56.不思議の国と神域の絶剣
「【裁縫術】!」
鋼線のように硬い糸が五本、引っ掻く動きに合わせ氷の装甲を叩いた。
追撃の【炸裂】が発動するも無傷。
ホロウに防御の意図は無くとも、まるで通用していない。
「【天風】!」
糸を解除し自身と味方のスピードを上げたところ、アリスがホロウの懐へ潜り込んだ。
「【ダークアロー】!」
闇の矢を拳に乗せ腹部を殴打する。
が、ダメージが無いのが肌で感じ取れた。
「無駄よ。《氷皇女》は中位以下の魔法を全て凍てつかせ無効化する」
剣が振られる。
アリスの反射を以てして完全には躱しきれない攻撃が、僅かに肩を掠めた。
「っ!!」
走った傷が凍ったのを見て、一太刀の危険度を直感し、アリスはルナに向かって叫んだ。
「切って!!」
「は、はい!【風刃】!」
風の刃がホロウが与えた傷をなぞると、氷は身体を侵すのをやめた。
「ありがとう」
「いえ…それにしても、なんて厄介なスキル…」
「魔法を無効化して、そのうえ攻撃に確定した凍結の状態異常…防御も攻撃も、さっきまでとは段違いだよ。……だけど、あんなに強力なスキルが長続きするはずない」
自身も類似のスキルを要しているが故のものか、アリスの推測は正しいものであった。
【氷皇女】は、予めチャージしておいた【氷魔法】を一気に解放するスキル。
攻守に優れたそれは、一部ステータスの上昇のみならず、攻撃全てに凍結の状態異常を付与し、攻撃範囲が広範囲に及ぶ。
しかしチャージには上限があり、相応に発動時間が延長される。
その時間、最大十分。
アリスたちはその制限時間を耐え凌ごうなどとは思わない。
ホロウもまた凌がせようなどと考えない。
両者共々、この数分がこのバトルの分け目になることを悟った。
「アリス様。悔しいですが、今の未熟な私ではホロウさんにダメージを与えられません。私はフォローに徹します。守っていただかなくとも構いません。お好きに動いてください。合わせてみせます。」
「うん、わかった。勝つよルナちゃん」
「ええ。最強は私たちです」
拳を合わせる。
バトルは佳境に。
三人の感覚が一気に研ぎ澄まされていった。
剣を振るだけで冷気の波が走る。
牽制を混じえながら魔法を発動した。
「【ヴァルキュリア】」
ホロウの背に薔薇が刻印されたオーロラが、まるで旗のように揺らめく。
すると凍結した地表が隆起し、鎧と槍を装備した痩身の女性騎士を象った。
「征きなさい」
それらが一斉に二人へと襲いかかる。
ルナが足止めしようとしたのを制し、アリスはスキルを発動させた。
「【威圧】!」
アリスを中心に渦巻いた空気が放出され、圧力に当てられた氷の騎士たちが倒れ、崩れていく。
耐性貫通の強制スタンスキルだ。
「バリエーションに富んだスキル構成ね」
「今度はこっちの番です!」
同時に武器を地面に突き刺す。
「【眷属召喚:鬼】!」
「【眷属召喚:蜘蛛】!」
力を分散させた多勢を呼び出すものではなく、その対極。
力を集約させた眷属を、それぞれ一体ずつ。
アリスは大刀を携えた酒呑みの鬼を。
ルナは見目麗しい女型を乗せた白蜘蛛の怪を。
「お願い、酒呑童子!」
「力を貸してください、アラクノフォビア!」
それぞれがユニークレベルのモンスター。
アラクノフォビアがレーザーさながらに糸を吐くと、ホロウは空中に氷の盾を出現させそれを防いだ。
その隙に背後に回り込んだ酒呑童子の刀が振り下ろされる。
攻撃はホロウ本体に届きはしなくとも、装備の一部を砕くことに成功した。
「強力な攻撃だけど、まだ届かないわ。【シルバーベール】」
吹雪のカーテンが自身とモンスターとを遮断する。
荒れ狂う氷雪に呑まれた二体は、跡形もなくその場から消え失せた。
「【グラビティコア】!」
構わずと、尚も果敢に攻め立てる。
高密度の重力を真正面から叩きつけるアリスだが、ホロウは変わらず平然とし、魔法を撃ち返した。
「【ブルーディザスター】」
五本だった氷の剣は十に数を増やし、皇女を守護するかのように宙を舞う。
アリスは【空間機動】を織り交ぜた軽快な動きで剣を躱していった。
(ルナちゃんの方に剣が七本…!)
