10.セリオス・タリアード
「お久しぶりですわ、セリオス様。何度か父と一緒にご挨拶させていただいたのですが、わたくしを覚えていらっしゃいますか?先日、王妃様の行きつけの・・・」
「殿下におかれましてはご機嫌麗しく存じます。そうそう、実はうちには殿下と同じ年頃の娘がおりまして・・・」
「殿下の美しさは噂以上ですな。流石は高貴な血を引かれるお方だ。平民の血が入るとどうも汚らわしく感じてたまりませんからな。いやなに、弟君の事を言っているわけではないんですよ・・・」
くだらない。
どいつもこいつも、中身のない話ばかりだ。
媚びる者。
自分の話ばかりする者。
娘をそれとなく勧めてくる者。
異母弟のマーリャを蔑む者。
やはり来なければ良かったか。
俺は表情のない顔で淡々と相手の話を聞き流していた。
王妃である母から茶会の話を聞いた時は、いつものように欠席するつもりでいた。
またしばらく小言を言われるだろうが、出席するよりはマシだと断る理由を考えていると、突然部屋の扉が開き懐かしい声がした。
「よぉ、久しぶりだなセリオス。突然だけど、来週のガーデンパーティに一緒に出ないか。」
ノックもせず第一王子の部屋に勝手に入って来る奴は1人しかいない。本来なら許されない事だが、こいつは特別だ。
「・・・数年ぶりの再会だと言うのに、何の連絡も無くいきなり人の部屋に来て随分な挨拶だな。"レガス"?」
「ここではもう"レイド"だ。にしても、相変わらず何もねー部屋だな。本棚にある本だって・・・何だこれ、難しすぎて読めねー。」
「おい、ちゃんと元の場所に戻せ。」
「何だよ、別にいいじゃねーか。神経質すぎると疲れるぞ。」
パラパラとめくっただけの本を雑に戻すレイドに、お前がいい加減すぎるんだと呆れたが、以前と何一つ変わらない幼馴染みの態度に先程までの鬱屈とした気分が消えていた。
「それで、突然茶会に出る理由は何だ。お前は俺以上にこういうのは嫌っていたはずだろう。」
何か思惑があるのかと説明を求める。
「いや、俺ももうすぐ城に帰ってくるしさ。何年もこういう世界から離れてたから、礼儀作法とか忘れてるし。手始めに茶会から出とくかなと。ほら、夜会とかちゃんとした場所ではマナーにうるさいだろ?」
肩を竦めて戯けるレイドに、ならまずは俺への態度を改めろと告げると、これは直すつもりはないと笑っている。
「じゃ、父さん待たせてるからもう行くわ。あ、来週絶対に来いよ!面白い奴が来るから。」
そう言うと、こちらの返事を聞く前に一方的に自分の用件だけ伝えて部屋から出て行った。
本当に勝手な奴だ。
5年前に亡くなったレイドの母親は俺の乳母でもあり、3つ年上のレイドとは幼い頃から共に育ってきた。
レイドは母親の死をきっかけに貴族の事を憎んでいたはずだ。あいつが貴族の集まりに自ら行くなんてまず考えられない。
茶会への出席も礼儀作法に慣れる為と言っていたが、レイドの父親は騎士だ。あいつ自身もゆくゆくは騎士団に入るだろうし、夜会へは参加よりも警護をする方が多いだろう。そこまで礼儀作法を重視することもないはずだ。
とすると、本当の目的は去り際に言っていた"面白い奴"か───
「顔が死んでるぞ、セリオス。せっかくの美形だってのに台無しだな。」
「・・・おい。お前の言う"面白い奴"はいつ来るんだ。」
「さーなー?そうイライラすんなって。あ、ほら、次の令嬢が来たぞ。」
誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ。
もう相手にするのも面倒だと正面に顔を戻すと、幼いながらも恐ろしく顔の整った少女が目の前にいた。
漆黒のロングヘアをハーフアップに纏めて、金色の髪留めがさしてある。毛先にかけて緩くウェーブがかかっていて、猫のようなつり目は少し気の強そうな印象を受けた。
瞳の色は紫紺。見つめていると吸い込まれそうで、それなのに何故か目が離せなかった。
父親に紹介されて挨拶をした彼女は、言葉を噛んでしまった恥ずかしさから、その雪のように白い肌をみるみる赤らめる。
それでも何とか言葉を紡ごうとする姿がいじらしく、何か言葉をかけようとした矢先、隣にいたレイドに先を越された。
レイドが親しげに話すと、彼女の表情がパッと明るくなった。柔らかく微笑む横顔がとても魅力的で、思わず見入ってしまう。
レガスと呼んでいる事から、施設で出会ったのだろう。俺の知らない話で盛り上がる2人に心がざわつき、柄にもなく割り込んでしまった。
彼女と話したい。
こんな感情は初めてだった。