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5.不思議の国と天使と悪魔

 【セイレーンの瞳】は、三十三人のメンバーを十一のチームに編成し、広域を索敵した。

 本棚や彫像などの遮蔽物が多い開けた空間、長い廊下、階段の他、隠し通路が複数存在するこのマップでは、少数の敵を見つけること自体が困難となる。

 そのため索敵範囲を増やし、スリーマンセルで一人ずつを撃破していくというのが作戦の主。

 【セイレーンの瞳】のメンバーは、常に視線を動かし周囲に気を配っていた。

 警戒すべきはスナイパー、シズクの狙撃である。

 長距離の狙撃が得意だとしても、屋内という限られた空間では活かす場所が限られる。物陰、高所からの射線を切りつつ移動する。

 しかし、彼女の前ではそんな配慮は意味を成さないことを突きつけられる。



 獣の咆哮のような間髪入れずの銃声が三度。

 ギルドメンバーは即座に身構えるが、時既に遅し。

 鈍い衝突音の後、彼女らの眉間、側頭部、額を弾丸が貫通した。

「嘘…!」

「どこから…」

 後悔を感じる暇すら無く、マップの外へと退場させられる。

 その様を近くで見ていた別のグループは、今しがた仲間に起きた何かに目を丸くした。

「何?!何が起こったの?!」

「狙われてる?!どこから?!」

 獣人族の女性の眼が、スコープに反射した光を捉える。

「あそこ!ロフトの隠し通r」

 額に弾丸が撃ち込まれ体力をゼロにされる。

 発砲音は再度三つ。残り二つはまだ着弾していない。その代わり、彼女たちの周囲で何かを殴ったような鈍い音が数回。

「っ!!跳弾!!」

 人間族の女性も竜人族の女性もあえなく撃ち抜かれたが、HPが多い竜人族の女性は、HPバーがレッドゾーンのところでなんとか一命を取り留めた。

 仕留め損なったと、シズクはすぐに次弾を発射する。

 発射しようとして、スコープ越しに見えた天使族の少女に眉根を寄せる。

「きゃあ!!」

 その少女は背後から竜人族を斬り伏せた後、シズクの方にしてやったりと、舌を出しウインクとピースサインを向け、颯爽と次の敵を狩りに向かった。

「むぅ…」

 どれだけキルしたかは勝敗には関係無いが、むざむざと獲物を譲るのは癪と、シズクはすぐにその場を移動しようとした。

「【ホワイトプレッシャー】」

 白い光が瞬き、腕と脚、身体に鎖が巻き付くエフェクトが発生する。

「これは…デバフスキル…」

「ええ。そのとおりです」

 姿を見せる、レイピアを携えた天使族の女性。

「ステータスを一定時間大幅に下げ、行動を封じるスキルです。DEX値が下がれば、得意の狙撃も出来ないでしょう。尤もこの距離では、そのライフルも活かせないと思いますが」

