23.不思議の国とちょっとしたデート
「…………」
「どしたー?」
学校の中庭、お弁当を膝の上に箸を止めうわの空のアリスの顔を、隣でパンを頬張る心愛が覗き込んだ。
返事は無い。
「ミートボール食べてい?」
串に刺さったミートボールを横からつまみ食いするが、それでも心ここにあらずといった様子。
「アーリースー?ねーえー」
「…………」
「おーい。無視すんなー」
あまりにぽやーっとするので、心愛はミートボールを嚥下すると、ニヤリと一つ笑って耳元に唇を近付け、
「ウチだけしか見られないようにしてやろーか」
アリスの耳を一舐めした。
「はにゃぁん!!」
鳥肌。奇声を発し周りの目を集めたことで、アリスは顔を真っ赤にして憤慨した。
「もうっ!心愛ちゃん!」
「アリスが無視するのが悪いー」
と、舌を出して目の下を引っ張った。
「で?何かあった?」
「何かってほどじゃないけど…」
「てか昨日駅前のモールでNEOのイベントあったの知ってた?しかもレイさんが来てたってー。志郎さんもさー、Project Stormの主催ならウチらにも教えてくれたっていいのにー」
「私たちは顔出し出来ないからって言わなかったらしいよ。昨日行ったとき、偶然会って話聞いたから」
「マジで?てことはレイさんにも会った?」
アリスは照れや申し訳なさを織り交ぜて頷いた。
「いいなー。生のレイさんてどんな感じ?」
「ゲームの中と全然変わらないよ。キレイだけど、ちょっと子どもっぽくて。連絡先も交換しちゃった」
「羨まの極み。ウチもお別れ会じゃなかったら飛んで行ったのになー。レイさんのプレイング生で観たかったー」
「うん。凄かったよ」
たぶん、これが感動したということなんだろうと、アリスは今更ながら自分の中に芽生えた感情に名前を付けた。
観客を楽しませる話術、魅せるプレイ、それらを支える確かな強さ。
あれこそが本物なのだと。
心愛はまた一点を見つめるアリスを見やって、うわの空なのはそれにまつわる事だと察した。
横に置いた紙パックのコーヒー牛乳を手に取りストローに口を付ける。
「ぷは…まー、いつかは越えなきゃなんない壁ではあるよね」
「ぶふっ!」
りんごジュースを飲んでいたアリスが、心愛のあっけらかんとした発言に対して盛大にむせた。
「けほっ、えほっ!こ、越えなきゃ…って」
「だってウチらが目指してるのは最強だもん。プロはもちろんだけど、レイさんにだって勝たないと。でしょ?」
「それは…」
紙パックを両手で挟み力を入れる。
どことなく自信無さげな様子を見て、心愛は、
「自分が一番強いって言うのも思うのも自由だよ。大丈夫、アリスはウチらより強いから」
呑気に強気にそう言い、けど、と付け加える。
「今は、ね」
笑顔の向こうの本気に、アリスは小さく震えた。
【不思議の国のアリス】は、二人がアリスの力を認めたが故に結成されたギルド。そのリーダーを担う少女こそが、三人の中で最も強いのだという証明でもある。
しかし、イコール敵わないと悟ったというわけではない。
仲良しな友だちであり、研鑽し合う好敵手。それが彼女たちの関係性だ。だからこそ自分の手の内の全ては明かしていないし、ソロの時間も大切にしている。
天使と悪魔はいつだって、最強の座を狙っている。
首元に刃を添え、眉間に銃口を押し当てて。
「一番最初にアリスをヤるのはウチだから。覚えとけよ」
ニシシと笑うが、アリスはそれを可愛らしいとは思えず、苦笑いで返す他なかった。
放課後になり、アリスはいつもどおり駅前で雫と待ち合わせをしていた。
「お待たせしました」
「ううん。私も今ついたとこ」
「なんだかデートのような文句ですね」
心なし嬉しそうにして、心愛の姿が無いことに気付く。
「あら?心愛さんは?」
「補修。数学の小テストが酷かったんだって」
「まあ…。心愛さん、国語と英語は成績が良いんですけど」
「理数系は壊滅的だもんね…。先に帰っててって言われたんだけど、どうしようか。どこか寄っていく?」
とは言うもの、放課後のコースはほとんど決まっている。
ショッピングモールの中をぶらつくか、何か食べて買えるか、その二択だ。
駅前周辺という立地がそれだけ豊富な店舗を揃えているという風に言い換えられもするが。
「そうですね…」
パッと目についたのは、移動型のクレープ店だった。
ピンク色で可愛らしくカラーリングされた車から、甘い匂いが立ち昇っている。
隣を見ればアリスが目を奪われていて、雫は小さく笑った。
「なんだかクレープが食べたくなってしまいました。アリスさん、お付き合い願えますか?」
「うんっ!」
アリスは雫の手を握って駆け出した。
