7.
「うー・・・疲れた。今日はこの辺で終わろうかしら。」
軽く伸びをして、椅子の背もたれに体を預ける。
昼食の後から没頭していた勉強会のテキスト作りを一旦止め、何気なく窓の外を見ると随分と暗くなっている事に気が付く。
「もうこんな時間なの?集中しすぎると時間の感覚が分からなくなるわね。ああ、今日もケイトと少ししか遊べなかった・・・。明日こそは、目一杯時間を作るわよ!」
あれから教会へは勉強会の為に毎週通っている。頻繁に行くのも迷惑かと思い、当初は月に1度の寄付品を持っていく日だけにしようかと提案したのだが、子ども達から毎日来て欲しいと言われ、流石にそれは無理なので週に1度で妥協してもらった。行く度に歓迎され、私が帰る時間になると泣いてくれる子までいる程だ。
初日に誰も目を合わせてくれなかった事が嘘みたいだわ。
皆と仲良くなれた喜びを1人噛み締めていると、ノックの音が響いた。
夕食の時間にはまだ早いなと思いつつドアを開けると、相手はリンナだった。
「お嬢様、旦那様がお呼びです。」
「父様が?今日は珍しく早い帰宅なのね。」
急用だといけないので、私はサッと机の上を片付けて急いで部屋を出た。
「父様。リザベルです。」
入室の許可を得て、部屋へ入る。
「やぁ、急いで来てくれたのかい?すまないね。」
「構いません。どうされたのですか?」
父様に呼ばれることは滅多にない。自分でも気付かないうちに粗相をしてしまったのかとドキドキしながら待っていると
「リザベルは、お城に行ってみたいかい?」
予想外の言葉が返ってきた。
「えっと・・・お城、ですか?」
父様の意図が分からず首を傾げる。
「私が城で仕事をしているのは知っているね?」
「もちろんです。」
詳しくは知らないけど。
「来月、王妃主催の茶会があって、私も仕事の関係で呼ばれているんだけどリザベルも行かないかい?」
「お城の、ですか?」
「うん。と言っても立食形式のガーデンパーティで、お昼に行うものだからそこまで気を使うこともないんだよ。どうする?」
そうは言っても、王妃主催の茶会ならそれなりに人もいるだろう。大勢の貴族達がいる中で礼儀作法にまだ自信の無い私が出席することに不安はある。
だけど・・・
「父様、私も連れて行ってください。」
お城で行われるということは、セリオス王子に会えるかもしれない。
この国の第一王子で、未来の私の夫になる人。
このチャンスを自ら手放したくないと思った。
次の日からさっそくマナーの先生にお願いして課題を増やしてもらい、しばらく勉強会はお休みした。
そして茶会当日。
朝から私の専属侍女のリンナに、髪もドレスもメイクも全て任せる。リンナは手先が器用でセンスもあるので、どれも希望以上のものにしてくれる。
元々私だけの侍女はいなかったけど、半年程前に勇気を出して父様にお願いしたのだ。
記憶が戻る前の私はリンナに苦手意識があったけど、それは以前の私の態度が問題だったわけで。彼女の裏表のない性格も好感が持てるし、淡々と業務をこなしつつもさり気ない優しさが垣間見えたりして、専属侍女になって欲しいという思いが日に日に強くなっていった。
「いつもありがとう、リンナ。今日もとっても素敵に仕上げてくれて嬉しいわ。」
「ご希望に添えて良かったです。」
私がお礼を言えば、リンナもお辞儀をして返事をしてくれた。今の私は感謝の言葉や謝罪を素直に伝えるようにしている。勿論リンナだけでなく全ての人に対してだ。
本来は当たり前の事だけど、我儘令嬢だった頃の私の辞書には、「感謝」も「謝罪」も載っていなかった。
とんだ欠陥品だ・・・返品!
それ以降、屋敷の使用人達との仲は順調に回復していっている。もう屋敷内ボッチは卒業よ。
「今日はとっても良い天気ね。気分も上がるわ。リンナもそう思わない?」
「そうですね。」
無表情で応えるリンナに、以前はこういう所が冷たいと感じていたけれど、今では特に何も思わない。
私だけじゃなく誰に対してもこうなので、きっと元々の性格なのだろう。
最近はたまに微笑んでくれるようになった。
ちょっとは仲良くなれているかしら?
「お嬢様、そろそろお時間です。」
ノックの音がして、従者から声がかかる。
「分かったわ。それじゃあリンナ、行ってくるわね。」
「はい、お気をつけて。」
いつもは外出時はリンナも一緒だけど、今日は父様がいるのでリンナはお留守番だ。
さあ、これからが本番。
緊張して吐きそうだ。
私は、まるで戦場に向かうかのような気持ちで屋敷を後にした。