36.
「待ちなさい!」
私の声に男達が振り向く。
父様、約束を破ってごめんなさい。だけど、どうしてもこの男達は許せない!
「その女性を離しなさい。」
「はんっ!ガキが随分と威勢がいいな。自分が誰に言ってるのか分かってるのか?」
貴族の男があからさまに見下したように私を見て鼻で笑う。
「もちろん、目の前のクズに言ってるのよ。」
「何だと!俺様が誰か分かっているのか!?本来ならお前らみたいな汚らわしい奴らが話しかけることすら許されないんだぞ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る男を見て、これが今の貴族の惨状かと怒りが沸く。権力を振りかざし、好き勝手に身分の低い者達を虐げるなどあってはならない。
レイドや施設の子達が貴族を嫌う気持ちも分かる気がする。こんなにも腐っていただなんて。
いまだに腕を掴まれたままのアイーダさんが、「貴方は逃げて」と首を横に振っている。
彼女は来月、大好きな恋人と結婚するのだ。絶対に傷物になんてさせない!
「ふふ。貴方こそ分かっているのかしら?貴族の世界では階級こそが全て。それが低い者は、高い者に逆らうことはできないのよ。」
「当然だ!だからお前らみたいに階級すら持たないものはっ・・・!」
「だから、」
男の言葉を遮り私は帽子を取った。
隠されていた顔が露わになり、漆黒の髪がしゅるりと落ちてきて本来の姿を取り戻す。
その瞬間、誰もが息を呑んだ。
「私を誰だと思っているの?たかだが子爵家程度の爵位の者が、公爵家に楯突くつもり?」
「お前っ・・・いや、貴方は、フォリス公爵家のリザベル様!?」
私の姿を認めた途端、男は顔を青くして震えだす。先程までの威勢はどこへ行ったのかしらね。
一度だけ夜会で挨拶をした事があったけど、どうやら私の顔は覚えていたようだ。
「以前お会いした時はとても紳士的でしたのに、まさかこのような性格だったとは思いもしませんでしたわ。」
「いえっ、これは、違って・・・!」
この期に及んで言い逃れをしようとする男に怒りを込めて睨みつけると、ビクッと体を揺らして縮みあがった。
「この事は、もちろん私の内だけに留めておく事はできません。これがどういう意味か分かりますわよね、スカー・ズーク様?」
暗に父上に話すぞと脅せば、その言葉の意味を正確に読みとったのだろう。スカーがアイーダさんを押し退けて一目散に逃げ出す。
「アイーダさん!大丈夫ですか!?」
押された拍子に地面へと倒れ込んだ彼女へと走り寄る。幸いどこも怪我はしていないようでほっとする。花嫁さんに何かあったら大変だ。
「アイーダさんが無事で良かった。」
「あ、ありがとうごさいます。まさか公爵家のご令嬢だとは思わず、先程の無礼をお許しください。」
「何を言ってるんですか!さっきまでのように話してください。私はその方が嬉しいです!」
安心させる為に彼女の手をぎゅっと握ると、それに応えるかのように戸惑いながらも握り返してくれた。
「や、やめろ!離せー!!!」
先程スカーが走って行った方から叫び声が聞こえて振り返ると、騎士団に取り押さえられていた。誰かが呼びに行ってくれたようだ。
「この俺様にそんなことをして良いと思っているのか!?お前らただでは済まないぞ!全員死刑にしてやる!」
自分を押さえつける騎士に歯を剥いて怒鳴っている。その姿はあまりに醜く、思わず顔を歪めてしまう。もちろん騎士がそんな言葉に動じるはずもない。スカーは更に顔を真っ赤にして喚き散らしている。
そこへ、まるで汚いものでも見下ろすかのように1人の人物がスカーの前に立った。
「黙れ。お前のような貴族には心の底から軽蔑する。」
「でっ、殿下!?何故ここに!」
それまで騒いでいたスカーが、突然の王族の登場に驚愕する。騎士団の後ろから現れたのは紛れもなくこの国の第一王子、セリオス様その人だった。
「最近、この辺りで権力を盾に横暴な振る舞いをする不届き者がいるとの報告を受けてな。まさにお前のようなクズを取り締まる為に騎士団と視察に来ていたんだよ。」
「そ、そんなっ!」
セリオス様の命令で騎士団がスカーを連行する。すっかり顔色を失い、もう抵抗する気力もないようで大人しく従っている。
「セリオス様・・・」
私の呟きに気付いた彼がこちらへと歩いてくる。その顔は見たこともないくらい険しくて、思わず後ずさってしまった。
「リザベル、ちょっと来てくれ。」
相変わらず怖い表情のまま手を引かれる。これ、絶対に怒られるやつだ!
壁際に追いやられると、セリオス様がパッと手を離して私に向き直る。
「どうしてあんな無茶をしたんだ。今回は運良く何もなかったが、一歩間違えれば君も危害を加えられていたかもしれないんだぞ。」
セリオス様の言葉が痛い程に突き刺さる。前にも同じことを言われていたのに、その約束を破ってしまった。
「ごめんなさい。どうしても許せなくて。」
「だとしても!騎士団を呼びに行くことだってできたはずだ!」
言い訳のしようもない。私が黙って俯いていると、セリオス様が溜息を溢す。
「・・・怒鳴って悪かった。ただ前にも言った通り、君が心配なんだ。もし君に何かあれば俺は生きていけない。」
セリオス様の私を見る目が真剣で、どこか熱っぽい。どうしてそんな目で私を見るの。だって、貴方は
「やめてください。勘違いしてしまいます。」
「すればいい。」
「何故そんな事を言うんです!だって貴方はシルバー侯爵家のご令嬢と婚約するんでしょう!?」
思わず叫ぶと、今まで抑えていた醜い感情が溢れ出して止められない。
いやだ。私だけを見てほしい。他の人の所へなんか行かないで。
私は、貴方が
「好きなの。」
ポツリと呟く。
「リザベル、今、何て」
「貴方が好きなの。今更こんな事言ってごめんなさい。でも、一度気付いたらもうこの気持ちは止められないの。他の人と婚約なんかしないで。」
「っ!!」
セリオス様が目を見開き、そのまま固まってしまった。その顔がみるみる赤く染まっていく。
これから別の女性と婚約する相手に言うべき事じゃない。それは分かってる。だけど自分の気持ちを正直に伝えたいと思った。後悔したくなかったから。
するとそれまで微動だにしなかったセリオス様が、突然弾かれたように私の肩を強く掴む。
「リザベルっ!俺も・・・!」
「殿下!例の男の仲間らしき人物を見つけたとの情報が入りました!逃げられる前に至急来てください!」
「なにっ・・・くそっ!こんな時に!リザベル、今度の茶会で君に伝えたいことがある!必ず来てくれ!」
「・・・分かりました。」
そう言って慌ただしく走り去って行く後ろ姿をぼんやりと見つめる。
セリオス様は、さっき何と言おうとしたの。
─リザベル、俺も──
その言葉の続きに、淡い期待をしてしまう。
彼も、もし私を想ってくれているのだとしたら。
そこで考えるのをやめた。
彼の答えがどちらにせよ、自分の気持ちを伝えられたのだ。もう悔いはない。
私は、先程から心配そうにこちらの様子を窺っていたアル達の元へと戻って行った。