機動力に乏しく、ステータス面で二人に大きく劣るルナへ、過剰ともいえる剣が向く。アリスはそれを視界に捉えはしたもの、助けには行かず、むしろホロウへと加速した。
いつでも倒せる、後回しでいいなどと、ホロウはけしてルナを過小評価していない。
汎用性に富んだスキルと冷静な観察眼。
加えて、プロチームの一人を討ち取るだけの実力。
ホロウにとってルナは、いつ足元をすくわれるとも限らないイレギュラーだ。
不確定要素の排除。それは戦況的に最善と取れた。
尤もそれは、ルナの不確定具合が、ホロウの予想を上回ってさえいなければの話であるが。
「【裁縫術】!」
素早く手繰られる糸が、地面と剣の柄とを縫い合わせ動きを止める。
「はああっ!!」
更に糸を操ることで剣の操作権を奪い、ホロウへ極寒の剣戟を浴びせた。
「くっ!」
予想だにしない反撃に、ホロウは初めて眉根を寄せた。
侮りも油断も無かった。
シャオを倒したプレイヤーだ、格下と慢心する方がどうかしている。
しかし、それでも勝てると踏んでいた。
唯一の誤算があったとしたら。
(バトルの中で強く…)
強者とのバトルを経験し、研ぎ澄まされた感性。
進化とも喩えるべき成長。
或いは、愛する人と共に戦っているという高揚、その人の背中を守っているという全能感。
(私、今…無敵です!)
糸を束ね、矢のようにして放つ。
たとえどれだけ全能感に支配されようと、それでステータスが変わるわけではない。
【氷皇女】の硬い装甲に阻まれるだけ。
だが、ホロウは咄嗟にガードした。
自分でも予期しない行動。
認めたくなくとも確かに圧されたと実感したとき、アリスの剣が眼前に迫っていた。
「【アルフィリアス】!」
アリス最速の剣技がホロウの頭を弾く。
(反応鈍い…さっきまでのスピードが嘘みたい。やっぱり、これ【氷皇女】のデメリットだ)
圧倒的火力と鉄壁の硬度が【氷皇女】の特性。
しかしその代償として、膨大な冷気が身体を蝕み、AGI値がほぼ0まで下がってしまう。
それを補えるだけの能力であることは間違いなくも、スピードに特化したアリスに対して、スピードを失うことはある意味で愚策とも取れた。
重ねて、ホロウは慢心していない。
本気を出さねば勝てる相手でないと判断したからこそ、切り札を使った。
「【フリージングスクエア】!【マリスソーン】!」
至近距離にも関わらず、空間氷結も蠢く闇の荊も回避される。
(全身がヒリつく…本当に強いプレイヤーとバトルするときだけ味わえる…ギリギリの感覚…)
(気を抜いたら負けるのに、息も忘れるくらい楽しい。絶対に勝ちたい、何がなんでも勝つんだっていう夢中になってるこの感じ)
(この瞬間が)
(どうしようもなく)
「たまらないわ」
「たまんない!」
真剣勝負の中、両者は奇しくも…否、惹かれ合い共に愉悦を顔に表した。
剣の撃ち合いから飛び退き、アリスは全身に紅黒い雷を迸らせる。
髪先が雷化し、装備は荒々しさを増した。
「モード、【黒雷姫】!!」
空気の鳴動と同時に雷が尾を引いた。
(速い…目が追いつかないほどの高速移動…)
知覚したときにはすでに攻撃を受けている。
【氷皇女】の硬度が無ければ、とうに決着しているほどの連撃。
アリスはそれでもまだ足りないと、背後に浮かんだ魔法陣から、闇と雷の剣を射出し弾幕を敷いた。
「【ソードオブリパルサー】!」
「【ブリザードオブゲヘナ】!」
薙いだ腕に合わせ冷気が渦を巻き、氷と闇の槍が乱れ飛ぶ。
火力は互角。
空中で衝突した剣と槍が幻想的に煌めき合った。
「おおおおおお!!」
「はあああああ!!」
まるで互いが互いに呼応しているかのように。
攻撃は威力を増し、速度を上げていく。
だが、決定打にはなり得ない。
(大してダメージが通らない…!スピードは圧倒的にこっちが上なのに、後出しでほとんど防がれる…!一撃でも攻撃を受ければ【黒雷姫】は解除されちゃう…!今のホロウさんの攻撃範囲だと、至近距離で撃ち合うのは危険すぎる…けど、このまま遠距離の魔法に頼ってたらすぐにMPが…!あとはもう、あのスキルに頼るしかない…!)