「ミルフィさんですね。【セイレーンの瞳】のヒーラー兼バッファー。いいんですか?後方支援職が前線に出てきて」

「ええ。少なくとも、銃を使えないガンナーよりは戦えますよ」

 右掌を上に翳し光球を出現させる。 

「【ライトニングボール】」

 高速で放たれた攻撃だが、シズクに届くまでに途中で爆発し消えた。

 見ればシズクが向けている銃身から硝煙が上っている。

 攻撃が届くまでに構え、発砲し、ミルフィの攻撃を防いだらしい。

「確かに反動制御が少し困難ではありますが、どれだけステータスを下げても、スキルを封じても無意味ですよ」

 スナイパーライフルを換装。

 両手に9mm口径のサブマシンガンを出現させる。

 ミルフィは、彼女の前に悠々と姿を現したことを後悔した。

 淑やかで慎ましい、清楚を人の形にしたような少女の目に、身の毛をよだたせる。

「あいにく銃の腕は、自前なもので」

「っ!【プロテクション】!!」

 光の防壁が銃弾の雨を防ぐ。

 が、シズクはお構い無しに乱射を続けた。

「バトル中に換装?!どんなスキルを…くっ!無駄です!予めバフをかけた防御、どれだけ撃ち込まれても破れはしません!リロードの瞬間、私の魔法があなたを撃ちます!」

「ああ、ご心配なく。私の弾は実弾ではないので。弾切れはありません。ちなみにマガジンはブラフです」

 と、悪魔は笑ってみせる。

 自分の方が絶対に優勢なはずなのに、とミルフィは言いようの無い悪寒に囚われる。

 一歩後ずさると、足元の何かに触れた。

「外からの攻撃は防げても、中からの攻撃は防げますか?」

「グレネード…!」

 【プロテクション】とシズクの銃撃による逃亡不可。

「あぁあああああ!!」

 ミルフィの足元で小さな爆弾が爆ぜ、彼女を爆炎が焼き尽くした。

 バリアが消え、ガクリと膝から崩れ落ちる。

「い、つ…」

「【ライトニングボール】を撃ち抜いたとき、煙に乗じて投げておきました」

 カツン、カツン。

 ゆっくりと歩を進める。

「これは人間の咄嗟の防衛反応のようなもので、いくらゲームでも、やはり攻撃されれば大抵は防ごうとするんですよ。剣よりは銃を相手にしたときの方が顕著かもしれません。なので今回はこちらから誘導させていただきました」

 弾幕を囮に、本命のグレネードを投げ、相手に自ら逃げ場を無くす。

 誘導と口では簡単に言えるが、相手の思考、残弾数、爆発のタイミング、それら全てを一瞬で計算しなければ到底不可能な所業。

 人間業ではない。

 故に、ミルフィは人間でないものに喩える。

「悪魔…」

 回復を使わせる暇は与えず、慈悲も無くシズクはミルフィの額を撃った。

 消えていく彼女に向かって、

「最高の褒め言葉です」

 シズクは嬉しそうにはにかんだ。





「ヤッバ、楽しくなってきた」

 長い廊下を気分を高揚させつつ疾走するココアの正面から、新たなグループが姿を現した。

 相手が剣を、銃を構えるより、魔法を唱えるよりも早く、ココアの周囲から放たれた光弾が直撃する。

 威力が低いそれで仕留めきることは最初から想定しておらず、あくまで目くらましの魔法。

「【クライシス】」

 三人とすれ違いざまに三度鎌で斬りつけ、そのまま体力を刈り取る。

「っし、これで…何人目だっけ。まあいいや。どんどん行くぞー!」

 階段を上がり二階へ。

 本棚の陰から奇襲を掛けられたが、それでも尚ココアの攻撃の方が速い。光の槍が胸を貫いたところに大きく鎌を振り抜く。

「はああああ!!」

「せやあああ!!」

「とおおおお!!」

「きええええ!!」

 最初の一人は囮。鎌を振った隙を狙い、一気に四人が襲いかかる。

「甘いんだよなぁ」

 ココアは舌を出して不敵に笑う。

 四人の攻撃は命中したかに思えたが、そこにココアの姿は無い。

 どこだと狼狽える彼女たちの背後から、不吉な声が届いた。

「【オミノステイル】」

 空間を削り取るかのような高速の四連撃によって、四人のHPバーは尽きた。

 よほど凄まじい攻撃だったようで、辺りの本棚は倒れ本は散乱してしまっている。

「よっ、と」

 次の獲物を求め欄干に飛び乗り辺りを見回す。

 どこかなーと、余裕めいていたところ、横から緑色の風が襲来した。

 ガギンと風が構えたナイフを鎌の柄で防ぐと、風はアクロバティックな動きでココアの頭上を飛び越え、欄干の上に着地した。

「へー、今の防ぐなんて、案外やれるじゃん」

 金髪ツインテールのエルフ族の少女、リリーシアがココアに対峙する。

「たった三人でよく頑張ったけどさ、ここまでだよ。勝てるわけないじゃん。アタシらに。調子に乗んないでよ格下」

 その風貌と振る舞いから、前以て聞かされていたメインメンバーの一人だと判断した。

 AGI特化のナイフ使い、リリーシア。

「ほら来なよ。ズタズタに切り刻んであげるからさ」

「ねえ」

 鎌を担ぎ直し、どこか意気消沈したように訊く。

「今のが全速力じゃないよね。メインメンバーっていうからちょっとは期待してたのに。これなら最初っからリーダーの方捜して動けばよかった」

「は?」

 リリーシアは額に青筋を立てた。

「さっきまでは楽しかったんだけどなー。メインがこれなら…。あ、もう行っていいよ…って、デスマッチだっけ。そっちチーム全滅させないといけないんだった。ここで逃したらシズクに文句言われるだろうしなぁ…」

