【83:広志と凜の夏休み】
みんなで行ったプールの帰りに、近くのカフェに寄ってパフェを食べた。
そして最寄駅からみんなで電車に乗り、それぞれの駅まで帰って行った。
広志と凜は同じ駅で降りて、自宅まで一緒に歩いて帰る。
駅の改札から表に出ると、辺りは薄暗くなっていた。
「ヒロ君。今日は楽しかったね」
「うん、そうだね」
「ごめんね、引っ叩いたりして」
凜は苦笑いしてる。
伊田さんの水着がなくなって、勘違いした凜が広志の頰を叩いたことを、謝ってるようだ。
そんなに気にしなくてもいいのに、と広志は思う。
「いや、大丈夫だ。あはは」
「そっか、よかった……あのさ、ヒロ君」
「なに?」
「天美ちゃんとの恋人気分。楽しかった?」
凜はニヤニヤして、広志を冷やかすように尋ねる。
「あ……そうだね。楽しかったよ」
「ふーん……そっか。天美ちゃんも楽しそうだった」
「そう?」
「うん。ありがとうねヒロ君」
「えっ? なんで凜が礼を言うの?」
「だって天美ちゃんのお誕生祝いに、ヒロ君を独占させてあげようって言い出したのは、私だから」
(そうなんだ……)
確かに、伊田さんと過ごした時間は楽しかった。
だけどよく考えたら、その分凜とはあまり話ができなかった。
今日が凜と出かける、今年の夏休み最初で最後の日になる。
なのに、あまり凜と話せなかった。
広志は凜の顔を見て、ふとそう気づいた。
「あのさ、凜。ちょっと時間ある?」
「ん? どうしたの?」
「公園に寄って、少し話をしない?」
凜はきょとんとした。
──なんの話?
とか聞かれるかと広志は思ったけど……
凜はそんな質問はせずに、ただ素直に「うん」とだけ答えた。
駅から家への帰り道。
その途中にある、小さな公園に二人で入って、並んでベンチに腰かけた。
薄暗くて電柱の電球が灯ってる。
公園内には、もう他には誰もいない。
凜は顔を広志に向けて、笑いかけてきた。
「ヒロ君が誘ってくれるなんて、珍しいね」
「えっ? そうかな……もうちょっと凜と話したいと思ってさ」
「うん……私も」
凜ははにかんだ表情を見せた。
──凜も同じことを考えてたんだな。
そう思うと、広志はちょっと嬉しくなる。
「大勢で行ったから、あんまり凜とは話せなかったからね」
自分は伊田さんと一緒にいる時間が長かったから──と言うのは、なんだか言いにくくて、『大勢で』という言葉を広志は使った。
「うん、そうだね。またいずれは、二人で遊びに行けるかなぁ……」
──凜がそんなことを言うのは珍しい
もしかしたら、凜に寂しい想いをさせていたのかもしれない。
「そうだね。来年は二人でプールに行けたらいいね」
「うん」
来年の今頃……
僕たちは、もう高校を卒業してる。
その頃には妹の茜の状態は、良くなってるだろうか。
高校を卒業しても、凜は自分を好きでいてくれてるだろうか。
今、凜は僕の隣に──ちょっと手を伸ばせば届く距離に座ってる。
来年の凜も──
こうやって、自分の横にいてくれてるだろうか。
広志の頭の中に、ふとそんなことが浮かんで、ついつい凜の顔をじっと見つめてしまっていた。
「どうしたの……ヒロ君? なにか私の顔に付いてる?」
「あ、いや……ごめん。ついつい凜に見惚れてた。あはは」
「ええっ?」
広志の言葉に、急に凜はあたふたしだした。
顔が真っ赤になってる。
可愛い。
やっぱり凜は綺麗だ。
でもそれだけじゃなくて、こうやって自分に素の姿を見せてくれる。
──それが余計に可愛い。
広志はしみじみと、そう思う。
「ごめんな、凜」
「ど……どうして謝るのかな?」
「いや、あの……もしかして、凜に寂しい想いをさせちゃったかなって思って……」
自分なんかのために、凜が寂しく想ってるなんて……
広志は、ちょっとおこがましい気がした。
だからつい、笑いでごまかしてしまう。
「なーんちゃって。そ、そんなことはないか……あはは」
凜は黙ったまま、広志から視線をそらして前を向いた。
(あれ? どうしたんだ? 機嫌を損ねたのか?)