(アリス様のあのモードは長期戦には向いていない…ましてやモンスターを倒してMPを回復出来ないこの状況では尚更…。ともなれば、アリス様の狙いはそれ以外の回復手段。アリス様最強の盾であり矛。防御不可の絶対吸収術…)
((【Gluttony】…!))
(でも…)
(【Gluttony】を用いてMPを吸収したとしても、アリス様の攻撃力では【氷皇女】の防御を貫けない…。あの防御力を上回るには…)
ルナは、ハッと目を見開く。
(この方法なら…或いは…けど、そうすれば…)
それが正解かどうか、知る者はない。
しかしせめて力になれる可能性があるのならと、残りのMPを費やしていていった。
「【風刃】…【裁縫術】…!」
決着はすぐそこに迫っていた。
(【プリンセスストーム】なら…でも、あれは残りのMP全部使って撃つ技…もしそれで倒れなかったって考えたらリスクが大きすぎる…)
(何かを狙っている眼…まったく予測出来ない…。けれど関係無い。正面から叩き潰すだけ)
「【アイスコフィン】!」
上空から直方体の氷が次々と降り地面に突き刺さる。
「っ、【アクセラレーション・フルバーニア】!」
「更に加速…!」
(追いつけないだけのスピードで撹乱したら、きっとホロウさんはあの魔法を使う…!速さなんて関係無し、フィールド全域凍結のマップ兵器…【ニヴルヘイム】!タイミングだけ間違えなきゃ、確実に【Gluttony】で吸収出来る…でもその後は…)
ホロウは空間を縦横無尽に疾るアリスを目で追うのをやめ、力の解放に意識を注いだ。
青い輝きがホロウへ集約する。
回避不可にして、万象を停止させる絶対零度。
(迷ってたら負ける…!一か八か…決めるしかない!)
「喰らい尽くせ!!【Glutt――――――――」
「まだです!!」
今まさにスキルが放たれようとした瞬間、ルナが叫びアリスは動きを止めた。
武器を捨て身軽にし、魔法の構築を済ませたホロウへと捨て身の体当たりをくらわせる。
それで微動だにするわけもなく、むしろ触れた身体が凍結し始める。
「なにを…」
「アリス様以外に抱擁する羽目になるとは…」
【裁縫術】にて操られた糸が二人を、繭のように包んでいく。
考えの及ばないルナの行動。
ホロウは言い様のない悪寒に震え、すぐさまルナを引き剥がそうとした。
しかし二人の身体は糸によって縫われている。
「アリス様!!」
「!!」
「信じております!!」
多くは語らない。
繭が閉じられる直前。ルナの視線の先、アリスは風が縫われているのを見た。
本来放たれるはずの【風刃】が【裁縫術】にて幾重にも留められている。
「風…氷を切り裂く刃…」
手には未だ、スキルを発動させようとした闇の残滓。
二つを見やり、思考を巡らせ、自分の持てる全てを要した可能性を導き出す。
「そっか…ルナちゃんは…」
やがて少女は辿り着く。
自分にしか掴めない答えに。
両手を握り締め吹き荒れる風の刃へと手を伸ばした。
「お願い…【Gluttony】!」
闇色の龍頭が大口を開ける。
「糸の結界…これで私の魔法を封じ込められるとでも思っているの?」
「まさか…ハァハァ…ほんの時間稼ぎです」
身体を密着させ、耳元で囁く。
声がか細くなるほどの冷気がルナを襲っていた。
「時間稼ぎ…?」
「このバトル…私たちが、【不思議の国のアリス】が負けます」
不敵に笑うルナは、確信を以てそれを口にした。
「初手の魔法…あれでココアさんとシズクさんたちのみならず、フィールドのモンスター全てを凍結し倒した…。それでポイントは、ほぼ挽回不可能なまでに離されました。もう一度同じ魔法を受ければ、同じ事象が生じ問答無用でそれは決定的になります」
「それがわかっていて、何故…」
「ギルドの敗北と個人の勝利は別のものでしょう」
ルナの言葉の裏を、ホロウは読み取った。
アリスは負けない。
虚言ではない強い意志。
ある意味で、狂気じみたまでの心棒。
「アリス様を勝利に導くためならば、私は土台にでも生け贄にでもなります」
「何かを残した…ということ?」
「私の意図を汲んでくれたのであれば。ホロウさん、あなたの敗北が決定したということになりますね。ところで」
知っていますか?と、最後の力を振り絞り風の刃を生み出す。
