第6話 3年後
あれから3年の時が過ぎた。
数えで10歳となったミコトは、山に籠っていた。
希望が叶って守護の役目を拝命できたミコトは、貴族や市民と最も接する機会が少ない山回りの役目を担っていた。
変わり者の女の子として交代交代先輩たちとペアを組んで山を下りるでもなく、ずっと山中にいた。
集落に下りることはめったになく、たまに服の替えを貰いに行ったり、塩を分けてもらったりするとき位だ。
お陰で弓の腕はかなりのものになったし、獲物を捌くことも、調理をすることもかなりうまくなった。
山に住んでいると言っても、川があるので身綺麗にはしているし、鍛えられた締まった体には僅かに女性らしい体形の変化が出てきている。
通常守護の役目と言っても、山回りをずっとするのを嫌がるのは当然だ。
風雨をしのぐ壁や屋根がない上に危険も多い。
それにもまして大きな理由は大人部屋での性的な営みが出来ないからだ。
健康的な男であれば1週間も山に籠っていれば辛抱たまらなくなる。
ミコトも男達とペアで山に入るため、そういった行為を求められることがあったが、3年前に兵士達に襲われたお姉さんの痛ましい姿を見てからトラウマになってしまっているので全て拒否していた。
ちなみに奴隷の間では強姦はご法度であり、訴えられたら命はない。
山の中でのことだからと犯して殺してしまえば、今度は1人で山を下りなければならず、そのリスクは計り知れない。
ということで男達もミコトとペアの時はより強い禁欲を強いられるので、集落に戻った夜は激しくなるが、ミコトにはあずかり知らないことだ。
それでもミコトが守護の役目の仲間として受けれラれているのは、ミコトのお陰で山回りのローテーション回数が減っている上に狩りの腕が実に良いということがある。
実際、ミコトは頼りになった。
山でずっと暮らしているため、感覚は鋭敏で見張りとしてはこの上なく優秀だったし、弓の腕前も威力こそ大人の男には叶わないが、その命中精度は既に守護の役目一番だった。
研修の時は眠りこけていたミコトだったが、今では僅かな気配でも目が覚める浅い眠りを習得している。
今日から研修の時の先生役だったロッソとペアで山に入っている。
「よう、久しぶりだな。相変わらず山から降りないのか?今日からは俺が一緒だ、よろしくな。」
ロッソがそう言うと、ミコトは可愛らしく微笑んだ。
「先生、また一緒に山に入れて嬉しいです。また鍛えて下さいね。」
「おいおい、もう先生はやめようぜ。3年も一緒に働いた仲間じゃねえか。ロッソって名前があるんだからそう呼んでくれ。」
「はい、ロッソ先生!お塩は持ってきて下さいましたか?」
私はこの3年であらゆる守護の役目の先輩方男女とペアを組んだけど、やっぱりロッソ先生が最高だと思っている。
豪快な体格と正確なのに器用になんでもこなすし、教え方が上手だから色々できるようになりたい私にとって本当に先生なのだ。
なので、研修の時から抱いていた敬意は薄れるどころか強まる一方だ。
「おいおい、それじゃあ意味ないじゃないか。まあいい、塩はバッチリ持ってきたぜ。これで当分持つだろ。」
苦笑したロッソ先生は、塩の入った小袋を投げてきた。
何だかんだ言うが、私が山を下りたくないことに理解を示してくれている先生は、ペアの時に私がわざわざ山を下りなくてもいいように塩とか持って来てくれる。
「たまには下りないのかい。またこないだユイにミコトはどうしてるかって聞かれたぞ?」
「ごめんなさい、ロッソ先生。私やっぱり山がいいの。偉そうな貴族や市民が入ってこないからのびのびできるもの。」
「まあ、それは分かるがなぁ。危ないは危ないんだぜ。」
「あら、それはロッソ先生がしっかり鍛えてくれたし、今日からは守ってくれるんじゃないの?」
「それはそのつもりだけどな。だからっていつまでも山籠もりって訳にはいかんだろう。」
「どうして?」
「そりゃあ怪我だってするし、女なら、その・・・月のものだってくるし、子供だって産むだろう?その時に世話役のジジババとか他の奴隷仲間と仲良くなっておかないと辛いだけだぞ。」
ザクザクと山道を前後に並んで歩きながら私に小言を言ってくる。
もちろん、私の将来のためを思ってのことだ。
このままでは数少ない奴隷の楽しみである性交や出産・子育てだってできやしないと心配してくれているのだ。
その思いやりが分かるので私としても言い返し辛い。
これもロッソ先生から教えてもらったことだけど、集団で子作りをして集団で子育てをする奴隷の集落には「親子・家族」という概念が殆どない。
大部屋で協力しながら子育てをするし、そもそも子作りからして特定の相手とだけする訳ではないので母親は兎も角父親なんて誰だか分からない。
町の人には夫婦や親子、家族といった考え方があるらしいんだけど、正直あんまり良く分からない。
ただ、ロッソ先生と一緒に居ると、他の人とは違う心弾む気持ちになる。
それが町の人がいうところの恋愛感情なのか親子の慕情なのか、良く分からない。
とはいえ、今回も久しぶりのロッソ先生との山での2人きりの生活にウキウキしていたのだが、いきなりお説教から始まってしまってちょっと落ち込んだ。
先生の方も私が大人しくなったので、ちょっと気まずくなったのか、無言になって獲物を探しながら山中に分け入ってた。