【9:空野君ってどんな人なの?】
伊田さんと広志が「カフェ・ワールド」に行って、話しをしている続きです。
人気投票で2票を獲得した空野君ってどんな人なのかと、伊田さんが広志に笑いかけた。
「いや、あれはあの二人が同情票っていうか、こんな僕に投票してくれてホントありがたいんだけど、僕はこの通り平凡な人間だからね」
「そうなの? 実は凄い特技を持ってるとか?」
「いや、全然。音楽も芸能もスポーツも勉強も、特に人より優れているものはないな」
きょとんとして広志の顔を見た伊田さんは、急に「あははー」と笑い出した。
「おかしい……かな?」
「いや、空野君って面白い人だなぁ。優れてるものはないとか言いながら、全然卑屈な感じがないぞ」
「あっ!」
「なに?」
「アイスコーヒーにミルクとガムシロを入れたつもりが、間違えてガムシロを三つ入れちゃった!」
「なんで?」
「カウンターでコーヒーを受け取った時に、ミルクポーションと間違えてガムシロを取ってたんだ。全然気づかなかった!」
「白と透明で普通は間違えないし、もし取り間違えたとしても、入れる時に気づくでしょ?」
伊田さんは呆れた顔で広志を見つめる。
「いや、伊田さんの顔を見ながら入れてたから、気づかなかった」
「それって、私に見とれてたってこと?」
「そうだね。ごめん」
広志はいつも会話する時は、相手の顔をできるだけ見ようと心がけてるからそうなってしまった。
(これも見とれるって言うのかな?)
よくわからないから、広志は曖昧に返事して謝った。すると伊田さんは少し頬を赤らめて、嬉しそうに微笑んでる。
「いや、謝らなくていいよ。私にはなーんにも迷惑かかってないから。困るのは空野君でしょ?」
「そうだね、あはは」
「だよねー、あははー」
それでもポーションを手にする時に手元を見るだろうし、広志の注意力が散漫だということに変わりはない。
(このおっちょこちょいは、なんとかしなきゃダメだな。──ってまあ、いつもそう反省するんだけど、失敗してしまうよな、あはは)
「うわっ、甘っ!」
アイスコーヒーをストローで一口吸ったら、びっくりするくらい甘くて、広志は顔をぎゅっとしかめた。
「そっかぁ、私に見とれてたかぁ」
伊田さんはなぜか、顔をしかめる広志を見て、にやにや笑った。
「でもホントに空野君って面白いね。なんでも一生懸命な感じだ」
「あ、そうだね、あはは。得意なものはないけど、なんでも自分なりには一生懸命やってるつもり。それでも結構失敗しちゃうんだけどね」
「まあ、一生懸命はいいことだね」
「それにこんな僕でも、少しでも人の役に立てることはあるだろうから、そういうものを一生懸命やるだけだよ」
広志の頭に茜の顔が浮かんだ。自分を必要としてくれる人のために、役立ちたいとは、いつも考えてる。
「いやぁ、益々空野君に興味が湧いてきたよー」
「そんな大したもんじゃないよ。伊田さんこそ、今まではすっごい美人でカッコイイ人って認識しかなかったけど、凄く話しやすくていい人だってわかって良かった」
「え?……あ、ありがと」
伊田さんは少し頰を赤らめて、照れ臭そうに笑った。サバサバして男っぽい感じだけど、照れると女の子らしくて可愛いところもある。──って言うか、さすが美少女。すごく可愛い。
表面上だけではわからない伊田さんの魅力を一つ見つけたと、広志は嬉しく思った。
「空野君ってさ、なんかずっと楽しそうに笑ってるよね」
「え? そうかな?」
「そうだよ。癒し系って感じだね」
「そう? 自分じゃわからないけど、ありがとう」
「なんでだろ? そう言えば、優しくていい声してるなぁ」
「そう? ありがとう」
「高すぎず低すぎず、ちょい低めかな。イケボって言われない?」
「ああ、そういえば、時々言われるかな」
「なんて言うか、すっごい優しくて、包み込むような声だ。悩みごとを相談したくなる雰囲気を持ってるね。相談しよっかなぁ?」
「なに、伊田さん。今悩んでるの? 伊田さんこそ、いつも元気いっぱいって感じだけど」
「まぁね。そりゃ色々悩みはあるよー」
(伊田さんみたいに美人で明るい人でも、やっぱり悩みはあるんだなぁ)
広志はちょっと意外に思った。
「今日は空野君と初めて話したんだから、悩み相談はまた今度するよ」
「まぁ僕が役に立てるかはわからないけど、相談ごとがある時はいつでもどうぞ」
伊田さんは笑顔で「ありがと」と言った。
それからは少し雑談になって、伊田さんが陸上部で200メートル走をやってるという話を聞いた。
二年生の時に全国大会に出て、今年は全国優勝を目指してるらしい。やっぱり凄い人だと、広志は感心ばかりしてる。
「そういえばイケメン三銃士の真田君も陸上部だよね?」
「そうだよ。彼は男子キャプテンで、私が女子キャプテンなんだ」
「凄いね、陸上部。人気ランクベスト3が男女ともいるなんて」
「いやいや、真田君はなんてったって、高校生初の100メートル走9秒台を目指してる逸材だからね。私なんか足元にも及ばないよ」
(そっかぁ、二人は同じ部活か。スポーツマン同士、なかなかお似合いのカップルって感じもするなぁ)
「真田君と伊田さん。男女で違うけど、お互いに良きライバルとして高めあっていけたら素晴らしいね」
「え? ああ、そうだね……」
伊田さんは少し歯切れが悪い感じで、視線をテーブルに落とした。
(ん? 何かあるんだろうか?)
その時午後の授業始まりの予鈴が鳴った。
「あ、そろそろ戻らなきゃいけないな」
「うん、付き合ってくれてありがとう空野君。また話、できるかな?」
「ああ、もちろん」
広志が笑うと伊田さんも笑顔で返した。
教室に戻って広志が席に着くと、隣の凛が小声で「どうだった?」と訊いてきた。広志も小声で「うん、あとで」と答えると、凛はニコリと笑顔を返してきた。
ミルクとガムシロ、ホントに入れ間違える~!?
というツッコミはご遠慮ください(笑)
それほど広志はおっちょこちょいなんです。
あなたの身近にもいるでしょ? 信じられないミスをするおっちょこちょいさん(^_^;)
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