「相手側にポイントが入るのは、相手、もしくはモンスターに倒された場合とチームキルされた場合。つまり」
ルナの笑みが歪んだ。
「自害はそこに含まれないんですよ」
やられる前に、と刃を自分の首に向けて飛ばす。
ホロウは焦りを浮かばせ魔法を発動させた。
ルナを、風の刃を、糸の結界を、世界を。
時を止める魔法を。
「【ニヴルヘイム】!!」
身体の全てが氷に閉ざされていく中、ルナは小さく言葉を遺した。
「We are…」
Alice in WonderLand――――――――
カウンターが再び変動する。
【不思議の国のアリス】…キル数49。
【ROSELIA】…キル数91。
二度の【ニヴルヘイム】による大量撃破は、両ギルドのポイントに絶望的な差をつけた。
バトル終了まで残り数分。
挽回は不可能。
【不思議の国のアリス】の敗北は決定した。
(静か…)
ルナが凍り砕けるのを見やるも、散り際の笑みが脳裏にこびりついて離れない。
同じく凍結し脆くなった繭を一振りで崩し出る。
アリスも同じように凍っている…はず、という希望的観測を胸に。
繭から出たホロウは目を見開いた。
「黒い…殻…?」
ただ一つ、世界で氷結していない異物。
それは管理者足り得る者のみが足を踏み入れることの許された神性領域。
名をアドミニストレートスキル――――【大賢者】。
反則めいた…もとい、運営が開発し運営によって公認された反則である。
あらゆる事象、または因果律さえも断絶する力は、ルールの中に収まる力では干渉することさえも叶わない。
内に星の海を宿す殻にヒビが入り、中からアリスが姿を現した。
黒雷は鳴りを潜め、髪も装備も元に戻っている。
妙に落ち着いた雰囲気にホロウは一層警戒を強めつつも、身を挺してアリスを勝たせようとしたルナへ称賛を贈った。
「いい仲間ね、彼女」
「はい。ルナちゃんだけじゃありません。みんな、自慢の仲間です」
「誰かのために自分を擲つのは、言葉にするほど簡単なことではないわ。けれどあの子は迷わなかった。あなたにはそれだけの魅力と資質があるということね。仲間を率いる魅力と、上に立つ者の資質が」
「えっと…魅力とか資質とか、そういうのはハッキリ言ってなんのことだかわかりません。けど…みんなが信じてくれるから、みんなが支えてくれるから、めいっぱい頑張ろうって思えます」
ふわっ。
柔らかく吹いた風が徐々に荒ぶり、アリスを中心に暴風となり渦を巻く。
「ギルドの敗北は決まっちゃいましたし、今はまだ届かないかもしれません。それでも、勝ちたいって思いは本当です。私たちは【不思議の国のアリス】。最強のギルドです。勝ちに拘れなきゃ、そんなの私たちじゃありません!」
これが最後。
ホロウは手にした《ブルーグレイシア》を核に、氷と闇を顕現させ、巨大な一振りを作り上げた。
「なら、これ以上の言葉は無粋ね。あなたという可能性、見せてみなさい」
二つの風がせめぎ合う。
剣が細身に、装備は薄く軽量化されていく。
髪は風が揺蕩っているかのようにウェーブがかかり、淡い蛍火色の風が少女に纏った。
【Gluttony】にてルナの遺した風を喰らい、それを触媒として【大賢者】が創造した形態。
「モード、【風妖妃】!!」
世界に生まれた新たなる叡智が、氷の皇女の前に君臨した。
「【黒雷姫】とは別のスキル…風属性のモードチェンジ…。隠し玉…違う、今造った…?スキルを造るなんて、そんなことが…」
ホロウはすぐに、浮かんだ雑念を振り払った。
アリスの力の正体は不明だが、今気にするべきではないと。
「時間がありません。この攻撃が最後です」
剣に纏った暴風が収まったかと思えば、刀身に薄く膜を張る形で留まる。
耳鳴りがするほど超高密度に圧縮されたそれを、居合を思わせる構えで引いたまま正面から突進した。
(速い…けど、【黒雷姫】ほどじゃない)
氷と闇の巨剣が振り翳される。
闇が空を覆い、氷河が大地を埋め尽くす。
それはまさに、氷の地獄の体現であった。
「命を閉ざしなさい!【コキュートス】!!」
振り下ろされるものを、アリスは一瞥すらしない。
身を翻しながら巨剣を一閃の元に切り裂いた。
「私の魔法が…斬られた……?!」