たくさんあるメニューの中から、アリスはイチゴと生クリームたっぷりのものを、雫は宇治抹茶と大納言小豆がトッピングされたものをそれぞれ頼み、五分足らずで出来上がった商品を受け取った。
近くのベンチで並んで食べる。
「おいしいねシズクちゃん」
「はい。とても美味です」
「こういうのもSNSにアップしたりした方がいいのかな?」
「ゲーム関連以外に反応があるかは謎ですけど」
食べかけだけど一応撮っておこうとイチゴのクレープと抹茶のクレープを撮影。アリスに倣い、雫も同じような写真を撮った。
「すぐにアップしちゃうと身バレとかあるかもしれないし、家に帰ったら投稿するね」
「では、私もそのようにします。…あ、ちょっとよろしいですか?」
自分のクレープをアリスに持たせ、身体を寄せて肩を抱き、顔を近付ける。正面からと上からの二枚を撮影し、心愛宛に送信した。
すぐに返事は来た。まだ補修中のはずだが。
『可愛すぎてソッコー保存したけどおれの女感出すな』
「心愛ちゃんから?」
「ええ。補修、頑張っているそうです」
雫は優越感たっぷりに、抹茶クレープにかぶりついた。
尚、帰宅後に二人が写真をアップした件について。
『待って待って待って待って』
『思考が追いつこうとせん』
『思考が家出した』
『これアリスちゃんとシズクちゃん一緒にいた感じ?え?二人って実在してるの?』
『これデートでは?え?ヤダ嬉しい』
『生まれ変わったらクレープ屋さんになる』
『あーんとかしたの?!したの?!ねえ?!』
『アリシズ過剰摂取患者ワイ』
『これ公認カップリングってことでよろしいか?』
『あーもうありがとうございます!!』
『いっぱいちゅきばぶぅ』
アリシズデート、反応したオタクたちの拡散によりトレンド入り。
「ぶっすーーーー」
夜。ココアは苛立ちと不満を全面に、頬杖をついて唇を尖らせた。
「いーなー。クレープ食べてー。ウチもデートしたかったなー」
「ご、ゴメンココアちゃん…まさかクレープでこんなに盛り上がるなんて思わなくて。今度一緒に行こうね」
「いいんですよアリスさん。補修だったココアさんがいけないのですから」
なだめているわけではない。煽っている。そして未だ優越感に浸っている。
「おいしかったですね、あそこのクレープ。抹茶も美味でしたが、アリスさんにあーんしてもらったイチゴのクレープもまた絶品で」
ブチッ
「おーいマジ一回デートしてバズったくらいで調子乗んな清楚系ビッチ。こっちは学校でスヤスヤ居眠りするとこ見たり体育の後に抱きついたりしてイチャイチャしてんだよ」
「あら、公認じゃない方のカップリングさん。何か言いました?」
「おっけーPvPね。雑に三枚に卸してやんよ」
「なんだかよくわからないけど…ケンカはダメだよ二人とも。めっ」
ココアは舌打ちして、シズクは余裕たっぷりに、それぞれ着席した。
「盛り上がってくれるのは嬉しいんだけど。私たちが注目されてるってことだから。でも、やっぱりゲームのことで盛り上がってほしいよね。Project Stormから発表はされたし、一応公認扱いなんだけど。それとはべつに私たちも何かしたいなーって思ってるんだけどどうかな?」
アリスは漠然と、自分が思っていたことを二人に伝えた。
「何かって、ウチら主催のイベントみたいなの?」
「有名な配信者さんなど、よくやられていますね。賞金だったり賞品だったりを出して」
「それってどのくらい?」
「ピンキリですよ。賞金は個人で開催する分には、一万円であったり五万円であったり、はたまた千円であったり。賞品ですと、最新のゲーム機や新型の携帯端末、ワイヤレスイヤホンなどでしょうか」
うう、と額の大きさに尻込みする。
一高校生の財布事情では難しい話だ。
とはいえこれでプロ契約をしている身。
一介の高校生事情の枠組みに収まりはしないが。
「いっそ配信でも初めてみる?ていうか、お給料もらうからには、そういうことも視野に入れなきゃじゃない?」
「私やアリスさんが不特定多数に向けて喋れると本気で思っているんですか?」
「なんでそんな自信満々なん。どストレートに陰キャ自慢すんなよ。二人が嫌ならウチだけでもいいけど」
「アハハ…でも、私たちにしか出来ないことって、何かないかな…」
三人は腕を組んだが、早々良案には恵まれない。
一番早く飽きて開口したのはココアだった。
「考えもまとまんないし、久しぶりにギルドバトルしに行こーぜ。どっかおもしろそうなところからバトルの申し込み来てないのー?」
「申し込みが多すぎて全部はチェック出来ていないんです。たまには広場の方に出向いて、野良試合というのも趣があっていいと思うのですが」
「それはアリ」
「じゃあ行ってみよっか」