そして凜は突然、上半身を斜めに倒して、広志に寄りかかってきた。
頭をコテンと傾けて、広志の肩に乗せる。
「えっ?」
目の前の凜の髪から、ふわりといい香りがする。
「寂しかった……よ」
凜が呟くように囁いた。
広志の耳元に凜の声が響く。
「あ……うん。ごめん」
「ヒロ君が謝るようなことじゃないよ」
いや。凜と付き合えないのは自分のせいだ。
茜が元気になるまで付き合えない。それを凜が、ちゃんと理解をしてくれてる。
広志は胸がギュッと締めつけられるような感覚がした。
「私ってダメだねー」
「何が?」
「天美ちゃんに、今日はヒロ君を独占させてあげるとか、偉そうに言っちゃうくせに……正直、ちょっと羨ましかった」
──そうか。
そうだったのか。
凜のそんな言葉に、広志は嬉しく思うものの……
同時に申し訳なく思った。
「ダメだなんて言わないでよ。いつも思うけど、凜は凄いよ。茜のことや、僕のことを一番に考えて、ホントに思いやってくれてる」
「うん……そうかな……」
「そうだよ。凜はいつも、全然ワガママを言わないもん」
凜は黙り込んだ。
何を思っているのだろうか。
広志も何も言わずに、肩にかかる凜の頭の感覚を、ただただ感じる。
なんとなく凜が自分に頼ってくれてるような気がして、少し嬉しい。
「あのさ、ヒロ君……」
「ん? なに?」
「じゃあちょっと、今日だけはワガママ言っていい?」
ワガママ?
凜がそんなことを言うなんて、ホントに珍しい。
「うん。いいよ」
「じゃあさ。もうちょっと、このままでいさせて……」
そう言って凜は黙り込んだ。
広志がチラッと横目で見ると、凜は頭を広志の肩に預けたまま、静かに目を閉じている。
そしてその表情は、幸せそうに微笑んでる。
広志は肩にかかる凜の重みと、体温を感じた。
そこに──確かにある、凜の存在感。
思わず広志は片手を凜の背中に回して、彼女の肩を抱き寄せた。
凜はビクっと身体を震わせる。
だけど拒むことはなく、広志が肩を抱くのに任せている。
──いや、それどころか、広志の肩に置いた頭を、キュッと押しつけてきた。
いつも、凜とした態度を崩さない凜が。
広志に甘えてる。
それを痛いほど感じる広志は、凜のことをとても愛おしく感じた。
「凜……」
「ん? なに?」
「す……」
好きだ、って言葉が喉まで出かかった。
だけど、自分の側に付き合えない事情があるのに、その言葉を簡単に口にしていいのか──
それは無責任というものではないのか──
広志は躊躇って、好きという言葉を飲み込む。
そして代わりの言葉を選んだ。
「凜。いつもありがとう」
「ヒロ君……こちらこそ、ワガママを聞いてくれてありがとう」
凜は優しい声で、囁くようにそう言った。
凜ってヤツはなんて……なんて優しいんだろう。
──凜がとても愛おしい。
言葉で言い表せないくらいに。
そしてこの時間が永遠であればいいのにと、願ってしまうほどに。
もちろん、ずっとこうしてるわけにはいかない。
だけど広志も凜も、なにも話さずに──長い時間、ただそうやって寄り添っていた。
そうして広志と凜が二人きりで一緒に過ごす、この夏最初で最後の夏休みの夜は──
静かに更けていった。
== 『夏休みと言えばプールでしょ!編』 完 ==
次回より新展開です。
お楽しみにっ!!
==================
【作者からのお願い】
面白かった、続きを読みたい…と思っていただいたら、ぜひブクマや感想、評価等もらえると嬉しいです。
※評価はこの下(広告の下)から行なえます。