【氷皇女】と同じ強固さを誇る魔法が、いとも容易く切断されたことに動揺を隠せないでいるも、ホロウの魔法はそこで終わらない。
追撃として空間、地表から現れた幾百という剣がアリスに襲いかかる。
それすらも意に介さず突き進むと、剣の群れはアリスに到達する前に、何かに触れ砕かれた。
【風妖妃】は文字通り、風の能力に特化したモード。
【黒雷姫】ほどのスピードは有さず、VIT値は通常の半分以下まで低下する。
中・遠距離の攻撃手段もなく、アリスの代名詞とも言える【暗黒魔法】も使えない。
しかし一方で常に身体を纏う風は空間を削る。
アリスが通過した空間は擬似的な真空となり、物質を引き寄せ、そこに停滞し続ける風の刃は万物を切り刻む。
風を統べる妃の名を冠した力の真髄。
それは極限まで研ぎ澄まされた、あらゆる装甲を切り裂く神域の絶剣。
「【ゴッドウィンド・アルフィリアス】!!」
鋼鉄の硬度を誇る氷の鎧に、刃がすり抜けるかの如く滑り込む。
風を纏った剣はそのままホロウの身体をも一瞬で両断した。
砕かれた氷片が、噴き出る赤いダメージエフェクトが、薔薇の花弁のように宙に舞った。
思考が追いつかずにいたもの、走る傷痕に触れて、ホロウは数拍の後に実感に至る。
【氷皇女】が解除されゆく中、振り返りアリスに声を発した。
「私たちの勝ち」
そして、
「私の負けね」
と続けた。
アリスはキュッと唇を噛んで【風妖妃】を解き、剣を鞘に収めて頭を下げた。
「ありがとうございました」
ホロウは冷淡な表情に、ほんの少しの笑みを浮かべる。
そうしてバトル終了のブザーが鳴り響き、一同は広場へと転移した。
【不思議の国のアリス】、初めての大敗という結果を以て。
バトル終了後、沸く広場の観衆とは対象的に、二つのギルドは静かなものであった。
勝利と呼べない勝利、受け入れ難い敗北。
どちらともが、それらを感じ取っていたから。
しかし、アリスたちは俯かない。
真っ直ぐに【ROSELIA】を見据え、差し出された手を握り返した。
「いいバトルだったわ。とても胸を張って勝ったと言えないけれど」
「条件もフィールドも、私たちが有利になるようなのを選んだしね。それが違ってたらどうなってたか。次はフェアにやろうね」
「と、とても…た、たのし、かった…です」
「またやろうねぇ」
【ROSELIA】が去った跡、人も疎らになり広場には妙な寂寥感が残った。
とりあえずギルドホームに戻ろうと、四人は古都のエリアへと転移した。
「ボロ負けだなぁ」
「個人個人の成績だけなら、及第点というところでしょうけど。ホロウさんの兵器っぷりが突出していました」
「やっぱり強かったね、【ROSELIA】の皆さん」
「ずっと必死でした…」
「つっても、今日のMVPはどう考えてもルナっしょ」
「わ、私ですか?」
そうだね、とアリスとシズクも頷いた。
「ルナさんが最初に向こうを倒したのが、間違いなくこちらが勢いづくきっかけになりましたから」
「それに一人でアリスのこと守ったし」
「うん。すごく助かったよ。それにルナちゃんのおかげで新しいスキルも造れたしね」
と、アリスは再度風を纏ってみせた。
「それが新しいスキルですか。スタイリッシュな装いで、とても新鮮ですね」
「【風妖妃】っていうんだよ」
【風妖妃】
ユニークスキル。
攻撃に風属性を付与。
自身のSTRが二倍、DEX、AGIを+500し、相手のVITを無視して攻撃することが可能。
スキル発動中はVITが最大値の半分となり、あらゆるステータス増減効果、及び魔法の使用が不可となる。
移動時自身が通過した空間に【真空刃】を展開。
【真空刃】…物体を引き寄せ触れた対象にダメージを与える。ダメージはSTR値に依存する。
発動時間一分。
再使用可能時間五分。
「デメリットは多いようですが、ピーキーな【黒雷姫】に比べて、随分大人しめな印象ではありますね」
「ホロウさんを一太刀で斬り伏せたあたり、とても普通では無さそうですが。さすがは【大賢者】です」
「マジでヤバいスキルなのないつものことだからさておき、とりあえず一個言っていい?」
「?」
「露出多いのえっちくない?」
「…………〜〜〜〜!!」
アリスは顔を真っ赤にして頬を膨らませ、うっすら涙目でココアをポッコポコにした。