1.
ああ、なんて可愛いの。
私とあの人の赤ちゃん。
貴方がいれば幸せ。
だって貴方がいれば
あの人は私を愛してくれるはずだもの。
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「んぅ・・・何、今の。夢?」
いつの間に眠っていたのだろうか。気が付けばドアの前で座り込んでいた。
体育座りで寝ていたせいで、お尻が痛い。
ん・・・?体育座りって何?
それに、さっきの女の人の声も何だったのかしら。どこかで聞いたことがあるような、ないような。
そんなことをぼんやりと考えていたら、ドアがノックされた。
「お嬢様、いつまで閉じこもっているつもりですか。そろそろお部屋から出てきてください。」
侍女が告げる。
ああ、そうだ。
私は何故自分がこんな所で寝ていたのかを思い出す。
「だーかーらー!行かないって言ってんでしょう!私は弟なんていらないんだから!もう放っておいてよ!」
今朝、弟が産まれた。母子共に健康で、私と面会しても大丈夫ということでいつもよりもだいぶ早い時間に起こされた(普段から起きるのが遅いだけだけどね!)
だが、元々弟が生まれることを快く思っていなかった私は、もちろん行きたくないと駄々をこねた。盛大に。
そして鍵をかけて自分の部屋に立て篭もったが、早起き+泣き喚いたことで、気づけばドアの前で寝ていたらしい。
侍女は呆れながらもしばらくそっとしておいてくれたらしいが、昼過ぎになっても現れない私に痺れをきらし、再度呼びに来たようだ。
「旦那様も奥様も、お待ちですよ。」
「うるさいわね!私を誰だと思ってるの!?あんたなんてクビよ!」
ドアに向かって叫ぶと、ため息の後しばらくして足音が遠ざかった。
何よ。そんなに私に来てほしいなら、父様が来れば良いじゃない。
ギュッと拳を握りしめ、膝を強く抱く。
忙しい父様に、私は滅多に会うことができない。妊娠してすぐ体調を崩していた母様とは、1年近くまともに会話をしていない。
侍女達は皆母様につきっきりで、私は広い屋敷で1人で過ごすことも多かった。
寂しさから我儘になり、周りに当たり散らして、侍女達は益々私から離れていった。
先ほど呼びに来た侍女は、他の侍女とは違い私を避けたり媚びてきたりはしないけど、逆にちょっと・・・なんか冷たい。
孤独に苛まれているなか、弟が産まれた。これから皆が弟にかかりっきりになるだろう。今まで以上に誰も私を見てくれなくなる。
待望の男の子。跡取り。私は女だから家も継げないし、性格だって最悪だ。
弟の顔なんて見たくない。
弟なんて産まれなきゃ良かったのに。
しばらくすると、戻ってきた侍女が声をかけてきた。
「お嬢様、失礼致します。」
部屋の鍵を使って簡単にドアは開けられ、抵抗も虚しく連れられていく。
子どもって非力だわ。
侍女が母様の部屋をノックし、声をかける。
私は無理やり連れてこられただけ。父様と母様の顔を見たらすぐに部屋に戻ってやるんだから。心の中で呟き、母様の部屋に入る。
この部屋に入るのも随分と久しぶりだ。
「失礼します・・・父様、母様。」
「遅かったじゃないか、リザベル。さぁ、お前の弟だよ。」
父様に促されて、恐る恐る母様の傍に近寄る。
天敵は、母様の腕の中でスヤスヤと眠っている。
「ケイト、と言うのよ。」
母様がそう微笑んだ瞬間、私の頭の中で自分のものではない記憶が溢れ出す。
───僕はケイト・フォリス。10年前に亡くなられたリザベル王妃の実の弟だよ───
そして私は意識を失った。