 はぁ、と深めのため息を一つ。

 それがまたリリーシアの神経を逆撫でした。

「なにわけのわかんないこと言ってんの?」

「RPGとかでさー、レアキャラ捜してるときに雑魚モンスターとエンカウントしたら、うわーダルーとか思わない?それかギミックがウザいのとか。そういうときって戦うより逃げる選んだ方が早いし効率的じゃん。くじ引きでハズレ引いたみたいな?今ちょうどそんな気分」

「アタシがハズレだって言いたいわけ?チッ、舐めプも大概にしろよ効率厨!!」

 苛立ちを込め、離れた位置からナイフを振り、風の刃を飛翔させる。

「【ウインドカッター】!!」

 ココアの口角が上がる。

 風の刃はココアの身体をすり抜け、先ほどまでそこに居たはずの天使の姿が消えた。

 リリーシアが驚愕したのも束の間、眼前に三日月の切っ先が迫る。

 持ち前の素早さで直撃は紙一重で回避したもの、頬に深いダメージエフェクトを刻まれ、階下に落下した。

「ヤッたと思ったんだけどなぁ。思ったよりは速いじゃん」

 欄干に腕を置きエルフを見下ろしながら言う。

「…煽ってきたのは演技ってわけ?そういう姑息なことするんだ」

 さっきまでとは違う苛立ちを込めて、リリーシアはココアを鋭く睨んだ。

「舐めプ?そんなのするわけないっしょ。ウチは誰にだって敬意を払ってるし、いつだって勝つ気でプレイしてる。ウチらがやってるのはゲームだけど、命懸けの真剣勝負だもん。見くびんなよ、適当な気持ちで【不思議の国のアリス】の副リーダーやってるわけじゃないっつーの」

 軽薄。浅慮。能天気。

 そんな言葉とは縁遠いほどゲームに対する姿勢は真摯なものだった。

「さ、ヤろうよエルフのお姉さん。ブチ倒してあげるからさ」

「あんたいくつよ。歳下なら敬え。そんで、死ね」

 互いに跳躍し武器を打ち鳴らし、空中で火花を散らした。

 身を翻して着地。後、すぐさま相手目掛けて加速。

「【トウィンクルスター】!」

 リリーシアの素早い攻撃を、ココアは鎌の柄で受ける。

 しかし完全にリリーシアの間合い。加えてAGIは上回られている。受け切ることは叶わず、頬を始め身体の至るところに傷を付けられていった

「全力でやっても勝てない相手がいるってこと、教えてあげるよ!【ラディカルファング】!」

 背後に周り背中に十字の傷を負わせ、身体を反転させて蹴り飛ばす。

「【ウインドアロー】!」

 十の風の矢がココアの身体を射抜く。

 HPバーは風前の灯。

 力無く前のめりに倒れゆくところ、リリーシアはとどめとナイフをがら空きの喉元に突き立てんと駆け、ナイフが胸元を抉るその刹那、ココアの手が刀身を鷲掴みにした。

「?!!」

「あー…やっぱ速い敵は捕まえるに限んね。ウチのAGIじゃ追い付けん」

 ゆっくりと立ち上がると、身体の傷がみるみるうちに癒え、HPバーがレッドゾーンからグリーンゾーンへと回復していく。

「【HP自動回復】?!違う…もっと別の…つーか何なのよあんた!ナイフ鷲掴みって、そんなことする普通?!」

「はー?イミフ。ありえないことするのがゲームでしょ。てか、敵に手の内晒すとかありえなくない?この先もヤり合うことはあるだろうし。まー今日のところはウチの勝ちってことでよろー」

 ナイフを掴んだまま、もう片方の手で鎌を構える。

 柄から刃へ光が流れ、光が眩い三日月を描いた。

 ナイフを離して距離を取ろうとするが間に合わない。その判断がほんの数秒早ければ…いや、その僅かな可能性すら天使は与えない。

「【パニッシュメント】」

 リリーシアの左肩から右脇腹までをバッサリと断つ。

 エルフの少女が上げた心底悔しそうな叫び声が、図書館中に木霊した。

 鎌をクルクルと回して担ぎ、ココアは満足げにした。

「ニシシ、楽しかったよ。またヤろーぜぃ、リリーちゃん」

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