第7話 山の夜(焚火を囲んで)
山に入って3日間が経った。
最初はちょっとお説教のせいでぎこちなかったけど、いつも通り狩りをしたり、山菜や果物を採ったりしている間にロッソ先生ともう普通に話せるようになった。
料理の腕も上がったところを見せたくて、いつも以上に血抜きも慎重にやったし、火加減や塩加減にも気を配った。
ロッソ先生は穏やかな顔で周囲を警戒しながらもご飯ができるのを待ってくれている。
今日のご飯は新鮮なシカ肉の刺身に塩と木の実を混ぜたソースをかけたものと、山菜とシカ肉の煮込みスープだ。
新鮮な肉の刺身なんて集落では決して食べることができない貴重品だ。
「はいロッソ先生、出来たよ。一緒に食べよう。」
「お~こりゃ旨そうだな。この刺身にかかってるのは何だ?」
「へへ、これは私が考えたお肉を美味しく食べるための特別なソースだよ。焼いた肉につけても美味しいんだけど、今日は新鮮な肉だったから生で食べることにしたんだ。」
「ほ~どれどれ・・・・・うん!旨いな!血抜きもうまくなったし、塩加減もかなり上達してるな。何よりこの不思議なソースは旨いな。何種類も木の実を擂り潰して塩を混ぜ込んでるのか?」
「うん、ここにいると楽しみって言えば狩りと食事くらいだからね。時間を見つけて色々ためしているんだ。喜んでもらえて良かった。」
「いやあ、大したもんだ。俺たちは専ら夜の楽しみにばっかり目が行っていたが、味が変わるだけでこんなに楽しくて満足できるものなんだな。」
「えへへ、ロッソ先生に喜んでもらえて良かった。」
「いや、これは大したもんだ。」
すっかり気に入ってくれたのかロッソ先生はモリモリと刺身やスープを食べてくれている。
スープに入っていた肉にもペーストをつけて食べてニッコリしている。
美味しそうに食べてくれるだけで何だか私まで胸が温かくなってくる。
ロッソ先生とだったらどんなことでもできる気がする。
今まで山中で頼まれて断り続けたことも、先生にならしてあげられる気がする。
「ん?どうした?ジロジロ見て?」
「ううん、何でもないよ!美味しそうに食べてくれてよかったって思ってるんだ。」
「おう、何十年も生きてきて新しい味だからな。これを知ってしまうと、後で山を下りてからの飯が不味く感じられそうで不安だよ。」
危ない危ない。
何とかご飯の話に誤魔化せたけど、やっぱり心の準備ができてない。
もう長いこと大人部屋でそういったこともしていないし、見てもいないから妙に意識すると緊張しちゃう。
ロッソ先生の食べる勢いが止まらないので、慌てて自分の分を確保して食べた。
変に意識したせいか、味もどこに入ったかもよく分からなかった。
「うん、本当に旨かったぞ。返す返すもこんな才気に溢れた若い子が山に籠ってるのは勿体ないな。」
「もう、それは言わないでよ。山を下りたらまた兵士とかに酷いことされちゃったら、今度こそ頭にきてどうにかなっちゃうかも知れないから嫌よ。」
「まあなあ、俺たち奴隷の生殺与奪は町の人が握っているからな。逆らえば連帯責任、最低限食って子供を作って生きてはいけるようにはなってるけど、それも都合よく働かせるためってのは皆分かってる。」
「でしょう!昔何があったのかは知らないけど、いつまでも私達が奴隷って酷いと思わないの!?」
「思うに決まってるだろう。皆気持ちは同じだ。だがな、俺たち奴隷には力がない。食料も日々生きるのにギリギリの量しか支給されないし、武器だって持てない。俺たち守護の役目だけは例外だが、軍隊の前では虫のように踏み潰されちまうさ。」
「ロッソ先生はこんなに強いのに?」
「俺1人が強くても仕方がないんだ。相手は強力な武器防具を持った集団だ。戦うことを仕事にしている。そりゃあ何人かは弓を使って倒せるだろうけど、あっという間に飲み込まれちまうさ。さっき『生殺与奪』って言ったろ?やつらは俺らを生かすも殺すも自由自在ってことさ。」
「力があればいいの?そうしたら理不尽に飲み込まれなくてもいいの?」
「そうさなぁ。圧倒的な力があれば何かを変えられるかも知れないけどな。さっきも言ったけど、1人の力でできることは限られている。お前も早く現実を受け入れて、許される範囲で楽しく生きた方がいいぞ。」
「それなら私、ずっとロッソ先生と山で暮らしたい。」
「おいおい、俺にずっと山にいろって言うのか?この旨い飯は魅力的だけど、大人部屋に行けなくなるのは俺が辛いな。」
「私!先生となら、そのそういうことも大丈夫!ちゃんとするから一緒に山で暮らそうよ。」
思わず勢いで想いの丈をぶつけてしまった。
ロッソ先生は驚いた顔で私を見た後、凄く優しい顔で私を招き、隣に座らせて肩を抱いてくれた。
物凄く心臓がバクバクする。
ロッソ先生の逞しい腕と胸の筋肉が逞しい。
「何を言うかと思えば、嬉しい申し出だけどな。山中ではそういうことはしちゃだめだ。」
「どうして?私何度も誘われてきてるわよ。ずっと断ってきているけど。」
「全くバカな連中だ。いいか、人間が最も隙ができる瞬間は寝てる時、食べてる時、用を足しているときに加えて目合っているときだ。食事や睡眠、用足しは交代でしたり警戒しながらすることも出来るが、最後のだけは無理だ。過去にも何度もその最中に襲われて死んだ仲間は多い。だからこそ女が少ないんだ。」
「そうなの?単に好き嫌いと力の問題じゃないんだ。」
「もちろん、それもあるが、一番はさっきの理由だ。今守護の役目の女性はみんなそういう行為が嫌いな変わり者ばっかりさ。」
「知らなかった。女の先輩と組んだときもそんなことはちっとも言ってなかったし。」
「まあ、敢えて言うようなことではないからな。だから、ミコトも俺としたければ山を下りるしかないぞ?どうする?」
「いや、別にその、私がしたいっていうんじゃなくて、ロッソ先生がどうしてもって言うならいいかなって位だから別に・・・」
やっぱり、山から下りる気にならない。
ここに居れば少なくとも貴族や市民は来ない。
自分が自分で居られる唯一の場所なんだ。
でも、それを言っちゃうと先生との行為を私が嫌がっていると思われちゃうかと思って中々うまく言えない。
「まあいい、お前はまだ若いからな。子作りだってまだまだ先だ、ガハハハ!」
私が黙っていると、気まずさを振り払うように話を打ち切って豪快に笑い、背中をバンバンと叩いた。
そして、先生に言われるがままに横になって休む。
最初の見張りは先生がやってくれるというので甘えることにした。
焚火の温かさと先生が側にいる安心感で、いつもよりも早く、私の意識は闇に溶けた。