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湖の国の王太子

 

 スフェール・エグ・マリン・グラナート、はこの世に産まれ落ちた瞬間から王族であり、第一位継承権を持った王子だった。

 それは誰にも変えられない事実だ。

 それに不満があるか?と言われたら、無いとだろう。

 ・・・いや、『無かった』と言うべきだ。

 何故なら現在は、その不満が爆発して、気付いた時には既に手遅れ。

 更には、自分でどうしようもなくなってしまった。

 止められないのだ。

 それが、現在のスフェールだ。


 何故こうなったのか?

 それはただ一つの言葉が引きがねだった。

 それは、国王と大臣の言葉だ。


『スフェール王子は王太子として、とても頑張っておいでですね。これならば今後も安泰だ』

『確かに、頑張ってはいるが・・・まだ足りないな・・・』


 たった、その二言の会話だ。

 ただ、それだけ・・・。

 その言葉に、スフェールは前から自分の中にあった、怒りであり、悲しみであり、悔しさ・・・これまでにため込んだ色々な感情が爆発した。


 ある意味、それは正しかったのだろう。

 限界だったのだ。

 “この国には、王子は自分だけ。他に次の国王となるのは自分だけ。私がしっかりせねば・・・”

 この言葉は、スフェールをがんじがらめに捕らえていった。

 誰にも相談も、泣き言も言えなかった。

 それを吐き出せる捌け口もなかった。

 父親は国王。

 母親はもう自分の側には居ない。


 周りに相談しようならば、自分を否定されそうで怖かった。

 自分は賢王と名高い国王の後を継ぐのだ。

 周りに失望させるわけにはいかない。

 ただそれだけを考えて生きてきたと言ってもいいだろう。


 社交界に出るろには、『貴族』と言う名の魑魅魍魎が、どこにでも潜んでいた。

 ますます、今までの思いは自分の内に押し込める事しか出来なかった。

 そうしたスフェールが作りあげたのが『文武両道、いつでも微笑みを絶やさず、民に優しい王子様』だった。


 ただ、スフェールはあの時、気が付かなかった。

 国王の『まだ足りない・・・』の後には、『経験が・・・』と続いたことを。

 聞こえていなかったのだ、あの時のスフェールには・・・。



 *  *  *



「な・・・何を・・・する!!」


「まぁ、殿下。お口に食べ物を入れて話すのは、マナーとして如何なものでしょうか?ゆっくりと良いですので食べて下さいませ」


 そう言いながら、エメロードはスフェールの口に更に菓子を追加してから、スフェールの向かいのソファに腰かけた。

 そして、スフェールが口の中の菓子を消費するまで、侍女に自分のお茶を頼み、テーブルの上の菓子を摘まむ。


「まぁ、とても美味しいですわ。さすが、王宮のシェフですわね」


 そう言いながら微笑む。

 その微笑みは美しい。

 今の状況でなければ、誰もが見とれたであろう。

 今の状況でなければ・・・。


 この誰もが状況に追いつけないなか、スフェール以外の人間(イリアは置いておいて・・・)でいち早く復活したのはカイユーであった。


「エ、エメロード嬢・・・これは一体・・・」


「あら、カイユー様。一体とは?」


「ふざけるな!私に茶をかけ、口に菓子を突っ込んだことだ!」


 カイユーが答えるも早くに、復活したスフェールが答えた。

 すかさず、侍女が持ってきたタオルで体を拭きながら・・・。

 意外とこの状況を一番理解しているようだ。

 エメロードからしたら、「あら?復活が早いわね?」位思っているだろう。


「殿下、現状を一番理解されているではないですか。何か問題がありますでしょうか?」


「なにをいけしゃあしゃあと!私は王太子だぞ!その私に何という無礼を!」


 その言葉に、場の空気が一変した。


「殿下、無礼と言うのならば、殿下ではないですか。ここに居る者達は、日夜殿下によりよく過ごしてもらうために、頑張って働いております。その家臣が、腕によりをかけて作ったお菓子を、腕によりをかけて淹れたお茶を無駄にしたの殿下ではありませんか?殿下は『無礼』と言う言葉の意味をちゃんと分かっておいでですか?」


 地を這うような声で、エメロードは更に続ける。


「殿下は、王宮で働くシェフの技術を侮っておりませんか?侍女の皆さんがお茶を淹れる技術がどれ位大変かお分かりですか?どちらも一昼夜では到底無理なのをご存知ですか?そこに至るまでに、どれ程の努力をしたのかも、お分かりですか?」


 そう続け様に言うエメロードに、スフェールは何も言えなくなる。

 スフェールの顔を見れば分かるのだ。

 全てちゃんと、エメロードが言うことを。


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