さんの意地悪…。ですがそれは、攻略出来ないという理由ではないはずです」

 ルナは天井、床、四方の襖に蜘蛛の巣を張った。

「ここまでモンスターの一体すら現れていない…仮にモンスターが居ないのではなく、この空間そのものが一つのモンスターであったならば。どこかに必ずダメージが通る部位があるはず」

 目を閉じ神経を集中させる。

 小さな物音。

 僅かな振動。

 何かが床下を移動しているのを感じ取り、すかさずそこへと槍を突き出す。

 と、何かを突き刺した手応えがあった。

 【炸裂】で畳が爆ぜると、串刺しになっている鬼の顔をしたこけしが。

「これがモンスターの正体…というか、核のようなものだったのでしょうか」

 空間が一度ぐにゃりと歪む。

 襖を開けるとそこは縁側。外には来たときと変わらぬ風景が広がっていた。

 ホッと一息つくルナの前に、パネルと漆塗りの黒箱が出現する。

 《レベルが上がりました》

 《ドロップアイテムを取得しました》

 《称号【迷宮の踏破者】を取得しました》

 《スキル【異界の逆風】を習得しました》



 【迷宮の踏破者】

 HP+1500 DEX+1400 INT+1400



 【異界の逆風】

 自分のパーティーメンバーの風属性の攻撃を20%上昇させ、自分とパーティーメンバー以外のAGIを-1000する。



「バフとデバフが合わさったスキル。これはありがたいです。称号の方も、今のものより数値が大幅に上昇して。アリス様との思い出の称号ですが…これもアリス様の力になると考えれば」

 新たに得た称号を設定し、続いて黒箱の中身のアイテムを確認する。

「指輪と…水晶玉?」



 《物の怪宿の屋号》

 DEX+400 INT+1300

 レアリティ:S

 内包スキル:【迷い家:Lv1】…レベルに応じた空間を創造するスキル。

 空間内から外部へ、またはその逆の攻撃は不可。

 空間内における自分及びパーティーメンバー以外のATKとVITを-400する。

 使用者が認識、許可した人物のみ出入り可能。

 死亡時、またはログアウト時解除される。



「空間系のスキル…これは思いがけずいいものを手に入れました」

 幾何学模様が彫られた銀の指輪を、右手人差し指に嵌めてホクホク顔のルナ。

「こちらの水晶玉は…」

 掌サイズのそれを確認する。



 《まじないの玉》

 レアリティ:E



「クエストクリアの記念品…でしょうか?」

 しばらく水晶玉を調べてみたが、とくに何もわからず。

 上々の成果に満足し、ルナはその日ログアウトした。





「はむっ。んー、ほっぺが落ちちゃう。ノアちゃん、このフルーツタルトすっごくおいしいよ」

「このフォンダンショコラも甘くてとってもおいしいです。アリスちゃんも一口如何ですか?」

「本当?あーん」

「はい、あーん」

「もぐもぐ…ん!おいしいー!」

 アリスはケーキに舌鼓を打っていた。

 同じテーブルに着く少女の名はノア。

 つい一時間前に知り合った仲だが、好きな食べ物、趣味嗜好、性格など似通った部分が多く、話すうちに気が合うのがわかった。

 あとはアリスの人懐っこさが加われば、友人と呼ぶには充分な時間だ。

 クリームソーダを二杯ずつ飲み、もう少し甘いものを…とオススメのケーキを注文し今に至っている。

「もぐもぐ…ノアちゃんはNEOやって長いの?」

「どうしてですか?」

「なんとなく強そうだなぁって。雰囲気っていうか」

「フフ、ありがとうございます。NEOを始めたのは半年ほど前ですね。他のゲームをプレイしていた時期もありましたから。アリスちゃんは?」

「同じくらいかな。リリース開始からプレイはしてたんだけど、ちょっとやらなくなった時期とかあったから」

 ほんの少し苦笑いをし、タルトの切れっ端を口に入れる。

「アリスちゃんも相当強いですよね」

「なんで?」

「雰囲気です」

 ノアはいたずらっぽく笑って小首を傾げた。



 甘味を堪能し満足気に息をついて、アリスはふとテーブルに立てかけられた剣に目を向けた。

「ノアちゃんも剣士なんだ」

「はい。これが一番手にしっくりくるので」

 細い指が柄に触れる。

「銃のような機能美も、槍のようなリーチも、斧のような豪快さも無い…ただ純粋に敵を斬ることだけを目的とした武器。これが一番、自分の力量がわかります」

「好きなんだねノアちゃん。ゲームするの」

 言われピクリと反応したノアは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「私が…ですか?」

「あれ?違った?」

 思わぬ反応が返ってきたので、アリスは若干の戸惑いを見せた。

 ノアもまた、アリスの言葉を反芻しながら内心を言葉にしようと努める。

「そう…ですね。なんと言えばいいのか。好き……はい、好きだったと思います。少なくとも昔は、今より」

「今は違うの?」

「どうでしょうか。NEOに不満があるわけではありません。そもそも楽しむという意思が必要なのかもわかりません。私たちはただ、求められる者に過ぎないのですから」

「求められる…者?」

 どこか虚ろめいた瞳のノアに、アリスは言葉にし難いものを抱いた。

 楽しくはない。

 好きでもない。

 そうまでしてゲームを続けるという、自分が経験したことのない矛盾に、どういった言葉を向ければいいのかわからなかった。

「ごめんなさい、変な雰囲気にしてしまいましたね。少なからず楽しいこともありますよ。ゲーム内でも食事はおいしいですし。こうしてアリスちゃんに出逢えましたしね」

「そっか。私もノアちゃんと仲良く出来て嬉しいよ」

「はいっ。では、そろそろ」

「ログアウトする?」

「またいつか。…叶うなら、アリスちゃんとは戦ってみたいです。あなたは」

「?」

「…いいえ、なんでもありません。とても楽しい時間でした」

「またね」

「はい。また」

「あ、そうだ…。ノアちゃん!今度のイベント、絶対楽しいから!ノアちゃんも参加して!」

 手を振るアリスに頭を下げ、笑みを返しノアは店を後にした。

 雨の中を傘も差さずに。




 ノアが自身のギルドホームに戻ると、門の前で少女が駆け寄り、彼女に勢いよく抱きついた。

「ノアやっと帰ってきた!」

「ごめんなさいクイーン。少しお友だちとお話していました」

「お友だち?」

 クイーン。

 アリスと切り結んだ妖精族の少女が、頭上に?マークを浮かべてノアを見上げる。

 ノアは慈しんだ優しい笑みを浮かべると、そっと剣に手を添え鞘から剣身を抜いた。

 一閃。

 ノアが放った斬撃は門を超え、噴水、銅像…ギルドホーム自体を両断してしまった。

「もうっ、ノア!またギルドホームめちゃくちゃにした!せっかくパパが買ってくれたのに!新しく買わなくちゃいけないからダメなんだよ!」

「【不思議の国のアリス】…ああ、なんて…」

 ノアは聖母が祈るような声色で言葉を続けた。

「壊しがいがありそうな方…。アリスちゃん…」






 あなたは、私が斬ってみたい――――――――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