4.不思議の国とセイレーンの瞳
「【セイレーンの瞳】の内、特に警戒しなければならないメンバーは四人。エルフ族のリリーシア、AGI特化の近接戦闘を主にしたナイフ使い。天使族のミルフィ、光魔法を主としたヒーラー兼バッファー。竜人族のオーマ、一撃の破壊力に定評のある大剣使いで【セイレーンの瞳】の副リーダー。そして、リーダーのエレン。妖怪族の氷使い。攻守遠近共に隙の無い万能型のプレイヤーです」
四隅に松明が灯る部屋の壁に寄りかかり、シズクは一般的に知られている情報を二人に伝えた。
巨大な首無し騎士、ギガントデュラハンの剣を回避しながら、ココアは対戦を了承するという返事に喜んだ。
「楽しみだねー。やっぱ強いとことやるってなるとテンション爆上がりだわー。ね、アリス」
「うん!」
壁のような鉄の盾の攻撃を躱しながら。
「バトルっていつー?明日?明後日?」
「十分後です」
「「十分後?!!」」
振り下ろされる剣を避けて、シズクに振り向き目を丸くする。
「いつでもいいということでしたので。けほっ」
巻き起こされた粉塵を払い、問題はありますか?と、イタズラっぽく問う。
二人は揃って無いと即答した。
「そんだけ向こうも自信あるってことっしょ。じゃなかったらナメられてるかどっちか」
「相手をしてくれるんだもん。めいっぱい頑張ろう」
「ええ。そのとおりです。私たちは誰にも負けません」
「っし、やろうぜぃ!」
シズクは壁から背を離し、右手にスナイパーライフルを装備する。
7.62mmの弾丸をスコープを覗かず射出。ギガントデュラハンの剣を根元から撃ち砕いた。
続いてココアが四方八方の空間から光の杭を撃ち出し、巨大な身体を串刺しにして拘束する。
身動きを封じられた敵に向けてアリスは掌を翳す。
「【グラビティコア】」
重力核がギガントデュラハンの胸元に出現し、核を起点に全身をひしゃげさせる。
HPバーはグリーンゾーンから一気にレッドゾーンを越え、やがて尽き、ギガントデュラハンは消滅した。
いざ行かん。
三人は【セイレーンの瞳】とのバトルに胸を躍らせた。
【Library of Labyrinth】。迷宮のような図書館を舞台にした、ギルドバトル専用ステージの一つ。
豪奢なシャンデリアが吊るされたエントランスにて、二つのギルドが対峙する。
片や少数、片や三十を超えるプレイヤーを引き連れている。
双方から一人ずつ前に出て、挨拶と握手を交わした。
黒い少女が先に名乗り、
「【不思議の国のアリス】、リーダーのアリスです。本日はよろしくお願いします」
能面をつけた蒼白の和装の女性が返す。
「【セイレーンの瞳】のエレンです。こちらこそ。度々お噂は窺っていますよ。とても強いそうで」
「エヘヘ、いやぁ」
照れてはいるが謙遜はしていない。
エレンは大層な自信ですねと、言葉に少し辛さを混じらせた。
「全戦全勝は伊達ではなさそうです。一つお訊きしたいのですが、何故今回私たちとバトルを?」
アリスは悪気なく返答する。
「今度のイベントに出たくて。私たちのギルドレベルが今4なんですけど、【セイレーンの瞳】さんに勝てばレベルが上がってイベントにも出られるんです」
エレンの後ろのメンバーがザワついた。
「白羽の矢が立ったことは光栄ですが、それは私たちなら簡単に勝てるという意味だったのでしょうか?」
「どうせバトルするなら強い人たちとやりたいですから」
エレンは目の前の気弱そうな少女の内に、物言えぬ何かを感じた。
自信。しかし過剰ではなく、また傲慢でもない。
勝利を確信しているかのような正体不明の不気味さ。
「それに、簡単にかどうかは、やってみないとわかりません」
「そうですね。お互い奮闘しましょう」
開始時刻三分前。
それぞれは自軍エリアに転送された。
ギルドバトルが開催されることを知り、多くのプレイヤーがモニターでその様を見守っていた。
注目株の実力派ギルド【セイレーンの瞳】と、そこかしこで話題に上がる【不思議の国のアリス】。
目に留まらない方が不思議なまである。
多くは【セイレーンの瞳】の勝利を疑っていない。
前情報の多さ故に、という部分はもちろん、リーダーのエレンは国内でも有名な強者。並のプレイヤーでは歯が立たないのは明白だった。
だが、彼らはまだ知らない。
強者が相対している者たちが、並のプレイヤーではないことを。
「なにあいつらー!」
リリーシアが地団駄を踏んで怒りを顕にする。
「やっぱナメられてるって!ギルドレベル上げるのにどこでも良かったみたいな言い方してさー!マジでムカつく!」
「不愉快ではありますね。あの自信、粉々に打ち砕きたくなりました」
「めっためたにしてやろーよ!アタシたちに挑んだこと後悔させて泣かせてやる!」
リリーシアの意見にギルドの大多数が賛成なようで、勇ましい鬨が上がった。
静けさを保っているのはエレンとオーマの二人。
「事前に映像を確認した限り、リーダーのアリスは近接主体の剣士。【闇魔法】の使用も確認されています。悪魔族のシズク…ライフルによる遠距離一辺倒のスナイパー。天使族のココア…【光属性】の魔法と大鎌による攻撃を確認しています。こちらは数で圧倒的に上回っています。人海戦術で各個撃破するのが望ましいかと」
「指揮はオーマ、あなたに任せます。ただし、相手を小ウサギと侮ると、痛い目に遭うかもしれません。油断せずに。粛々と勝利を収めましょう。【セイレーンの瞳】の名の下に」
「「「はい!!!」」」
統率された軍隊の如く。
強者は強者らしく挑戦者を迎え撃つ。
アリス、ココア、シズクたちは、何の気負いも無く勝負の始まりを待っていた。
「めちゃくちゃ機嫌悪そうだったねー」
ココアがケラケラ笑う。
「ケンカを売っているようなものですから。仕方ありません」
「実際売ってるっしょ。ウチならキレるもんあんな言い方したら」
「それも作戦の内です」
「それで、どうする?」
部屋の椅子に座ったアリスが訊ねる。
「私たちが向こうに優れているのは情報の少なさです。おそらく他のバトルを解析し、何かしらの策を講じていることでしょう。時間を掛ければ掛けるだけ、相手に選択肢を与えてしまいます。なので…」
「ソッコーかけて潰しに行く感じね。おっけー。んじゃアリス、いつものやつよろー」
「うん!」
円陣を囲み、拳を合わせ、大きく息を吸い、アリスは口上を述べた。
「世界の果てを目指して!We are!!」
「「「Alice in WonderLand!!!」」」
人差し指を立てて唇に当て、腕を伸ばし高く掲げる。
今、勝負の時。
知識と歴史を記した海に、バトル開始を告げるアラームが鳴り響いた。